. 「耳をすませば」がやってくる  

 

 森のストリップ劇場に、映画『耳をすませば』の主人公、月島雫と天沢聖司のカップルがやってきた。

天沢がバイオリン職人として10年間のイタリア修業が明けて帰国。中学時代の約束通り、つい最近二人は結婚したばかりで、ほやほやの新婚カップル。二人は今25歳同士。

 雫は、中学生の時に聖司と結婚の約束をしてから後、バイオリン職人としての夢を追い続ける聖司に負けまいと、自分も小説家になる夢を膨らませる。聖司のおじいさんのアドバイスもあり、自分の勉強不足を痛感して、高校そして大学へと進学する。大学在学中に書いた小説「猫の恩返し」で新人賞をとり、運よくジブリの目に留まり、絵本や映画化まで実現し、一躍時の人になりました。

 今では、ストリップのことにも興味が湧き、大和ミュージックというストリップ劇場で受付のバイトをしていると聞きます。

 お陰で、今回の森のストリップ劇場への来訪につながりました。

今回は、雫の親友である(原田)夕子と杉村のカップルも同行しました。二人も既に結婚していました。二人を見ていると、中学時代の淡い思い出が蘇ってきます。杉村を好きだと夕子に相談された雫。ところが杉村は雫のことがずっと好きだった。そのとき雫は聖司に思いを寄せていたため、杉村は雫にふられる。しかし、杉村が夕子と結ばれて本当に良かったと雫は思っていた。今回は雫にとって新婚気分だけじゃなく、ノスタルジックなストリップ観劇になる。

 

 カメさんは、有名になった雫に挨拶に行き、「これは私が書いたストリップ関係の絵と文章です。つまらない内容ですが、よろしければ見て頂けると嬉しいのですが。」と冊子にしたものを渡した。雫は開演までの時間を、その冊子に目を通していた。

 

 いよいよストリップが開演しました。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、ラストに看板娘のうさぎちゃんが出演して盛り上がる。カメさんも懸命にリボンを投げて応援しています。

 映画『耳をすませば』の面々は、目を凝らし、耳をすまして観劇していた。

 

 一公演終了後、カメさんとうさぎちゃんは映画『耳をすませば』の面々に挨拶に行く。

 うさぎちゃんのステージも褒められたけど、カメさんのリボンも褒められた。二人の息がぴったり合っていることから、うさぎちゃんとカメさんがすてきなパートナーであることがすぐに彼らに伝わったようだ。カメさんがうさぎちゃんをストリップに誘って、カメさんがリボンとして懸命にうさぎちゃんを応援している二人のなれそめも知った。

 そのとき、雫はカメさんに向かってこう言った。「カメさんから頂いた冊子を拝見させてもらったわ。すごく素敵な内容だった。粗削りなところもあるけど光る原石を見つけた気分になった。カメさんには私と同じ表現者の血を感じるわ。

 カメさんはうさぎちゃんを支え、立派な踊り子にさせることが夢だと話してくれたけど、もうひとつ別の夢を追いかけたらいいわ。カメさんには表現者の才能があるから、それを開花させる夢を持つべきね。

 私はストリップに興味をもったので、今度ストリップを題材にして記事や小説を書こうと思っているの。カメさんも協力してくれないかな。まずは私の文章の挿絵を頼みたいな。

 また、カメさんも、冊子の内容を公表する気がない? 私が協力するわよ。」

それに対して、カメさんは答えた。「ボクには夢なんか無いんだ! ボクの夢は、うさぎちゃんのことを立派な踊り子にするよう支え続けることなんだ。」

雫は「そうかな? カメさんの絵や詩はすてきよ。才能あると思うわ。その才能を活かすべきよ。」

カメさんは「いや、ボクの絵や文章は全然ダメなんだ。こんなんで人に見せることなんて出来ない。」

雫は「それはカメさんが自分で勝手に思っていることでしょ。評価は他人が決めるのよ。いや、本当は自分でわかっているはず。そうでなければ、これだけ続けられないもの。

 今回の冊子は最新号になっていたけど、毎日毎日、日記風に書かれているわね。ずっと長い間、書き続けているのね。毎日続けていることが素晴らしいこと。‘継続は力’と云うけど、書いたものが凄いというより、いつでも書けるということがもっと凄いことなの。それが才能なのよ。」

 カメさんは嬉しそうにはにかんだ表情を浮かべた。

 雫は更に言葉を重ねた。

「自分の中の原石を見つけて、それを磨いていけば、必ず原石は輝くのよ。これだけ続けられたってことは、もう自然に原石は磨かれているわ。それを思い切って、公開するかどうか。公開しないと後悔するわよ。(ダジャレ)

カメさん、もっと自信をもって! あなたは、とっても素敵です。そのことは、うさぎちゃんが一番よく知っています。あなたの描いた絵や詩がうさぎちゃんをどれだけ励ましているか!? 一番の理解者がすぐそばにいるんですよ。」

 カメさんはうさぎちゃんの顔を見て頷いた。

 

 雫は感動していた。「ストリップという素晴らしい世界。そしてカメさんという新しい才能の発見。夢追い人がたくさん。あぁ~最高だわ!」

 

おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「崖の上のポニョ」がやってくる  

~キャッチコピー「生まれてきてよかった」~

 

 

 森のストリップ劇場に、映画『崖の上のポニョ』の主人公である宗介とポニョがやってきた。

 劇場の踊り子たちは、憧れのポニョたちが来てくれて、張り切ってステージを務めた。

うさぎちゃんもバンビちゃんも、かわいらしさ全開である。

「う~!!! ストリップって最高だ。こんな素敵なストリップを観れるなんて、本当に生まれてきてよかったと思うよ。」宗介が感嘆する。

ふたりはストリップに大感激。「ポニョも、ストリップ、好き、好き、大好き!」

 ポニョはステージに駆け上がり、うさぎちゃん達とストリップを始めた。

 カメさんは「ボクは映画の中で、波である魚の上を猪突猛進に走るポニョの姿が一番印象的だったな。宗介を好きだと想うポニョの素直な気持ちがすごく伝わってきて感動したんだ。今回もストリップが好きだという気持ちをすぐに表してくれて嬉しいよ。」と話す。

