今回は大阪東洋ショー劇場のH25年お正月特別公演における立花さやレポートをメモリアルしました。

 

 

 

本公演で二周年を迎えた立花さやさんにとって、今回の周年作品「ブラック・スワン」が初披露となった。

2010年のアメリカ映画「ブラック・スワン」をモチーフにした壮大なスぺクトラ作品に仕上がっている。

 

私は、この映画を観たこともなかったので、全くの前情報や先入観無くこの作品を眺め、その感想を手書きで手紙にしたため、さやさんに渡した。

ステージの内容は次の通り。

最初に、チャイコフスキーの名曲「白鳥の湖」にのって、華麗な白い衣装をまとったバレリーナが登場。座りながら、手振りで踊る。さすがに立ち上がって舞うのは大変と考えたのだろうが、手振りだけでも十分に魅了された。かなり練習したんだろうな。一曲目の最後に立ち上がり、バレエ特有の爪先立ちになる。立ち上がることにより白い衣装の華やかさが引き立つ。純白で、華麗で、荘厳で。。。

一転して、二曲目から、黒い衣装に身を纏って現れる。ホワイト・スワンからブラック・スワンへ変身。

そして、最後にブラック・スワンの衣装を軽装にしてから、ベッドへ。

胸元から一羽の白い羽根を取り出し、じっと見つめつつ想いを込めて、客席に投げ捨てる。印象的なシーンとして残る。そしてセクシーなベッド・ショーが展開される。

 

白と黒のコントラストが強く脳裏に残った。白と黒とは白鳥と黒鳥であるが、私は白い天使と黒い天使を暗示しているのかと感じた。私的な題名は『黒い堕天使』。白い天使がこの世の汚れた世界にまみれ黒い天使に堕ちていく姿がイメージされた。

白と黒は、天国と地獄、天使と悪魔、正常と狂乱、清楚・純真と淫靡・官能などのコントラストを表す。

きれいなままに生きていきたいと思っても、現実の世の中はどろどろした汚れた世界。悲しいかな、汚れに染まりながら生きていくしかない。

どんなに清楚に振る舞っても、心の奥底にはエロスの灯がともる。一方、どんなにセクシーさに振る舞っても、どこかでピュアでプラトニックなものに憧れる。清楚と淫靡のはざ間に揺れ動く。まさに清楚と淫靡とはコインの裏表なのかもしれない。

さやさんはこの難しいテーマをステージで表現しようとしているのかと思えた。

 

こうした感想を手書きで走り書きして渡した。ポラ時に「感想を書いてみたので読んでみて!」と渡したときに、「今回のはブラック・スワンなの」と返ってきた。

私は、あっ! その瞬間、ブラック・スワンという映画があったことを思い出した。「2周年作は映画のブラックスワンをテーマにしています。難しくてなかなか表現できないのですが・・・ヒロインのニナの夢と私を重ねてほしいです。」というポラ・コメント。

次のポラの時、さやさんから「感想ありがとう。だいたい合っていたわよ」と言ってもらえたが、私は映画の内容を確認したうえでもう一度感想を書き直そうと考えていた。

インターネットで映画「ブラック・スワン」を検索。ダーレン・アロノフスキー監督による2010年のアメリカのサイコスリラー映画。スター・ウォーズに出演していたナタリー・ポートマンがアカデミー主演女優賞を獲得。

映画のあらすじを読んで、凄い作品だ!と思い知った。さやさんが感動して、是非ともステージで演じてみたいと思った気持ちがよく分かった。それにしても難しいテーマに挑戦したものだ!と改めて感じ入った。この演目を演じ切ったときに、さやさんはまた一回り大きな踊り子に飛躍することだろう。

 

 

平成25年1月                            大阪東洋にて   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【参考】映画『ブラック・スワン』

ブラック・スワン』(原題: Black Swan)は、ダーレン・アロノフスキー監督による2010年アメリカサイコスリラー映画である。日本ではR15+指定作品として公開された。

概要

バレエ『白鳥の湖』の主演に抜擢され、潔白なホワイト・スワンと官能的なブラック・スワンの二つを演じることになったバレリーナが、プレッシャーなどによって徐々に精神を壊してゆくサスペンス映画である。主演のバレリーナをナタリー・ポートマン、その振付師をヴァンサン・カッセル、ライバルのバレリーナをミラ・キュニスが演じる。

