ハーメルンの笛吹き男(グリム童話)

 

昔、中世ドイツの北の町ハーメルンに、奇妙なまだら服を着た一人の男がやってきた。

男は、広場に行って、懐から笛を取り出し、面白おかしい曲を吹き始めた。

町の人がたくさん集まってきて彼の笛の音に酔いしれた。

 

男はおもむろに集まった人々の中から美しい少女を数人選び、彼女たちの手をとって人々の前に立たせた。男はまた笛を吹き始めた。今度は妖しい音に変わった。

すると、少女たちは踊り出し、そして一枚一枚と衣装を脱いで裸になっていった。人々は唖然としながらその光景を眺めていた。

男は、その少女たちの中からスタイルの良い娘を選び、数人を連れ去った。

 

数日経って、男はハーメルンの町にストリップ劇場を立ち上げた。

興行初日、たくさんの男性たちが劇場に集まった。誰もが宣伝文句「男の癒しの殿堂」とはどんなものかと興味津々であった。

男の笛吹きが始まり、幕が上がった、するとステージに登場したのは連れ去られた少女たちであった。

観客の男たちの中には、その少女たちの父親や祖父などの縁者もいた。

当然に彼らは笛吹きの男を糾弾した。「わしの娘を騙して、こんなところで働かせやがって!」

笛吹き男は平然と答えた。「騙したのはどちらでしょう。私は数年前、ネズミ退治したのに何の報酬も頂けませんでした。お互い様です。いや、娘さんたちはむしろ喜んでこの仕事をしています。むしろ感謝してほしいほどです。」

男たちはハッと思い出した。「そうか、おまえはあの時の笛吹き男か・・」

 

笛吹き男はにやりと笑い、こう付け足した。

「この町はハーメルン。罠にハーメルンはお手のものです。」

 

 

 

 

 

 

浅葱アゲハさんについて、令和2(2020)年1月頭の渋谷道劇の公演模様を、演目「銀の龍」を題材に語ります。

 

 

 

新年早々の新作は演目名「銀の龍」。アゲハ新聞には「今年は辰年だっけ?という感じの新作ですが2020の平和を願って作りました」とある。私のポラコメにも「Kuuちゃんから頂いた銀の龍を自分なりにアレンジしました。2曲目の『カリソメ乙女』と4曲目の『銀の龍の背に乗って』が元々の出し物に入っていた曲です。直接的じゃないけど、争いのない年になりますようにと思って作ったよー。」とあった。

干支がどうのという前に、私には「銀の龍」の作品を観たとき、「ゴジラ」の次に「銀の龍」というのがとても腑に落ちるものがあった。というのは、前回作「ゴジラ」の観劇レポートを書いた後に、作品「ゴジラ」のベースになっていた映画『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』をビデオで観た。その中に登場するキングギドラは三つの首を持つ金の龍であり、この映画では人間の敵側になる。それに対して、ゴジラが人間の味方側としてキングギドラに対抗する。ゴジラには銀色に光る背びれが付いている。つまりゴジラこそ銀の龍なのである。だから「ゴジラ」の次に「銀の龍」という作品が来ることに凄く納得した。

ただ、本作「銀の龍」はお正月作品でもあり、着物姿で踊る和物のイメージにまとめている。だから前回作「ゴジラ」のようなモンスターものではない。でも私はモンスターものを拝見したかのように興奮した。その勢いでもって観劇レポートに向き合った。かなり気合が入っている。(笑)

龍のことをいろいろ調べているうちに、大好きなジブリ作品と龍との関係について言及したくなる。そうすると観劇レポートとしては内容が膨大になり過ぎてまとまらなくなってきた。ジブリと龍については別のレポートとする。ただ、童話だけは先行して出来上がった。アゲハさんから「スケールの大きな内容でびっくりしました☆」と言ってもらえ、私自身書いた甲斐があったと嬉しくなる。

 

さて、まずは、ステージの作品内容からおさらいする。

華やかな花飾りを頭に付け、銀の振袖を羽織る。緊迫感のある音楽に合わせ裸足で踊る。

一曲目は澤野弘之のインスト曲「DRAGON RISES」。「医龍 Team Medical Dragon 2」 オリジナルサウンドトラック収録。「医龍パート1で作った『RED DRAGON』のような緊迫系の曲をより追求したいという思いで作りました。テーマとして作った曲ではなかったのですが、結果的に医龍2のテーマ的役割になっていた気がします。」との澤野弘之の弁。

私はこの曲を聴いたとき、前作「ゴジラ」の選曲を思い出したほど。よくサウンドのイメージが似ているよね。この選曲にもアゲハさんらしさが出ているね。この曲に合わせて着物姿で踊るのだから、一気にkuuさんの作品を凌駕しているね。

音楽が変わり、銀の羽織りを脱ぐ。下には、赤地に白と緑の花柄がブリントされた着物。帯が華やかで、金の帯を銀の紐で結び、その上に赤い花飾りを付ける。音楽に合わせ裸足で踊る。

二曲目は、椎名林檎の『カリソメ乙女』。映画『さくらん』(2007年2月公開)主題歌。

勢いのあるジャズサウンドだ。

 ここで音楽が変わり、着替える。

 赤い襦袢姿になって、ティシューの白い布に絡んでいく。ここからは、まさしくアゲハオリジナルとなっていく。次からの二曲が圧巻である。この音楽をバックにして鮮やかなティシュー演技が繰り広げられる。

 三曲目は、岡崎体育の「龍」。作詞作曲:岡崎体育。

 聴いたことのない曲、聞いたことのないミュージシャン。フォークソングのように、ゆっくりと歌い込む。珠玉のメロディと歌詞がしっかりと耳に刻まれる。この歌詞は深いなと思えた。

 彼の経歴を読んでいて次の箇所に目が留まる。2012年に同志社大学を卒業後、一度は一般企業へ就職するも音楽への夢を諦められず退職。音楽ソロプロジェクト「岡崎体育」を開始した。地元のスーパーマーケットでアルバイトをしながら、自主制作でのCDリリース、ライブやフェスへの出演といった音楽活動をしていた。<母子家庭で育つ。また一人っ子であることから、親からは「堅い仕事に就いてほしい。4年やってメジャーデビューできなかったらあきらめろ」と言われていた。そのためインディーズ時代から「27歳の夏までにメジャーデビューします」と言い続けており、2016年5月(26歳10ヶ月)にその目標を達成した。

「龍」の歌詞のなかで、「部屋の灯りを消して 夜は龍になって 星の透き間を泳いで 誰も知らない唄をつくろう」とある。必死で歌作りに励む彼の姿が目に浮かぶ。その姿はまさしく‘銀の龍’なのだと思う。それは、童話を書き続ける今の自分の姿に重なる。

 そして、ラスト曲は、中島みゆきの名曲「銀の龍の背に乗って」。作詞・作曲:中島みゆき/編曲:瀬尾一三。2003年7月23日に発売された中島みゆきの38作目のシングル。ドラマ『Dr.コトー診療所』(第1、第2シリーズ、フジテレビ系)の主題歌。

 この歌詞の中で、銀の龍は「非力」と言っている。銀の龍は「弱さ」の象徴なのだ。

 このまま、解説を進めようと思いつつ、私はそれを全て飲み込んだ童話「銀の龍に乗って」を書いていた。この童話に中島みゆきの名曲「銀の龍の背に乗って」を詰め込んだ。

 

 

2020年1月                          渋谷道頓堀劇場にて

2020年2月                                                  池袋ミカド劇場にて

 