 宗介はポニョのストリップを嬉しそうに眺めていました。

 観劇後、ポニョは「海の動物たちにもストリップの楽しみを教えるね。」とはしゃいだ。

 

 すると、劇場関係者の心無い一人が最後のポニョの言葉にこだわり、無神経にも次の言葉を言い放った。「海の中でストリップができるはずがない。ましてや、海の魚たちは、森の動物たちに比べて下等な生き物だ。彼らにストリップの良さなんて分かるはずがない!」

 その言葉に対して、カメさんとうさぎちゃんが噛みついた。

カメさんはすぐに「以前、ボクとうさぎちゃんは竜宮城に招待されて、そこでうさぎちゃんが乙姫様や魚たちの前でストリップを披露して大喜びされたことがあったんだよ。」と反論しました。カメさんは、魚たちが馬鹿にされることが、動物たち哺乳類に比べて劣るとされる爬虫類である自分のことを重ねて感じるものがあったのでしょう。ふと、カメさんは確信した。あの時の乙姫様こそ、映画に登場するポニョの母親、海の女神グランマンマーレなんだ、と。

 うさぎちゃんも加勢しました。

「ストリップには種族も老若男女の区別もなにも無いのよ。単に、ストリップを純粋に好きかどうか。それだけよ。」

 合わせて、カメさんがいつもの調子で少し理屈っぽい話を始めた。「ストリップは我々にとってファンタジー・ワールドなんだ。劇場の中に一歩足を踏み入れると、そこは現実の世界とは違う異界になる。裸の世界だから当然そうだよね。現実の世界では裸でいると公序良俗違反で逮捕されちゃうもん。でも、そういう世界は必要なんだ。みんなが心を癒すためにね。だから、ストリップはパラレル・ワールドなんだよ。

 映画『崖の上のポニョ』の後半を見ると、町が突然に海の底に沈むよね。あれは死後の世界のことをいっていると話す批評家もいるけど、ボクはそうは思わなかった。ボクはいつもストリップ通いしているから、劇場の扉を開けた瞬間に異界の世界に入っていく感覚を常に味わっている。劇場の中はまさしくファンタジー・ワールドなんだ。

 大切なことは、ストリップを純粋に好きかどうか。そういう気持ちのある人にだけ、ストリップはファンタジー・ワールドになれるんだ。人間の世界だろうが、動物の世界だろうが、魚の世界だろうが関係ない。そこが陸だろうが海だろうが、もしかしたら宇宙だろうが、場所なんて関係ない。要は、ストリップが好きという気持ちなんだ。

 ボクはいつも思う。ストリップのある世界に生まれてきて本当に良かったと。」

 

 宗介とポニョは、カメさんとうさぎちゃんの言葉に感激した。

そして、宗介はカメさんに対してこう話した。

「ボクは、ポニョのことが大好きだ。ポニョが魚だろうが、半魚人だろうが、人間だろうが、全てのポニョが好きだ。はっきりそう言える。

 映画のラストで、気味の悪い‘試練のトンネル’をくぐったけど、ボクの気持ちは揺るがなかった。魔法を使えるポニョは凄いけど、魔法なんて使えなくてもポニョの魅力は変わらない。月が地球に近づいてきて地球が壊れようがボクの気持ちは変わらない。だから、ポニョが年老いて老人ホームひまわり園のお婆さん達のように車椅子になっても、万一不慮の事故に遭って車椅子の身障者になろうが、ボクの愛情は変わらないということだ。どんな事態が起ころうが、どんな状態のポニョだろうが、ボクはポニョが大好きなんだ。

 うさぎちゃんがカメさんのことを好きという気持ちがボクにはよく分かるよ。亀が兎より下等な動物だなんて、そんなの関係ない!好きだという気持ちが大切なんだよ。」

 宗介の話を聞いていたうさぎちゃんは涙ぐんでいた。

 

「海のみんなによろしくねー!」

 うさぎちゃんとカメさんは、また海のストリップ劇場に行くことを宗介とポニョに約束した。

 

おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4.ポニョが嫌がったトンネルの意味とは?

 

終盤に宗介とポニョはトンネルを通ることになりますが、なぜかポニョはそのトンネルを「ここ、キライ…」と言います。トンネルを進めば進むほど、ポニョは人間から半魚人、そして元のさかなの姿に戻ってしまいました。

 

このトンネルが示すものは何か、ということにはさまざまな解釈があるでしょう。個人的には、このトンネルは、宗介にとっての“最後の試練”であり、“ポニョにとっての”宗介に嫌われてしまうかもしれないという恐怖”であると考えます。

 

ポニョの母であるグランマンマーレは、「ポニョの(もとはさかなであり半魚人でもある)正体を知っても、それでも好きでいてくれますか」と最後に宗介に質問していました。つまり、人間、半魚人、さかなと、どんどんポニョの正体がわかっていくトンネルは、この質問を前提とした試練になっていると考えてられるのです(もっとも、宗介はその前からポニョの正体を知っていますが)。

 

また、ポニョの父のフジモトからは、試練に失敗するとポニョは泡になって消えてしまうことが語られています。つまり、最後のグランマンマーレからの質問で、さかなや半魚人のポニョと一緒にいたくない、と宗介が思ってしまうと、ポニョは死んでしまうのです。たとえ死ななくても、宗介のことが大好きなポニョにとって、そう思われてしまうことは、何よりの恐怖のはず。だからでこそ、ポニョは自分をさかなや半魚人にしてしまうトンネルのことを「キラい」と言ったのではないでしょうか。

 

なお、このトンネルは入り口「交互通行」「一車線」「譲り合い」などと書かれており、幅は狭くても一方通行ではない、どちらからも行き来できる場所であることが示されています。このトンネルは、海の世界と人間たちの世界の境目であり、注意しながら行き来するための通り道なのかもしれませんね。

 

⇒身体障害者と見られたくない気持ち 身障者の引け目をいつも抱えていた!!!