批評面、興行面共に成功を収め、第83回アカデミー賞では作品賞を含む5部門で候補に挙がった。主演のナタリー・ポートマンは約10kgの減量で身体作りをした。また、幼少期の経験を活かし、1年に渡る過酷なバレエの特訓を行い[3]アカデミー主演女優賞を始めとする多くの賞を受賞した。しかし、ポートマンのダンス・シーンは後にボディダブル絡みの論争を巻き起こすこととなった。

ナタリーが演じるニナの練習着のデザインは、ドイツ在住の日本人ダンサー兼デザイナーの竹島由美子が担当した[4]

ストーリー

ニナ(ナタリー・ポートマン)は、ニューヨークのある一流バレエ団(バレエ・カンパニー)に所属し、バレリーナとして人生の全てをバレエに捧げる日々を送っている。一緒に住む母親のエリカ(バーバラ・ハーシー)は元バレリーナで、今では絵画を描く日々を送っているが、自分が果たせなかったバレリーナとしてのをニナに託すステージママとなっており、彼女に対して過剰なほどの愛情を注いでいる。

ニナの所属するバレエ団は次の公演『白鳥の湖』の上演準備に入り、バレエ団のフランス人監督トマ(ヴァンサン・カッセル)はこの演目のプリマ主役)を選ぼうとしていた。『白鳥の湖』の主役「スワン・クィーン」は、純真で無垢な「ホワイト・スワン」と、官能的で邪悪な「ブラック・スワン」の二役を一人で踊るため、相反する事柄を一人で表現する実力が必要である。トマスは年をとったプリマバレリーナのベス(ウィノナ・ライダー)をスワン・クィーン役には用いず、新人のリリー(ミラ・キュニス)やヴェロニカ(クセニア・ソロ)、そしてニナを候補者に挙げ、ニナにプリマとなるチャンスが巡ってくる。

しかし、ニナの生真面目で几帳面な気性はホワイト・スワン役には向いていたが、ブラック・スワンを表現しきれず、トマはヴェロニカを主役に選ぼうとする。ニナは再考を懇願しに監督のところへ行くと、トマに突然キスをされ、ニナは思わず彼のを噛んでしまう。ニナに意外な面があることに気付いたトマスは考えを翻し、ニナを主役に抜擢する。バレエ団は次の公演のためにレセプションを開き、トマスはバレエ団のプリマバレリーナだったベスの引退を発表し、さらにその場でニナを新しいスターとして招待客に紹介した。

ニナは華々しいデビューを飾るが、ロビーでトマを待っていたところにベスが現れ、トマを性的に誘惑してプリマバレリーナの座を得たのだろうと詰られ、ショックを受ける。その後、トマのアパートに招待された彼女は、ブラック・スワンを演じるために性的な喜びを追求することが必要だと忠告を受ける。

次の日から過酷な練習が始まるが、ニナは性的に魅了するような情熱に欠けているとトマに責められ、やがて精神的に疲れ幻覚妄想に悩まされるようになり、代役として控えているリリーが、自分がせっかく射止めた主役の座を奪おうとしているようにも思えてならなくなってくる。

ある夜、ニナは母親のエリカと諍いを起こし、リリーに誘われクラブへと飲みに出かけ、酔った勢いで麻薬を使い、男性と性行為に興じる。二人はニナのアパートに帰ったが、また母親と言い争ってしまう。ニナはリリーと二人だけで自分の部屋に閉じこもり、リリーと性行為にふけり、やがて寝込んでしまう。翌朝ニナが目を覚ますと彼女は一人で、一緒に居るはずのリリーはどこにも居なかった。練習場に駆けつけてみると、その練習はリリーがスワン・クィーン役を踊る形で始まっていた。ニナはリリーに対して、なぜ起こしてくれなかったのかと怒りをぶちまけるが、リリーは昨晩はクラブで出会った男性と一夜を過ごしたと言う。アパートの出来事はニナの妄想であった。

幻覚や妄想は日増しに酷くなり、『白鳥の湖』の開演を翌日に控えた前夜、監督トマと舞台裏でセックスをしているリリーが徐々にニナ自身に変身していくという幻覚症状に襲われ、帰宅後も母親が描いた数多くのが自分のことを嘲笑っているよう見えてしまう。さらに、自分の身体までもが鳥のように変化し、遂にニナは気を失って倒れてしまう。

いよいよ公演が始まる日の夕方、ニナが目覚めると、母が体調を崩し舞台に出られないと劇場に連絡したと告げられる。ニナは母を乱暴に振り切り、劇場へ向かう。劇場ではリリーがスワン・クィーンを踊る準備を進めていたが、ニナはそんな経緯は無視し、代役は不要だとトマスに告げ、ホワイト・スワンとして踊る準備をととのえた。