 

 

2020.2

ストリップ童話『銀の龍に乗って』 

~浅葱アゲハさんの演目「銀の龍」を記念して~

 

 

 

 龍は宇宙からやってきた。正確にいえば、龍は宇宙を起源にするが地球という惑星で進化した生物である。

 その経緯を説明しよう。

 最初に、太陽系に地球という惑星が誕生したとき、地球の周りにはガス状になった宇宙の藻屑がたくさん浮遊していた。その中に生命体がいた。それらが長い年月をかけて進化していき、最終的に龍の形になっていった。

 大昔の地球は全てが海でおおわれていて、陸地がなかった。そのため、飛ぶことのできた龍は雲の上を住処とした。たくさんの龍たちが、地球を所狭しと生存しており、現人類のはるか昔に文明と呼べるものがすでに雲の上にあったのだ。

 龍の使命は地球を護ること。いずれ雲の下にある地上が進化していき新しい文明を築くまでは、龍こそがこの地球の護り神として君臨したのだ。

 地球は水の惑星。地球が惑星として進化していくためには適正な水の循環が起こらないといけない。龍はお互いの硬い皮膚を擦り合わせることで電流を起こし、雷を作ることができた。その雷こそが、雲の成分を刺激して、地上に雨を降らせる源になる。人間が龍を水神として祭るのはそのためである。

 

 さて、龍の世界について少し触れます。

 龍の皮膚は鋼鉄のように黒ずんでいました。たくさんの龍がいましたが、雲の間から龍が姿を現しても、それを下から見上げれば漆黒の宇宙に紛れ込んで姿が隠れてしまいます。そして、その皮膚はお互いの身体に触れて電流を起こすくらいだから鋼鉄のように硬いのです。そのため龍は一般には「鉄の龍」と呼ばれていました。

 ところが、龍の中に、ごく一部だけ自ら皮膚を輝かせられる龍がいました。それは龍の中から突然変異として誕生しました。一般の「鉄の龍」に対して「金の龍」と「銀の龍」と呼ばれます。

金の龍は、黄金色の皮膚をもっており、稀にしか生まれません。金の龍は太陽の化身と位置づけられました。龍の世界の中では、金の龍は別格でした。才能もあり、高貴であり、豊かである偉大な存在と讃えられました。ただ性格は傲慢で派手好みです。

 それと対極に考えられたのが「銀の龍」で、ごく少数いました。彼らは月の化身と位置づけられました。純粋で知的なのですが、悪くいえば影を好む暗さを持っていました。

金の龍はまさしく‘俺は俺は’というタイプで、鉄の龍たちを抑え込み従わせようとしました。一方の銀の龍は、自分は太陽にはなれない月だから二番手でいいという控えめさがあり、鉄の龍たちとの協調性をもっていました。

 金の龍は「強さ」の象徴であり、銀の龍は「弱さ」の象徴のように思われていました。

 

 とてつもなく長い時間が過ぎていきました。

 龍の世界は地球では手狭になっていきました。龍自身が大きいうえに、数が膨大に増え過ぎました。また一方、知性を持っているがゆえに、雲の上の生活に退屈さを感じていたのです。龍は大きな身体と知性を持て余していました。

 いつしか、地球の表面では海の間に陸ができ、そこに生物が生息するようになります。そして、人間がその生物の頂点として繁栄を極めていきました。

 雲の上から地上の様子を眺めていた龍たちは、地上に憧れました。なにせ、天空は雲しかないのでつまらないのです。楽しみといえば太陽と月が決まった周期で変化するくらいかな。その点、なにやら人間界は毎日が変化に富み楽しそうでした。龍はいっそのこと人間になって地上で生活することを考えました。

 龍は天空の神さまですから人間に変身することはお茶の子さいさいです。

 しかし、龍の世界では簡単に人間になることは許されませんでした。地球を護ることを至上命題とする龍にとって、地上に君臨する人間界をむやみに混乱させることはできません。そこで、龍たちが人間になるための、厳しい「登竜門」がありました。

 金の龍と銀の龍は選ばれし龍として優先的に人間界に下ろされました。そして人間として生まれ変わりました。

 金の龍が天から降りるとき、人間界では「麒麟が現れた」と噂されました。彼らはもともと金の龍が持っている資質を活かし、歴史に名を残す偉大な人物になりました。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康など天下人と呼ばれる戦国武将たちは金の龍が降臨したものです。最近では三日天下の明智光秀も「麒麟がくる」なんて呼ばれているようですね。

 一方の銀の龍は「弱さ」を知っていました。しかし自分の弱さを知っている人ほど本当は強いのです。彼らは弱い民衆を助けたいと願い、聖職者や医者になることを選びました。教会で使われる宗教の道具が全て銀製なのはそのせいです。また神社仏閣の柱や欄間に施される宮彫りに龍が描かれます。医者を象徴する手術用メスも銀製ですね。最近では一部の人間界に医龍ブームというのがあるようです。

 銀というは「純粋」「無垢」「神聖」を意味します。

 

 金の龍や銀の龍の活躍を契機にして、鉄の龍たちも次々と人間界に降りていきました。こうして人間と龍は一体になっていきました。いまでは人間は自分の中に龍が入っていることを忘れてしまっているようです。

 しかし、よくよく目を凝らして人間を観察すると、銀の龍が現れることがあります。

 最近目についた例を紹介しましょう。

 

 ある銀の龍は、一人の医師になりました。名前をコト―と言います。

 彼は、身体も軟弱で気弱な男でした。しかし、病気や怪我で困っている人を助けようと、医者になることを志し猛勉強しました。見事に医学部を卒業し、医師になってからは、誰も行こうとしない南海の離島に単身で乗り込みました。実際は船酔いに耐えながら、へろへろの態(てい)でやってきました。それでも彼は人助けに情熱を燃やします。コト―診療所を開業し診察を始めます。

 ところが、着任初日、診療所を訪れた患者はゼロ。看護婦は「この島の人達は、本当に具合が悪かったら、本土の病院に船で6時間かけて行くんです。誰もこんなとこで診てもらいたくないですからね」と言う。なんだか気が抜けてしまったコト―だった。

たしかに最初のうちは未熟な腕で悪戦苦闘もしましたが、次第に彼の努力は報われ、離島の人々からも信頼され始めます。彼はたくさんの人々を救い、島民から慕われました。弱い男が「銀の龍の背に乗って」逞しい男になった一例です。

 

 もう一人、紹介したい例があります。

 ある銀の龍はストリッパーになりました。名前をアゲハッチョと言います。

 彼女も決して強い人間ではありませんでした。でも心根が優しく、女性に縁のない恵まれない男達を自分の美しい裸体で癒してあげようと考えました。ところがストリップの世界もただ裸を見せればいいという、そんな生易しいものではありません。デビュー当時は、とにかく上手く踊れなくて何度も泣きました。

アゲハッチョはたまたま空中ショーと出会い、その華麗な世界に魅了されました。必死で練習しました。努力の甲斐があり、めきめきと上達し、空中ショーのできるアゲハッチョはストリップ界の第一人者になりました。彼女の演技は、まるで龍が空中で舞い上がるようでした。当然ですね、もともと龍なのですから。

 

 龍は人間界にうまく溶け込んでいます。誰にもわかりません。本人も元々自分が龍であったことを忘れています。

 しかし、ふとした瞬間に龍の力が蘇ることがあります。アゲハッチョはそれを体現している一人なのです。

 

                                    おしまい

            

 

 