堂々と歩けるか?

 

 

5.「大好き!」という感情が世界を救う

 

ポニョは宗介のことが大好きすぎて、人間になりたいと願ったため、あわや世界が破滅しかけてしまいました。その世界を救ったのも、宗介からポニョへの大好きという感情でした。本作の物語はつまるところ、ただただ「大好き!」という、子どもが持つ純粋な気持ちを肯定していると言っていいでしょう。

 

宮崎駿は、『崖の上のポニョ』を“神経症と不安の時代に立ち向かう”作品であるとしています。その不安とは劇中で描かれたことだけではなく、経済危機や環境汚染などの、現実の身近な問題のことも含んでいるのでしょう。映画の中でそれらに具体的な問題提起や批判をするのではなく、5歳の子ども(宗介とポニョ)の「大好き!」という感情こそが、不安なことや問題を解決してしまえるというのも、『崖の上のポニョ』の素敵なところです。

 

そういえば、宗介とポニョがボートに乗っていた婦人(声の担当は『千と千尋の神隠し』で千尋を演じていた柊瑠美)と別れる前、今まで人間だったポニョがなぜか半魚人に戻って、泣きじゃくっている赤ちゃんの顔をギュッとして笑顔に変えてあげる、というシーンがありました。これは、ポニョの“どんな姿であっても、人間の誰かのことを全力で好きでいられる”純粋な性格を表しているのかもしれませんね。

 

さらに余談ですが、宗介が老人ホームのおばあさんたちに金魚の折り紙をあげている中、「天気予報なんか当てにならないよ」などとぶつくさ文句を言っていたトキさんにだけ、自分のお父さんの乗っている船の折り紙をあげる、というシーンもありました。これも、嵐に負けない船という、トキさんの“不安”を解消してあげるものをあげようとする、宗介の純粋な気持ちが表れたシーンなのでしょうね。

 

⇒ストリップを純粋に好き!

 

赤ちゃんのことを純粋に好き!と思う母親の愛が赤ちゃんを救う!!!

 

 

 

 

森のストリップ劇場では「海のさかな達をストリップに出していいのか?」という議論が出ていました。

 

 

海のストリップ劇場をつくればいいじゃないか!?

 以前、カメさんとうさぎちゃんは竜宮城に招待されて、うさぎちゃんがそこでストリップを披露して大いに盛り上がった話をしましたね。

 

 大切なことは「ストリップが純粋に好きか!?」どうかです。

 

「(ストリップがあって)生まれてきてよかった」というキャッチコピー!!!!!

 

 

 

 

■「境界」。

・トンネル: 別世界への通路。人じゃないモノ(死者や精霊)に会えたりする。

・言霊: 名前。約束。問いかけと返答。

・食べ物: 命を分ける。食べた人の存在が変わる(千と千尋の両親とか)。

 

火、水、土なんかが向こう側の世界の入り口だ。

トンネルを通ったり、

灰を使ったり、泥を身体に塗ったり、

扉を開けたり、なぞなぞを解いたりすると、

向こう側にいける。

 

境界を越えやすい特性っていうのもある。。

子供。女。

まっすぐ歩けない人(片足になんか起こるケースが多い。シンデレラ)。

なんか二つ以上の生き物がくっついちゃったようなやつ。

 

フジモトがわざわざカニ除けの結界を張らなきゃいけなかったのは、

カニがまっすぐ歩けない=境界を越えやすい生き物だからだろう。

水陸両用なのも境界を越えやすい体質って言える。

半魚人とかモロ。

 

そんなんで境界を越えるのは結構簡単。

でも向こう側で長くとどまると危険。

世界のバランスが崩れて、ほころびが生じる。らしい。

 

自分が死ぬだけじゃ済まなくなる。

アルマゲドン並みの悪いことが起こってしまう。

何でか知らないけど神話ではそういう決まりらしい。

 

じゃあどうすればいいかというと、いくつか方法があって、

 ・すぐに戻ってくる(トトロ)

 ・向こう側の特性(食べ物・名前)を得て、別の存在に変質する(千と千尋)

 ・世界のほころびを閉じられるほどの大きな挑戦をし、成功させる。

…他にもあるけれど、

ポニョを考える上ではこれさえ踏まえればOK。

 

「崖の上のポニョ」は、宮崎映画史上、初めて

境 界 を 決 定 的 に 越 え る 物語だ。

 

宮崎作品で描かれるのは、いつも、境界の向こう側とこっち側が重なったときに起こる話だ。

主人公は境界を行ったり来たりするけど、今までは絶対に「帰ってきた」。

 

アシタカははっきりと別々に暮らすことを宣言するし、

ハクは「振り返らずに行け」と送り出して、

千尋は手を振って決別する。

 

「ジブリ映画には『元の世界には戻れないかもしれない』というスリルが足りない」

と言われていたくらいだ。

 

 

 

 「もののけ姫」がやってくる  

 

 森のストリップ劇場に、中世の過去から、映画『もののけ姫』の主役二人、北の地エミシ(蝦夷)からやってきた正義感溢れる逞しい青年(いい男)アシタカと、犬神モロに育てられた‘もののけ姫’である野生美に満ちた少女サンがタイムスリップしてきた。