第一幕は順調に滑り出したかに見えたが、やがてニナは幻覚を見始め、仕舞いには王子役のバレエダンサーがニナを受け損なって、彼女を落としてしまう。すっかり憔悴して楽屋に戻ると、そこにはブラック・スワンの化粧をしているリリーの姿があった。そして眼前でリリーがニナ自身の姿へと変容する幻覚を見ながら、彼女と揉みあいになり、割れたガラス一片でリリーを刺殺してしまう。ニナはリリーの死体を隠し、第三幕を踊るため、ブラック・スワンとして舞台に登場した。

ニナはまるで身も心もブラック・スワンとなったかのように、情熱的にそして官能的に踊り、観客は総立ちで拍手をしてニナを褒め称えた。舞台を下りると、ニナはトマと抱き合いキスを交わす。しかし、ニナが楽屋で待っていると、そこにニナの踊りに感動したリリーが激励の言葉をかけに現れた。この時、ニナはリリーと争ったことは現実ではなく幻覚だったこと、鏡の破片で刺したのもリリーではなく、自分自身だったということに気付く。

第四幕(最後幕)舞台が始まり、ニナはフィナーレを完璧に踊りこなした。最後のホワイト・スワンが崖から跳び下りて自らの命を絶つ場面を演じながら、ニナは観客の中に母がいて感動してすすり泣いていることに気付いた。観客はまた総立ちになり劇場全体に割れんばかりの拍手が響き渡った。観客席が感動に包まれ、トマもニナを褒め称えて抱き上げるが、ニナの腹部からは大量の血が滲み出していた。完璧なバレエを舞いきったニナは、恍惚とした表情で宙を見上げるが、その視界は徐々に白んでいくのだった。

ウィキペディア(フリー百科事典)より掲載

 

 

 

 

今回は、ロックの踊り子、小嶋実花さんのステージ「実花ワールドに酔いしれて」という題名で観劇レポートします。

 

 

 

小嶋実花さんはH23(2011)年06月11日にSNAでデビュー。

私との初顔合わせはH23年10月頭の京都DX東寺。すらりとスリムなプロポーションに、チャーミングなルックス。なんといっても得意のバレエをベースにしたステージは素晴らしいの一言だった。一目で気に入った。それから東洋で一度会い、久々に今年の二月に仙台ロックで会う。仲良くして頂き、また会いたいと思っていたが今年はなかなか会えなかった。「コジは今年は浅草が多くて、・・・今日お会いできてほんとに嬉しいです。」

今日改めて、実花さんのステージを拝見していて、広い浅草の舞台に映えるような踊りだなとつくづく感心した。

 

さて、ステージ感想を含め、観劇レポートしよう。

1,3回目は演目「ムーラン・ルージュ」。

映画「ムーラン・ルージュ」は有名。「ムーラン・ルージュ」はキャバレー(ナイトクラブ)のこと。

最初に、Rhythm of the Nightの曲に乗り、フレンチ・カンカン風の踊りで始まる。衣装は高級娼婦をイメージしているのだろう。肌色の布地に黒い網網が覆っているドレス。長い黒手袋。黒いハイヒール。そしてピンク・黒・赤・白の色が入り混じる帽子風の髪飾り、それを白い布で首に結ぶ。スカートの裏地は真っ赤な色に黒の線が入っていて、フレンチ・カンカンのリズミカルな踊りで華やかにめくり上がる。スカートの下にはいている黄色い下着が眩しいほどにハレンチ感を醸す。

二曲目Sparkling Diamondに入り、上着を脱ぐ。下には黄色地に黒い水玉模様の衣装。腹部にコルセット状の幅広の黒いベルト。黒い手袋。黒い網タイツ。黒いハイヒール。この出で立ちで軽やかに踊る。三曲目My FOOLISH  HEARTに変わり、先ほどの髪飾りを取り、黒いストレートヘアがなびく。そして黒い手袋を外す。片方の手袋は客の前に手を差し出して外してもらう。(私のところにも来たよん♪)

ベッド入りは、ピンクの水着のようなセクシーランジェリーになり、白いふわふわのマフラーを持って現れる。四曲目Green of  your Dreamsの音楽に合わせ、しっとりと魅せる。たまらないほどの色香が漂う。そして立ち上がりはハイテンポな曲Lady Marmaidでノリノリで締める。

 

実花さんの踊りの特徴は、手足が長く、身体の線がとても美しいこと。しかも動きがシャープ。浅草映えするのはよく分かる。ここ広島も大きな劇場なのでステージ映えしている。