 

 

うさかめ版グリム童話「ヘンゼルとグレーテル」

 

大人になった兄ヘンゼルと妹グレーテルは、小さい頃に体験したお菓子の家をもう一度味わいたいと森に入っていきました。

 森の中で道に迷った二人は、カメさんと出会いました。

「あら、カメさん、こんにちは。私たち、お菓子の家を探しているんだけど知らない?」とグレーテルは尋ねました。

 少し考えたカメさんは、二人に「ぼくが美味しいお菓子をご馳走しよう!」と約束し、そして二人を森のストリップ劇場に連れて行くことにしました。

 

 森のストリップ劇場に着いた二人は歓迎されました。

 二人はお風呂に入れられ身体を隅から隅までキレイにされました。そして、次々とお菓子が運ばれ食べさせられました。

 ヘンゼルは嫌な予感がしました。小さい頃に体験したお菓子の家でも、魔女が僕らを太らせて食べてしまおうとしたことを思い出したのです。

 

 カメさんは何食わぬ顔で、二人に「せっかく来たのだからストリップを観ていかないか?」と誘いました。

 森のストリップ劇場では、ちょうど看板娘のうさぎちゃんとバンビちゃんが乗っていました。

 ヘンゼルはうさぎちゃんとバンビちゃんの可愛さに一目で参りました。ちょうど蜂蜜ショーが行われていて、ヘンゼルはうさぎちゃんとバンビちゃんがあそこから出した蜜を舐めました。ヘンゼルは爆発しそうになりました☆

 こうしてヘンゼルは甘い蜜の味に悩殺されました。

 一方、妹のグレーテルは、一緒に観ていたカメさんの頭がむくむく大きくなるのを見て興奮しました。思わず、カメさんの頭にしがみついたものだからカメさんも我慢できずにグレーテルの顔にかけっこしてしまいました。

 エロスの楽しさに目覚めたグレーテルは自分も踊り子になる決心をしました。

 

 こうして、ヘンゼルとグレーテルはストリップという魔物に飲み込まれてしまったのでした。

 

 

平成30年2月                

 

 

 今回は、DX歌舞伎の踊り子・葉月凛さんについて、H30年お正月のDX歌舞伎公演の模様を、演目「釣りキチ凜平」を題材に、「釣りとストリップ」という題名で語ります。

 

 

 

 

この作品「釣りキチ凜平」は昨年九月頃に初出しされたもの。凜さんが釣りキチなのは彼女から以前ポラ時に頂いたニュースペーパーで知っていた。今回、その自分の趣味を見事に演目に昇華させたことに感動した。またアニメ好きの私の童心に火が点いた。小さい頃、少年マガジンを愛読していたので「釣りキチ三平」は知っていた。ただ子供時分は釣りに興味がなかったので漫画そのものにはのめり込まなかった。大人になって、周りに釣りキチが多く、釣りの楽しさに興味を抱くようになる。男性の休日はゴルフが圧倒的に多いが、二番目は釣りだろう。何度も誘われたが残念ながら今のところ実現していない。どうしても足がストリップの方に行ってしまうので(笑)。

今回、釣りキチ達からの話や漫画「釣りキチ三平」を再読したことを踏まえて、観劇レポートと童話を仕上げてみた。

 

まずは、葉月凛さんの演目「釣りキチ凜平」を紹介する。

最初の衣装がインパクト十分。大漁旗をイメージした着物がいい。上半身は長い振袖の付いた法被(はっぴ)形。青地に賑やかな魚の絵が描かれる。背中と片振袖に祝大漁という文字が大きく書いてある。面白いのは両振袖部分に‘でらかぶ丸’‘葉月丸’とある。首のところにある赤い魚の模型がワンポイント。下半身は膝丈のスカート状になっていて、大漁旗と合わせて鮮やかな赤・青・黄色の生地が交互に並ぶ。足元は青いストッキング、青いズックを履く。頭には青と白のリボンで髪をひとつ結び。

最近の女性アイドルグループの曲に乗って賑やかに踊る。今回、曲名は聞いていないが、全て最近のアイドル曲で釣りや魚に関するものばかり並べている。よく集めたね~。

次に、着替えて軽装になる。黄色いTシャツの胸元に‘釣りキチ凜平’と書いてある。きらきらした銀のショートパンツ。青いストッキングをオレンジの紐でクロス。足元はきらきらした青・オレンジ斑なズック。水色のリュックを背負って、釣り気分で踊る。長い釣り竿を出して先端に魚を描いた紙を付ける。その紙二枚を客に配る。

一旦袖に入り、今度は全裸で登場。手に大きなスケッチブックを持つ。その中には魚の絵・写真がびっしり。人気タレントのさかなクン流の解説が始まる。例えば「高級魚の鯛は昔から養殖されている。天然と養殖の区別は?」答えは「養殖は鼻の穴がひとつ。天然は二つ。」等

最後に青いネグリジェでベッドショーへ。

 

これまで、人魚姫のステージはたくさん拝見したが、釣りや魚をテーマにした演目は初めて拝見した。

ストリップと釣りを絡ませるのは極めて斬新である。

面白いので「ストリップと釣り」について徒然に考えてみた。

私の知っている釣りキチが言うには「釣りというのは魚との長―い会話だ」という。彼の言う釣りの魅力を少し紹介する。

まず、山間部の渓流釣りにしろ、海上の磯釣りにせよ、喧噪の日常生活から解放されて、大自然の中に自分を置くことが何よりも気分がいい。空気がうまい。魚が釣れようが釣れまいが構わない。それだけで十分気持ちがいいと言う。

とは言いながら、当然に魚が釣れた方が楽しいので、気持ちは釣りに向かう。釣り道具を揃えるだけでも楽しい。それを持って、どこに向かうかで毎回心がときめく。朝早くから出かけるが早起きが楽しい。

魚を釣るために、一匹一匹の魚と会話をすることが大切。まずは魚がいるところを見つけて、そこに釣り道具をキャスティングして、餌をあげて釣り上げる。釣れるまでじっくり待つ。焦らず、のんびり待つ。それが至福の時間。また渓流釣りでは、あたりで釣ることも大事だね。小さい魚は川に返す。だから釣り針を飲み込まれないように、唇に掛けて取る。くるりと逆さに返しの付いていない釣り針で釣るわけだから、釣り針がすっと外れて逃げられることもある。そんなとき、自分の腕のなさを素直に認めて、逃げる魚はどうぞ逃げて下さいと言う。私を釣ってもいいですよ!という魚だけ釣らしてもらい、それを持ち帰り、大事に食べる。だから美味しいと言う。

釣りのことを話す釣りキチの目は輝いている。

 

私がストリップのことを話すときも、きっと目が輝いていると思う。

今日はどこの劇場に行こうかな!と迷う。朝早く起きて、駅で切符を買うときに行き先が決まらずに困ったことが何度もある。そんなときが一番楽しい。

劇場に着いて場所取りをしたら、踊り子に渡す手紙を準備する。私の場合、これが観劇のキャスティングに当たり楽しいひとときになる。観劇はのんびり楽しむ。もちろん拍手はする。ヌードを有難く見せて頂く。そこは無の境地。だからストレスが無くなる。

人間は魚ではないから釣り上げるという表現はしないが、ストリップであえて使わせてもらうと次のようになる。踊り子は自分の魅力を餌にして客を釣り上げてポラを買わせる。またスト客は踊り子に気に入ってもらうためにポラを買い、プレゼントやチップを餌にして踊り子を釣り上げる。ストリップの場合、会話は殆どないが、そうしたやり取りの中に、踊り子と客の会話がある。私の場合はたくさん会話がしたくて手紙を使う。