 今の時代の日本に強い「たたり」を感じていた。特に今年(H30年)に入って大変な事態が次々と起こっている。梅雨というだけで西日本に豪雨をみまい、夏というだけで‘命に関わる’炎暑であったり、考えられないほど頻発する台風に襲われ、かつ北海道で震度7の大地震が起こり、そのたびにたくさんの死者を出している。人間の力ではどうすることもできない天災、この自然の猛威こそまさしく「たたり」だった。

 人間は傲慢になり過ぎ、自然への「畏れ」を忘れていた。科学技術の発展で、宇宙に反射板を打上げて天候を自由に変えたり、台風の進路だって意のまま変えられると思っているのだろう。思い上がりも甚だしい。そんなことは出来ない。人間はこれまでの被災の経験を活かして、できるだけ被害を小さくするための防災の知恵を出すことぐらいしかできないのだ。そのことをアシタカとサンは知らせに来たのだった。

 

 アシタカとサンは、森のストリップ劇場を訪れ、感激した。

 森のストリップ劇場では、森の動物たち、そして時に人間も含み、みんなでストリップを楽しんでいた。

 

 サンは「自然のまま、裸であることが素晴らしい。」と共感した。そして「私も一緒にストリップをやりたい!」といきなり舞台に上がって裸体になった。形のいい胸、引き締まった腹部、艶めかしいお尻のライン、そしてカモシカのような脚線美。まさにビーナスの輝き。自然(=神様)が作りたもうたものでこれだけ美しいものはないだろう。

 アシタカはサンのビーナスのような裸体を眺めて「そなたは、美しい」と言葉を漏らす。

 その言葉はサンを素直に喜ばせた。

アシタカはまさに曇りなき眼で見ていた。ストリップには人間を正直にする力がある。何も隠さず、全てを曝け出すからである。

人間には男と女がいる。それぞれ違うからこそ当然に対立も生ずる。しかし、ストリップをすることで心が正直になり、会話が生じ、調和⇒愛が生まれる。

 

 アシタカとサンと一緒にタイムスリップしてきた動物たち、大カモシカのヤックル、猿に似た猩々(しょうじょう)、猪たちもストリップを喜んだ。

 ヤックルは利口そうな顔で、アシタカとサンの戯れを眺めていた。すると、同じカモシカであるルドルフちゃんが赤乳をさらに真っ赤に染めてヤックルに近づいていった。鹿のバンビちゃんもヤックルのことが気になるご様子。ヤックルはアシタカに負けないだけのいい男なのである。

根暗の猩々たちにはストリップが意外に合っているようだ。「ここには木がたくさんある。自然がいっぱい。もっともっと木を植えたい。」と呟く。

猪たちは「さすがに、森のストリップ劇場には猪が出演していないなぁ~。猪も猪突猛進でカッコいいんだけどなぁ。僕らもステージに上がって踊ろう!」とはしゃぐ。しかし猪は踊れないので、子豚のレースならぬ猪のかけっこが始まった。かけっこと云えば、カメさんも黙っていられない。みんなでステージの上で暴れまわる。

そうそう、白い半透明の体を持っている変なものが一緒にタイムスリップしてきた。コダマ(木霊)だ。彼らは一種の精霊で、豊かな森林に住む。彼らも森のストリップ劇場が気に入ったらしく、二つの目と口らしい三つの穴を持つ顔をくるくる回転させて喜んでいる様子。

 最後に、シシ神が現れた。コダマたちはシシ神の先導役になっていて、コダマが現われれば次にシシ神も現れるようになっているようだ。シシ神は身体がカモシカで、顔は人の面。森一番の神様だ。言葉は喋らない。しかし彼の表情を見ていると、彼の気持ちは誰にも伝わった。「森のストリップ劇場を、森と人間が共に生きる理想郷にしよう!」と言っているようだった。

 

 アシタカは、過去に帰って、タタラ場(昔の製鉄所)を率いる女将エボシ御前とタタラ踏みのまとめ役トキさんに、森のストリップ劇場の話をしてあげようと言った。

 実際にストリップを体験したサンが頷き、「私がみんなにストリップの魅力を伝えるわ。タタラ場の男衆もストリップを観たら増々頑張って仕事をすることでしょうね。」と張り切った。

 きっと中世からストリップの歴史は始まるかもしれないね。(笑)

 

おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「風立ちぬ」がやってくる  

 

 森のストリップ劇場の近くにあるホテルの中で、カメさんは一組のカップルと出会いました。映画「風立ちぬ」に出演していたので顔を知っていました。

 男の名前は堀越二郎。零戦を発明した有名な科学者です。スマートでさっそうとした含羞(がんしゅう、はにかみの意味)、身のこなしが軽やかで、人懐こく、礼儀正しい紳士。

 女は二郎の妻、菜穂子。美しく明るい貴婦人。

 菜穂子さんは絵画が趣味で、パラソルの下で絵を描いている姿は、まるでクロード・モネの絵「パラソルを持った人」そっくりでした。絵の好きなカメさんは菜穂子さんに話しかけました。受け答えの上品さに惹かれました。強い風が吹いてパラソルが飛んだ時に、カメさんが取ってあげたこともありました。

 

 ホテルのデッキで、堀越二郎さんが本を読んでいました。堀辰雄の著「風立ちぬ」でした。彼はまるで台詞の棒読みのように「風立ちぬ、風立ちぬ、風立ちぬ・・・」と呟いていました。

 説明するまでもありませんが、「風立ちぬ」とは風が立たないという意味ではありません。「ぬ」は完了の意味の助動詞の終止形。だから「風立ちぬ」は「風が立った」または「風が確かに立つ」ことを表しています。

 カメさんは「横に座ってもいいですか」と言って話しかけた。

「こちらへはどういうご用件で来られたのですか?」

 堀越二郎さんは気さくに答えてくれた。「ええ、実は、零戦の功労として長期休暇がもらえたので避暑としてやってきたのです。あと、私の場合は糖尿病を患っているので療養も兼ねています。」

