研修体系と人材育成体系は別物だ。改めて「人材育成体系」を考える | Work , Journey & Beautiful

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人材育成体系と研修体系の違い



大企業を中心に、今一度、組織としての人材育成のあり方を見直したい、というニーズをよく聞かせてもらう。その背景にあるのは、組織課題を解決する上での人材開発の効果が認められてきたのか(そうでなくても定性的で効果測定がしにくいものであるにも関わらず、だ)、あるいは「結局のところ経営は人だと」建前は銘打ちながら、その他に打つべき手立てがないのか、これまで場当たり的に研修をやってきたのに対して問題意識をもっているのか。いずれにせよ、組織の人材育成の現状をヒアリングしている中で痛感するのは、これまで多くの研修等の人材開発施策に取り組んできた企業であっても、研修体系は存在するが人材育成体系は存在しないというということだ。



人材育成体系とは、各階層・各部署ごとに設定されている短期?中長期それぞれの組織目標を達成するための行動モデル(パフォーマンス・モデルともいう)を定義し、その実現のためにどういった人材育成を行うかについて、体系的に整理された人材開発戦略そのものだ。しばしば研修体系が組織としての人材育成をあらわすものとして提示されていることも見受けられるが、この二つは明確に異なる。





実際的に人材育成は研修(集合型やオープンコース参加型、eラーニングなど)のみで左右されるものではなくPDCAに基づいた計算されたOJTのあり方や評価を含めたインセンティブのあり方によって大きく影響を受ける。



あくまで研修体系は全体としての人材育成戦略である人材育成体系の一手段である。「どうやって人材を育成していくのか?」という全体のデザイン無しに、一手法に特化して掘り下げて考えても人材育成の効果はあくまで限定的であり、本質的には望ましい人材開発とは程遠い


なぜ、研修体系が人材育成体系に先行するのか?



本来人材育成体系の一部である研修の体系が、多くの場合先行して構築されてしまっているのはなぜなのだろうか?



まず第一に人材開発の理論や手法そのものは歴史が浅く、体系だって整理されてこなかった分野であるということも無視できない要因だろう。未発達、未整備な分野であるため様々な組織が試行錯誤しながら人材育成を行ってきた。その結果として、「部分最適」になってしまっているという課題認識が今になって日の目をみることになった。とはいえ組織にtry and errorはつきものなので、その試行錯誤には価値がある。



第二に、所謂教育サービスの供給側である教育ベンダーのプロフェショナルのスタンスが、「研修ありきのソリューション」であることも無視できない



例えば、

・「クレームが多い」と悩んでいるクライアントに、クレーム対応の研修を提供する。

・「人が育たない」と悩んでいるクライアントに、管理職のトレーニングスキル向上の研修を提供する。



こういったアプローチが何ら疑問を呈されることなく繰り返されてきている。それそのものが間違っているとは限らないが、本来上記のような悩みをヒアリングした際に、



・果たしてその課題は経営課題として優先されるべきものか?

・そもそも組織全体を見たときに、本質的な問題は何か?

・そしてその解決策としては何が最適か?(研修テーマとして何が最適か?ではなく)



というアプローチで考え抜くべきである。しかし多くの人材育成のプロフェッショナル(と呼ばれる人たち)が、そういった考察もなく、組織の全体最適を考えずに、顧客から言われるがままに部分最適の提案をしてきた。あるいは部分最適でしかないことを大げさに取り上げ、「◯◯でお困りでないですか?それでしたらこの研修ですよ!」とソリューションを売りつけてきた。その結果として、人材育成体系に基づかない、「ただ研修ベンダーが考えた研修テーマをそれらしくはめこんだけの研修体系」が産み出されていった。勿論、組織に戦略的に人材育成を考える人材が育っていないことも原因が、その根本的な原因は人材育成のプロフェッショナルと呼ばれる人たちのプロフェッショナリズムの問題だ。


人材育成体系を考えるステップ



人材育成体系を考える上で基本的な手順は存在する。その代表的な(筆者がよく考える)ステップを下記に示す。



STEP1 現状分析



人材開発の戦略を行う上で一番重要かつはじめに着手すべきことは現状分析だ。勘違いしてはいけないのは現状分析とは「現在自社がどのような教育をやっているのか?」を調べたり整理したりすること、ではない。重要なのは教育レベルで分析するのではなく、会社が置かれている環境や会社の状況そのものを分析することこそがここで求められる現状分析だ。具体的には下記のような視点で現状の組織の状態を分析することが重要だ。



■現状分析を行う上での問い

1.環境の変化と影響の予測

政治/経済/社会/技術はどのように変化してきたか?また今後どのように変化していくか?これらの変化をふまえ当社はどのような課題に直面することになるか?



2.顧客の再定義と提供価値

当社にとっての顧客とは誰か?顧客は今後、我々にどのような価値を求めるか?その上で当社はどのような課題に直面することになるか?