 

考えてみれば、釣りもストリップも、日常のストレスから解放されたいという現実逃避。釣りは大自然の中に身を置くが、ストリップは自然のままの裸体の前に身を置く。男にとって最も美しいと感じる女体を前にして心を開放する。

釣りとストリップにはすごく共通したものを感じる。

 

 

平成30年1月                             DX歌舞伎にて

 

 

 

【参考】釣りキチ三平

 

『釣りキチ三平』(つりキチさんぺい)は、矢口高雄による日本の漫画作品。また、それを原作としたアニメ作品。1973年から10年間、『週刊少年マガジン』(講談社)に連載され、当時の看板作品のひとつであると共に、自然派漫画の代表的存在であった。

 

三平 三平(みひら さんぺい)物語の主人公。3月3日生まれ。11歳(時により9 - 15歳前後として描いているとのこと)。大きな麦わら帽子がトレードマーク。印象的な東北弁で喋り、素朴で明るい性格の少年。だが、釣りのこととなると目つきが変わる何よりも釣りが大好きな「釣りキチ」の少年。自然の残る秋田の山間の村に住み、あちこち出かけてはさまざまな釣りに挑戦する。経験こそまだ乏しいものの、釣りに関しては一流のセンスを発揮し、周囲の大人からも一目置かれている。時に幻の魚や、伝説の主(ぬし)と呼ばれる大魚などにも挑戦し、困難な問題には工夫をこらして対処し釣り上げてしまう。作中、さまざまなライバルや仲間にも出会いながら人間的にも成長していく。

 

 

 

 

『釣り場と森のストリップ劇場 ―うさかめver―』  

~葉月凛さん(DX歌舞伎所属) の演目「釣りキチ凜平」を記念して~

 

 

自然に囲まれた森のストリップ劇場の近くには、たくさんの沢があり渓流釣りにやってくる釣りファンがいました。朝早くから釣りを楽しみ、午後から森のストリップ劇場に寄ってくれる人もいます。

 

ある日、見たことのある顔の釣り客が何人か劇場にやってきました。

漫画(映画)『釣りバカ日記』に出てくるハマちゃん(浜崎伝助)とスーさん(鈴木一之助)がいます。楽しそうにストリップを観劇しています。

二人とも年配なのでお酒を呑みながら大人の雰囲気で談笑しています。でも真面目な話はしていませんよ。きっと話題は、釣りの穴場か、ストリップの穴場のことなんでしょうね。(笑)

 

もう一組、有名な方がいました。

トレードマークの大きな麦わら帽子をかぶっています。そうです、漫画『釣りキチ三平』で有名な三平 三平(みひら さんぺい)です。若いと思っていましたが、もうストリップを観れる年頃なんですね。印象的な東北弁で喋っています。

その相手をしているのが有名タレントのさかなクンです。二人は仲良しだったんですね。

 

カメさんが三平くんとさかなクンに挨拶に行きました。

実は、カメさんも釣りが大好きでした。そうか、カメさんが投げるリボンは釣り竿を投げるイメージだったんですね。

三人は意気投合し、釣り談議に花が咲きました。・・・

渓流釣りの魅力は、喧噪とした日常生活から解放されて、大自然の中に自分を置くことが何よりも気分がいい。自然の音がいいね。水のせせらぎ、鳥の鳴く声。そして空気がうまい。都会とは全然違うよ。

沢の周りは雪解け水に倒された枯れ木が多く、すごく歩きづらい。でも、この辺りは人があまり踏み込んでいないという点がいいね。すごく自然のまま。ふと出会う小さい花がきれいだなぁと心が和む。

魚が釣れようが釣れまいが構わない。ここに一人立っているだけで幸せな気分になれる。

とは言いながら、当然に魚が釣れた方が楽しいので、気持ちは釣りに向かう。

魚を釣るためには、一匹一匹の魚と会話をすることが大切だね。まずは魚がいるところを見つけて、そこに釣り道具をキャスティングして、餌をあげて釣り上げる。釣れるまでじっくり待つ。焦らず、のんびり待つ。それが至福の時間。

また、あたりで釣ることも大事だね。やみくもに釣り上げようとはせず、あたりをつけて釣ること。小さい魚は川に返してあげる。だから釣り針を飲み込まれないように、唇に掛けて取る。くるりと逆さに返しの付いていない釣り針で釣るわけだから、釣り針からすーっと外れて逃げられることもある。そんなときは、自分の腕のなさを素直に認めて、逃げる魚はどうぞ逃げて下さいと言う。私を釣ってもいいですよ!という魚だけ釣らしてもらう。そう、魚と友達になった感覚かな。釣った魚は、私を待っていた友達と会った気分。自然と一体になっているとどこに魚がいるか分かるんだ。

水がとってもきれいなので、その水の中で泳ぐ魚が天使に見えることもあるんだ。きれいな水は全ての生き物の心まできれいにしてくれるよね。

魚は自分で食べる分しか釣らない。釣った魚は持ち帰り、大事に食べる。だから美味しい。晩酌が最高だ。まさに魚は美味しい酒を飲むために山から頂いたんだね。・・・

カメさんは、三平くんが「釣りというのは魚との長―い会話だ」という言葉がとても気に入りました。それを知らないと釣りをする資格がないし、釣りの意味がないんだね。

ところで、三平くんとさかなクンは、この森の奥に大きな滝があり、そこに巨大魚がいるという噂を聞いてやってきたようです。しかし、カメさんもそれは知りませんでした。

 

そうこうするうちにストリップの開演時間となりました。

何人かのステージの後、舞台に山のくまちゃんが登場したとき、三平くんは渓流釣りで獲ってきた魚をくまちゃんに差し入れしました。くまちゃんは大感激。

魚は、ここの上流地域に多く生息するヤマメ。ヤマメは渓流の女王と呼ばれ、体側に鮮やかなパーマークがあり、大きさが30~40㎝もあります。5月から9月がベストシーズンなんですね。もうひとつの魚はイワナ。イワナも上流域で冷水を好んで生息します。背中は褐色を帯びた暗緑色。体側に白紋が入り、腹部の黄色がかっています。その魚を見ているだけでくまちゃんの喉がごくんと鳴りました。

そこで、三平くんとさかなクンとカメさんの三人は、熊の話に言及しました。

山に釣りに入り、沢で水を飲みに魚を捕りにやってきた熊と出会うことが一番怖い。万一の場合に備えて熊スプレーを持参している。これは強烈です。さすがの熊もこれで退散します。

でも本来、山の中では熊が住人ですから、人間の方が熊に礼を尽くす必要がある。だから「今日はここで釣りをさせて下さいね。よろしくお願いします。熊さんも出てこないで下さいね。」と頼むわけです。挨拶みたいなものです。

人間はよく熊が出たと騒ぎますが、たいがいは人間が悪く、熊は悪くない。人間が食べ残しなどを置いていくから熊が出るわけです。自然を壊さないことが一番大切です。

三人の話を聞いていた山のくまちゃんは感激しました。

山のくまちゃんは、さかなのプレゼントの御礼に、三平が探している森の奥の滝まで案内する約束をしました。くまちゃんは知っていたのです。

三平くんとさかなクンは、森のストリップ劇場に寄ったことで、カメさんや山のくまちゃん達と仲良くなり、交友関係が広がったことで新たな楽しみが増えたことを喜びました。

 