 カメさんは「そうか、旦那さんがインポテンツなために、このカップルには子供がいないのか。」と察しました。

 そこで「このホテルの近くに森のストリップ劇場があります。適度に刺激もありますので、是非奥様とご一緒にいらして下さい。」と言って、劇場の無料招待券二枚を渡した。

 

 翌日、二人のカップルは仲良く手を繋いで、森のストリップ劇場にやってきた。

 カメさんの話を事前に聞いていたので、劇場関係者もうさぎちゃんたち踊り子も二人を大歓迎した。

 菜穂子さんは、うさぎちゃんやバンビちゃんの可愛さに大感激。

 二郎さんも大興奮して叫んだ。「チンポ立ちぬ!!!!!」

 二郎は、菜穂子を急き立てるようにしてホテルに帰っていった。

 カメさんとうさぎちゃんは唖然として顔を見合わせた。

「きっと菜穂子さんは映画のように『あなた、早く来て!』って言ってんだろうなぁ・・」とカメさんは呟いた。その後の話は‘風とともに去りぬ’だね。

おしまい

ハウルの動く城がやってくる  

 

 森のストリップ劇場の上空に大きな異様な物体が飛んできました。上部に複数の砲塔がありますが、とても戦闘機とは思われません。どう見てもガラクタの集積のような造りです。UFOならこんな造りはしていないですよね(笑)。

 とにかく劇場の面々は大騒ぎ。これは大変と、てんやわんや。

 

 その物体は劇場の近くに降り立ちました。なんと鳥のような四本の足があって、のっそのっそと劇場まで近づいてきて止まりました。砲塔からプシューと蒸気が吹き出ました。

そして、中から、生き物がぞろぞろと出てきました。最初にピョンと飛び出してきたのは一本足のかかしでした。次に、ずんぐりむっくりした老犬がのっそり現れる。その後から、年老いた老婆を車椅子に乗せ、その椅子を押す少年の姿。

 最後に、二人の男女の姿が見えました。男の方は木村拓哉似の美青年。そして、女の方は90歳のおばあさんでした。老婆ですが、背筋はシャキンとしていて品があります。どこか倍賞千恵子に似た可愛さを持っています。

 博識のカメさんはすぐに映画「ハウルの動く城」の面々だと気づきました。二人の男女はハウルとソフィーです。かかしはカブ、犬はヒン。車椅子の老婆は「荒地の魔女」で、車椅子を押しているのは少年マルクルです。そうです、この異様な物体こそ「ハウルの動く城」だったのです。

 彼らは、激しい戦争が終わって、平和なひとときを味わいたくて、森のストリップ劇場にやってきたようです。なるほど、ストリップって平和の象徴だよね。

 

 カメさんとうさぎちゃんは、すぐにハウルとソフィーのところに近づき挨拶をしました。

 うさぎちゃんはハウルの美しきに呆然としました。金髪の髪に青い瞳。見ているだけで吸い込まれそうな美しさです。ハウルが映画の中で言った「美しくなければ生きていけない」という台詞は有名です。

 驚くのは、その美青年のお相手が90歳の老婆であることです。動揺しているうさぎちゃんに対して、カメさんは落ち着いて「立ち入った話で恐縮ですが、お二人は歳の差が随分あると思いますが、どうしてカップルになったのですか?」と質問しました。

 ハウルは笑って話してくれました。「若い女性だけが美しいわけじゃないよ。若さがなくなると美しさも一緒に消えていくと思っている人がいるけど、そんなことはない。歳をとると年齢相応の美しさを持つんだ。ストリップを観ているとよく分かると思うんだけど、ベテランの方は技術に磨きがかかり素晴らしいステージをするよね。若い娘は技術が未熟な分だけ、若さを強調して美しい裸体を披露すればいい。女性はいくつになっても歳相応の美しさを持っているんだ。」

 ソフィーが凛とした表情で、かつ優しい眼差しで、付け加えました。「あなた方はハウルの外見の良さだけを見ちゃうでしょ。でも実際の彼はダメ男なのよ。自分の身なりばかりを気にしていて、少し髪型が乱れただけですぐ泣いちゃう弱虫なのよ。

悪魔に心臓を取られた時なんか、失くした自分のハートを埋めたくて、必死で女の子のハートを射止めようと声をかけまくったプレイボーイだったのよ。心臓が戻ってからは浮気癖が収まり、漸く私のところに居てくれるようになったわ。

本当は、私は彼が浮気したってかまわないの。私はこんな老婆だから、彼だってたまには若いぴちぴちの娘の相手をしたい時もあるでしょ。それでもいいの。最後に私のところに戻ってくれると信じているから。私はね、彼の古女房でいいの。」

カメさんは、ソファーの瞳の奥に母親を感じました。母親は自分の息子のためならいつでも死ねます。だから息子が自分以外の女性を愛し結婚しても、それを潔く認める自己犠牲愛を持つのです。また息子を想う母親の愛は、いくら息子が歳をとって老人になろうが変わりません。いつまでも海のごとく深く、海のように透明なのです。

二人の愛は親子の愛に近いのかもしれませんね。愛にはいろんな形があっていいのです。

そのとき、ハウルの動く城の中から、大きな声が聞こえてきました。火の悪魔カルシファーの甲高い声です。「二人の愛を取り持ったのはオレだよ。二人の燻(くすぶ)っていた心に火を点けたのさ。」

 

ところで、ハウルとソフィーは、仲よくしているカメさんとうさぎちゃんに対して、こんな質問しました。

「カメさんとうさぎちゃんは、それぞれ寿命が違うでしょ。カメさんは長生きするし、うさぎちゃんは寿命が短い分、早く歳をとっちゃう。カメさんは年老いたうさぎちゃんを愛することができるかな?」