3.競争相手の再定義と強み/弱みの把握

当社にとってのライバルとは誰か?顧客の目から見て当社とライバルの違いとは何か?比較を通して何か課題はないか?



4.財務状況の現状分析

当社の財務状況はどのような状況か?キャッシュフローなどにおいて課題はないか?



5.組織構造及び文化の現状分析

当社の組織構造はどうか?人員構成がだぶついたり、偏ったりしているなどの課題はないか?組織文化は健全か?



6.組織の存在価値の再定義

当社の従業員から見て当社はどのような存在か?



そもそも人材開発の戦略とは経営戦略を実現する一要素である。言い換えるならば、組織が成長する上での課題を「ヒト資源」という視点から何を解決するか?を考えることが人材開発の戦略だ。だからこそ経営戦略を考える上で基本となる視点をもとに自社の現状を十分に分析し、そもそも研修体系を再構築することで何を解決するのか?を明確にしておく必要がある。


STEP2 各階層/職種のあるべき姿(パフォーマンスモデル)を明確にする



徹底的に自社の現状分析を行った上で、課題を解決するためにそれぞれの立場の人材がどのようなパフォーマンスを発揮すべきか?を定義するのが次のステップだ。しかし注意をしなければならないのは、現在の立場(階層や職種)を前提にパフォーマンスモデルを定義するべきなのかどうかを十分に吟味をする必要がある。あるいは現状分析を行った結果、組織構造全体を変革すべきなのであれば、構造に合わせてそれぞれの従業員が果たすべき立場と役割も変化する。



また、各階層のあるべき姿を定義する上でどのような視点で定義を明確にするかも重要なポイントだ。例えば下記のような視点で定義を行うことで多面的に定義を行うことが重要だ



■あるべき姿を定義する6つの視点

・立場/果たすべき役割

・考えるスパン(規模/時間)

・リーダーシップ(誰に影響を与えるべきか?)

・問題解決能力

・コミュニケーション能力

・リスク管理


STEP3 優先順位付け



あるべき姿を明確化した上で何をすべきか?それはまず改善すべき対象を決めて着手することである。そして様々なクライアントに話を聞く中で一番困ってることは何か?と聞くと「枠組みを作成したはいいけれど、何から着手すればいいかが分からない」という返答が多い。では切り口を変えて、今会社としての課題を三つ上げるとすると何ですか?と聞くとまともに答えられない人が大半だ。これはステップ1の徹底的な現状分析が行えていれば起きない問題だが、多くの人材開発担当者が2の枠組みの構築から着手してしまうために陥りがちな問題である。



換言すると、経営課題、特に優先順位の高い経営課題が何か?を理解していれば人材開発戦略を考える上での優先順位も明確になる


STEP4 現場の現状及び課題の把握



改善すべき対象や課題について仮説ができた時点で、現場の現状や課題をヒアリングする。求められるパフォーマンスを発揮する上で課題となっている事象を洗い出し、整理し、真因を突き止める。具体的にはパフォーマンスを発揮するために求められるプロセスやコンピテンシーを現場主導で洗い出しを行い、現在出来ていること/出来ていないことを整理し、改善すべき課題を明確にする。



ちなみに人材育成体系を再構築するとなった際に早い段階から現場の課題をヒアリングしようしてしまうのは悪手と言わざるをえない。あまりに様々な課題に直面することになるため、正確な意思決定を行うことはよほどのことがない限り難しい。むしろ経営層の思惑と現場の悩みがマッチしていることは多く、板ばさみになってどちらの合意も得られずに結局遅々として見直しが進まない、というケースが非常に多い。



なお、現場の現状を把握する中で、もっとも重視すべき点は、これから展開しようとしている人材育成体系の柔軟性である。



どれだけ精緻に設計された人材育成体系も、現場の人材の現状とあまりに乖離している場合、組織の変革は実現しない。あるべき像達成に向けて、実現可能なストーリー作りと適切な一歩とは何か?を判断するために現場はどのような状況なのか?を観察することが、人材育成体系構築後の効果を左右する大きなファクターとなる。


STEP5 経験とインセンティブの仕組みを設計する



ここまでの情報を踏まえた上で、組織目標を達成するための経験とインセンティブを設計する。その範囲は広範囲にわたり、主には下記のような項目を検討することになる。



・組織課題を踏まえたリーダーシップ
・コンピタンスの開発と運用・リーダーシップ発揮に向けた経験付与プログラムと選抜方法の検討
・人事評価制度を中心としたインセンティブ設計
・現場の育成支援制度(OJT支援/内省の仕掛けづくり)
・複数年度及び単年度の研修体系など


どの範囲まで検討するのか・・・その手段として何が最適か・・・、これは組織の現状によって異なる。内部だけのリソースで設計が難しい場合はプロフェッショナルを交えて検討を行う必要がある。




■参考書籍

パフォーマンス・コンサルティング~人材開発部門は研修提供から成果創造にシフトする~


パフォーマンス・コンサルティングII~人事・人材開発担当の実践テキスト~


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