                                                                      おしまい

 

 

 

 

今回は、DX歌舞伎所属の踊り子・葉月凛さんについて、八周年作品「百万回生きたねこ」を題材にして話します。

 

 

 

童話「百万回生きたねこ」は題名を知っていたくらいで内容は知らず、今回ステージを拝見して私の琴線に触れました。次のような内容である。

舞台でナレーションが入る。

「100万年も死なない ねこがいました。100万回も死んで 100万回も生きたのです。立派なとらねこでした。・・・」から物語は始まる。

このセリフに沿って凜さんが演じていくのでストーリーが分かりやすい。また、このはきはきした女性のナレーションがメロディのように耳に馴染んでくるのが大きな特徴である。すーっとファンタジーの世界に入り込んでいける。

最初に、海賊の姿で登場。ねこは海賊に飼われていましたが、海に落ちて死んでしまう。

次に、マジシャンの姿で登場。ねこはマジシャンの手品のネタに使われていた。箱に入れられてノコギリで真っ二つ。ねこは無事に現れ拍手喝采。ところが、ある日マジシャンの手違いでねこは真っ二つにされ死んでいく。

その次は、泥棒の姿で登場。ねこは泥棒に利用され、ねこが犬に吠えられている間に泥棒が仕事をしていた。ところが、ある日ねこは犬に噛まれ死んでしまう。

この三つの場面で、飼い主たちは大好きなねこが死んで泣き悲しむ。ところが、ねこはすべての飼い主が大嫌いだった。

凛さんは前半部の三つの場面で男の子のねこに扮して演ずる。とてもかわいらしくて似合っている。表現者としての彼女の才能が光る。

後半部では、ねこは誰にも飼われていない野良猫として登場。ねこは自分のことが大好きで自由気ままを謳歌する。ステージでは、ねこに扮した凜さんが楽しそうにロックンロールを踊る。

ねこはモテモテで多くのメスねこから言い寄られるにもかかわらず、自分のことを見向きもしない美しい白いねこが気に入る。最初はなかなか相手にされなかったが、ねこは白いねこに一生懸命にプロポーズして受け入れてもらう。凛さんが白いねこに扮して、白いドレスを着て舞い踊る。

二人はたくさんの子猫に恵まれる。ねこは白いねこの側にいることが幸せだった。

子猫たちが大きくなり全員旅立っていき、白いねこは年老いる。そして、白いねこはねこに見守られて死んでいく。ねこは来る日も来る日も百万回も泣く。泣き終わって、ねこは死んでいく。「ねこはもう決して生き返ることはなかった。」

 

前半部は海賊、マジシャン、泥棒とそれぞれ波乱万丈な人生を送り、それを百万回も生き返っていたわけだが、後半部は一転、穏やかな家庭生活に入り幸せな一生を送る。そして「ねこはもう決して生き返ることはなかった。」ということに、「あーよかった!」という不思議な感動を覚える。この結末がこの物語の後味の良さになっている。

まるでミュージカル公演を観ている気分になる。佐野洋子のこの有名な童話をストリップ作品として纏め上げたことが驚きであり感動であった。まさしく葉月凛という踊り子の凄さを見た思いである。

 

私は無性に原作が読みたくなった。

原作では、前半部に、もう三つの場面がある。戦争の好きな王様が飼い猫を戦場に連れていき、ねこは矢に当たり死んでしまう。また、女の子がねこを猫可愛がっていたが、おんぶ紐がねこの首に巻き付き死んでしまう。最後には、おばあさんが可愛がっていたねこを老衰で死なせる場面がある。

いずれも、ねこは飼い主のことが大嫌いだった。そのせいか、猫の死に方がとてもシュールである。マジシャンにノコギリで真っ二つにされたり、おんぶ紐に首を吊られたり、あまりにも悲惨な死に方である。最後に、おばあさんに飼われたねこのみが老衰で生を全うしたのが救いかな。

私は前半部は、ねこが夢を追う部分と感じた。どんな人生があるか分からない。わくわくしながらページをめくり、次はどんな夢を叶えるのかなと楽しめる。ところがどの人生も悲惨な死が待っている。一見おばあさんとの場面では老衰で人生を全うしたかのようだがそれでも幸せだとは思えない。

それは、ねこが主体的に生きていないから。ねこはすべての飼い主が嫌いだった。愛されているにもかかわらず「愛」を感じなかった。愛を感じない人生は幸せとは言えない。

一転、前半部の「夢」に対して、後半部は「愛」に満ちている。

飼い主による受動的な人生ではなく、自由気ままな野良猫。自分の好みで伴侶を選ぶ。愛を与えられるのではなく、愛を与える生き方になる。波乱万丈な冒険に満ちた人生ではなく、平凡な家庭生活の中に本当の幸せがある。主人公は愛を与えることにより、愛に満ちた一生になった。これまで百万回も生きて一度も泣いたことがなかった主人公が、たった一度の人生で愛する者を失って百万回も泣くことになる。

人生というのは、愛を得ることと愛を失うことの繰り返し。愛による喜びと悲しみを知れば、人は幸せな一生であり、満足して死ねる。だから「ねこはもう決して生き返ることはなかった。」のである。

 

 

お正月早々、こんな素敵な童話と作品に触れさせて頂き、幸せな気分になりました。凜さんに心から感謝します。

 

 

平成29年1月7日                         DX歌舞伎にて

【付録】童話『百万回生きたねこ』(佐野洋子作) (※漢字版にしました)

 

100万年も死なない ねこがいました。

100万回も死んで 100万回も生きたのです。

立派なとらねこでした。

100万人の人が そのねこが死んだとき泣きました。

ねこは 1回も泣きませんでした。

 

あるとき ねこは 王様のねこでした。

ねこは 王様なんか嫌いでした。

王様は戦争が上手で いつも戦争をしていました。

そして ねこを立派な駕籠に入れて 戦争に連れていきました。

ある日 ねこは飛んできた矢に当たって死んでしまいました。

王様は戦いの真っ最中にねこを抱いて泣きました。

王様は戦争を止めて お城に帰ってきました。

そして お城の庭に ねこを埋めました。

 

あるとき ねこは船乗りのねこでした。

ねこは 海なんか嫌いでした。

船乗りは世界中の海と世界中の港に ねこを連れて行きました。

ある日 ねこは船から落ちてしまいました。ねこは泳げなかったのです。

船乗りが急いで網ですくいあげると ねこはびしょ濡れになって死んでいました。

船乗りは 濡れた雑巾のようになったねこを抱いて大きな声で泣きました。

そして遠い港町の公園の木の下にねこを埋めました。

 

あるとき ねこはサーカスの手品使いのねこでした。

ねこは サーカスなんか嫌いでした。

手品使いは毎日ねこを箱の中に入れて のこぎりで真っ二つにしました。

それから まるのままのねこを箱から取り出して拍手喝采を受けました。

ある日 手品使いは間違えて本当にねこを真っ二つにしてしまいました。

手品使いは 真っ二つになってしまったねこを 両手にぶら下げて大きな声で泣きました。

誰も拍手喝采をしませんでした。

手品使いはサーカス小屋の裏に ねこを埋めました。

 

あるとき ねこは泥棒のねこでした。

ねこは 泥棒なんか大嫌いでした。

泥棒は ねこと一緒に 暗い町をねこのように静かに歩き回りました。

泥棒は 犬のいる家だけ泥棒に入りました。

犬がねこに吠えている間に 泥棒は金庫をこじ開けました。

ある日 ねこは犬にかみ殺されてしまいました。

泥棒は盗んだダイヤモンドと一緒にねこを抱いて

夜の町を大きな声で泣きながら歩きました。

そして 家に帰って 小さな庭に ねこを埋めました。

 