 カメさんはきっぱり言いました。「ボクは一生うさぎちゃんのことを愛し続けると誓います。」

「そう。それなら早くうさぎちゃんの気持ちに応えてあげることね。うさぎちゃんが早く結婚したがっているのは本能なのよ。動物のもつ寿命の違いを理解してあげてね。」とソフィーは言いました。そして二人のために「世界の約束」を歌ってあげました。優しいメロディ、心に沁みる歌声と歌詞です。

 またまた、城の中からカルシファーの声が聞こえます。「オレ様が二人の心を燃え盛らせてあげるぞー!」

 

 ハウルたち面々は終日、森のストリップ劇場で、ストリップを楽しみました。

 荒地の魔女は「若い血は私を若返らすわね」と喜び、かかしのカブも「魔法が解けそうな気分」と喜びました。

 城の中から「おいらにもストリップを見せろ~」と叫ぶカルシファーの声が聞こえます。かわいそうですが、彼が城から離れると城が壊れてしまいますからね。ハウルの面々は帰路の途中でストリップの土産話をカルシファーにしてあげたようです。

                                    おしまい

 

 

 

今回は、道劇の踊り子、水鳥藍さんについて、H30年2月結の栗橋空中大会の模様を、新作を題材に、「貫禄の空中演技」という題名で語ります。

 

 

 

 早速、新作の内容をご紹介する。

今週の出し物は1,3回目は「Swinging London」、2,4回目は「Princess of China」の二個出し。どちらも新作。

 

 

 次に演目「Princess of China

 こちらは中国衣装を着て、中国刀を振り回して舞い踊る内容。

 最初に、右肩を出した袖の長い中国衣装。赤に白地の模様が入る。腰を紐で結ぶ。髪が華やかで、青い髪飾りをかぶり、その上に赤い髪飾りを乗せる。額と首に赤い数珠を巻く。

 一曲目は演目名にもなっているColdplayの「Princess Of China」。

 二曲目がBest EDM Music "Chinese Style" に変わる。ここで内掛けを脱ぐ。下には上下セパレートの衣装。ブラと赤と黒の入り混じる長いスカート。中国刀を抜いて舞う。

 ここで暗転。

 三曲目は「Merry Christmas Mr. Lawrence(戦場のメリークリスマス)」。これは映画『戦場のメリークリスマス』のオリジナルサウンドトラックである。1983年5月1日にリリースされた。英国アカデミー賞 作曲賞受賞。 この曲に合わせて、空中遊泳のようなポール演技を始める。

ラスト曲はDavid Bowieの「China Girl」(1983年5月リリース)で締める。

 

 水鳥藍さんは前回の空中大会経験者でもあり、トップに相応しく、シャープな動きで、落ち着いた安定感のある演技を魅せる。

 

平成30年2月                        ライブシアター栗橋にて

 

 

 

 

今回は、渋谷道劇の踊り子・一宮紗頼さんの、新作「ソルジャー」について報告します。

 

 

 

 

 一宮紗頼さんの新作「ソルジャー」がインパクトあり。

 戦闘服で登場。白いTシャツの上に、アーミー服を羽織る。ズボンはカーキ色で両腿の外側に大きなポケットが付いている。こげ茶色の革靴を黒い靴紐で結ぶ。

髪を後ろにひとつ結んで戦闘ダンス。きりっとした顔つきで迫力ある戦闘シーンが続く。

二曲目から黒い小銃を持ってステップを刻む。練習の跡が窺えるナイスなステップである。低い姿勢のまま進み、ダダダダ・・・と撃つ。一息いれるポーズ。次第に戦闘は激しさを増していき、最後に撃たれて倒れる。

場面が変わる。怪我をして手足に包帯を巻いた一人の女性が、シュミーズ姿で這うように登場。愛する夫を探しているのだろうか。夫のアーミー服を見つけて戦死したことを確信し泣く。盆に移り、アーミー服を抱きしめ夫を思い出しながらのベッドショー。

 

すぐにポラ時に演目名を確認したら「今回の作品は戦ってるよー。私にとって来年は戦いの年になるので・・・」 来年のH27年は踊り子としても、役者としても、人生にとっても戦いの年になると位置付けているようだ。こうしたことを声に出して明言できるとは、今更ながら紗頼さんは凄い人だと思う。

別のポラ時に、小銃を持ってきたので、持たせてもらった。「小銃はどうでしたか?笑。太郎さんは持つ機会なさそうだなー笑。」あまりの重さにびっくり☆ これを持って平気でダンスしていることに驚いた。踊っていると全く重さを感じないと言う。

 

今年、ロックの鈴木茶織さんも、朝鮮半島の戦争映画「ブラザーフッド」を題材に、イムジン河と戦闘の演目を演じていたのを思い出した。鬼気迫る演技が強烈に印象に残っている。

紗頼さんと茶織さんの二人にはどこか共通の血というか匂いを感じる。

ストリップ界のアタッカー!! 言い方を変えればソルジャーか。マンネリ化したストリップ界に風穴を開けてくれそうな予感がする。

 

平成26年12月                           渋谷道劇にて

 

 

 

 

紅の豚がやってくる  

 

 森のストリップ劇場に、映画「紅の豚」で有名なボルコ・ロッソがやってくることになりました。

事前に連絡があったので、劇場側は近くの草原に飛行機が下りられる場所を準備していました。そこに赤い飛行艇が降り立ちました。中から、操縦していたボルコ・ロッソが出てきました。ボルコとは豚のこと、ロッソというのは「赤」という意味で彼の赤い愛艇のことを指していました。だからボルコ・ロッソとは彼の愛称なのです。彼は元々は本名マルコ・パゴットという人間で、自分から進んで魔法で豚の姿になったのでした。

彼の後から二人の女性が出てきました。アドリア海に面したホテル・アドリアーノの経営者ジーナとミラノの工房ピッコロ社の若き女社長フィオの二人です。ジーナはマルコと幼馴染、フィオはマルコの愛艇の専属修理屋でした。二人はマルコを通じて、すっかり意気投合した仲良し兼恋のライバルでもありました。