あるとき ねこは ひとりぼっちのおばあさんのねこでした。

ねこは おばあさんなんか大嫌いでした。

おばあさんは毎日ねこを抱いて 小さな窓から外を見ていました。

ねこは一日中 おばあさんの膝の上で 眠っていました。

やがて ねこは年をとって死にました。

よぼよぼのおばあさんは よぼよぼの死んだねこを抱いて 一日中泣きました。

おばあさんは 庭の木の下に ねこを埋めました。

 

あるとき ねこは小さな女の子のねこでした。

ねこは子供なんか大嫌いでした。

女の子は ねこをおんぶしたり しっかり抱いて寝たりしました。

泣いたときには ねこの背中で涙を拭きました。

ある日 ねこは女の子の背中で おぶいひもが首に巻き付いて死んでしまいました。

ぐらぐらの頭になってしまったねこを抱いて 女の子は一日中泣きました。

そして ねこを庭の木の下に埋めました。

ねこは 死ぬのなんか平気だったのです。

 

あるとき ねこは誰のねこでもありませんでした。

野良ねこだったのです。

ねこは 初めて自分のねこになりました。

ねこは 自分が大好きでした。

なにしろ立派なとらねこだったので 立派な野良ねこになりました。

どんなメスねこも ねこのお嫁さんになりたがりました。

大きな魚をプレゼントするねこもいました。

上等のねずみを差し出すねこもいました。

珍しいまたたびをお土産にするねこもいました。

ねこは言いました。

「おれは100万回も死んだんだぜ。いまさら おかしくって!」

ねこは誰よりも自分が好きだったのです。

 

たった一匹 ねこに見向きもしない白い美しいねこがいました。

ねこは白いねこの側に行って

「おれは100万回も死んだんだぜ!」と言いました。

白いねこは「そう。」と言ったきりでした。

ねこは少し腹を立てました。なにしろ自分が大好きでしたからね。

次の日も 次の日も ねこは白いねこの所に行って言いました。

「君はまだ一回も生き終わっていないんだろ。」

白いねこは「そう。」と言ったきりでした。

ある日 ねこは白いねこの前でくるくると三回宙返りをして言いました。

「おれ サーカスのねこだったこともあるんだぜ!」

白いねこは「そう。」と言ったきりでした。

「おれは100万回も・・・・」と言いかけて ねこは

「そばにいてもいいかい。」と 白いねこに尋ねました。

白いねこは「ええ。」と言いました。

ねこは 白いねこの側にいつまでもいました。

 

白いねこは かわいい子猫をたくさん産みました。

ねこはもう「100万回も・・・・」とは決して言いませんでした。

ねこは 白いねことたくさんの子猫を自分よりも好きなくらいでした。

 

やがて子猫たちは大きくなって それぞれ何処かへ行きました。

「あいつらも立派な野良猫になったなあ。」とねこは満足して言いました。

「ええ。」と白いねこは言いました。

そして グルグルと優しく喉を鳴らしました。

白いねこは 一層優しくグルグルと喉を鳴らしました。

ねこは白いねこと一緒に いつまでも生きていたいと思いました。

 

ある日 白いねこは ねこの隣で静かに動かなくなっていました。

ねこは 初めて泣きました。夜になって 朝になって また夜になって 朝になって ねこは100万回も泣きました。

朝になって 夜になって ある日のお昼に ねこは泣き止みました。

ねこは 白いねこの隣で静かに動かなくなりました。

ねこは もう決して 生き返りませんでした。

 

                                    おしまい

 

 

 

 

 

 

 

ムーミンがやってくる

 

はるか遠い遠いヨーロッパから、ムーミンと仲間たちが森のストリップ劇場にやってきました。

 同行して来たのは、主人公のムーミントロール、父親のムーミンパパ、母親のムーミンママ、またバッハやヘンデルを思わせる長髪のかつらを着用しているスノーク、とその妹であり、ムーミントロールのガールフレンドであるスノークのお嬢さん。思索を好む放浪者のスナフキン、タマネギのように結った髪型が特徴であるちびのミイ。ちなみにミイはスナフキンのママと姉妹。その他にも、カンガルーに似たスニフも連れて来た。

 

 一行は森のストリップ劇場に着いた。

 最初に大きな声をあげたのはムーミンパパだった。「私は世界中を航海してきたが、日本にもこんな素晴らしい自然があるとは。なんて空気が美味しいんだろう。ここは、まさしくフィンランドのムーミン谷と同じような自然の宝庫である。是非ともムーミン谷と姉妹都市提携を結びたい。」この森のストリップ劇場が自然と共存していることを見抜いたムーミンパパの慧眼は鋭かった。

 森のストリップ劇場では、ムーミンの来訪に合わせ、人間のストリップ界からゲストを呼んでいた。一人はTSのベテランのKAERAさん、そしてもう一人はロックの新人のゆきなさん。二人ともムーミン顔をしていた。この二人を見て、ムーミンパパは「KAERAさんもゆきなさんも、きっと我々ムーミン族かスノーク族の末裔だろう。KAERAさんのようなベテランが大活躍しているなんて感激だ。また、ゆきなさんのような可愛いムーミン顔がいることにも感激だー!」と叫ぶ。このように、森のストリップ劇場が人間と動物が共存している事実にも触れて感動していた。

 夜の公演になり、ムーミンパパのボルテージは更に上がった。

 森のストリップ劇場は屋外にステージがあったため、月明かりの中、夜空の景色が一望できた。天の川から星が水飛沫のように降り注いだ。「こんな所が地球上にもうどれくらい残っているのだろう」とムーミンパパはため息をついた。学者肌、芸術家肌のスノークも同調して大きく頷いた。なお、世界中を一人旅しているスナフキンは「日本の神道思想は素晴らしい」ことを知っていたがあえて何も言わず醒めた表情をしていた。

 カメはムーミンパパの言葉に、今更ながら森のストリップ劇場の深い部分を再認識して、感心しきりに何度も頷いていた。

 

 さて、森のストリップ劇場のメインイベント、うさぎちゃんの登場です。

 ムーミントロールとスノークのお嬢さんは大きな拍手を送った。二人ともうさぎちゃんの可愛い魅力にメロメロです。いずれ、スノークのお嬢さんも踊り子になりたいと言うんでしょうね。きっとムーミントロールが必死で止めることでしょう。(笑)

 スニフはカメと肩を組んでステージ後方で踊っています。

 ムーミン一行は、森のストリップ劇場で、ファンタジーの世界に彩られた最高の夜を過ごしました。

 

 

ひみつのアッコちゃんと魔法使いサリーがやってくる

 

少し古いキャラクターですが、ひみつのアッコちゃんと魔法使いサリーが森のストリップ劇場にやってきました。

少し古いキャラクターと申しましたが、私のような漫画少年であった者には、手塚治虫と一緒にトキワ荘で育った漫画界の巨匠である横山光輝と赤塚不二夫がまさに魔法少女の先駆けになったことに感動します。なんて新しい発想を生んだことだろうと今更ながら思うのです。初めてTV放送されたのが、魔法使いサリー(1966年12月- 1968年12月)、ひみつのアッコちゃん(1969年1月- 1970年10月)。私は昨日のことのように鮮明に記憶に残っている。これこそが日本初の少女向けアニメの始まりなんです。

横山光輝氏の代表作には『鉄人28号』、『伊賀の影丸』、『仮面の忍者 赤影』、『魔法使いサリー』、『コメットさん』、『バビル2世』、『三国志』等々多数あるが、我々少年ものだけではなく、『魔法使いサリー』、『コメットさん』など少女ものまで先駆けた点は素晴らしい。なお、正確に言うと、横山はトキワ荘の住人ではなかったが、手塚の「鉄腕アトム」のアシスタントとして活動したこともあった。

赤塚不二夫氏の代表作には『おそ松くん』『ひみつのアッコちゃん』『天才バカボン』『もーれつア太郎』『レッツラゴン』があり、彼は「ギャグ漫画の王様」と称されるが、その中で少女ものとして『ひみつのアッコちゃん』があることに異彩を放っている。赤塚の方は石ノ森章太郎を慕ってトキワ荘に入居している。

 

また、ひみつのアッコちゃんと魔法使いサリーの二人は元祖コスプレです。今のコスプレブームを鑑みれば、この二人の存在は偉大なのです。

 

さて、二人はストリップを観ながら、最初に衣装の華やかさに憧れました。

踊り子の衣装にはけっこうお金がかかります。衣装代にはお客のチップが奏功しますが、まだ若い二人にはチップなんか考えが及びません。

しかし、二人には大きな武器がありました。

ひみつのアッコちゃんにはコンパクトがあります。これに呪文の言葉をかけます。

「テクマクマヤコン テクマクマヤコン ○○になれ〜」(テクニカル・マジック・マイ・コンパクトの略)、元に戻る時は「ラミパス ラミパス ルルル……」(スーパーミラーの逆さ読み)

ちなみに、このコンパクトの由来は次の通り。幼い頃に両親からもらった手鏡を大切にしていたが、ある事件で壊れてしまう。しかし鏡の国の女王の魔法でコンパクトに変化する。なんでも望むものに変身できる魔法のコンパクトを手に入れた少女・アッコちゃんが、コンパクトの力を使って変身して、人助けをしていく。

 

魔法使いサリーの場合、変身する際の魔法の言葉は「マハリク マハリタ ヤンバラ ヤンヤンヤン」。ひみつのアッコちゃんのコンパクトのような小道具は特にありません。

 

二人の少女が森のストリップ劇場でデビューしました。まさに夢の共演です。

二人が有名になったために、次々と変身(コスプレ)好きの魔女たちが集まりました。

魔法のマコちゃんの小道具は「人魚のなみだ」といわれるペンダント。呪文は特になし。

魔法使いチャッピーは、リボンを使って「アブラ マハリク マハリタ カブラ」。

魔女っ子メグちゃんは「テクニク テクニカ シャランラー」。小道具はなし。

魔女っ子チックルは「マハール ターマラ フーランパ」。小道具はなし。

花の子ルンルンは「フレール フレール フレール」。小道具は「花の鍵」。

魔法少女ララベルは「ベララルラー」。小道具はバトン。

魔法のプリンセス・ミンキーモモは「ピピルマピピルマ プリリンパ パパレホ パパレホ ドリミンパアダルト タッチで ++++に なあれー」小道具はペンダントとミンキー・ステッキなるバトンのようなもの。

魔法の天使クリィミーマミは「パンプル ピンプル パムホップンピンプル パンプル パムホップン」。小道具はコンパクトとクリィミーステッキ。

魔法の妖精ペルシャは「ペルッコ ラブリン クルクルリンクル」、のちに「クルクルピカリン クルピカリン」に変更。小道具は3つ。カチューシャ,ブレスレット,バトン。のちにバトンがタンブリンに変更された。

魔法のスター・マジカルエミは「パラリン リリカル パラパラ マジカル」。小道具は ハートブレス(ブレスレット)から出て来るハートブロームなるバトン。

魔法のアイドル・パステルユーミ。魔法を使うときにバックに「スティク ステップ スキップーー 光のライン 描けばイチ ニッ サンで 願いがかなうーーー」と歌が流れユーミが「パステル ポップル ポッピンパー」ととなえる。小道具はバトン(パステルステッキ)。

魔法のデザイナー ファションララ。「ピンキー ポング ミラクル ファッショーン」。

以上、ネット「魔法少女ものアニメでの魔法の呪文 – Biglobe」参照。

 

この他にもたくさんいて、その後も、魔女っ娘たちのストリップデビューがどんどん続きました。

さて、現役の踊り子さんの中に魔女っ娘が何人いることでしょう。うふ♡

 

 ところで、踊り子さんが魔法の呪文で衣装が手に入るとなると、踊り子さんとしては嬉しいことですが、楽屋に通う衣装屋さんが困ってしまいますね。 

そうなんです。衣装屋泣かせのお姐さんが実は魔女っ娘なんですよ。(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星のカービィがやってくる

 

 森のストリップ劇場に、星のカービィがやってきた。まさしくアニメ第一話の題名「出た! ピンクの訪問者」という感じ。

公式な紹介では、カービィのことを「ピンクで小さく丸い姿をしている。身長は20センチメートル程度。他の登場キャラクターたちは、大きさを比較する際、このカービィの身長が元とされ、公式ではマシュマロ程の柔らかさとされている。」とされている。

カメさんは、このマシュマロという言葉にピンと来た!!! 「そうか、カービィは以前、ボクが好きだった踊り子のマシュマロちゃんじゃないのかな。しばらく会っていないと思ったら宇宙の彼方に旅して星の戦士になって帰ってきたんだ。」

そう思ったカメさんはカービィに近づいて「きみを見ていると、ずっと昔からおともだちだった気がするよ。きみはもしかしたらマシュマロちゃんだね?」と尋ねた。しかし、無口な(いや話ができない?)カービィからは何の返事も返ってこなかった。

 

うさぎちゃん達はカービィのことが可愛くてたまらない。カービィをステージにあげて一緒に踊った。

一緒に来ていたカービィの仲間たちも客席にいて、やんやの声援を送っていた。プププランドに住む友達のフームやブン達の他にも、デデデ大王、その家来のドクター・エスカルゴン、騎士のメタナイトも客席に座っていた。

カービィはオープンショーも見様見真似でやった。

 カメさんはマシュマロちゃんのオープンショーを思い出した。マシュマロちゃんは透き通るほど色白な素肌だったので、ピンクの乳首、ピンクのあそこがたくらなく綺麗だった。お尻も水桃のように瑞々しかった。その点、カービィは全身がピンク色に染まっていた。ピンクという色はストリップファンを魅了する。観客たちは一目でカービィの魅力にはまってしまった。

 カービィはオープンショーの最後に得意技の「吸い込み」をする。お客は精気を吸い込んでもらい萌え萌えしている。そして、お客は皆すっきりした顔で帰っていく。一方のカービィもお客の精気を吸い込んだお陰で、ますますピンクに輝いた。

 

 また、カービィは「エロポラ大王」、露出魔「ちんちん太郎」「オナドロイド」、触り魔「抱っこちゃん」、悪質な「ストーカー男」、闇夜の「爆サイ閻魔」等のストリップ界における魔獣をやっつけた。どうも、彼らはデデデ大王が「ホーリーナイトメア社」に依頼して送り込んできた魔獣のようである。

 こうして、カービィのお陰で、ストリップ界に平和が訪れた。

 

                                    おしまい

 

 

 

 