三人はそろって森のストリップ劇場に入ってきました。

 

劇場側は丁重に迎えました。

カメさんもうさぎちゃんも憧れの眼差しでマルコを見ていました。すると彼が「お二人のことは噂で聞いていますよ。今日はお世話になります。」と二人に挨拶しました。とても紳士的な振舞いです。その渋い声を聞いた瞬間、二人は卒倒しそうになりました。

 

さっそくストリップが開演しました。

劇場の看板娘たち、うさぎちゃんもバンビちゃんもみんなが張り切ってステージを務めました。みんな憧れのマルコが来るというので徹夜で練習していたようです。

ジーナやソフィーは大喜びです。マルコは煙草を口に咥えてニヒルに呟きました。「徹夜はするな、睡眠不足はいい仕事の敵だ。それに美容にも良くねえ

近くにいた、どこかマルコと風貌が似ている、カバおじさん曰く、「カッコイイとは、こういうことさ。

 

劇場側は、マルコに喜んでもらおうと、特別企画として、たくさんの仔豚をステージに上げる準備をしていました。ところが、仔豚は全く踊れません。仕方なく「子豚のレース」をやることにしました。

 マルコは呟きました。「踊らねぇ豚はただの豚だ

 

 ストリップを楽しんだ三人は丁重にお礼を述べて、空に飛んでいきました。

                                    おしまい

 

 

 

 

風の谷のナウシカがやってくる  

 

 森のストリップ劇場に、映画『風の谷のナウシカ』の面々がやってくることになりました。遥か1000年後の未来からタイムスリップしてくるのです。

 劇場側は事前に映画を観て、彼らを迎える準備を行っていました。

 

 映画でお馴染みの白い飛行艇ガンシップが劇場近くの草原に到着しました。

 中から、ナウシカを始め、ナウシカの剣の師ユパ・ミラルダ、ミトを始めとした城オジの五人、大ババ、ペジテ市の王子アスベルという面々。

 誰もが1000年前の、豊かな自然に包まれた地球環境に感激していました。行動派のナウシカは身体がうずうずし、到着早々すぐに愛艇グライダー「メーヴェ」(ドイツ語のカモメの意)で周りの草原を飛び回りました。メーヴェで空を舞うその姿は、まさに神の子とすら思える神々しい姿です。頬を撫でる風、豊かな川の水、たくさんの森林と咲き誇る草花、美味しい空気・・・風使いのナウシカは大喜び。「すごくいい風。自然がいっぱいで超―気持ちいい!」

 ナウシカ達がいた1000年後の地球は、「火の七日間」と呼ばれる最終戦争(核戦争)により、巨大産業文明は崩壊し、錆とセラミック片におおわれた荒れた大地に「腐海(ふかい)」と呼ばれる有毒の瘴気を発する菌類の森に覆われていた。人類は生き残るが衰退し、腐海が放つ猛毒と、そこに棲む巨大な虫たちに脅かされていた

「人間が核戦争さえ起こさなければ、地球にはこんなに豊かな自然があったのだ!」誰もがそう思い、人間の愚かさを嘆きました。

 

 歓迎の挨拶もそこそこに、さっそくストリップ興行が始まりました。

 シマリスちゃんのステージが始まりました。すると、ナウシカの胸の中に隠れていたキツネリスのテトが顔を出しました。カメさんやシマリスくんが「いた! いた!」という表情をしています。事前に映画を観てお勉強していたのですね。カメさんは言いました。「ボクは映画の最初にあったナウシカとテトとの出会いの場面が大好きなんだ。怯えるキツネリスのテトに対して、ナウシカはわざと指を噛ませて安心させる。相手を取り込むには、力で押さえ込むのではなく、自分が傷ついてでも、相手の気持ちを理解し、与えること。テトはナウシカの優しさを感じ、すぐにナウシカになつきました。このシーンは、この映画全体の、ひとつの縮図とも言えます。」さすがカメさんの洞察力ですね。

 そのテトが踊り子シマリスちゃんに激しく関心をもったようです。シマリスちゃんの応援隊長シマリスくんとしては心穏やかではありませんね。(笑)

 

 さて、劇場看板娘のうさぎちゃんとバンビちゃんのメイン・ステージが始まりました。ナウシカたち面々は大喜びです。

 大ババは言いました。「自然があり、動物がいて、みんなで楽しく生きている。人間との共生も素晴らしい。ここでは目立ってはいないが、我々の世界で幅を利かせている菌類や昆虫たちとも上手に共生している。みんながそれぞれの存在を理解し、譲り合って生きている。これが本来の姿だ。自分だけが偉いと思い込んで核戦争なんか行った人間はなんて横暴で愚かなんだろう。」

 博識のカメさんが付け加えた。「そうなんだね。映画の最初のところを観ていたら、腐海の中に生息する菌類や虫たちは悪者のように思えたけど、最後にはそうした菌類や虫たちが汚れた空気や水を洗浄してくれていることが分かって驚いたよ。この地球上の生き物のうち、人間を始めとする動物類の割合はほんの少しで、菌類や虫たちの割合は非常に高い。数も多いうえに多種に及ぶ。そうした彼らの活躍の上に地球の環境は保たれていることをもっと皆が知るべきだよね。」

 大ババは更に話を進めた。

「ストリップというのがいいね。何も着飾らない裸の状態で、ありのままに心を開いている。ストリップこそが平和の象徴だ。素晴らしい文化だ。人間は‘ストリップこそが愛と平和のシンボル’であることをもっと理解しないといけない。そうすれば、人間一人一人が心豊かになれる。いじめや孤独のような心の闇も解消してくれるし、ましてや馬鹿な核戦争なんか絶対に起こさないはず。ストリップは奇跡をもたらすかもしれない。是非このストリップ文化を大切に守って後世に残してほしいものじゃ。」

 大ババの言葉に、ナウシカ一同、そして森のストリップ劇場の面々も大きく頷きました。

 

                                    おしまい

 

 

 

 

 

天空の城ラピュタがやってくる  ~「ある日、少女が空から降ってきた…」~

 

 森のストリップ劇場に、映画『天空の城ラピュタ』の面々がやってくることになりました。森のストリップ劇場の関係者は客をお迎えするために事前に映画を観てお勉強していました。

今度は過去の時代からのタイムスリップです。第一次産業革命ですから、18世紀末から19世紀にかけて興った水力と蒸気機関による工場機械工業導入の時代です。主人公の少年パズーはスラッグ渓谷の鉱山で働く見習い機械工で、映画の最初に、バルブにより蒸気をコントロールするパズーが描かれていました。また、町には電気はなく石炭による蒸気機関が主なエネルギー源でした。

 

 映画『天空の城ラピュタ』の面々も、蜜蜂のように羽根をブンブンさせる小型飛行機フラップターでやって、劇場近くの草原に着陸しました。今更ながら宮崎監督の飛行機好きには脱帽ですね。

 今回やってきたのは、元気な少年パズーと三つ編みにした髪のかわいい少女シータ。シータは天空の城にすむラピュタ人の末裔。その他に、高齢だが頭脳明晰でパワー溢れるママ・ドーラと息子三人(長男シャルル、次男ルイ、三男アンリ)、そして5人の子分「カ」「キ」「ク」「ケ」「コ」という空中海賊ドーラ一家

 彼らは森のストリップの面々と丁寧に挨拶を交わしました。そしてパズーとシータはお土産として、目玉焼きの乗ったシンプルなトースト「ラピュタパン」をみんなに配りました。すごく好評でした。

 

 さっそくシマリスくんは、映画を観て気になったのか、天空の城に生息していた動物の「キツネリス」と尻尾が大きなネズミ系の生物「ミノノハシ」について質問しました。特にキツネリスは前回の「風の谷のナウシカ」来訪でも一緒でしたからお馴染みの存在なのですね。

「ラストで天空の城ラピュタが崩壊し、残った上部だけが空高く舞い上がっていきましたが、動物たちは生き残れたのでしょうか?」 シータは笑顔で答えました。「大丈夫よ。空中石は酸素を作れるから、どんなに天高くても生き残れるわよ。」 それを聞いて、シマリスくんは安心しました。

 

 博識のカメさんはもう少し踏み込んだ質問をしました。

「ボクが映画を観て一番感じたのは‘土’の存在でした。天空の城ラピュタに住んでいた人々は高度な文明で地上の人々を統治していました。空高い所から支配する人々を見下ろしていたのだから、さぞかし気持ちがいいことだと思います。ところが、奇病が発生しラピュタ人は滅び、一部の人は地上に戻りました。その奇病とは何だったのでしょうか? すごく気になりました。

 天上人と地上人の最大の違いは土の存在です。生きる上での最低の条件として空気と水はありますからね。人間というのは土着した生活をしないと生きていけないのではないでしょうか。宇宙空間でどれだけ生活できるか実験されていますが半年が限界と言います。土に足をつけていないとストレスを感じてしまうようです。このストレスこそがラピュタの奇病の元ではないかと思ったのです。

 前回の映画『風の谷のナウシカ』でも同じことを感じたのです。人間は核戦争で土をダメにした。その土を回復させるために腐海ができ、菌類や虫たちが必死で活動していた。人間を始め全ての生き物は土の上でないと生きていけないと感じました。土こそが大自然を育み、‘血のつながり’とも云うべき命の源なのだと。

 要は、天上の世界というのはあくまで神様の領域であり、人間を始めとした全ての生き物は地上の世界で生きる定めなのだと思います。」

 カメさんの見識にみんなは感心してしまいました。

 シータは言いました。「カメさんの言う通りです。人は土から離れては生きられないのです。」「今は、ラピュタがなぜ亡びたのか、私よくわかる。ゴンドアの谷の歌にあるもの。土に根をおろし、風とともに生きよう。種とともに冬をこえ、鳥とともに春を歌おう。どんなに恐ろしい武器を持っても、たくさんの可哀想なロボットを操っても、土から離れては生きられないのよ」

 

 はい、難しい話はそのへんにして、森のストリップを始めることにします。

 せっかく『天空の城ラピュタ』の面々が来訪したのだから、おもしろい企画を提案しました。名付けて天空ショーです。少女シータが持参した飛行石を使ったショーです。

 うさぎちゃんが空中に浮きあがってストリップショーを行います。うさぎちゃんだけでは空中に慣れてないので、少女シータが手伝うことになりました。

 シータは、だふっとしたワンピースを着ていたので、空中に舞い上がるとスカートの中が丸見えです。大好きなシータのパンチラに少年パズーは目を丸くしました。ドーラ一家の男連中もみんなシータのファンで、台所を覗いていた連中ですから、シータのパンチラに大興奮です。

 その様子を見ていた老婆ドーラもなぜか興奮し、突然ステージの上に駆け上がり、衣装を脱いでストリップを始めました。「おまえたち、私のお〇〇〇を見て、40秒以内で、天に向かってラピュピュと果てるのよー!」と叫びました。

 大変なものを見せられた男たち面々は「げげー、バルス★(※)」と悲鳴を上げました。

 

おしまい

 

(※) 「この世の終わりじゃー」という感じ。 バルスとは、言わずと知れた『天空の城ラピュタ』のラストのクライマックス。パズーとシータが手を取り合い、滅びの呪文を唱えるあのシーンだ。

金曜ロードショーで『天空の城ラピュタ』が放送されると「バルス祭り」と称し、テレビ放送に合わせて、日本の Twitter ユーザーがリアルタイムで「バルス!」とツイートする。この瞬間ネットがパンクする!