 H19年末も大物ストリッパーの引退を迎えた。

 夕貴美保さんは12月11日から年末31日まで所属の船橋若松劇場で最終公演となった。

私にとっては、その直前の12月頭の川崎ロックが彼女の引退劇となった。

 2ステージ目から拝見したが、観ていて胸に迫るものがあった。当日は二個出しで、2回目と4回目のステージが「鳥」の演目。最初は赤い鳥、次に黄色い鳥、最後に白い鳥のままベッドへ入っていく内容。最初にステージに表れた瞬間、赤いドレスの豪華絢爛に眼を奪われる。引退の最後を締めくくるに相応しい華やかさだ。赤い鶏冠と真っ赤な羽・・・これは「火の鳥」をイメージしているんだと感じた。彼女はこの9年間を燃え尽きたと訴えているのだろう。その後に黄色と白という穏やかな色彩に変わっていくのは、華やかな踊り子から普通の女の子に戻っていくイメージなんだと思う。

 1回目と3回目のステージは「浦島太郎」。これもまた彼女ならではの味のあるいいステージだった。最初の大きな亀が印象的(たまたま川崎ロックの玄関にいるゾウガメにそっくり)。この9年間は彼女にとってまさに「夢のような日々」だったのだろう。引退して、これから普通の生活に戻っていく気持ちをこの「浦島太郎」で表現したかったのだと思う。

 私にとって最後のポラ・サインに「9年間私は幸せでした。今までありがとうございました。」という言葉にぐっと迫ってくるものがあった。印刷された引退の葉書に「12月31日で引退することになりました。9年間沢山のお客様と出会い、支えられ、応援していただいたこと、本当に嬉しかったです。最後まで感謝の気持ちを込めて踊り続けます。」という挨拶文を読んでいて彼女の気持ちが強く伝わってきた。ポラ・サインの最後に、私が手渡した手紙への返答として「仙台はもう雪が降ったのですね」というコメントがあり、これからは普通の生活になっていく郷愁みたいなものを醸し出していた。ポラ・コメントによく季節感を書いていた彼女らしい最後の言葉だと個人的に思うものがあった。

 

 彼女のステージを観ながら、私は自分のストリップ歴を振り返っていた。

 彼女がデビューしたのは1999年1月1日の若松劇場。その年の春頃に初めて若松劇場に足を踏み入れた。そのときに、美保さんが香取しずかさんと「ピンクのくじら」というチームを演じていたのを記憶している。当たり前だが、二人とも幼さを感じるほど若々しかった。私はその時たまたま劇場を覗いてみたというだけで、一度きりだった。次に、少し経って、その年の秋に二度目の若松観劇。その時見た美保さんは完全にストリッパーの顔になっていた。もちろん若々しいかわいさのまま。それからというもの10日に一度のペースでの若松劇場通いが始まった。私のストリップ通いはここからスタートした。今では毎日のようなペースでの劇場通いになってしまったが、美保さんは私をこの世界に引きずり込んだ張本人の一人(笑)。若松所属の中では美保さんと香取しずかさんがお気に入りで、二人のチーム・ショーはよく観に行った。お二人から「太郎さんは先生みたいな雰囲気ね」「理科の先生かな?」「いや、保健体育の先生よ」なんて遊ばれていた。学校の先生はなかなかストリップ通いはできないよね(笑)。

 私のストリップ通いは、次第に若松劇場を通り越してロック系劇場を中心に関東圏内に広がっていった。そのため若松劇場に行く回数が減っていき、美保さんとは他の劇場で会うことが多くなった。たまに若松で会うと、「ここで会うのは久しぶりね」と声をかけられた。ははは

 

 美保さんはこの9年間、変わらないかわいさを保ち続けているな、とステージを観ながら改めて思った。ふと、30歳の誕生日を迎える直前に引退した伝説のアイドル、渋谷道頓堀劇場の影山莉奈さんのことを思い出した。美保さんも「永遠のかわいさ」のまま引退したかったのかなと頭を過ぎった。

 彼女のステージは本当に素晴らしかった。いろんな演目にチャレンジし、我々ファンを楽しませてくれた。私にはピエロでのパントマイムが強く印象に残っている。おそらくたくさん練習し、とても努力家で、そして賢い女性と感じていた。ポラ・コメントにさりげなく季節感を書き込める知性からか、彼女のポラは一服の俳句のように覚えた。

 

 美保さんは今のストリップ界で、最も追っかけの多い踊り子さんの1人だ。彼女のファンは熱狂的な方が多い。いつも決まった応援隊が取り巻いていた。中には用心棒みたいな方もいたなあ。そんな彼らの気持ちを察するに、美保さんの引退がどんなにショックだろうかと気の毒になる。

 

 今年もまた一人の大きな名華がストリップ界を去っていく。

 あなたのことは決して忘れません。「永遠のかわいさ」のまま私の心の中で踊り続けます。第二の人生を心より応援します。いつまでもお元気で。さようなら。

 

 

平成19年12月                          

 

 

 

 

 

ど根性ガエルがやってくる

 

森のストリップ劇場に、ど根性ガエルに登場する面々がやってきた。主人公のひろし、ガールフレンドの京子ちゃん、後輩の五郎ちゃん、番長のゴリライモたち。そして彼らの指導教師として、美人教師のヨシコ先生、ヨシコ先生に恋する南先生、ベテランの町田先生。憧れのヨシコ先生が行くというので寿司職人の梅さんまでついてきた。

 

開演して、すぐに、看板娘の若いうさぎちゃんとバンビちゃんがチームで登場。

あまりの可愛さにみんなうっとり♡

梅さんも南先生もついついその可愛さに涎垂して見とれていました。その二人の様子を見たヨシコ先生がなぜか不機嫌になりました。梅さんも南先生もハッと我に返って、慌ててヨシコ先生のご機嫌をうかがい出しました。「ヨシコ先生のかわいさにかなうものなんておりませんよー。はい」

 ひろしはトレードマークのサングラスを頭にかけ、まるで目を四つにしてストリップを眺めていました。赤いマスクのような物と学ラン・学生帽をかぶった五郎ちゃんは「あっしは興奮したでやんす」と言って、学生鞄を引きずって場内を走り回り始めました。学生帽と白地に赤く「ゴ」と書かれたシャツ、学生服に下駄履きという、バンカラないでたちのゴリライモは、興奮のあまり学生帽が爆発していました。

 

ひろしのシャツに張り付いている平面カエルのピョン吉は横に座っているカメさんに興味津々。カメさんの頭がむくむく大きくなるのを見て「根性、根性、ど根性!」と叫びました。

その声に呼応するごとく、ひろしと五郎ちゃんとゴリライモはパンツを脱いで、どちらが大きくなるか競争を始めました。カメさんに負けないと必死です。

ひろしが負けそうになると、ピョン吉はシャツからパンツに移動して、ひろしのものを咥えて、ぐいーっと引っ張りました。いてててー!とひろしが悲鳴を上げる。おもわず萎えちゃう。それを見ていた京子ちゃんもキャーッと悲鳴をあげました。

そのうえ、うさぎちゃん達がカエルポーズをやったもんだから、ピョン吉の声につられて、場内みんなが「根性、根性、ど根性!」の大合唱。

場内はてんやわんやです。

 

 ベテランの町田先生が叫びました。

「こらぁ~場内でオナニーするのは厳禁だー。それがストリップの常識だー。そんなこともわからんのかぁ~!」

町田先生はひろし達が起こす騒動に、いつものように「教師生活25年、こんな経験したことがない」と嘆きました。

                                    おしまい

平成30年2月