彼女の資質はバレエをベースにしているが、こうやってフレンチ・カンカンなど様々な踊りに挑戦し、鮮やかに決める。ステージを観ていて清々しいほどに気持ちがいい。そこには実花ワールドがある。我々は安心してその世界に酔いしれればいい。

また、身体がとても柔らかく、オープンのときはサービス精神たっぷりに180°C開脚。いったいどこまで開くのかぁ~と観ていて興奮しちゃう♡

 

 

 

平成25年12月                          広島第一劇場にて  

 

 

 

 

 

渋谷道劇の水鳥藍さんの一周年記念に、新作「ボレロ」の観劇レポートを贈ります。

 

 

H27年4月4日、渋谷道劇にて水鳥藍さんの周年作「ボレロ」を拝見。藍さんの専売特許であるバレエをベースにした演目「ボレロ」は素晴らしい作品に仕上がっていた。

斬新な衣装で登場。金髪に黒と白の羽根を立てて飾る。緑を基調色にした衣装で、小さな葉の模様が点在しており、更に胸元と袖口に黄色い毛が付いている。スカートは金色で、緑の葉が流れるようにたくさん付着している。上着を脱ぐと、緑の紐に吊るされた黄色い毛皮のブラが現れる。

オーケストラ演奏のボレロが流れ、客に近い盆の上で曲にのって裸足でバレエを踊る。さすがの出来栄えである。

 

『ボレロ』は、フランスの作曲家モーリス・ラヴェルが1928年に作曲したバレエ音楽。同一のリズムが保持されるなかで2種類のメロディーが繰り返されるという特徴的な構成を有している。こう云うと極めて単調なように思われるが、実際の演奏は非常に豊かな色彩と盛り上がりをみせる。

私が初めてこの曲に触れたのはクロード・ルルーシュ監督の映画『愛と悲しみのボレロ』だった。ラストで踊るジョルジュ・ドンの踊りは圧巻。この演舞とともに、ボレロの曲調がずっと脳裏に残った。

 ボレロにはもともと次のようなあらすじがある。・・・セビリアのとある酒場。一人の踊り子が、舞台で足慣らしをしている。やがて興が乗ってきて、振りが大きくなってくる。最初はそっぽを向いていた客たちも、次第に踊りに目を向け、最後には一緒に踊り出す。

 映画では、舞台に置かれた赤い円卓の上で、一人のダンサーが何かに憑りつかれたかのように踊り、さらに、その彼に魅入られたかのごとく周りのダンサーが一人、二人と踊り始める。ボレロの音楽と同様に、同じような振付の繰り返しで、微妙に変化していくダンスが、音楽とともに次第に激しさを増し、音楽とダンスが見事に一体化される。

今回の藍さんの演目も、同じような展開で進んでいく。

 最後に、藍さんは斬新な衣装で登場。股下までの短い豹柄の衣装で、襟元には動物の毛皮、その下に楓の紅葉や木の実が散りばめられている。足には黒い網タイツ。白い椅子に絡んで演ずる。ちなみに、この場面が、全体構成の中でどういう位置づけ・意味になるのか、一回ステージを観ただけではよく理解できなかった。ただ、ボレロのギター演奏が物悲しく流れ、動物も植物も、この世に生きる全てがボレロなんだと訴えているようだ。

 

 今回の作品のクライマックスは最後の最後にあった。それはリング演技。これには度胆を抜かされた。ボレロにリングを組み合わせてくるとは・・・!?

 盆の上に据え付けられたリング、藍さんは軽々とアクロバテックに演ずる。というか軽々と演じているように見える。運動神経の良さが際立っている。

 正直、この演目において、何故ここでリングなのか!?という疑問が生じた。が、繰り返し演目を拝見しているうちに納得してきた。リングもボレロ演奏に溶け込んでいる。「すべてはボレロなんだ! リングも、その前曲の演技も、ボレロの変化形なんだ。」と思えた。

 先ほどの映画『愛と悲しみのボレロ』では、二世代四家族が登場する。1930年代から1960年代にわたり、パリ、ニューヨーク、ベルリン、モスクワを中心に話は展開し、それぞれの家族は散発的に交錯することもあるが全く別々の生活で、正直、内容が分かりにくく、引き込まれるような面白い展開はない。ところがこの四家族がフランスのチャリティ公演でたまたま一同に集結する。そして、ボレロを体感することになる。

 ボレロはそれぞれの家族一人一人の人生である。というか、人生だけでなく、この世の神羅万象全てのものがボレロではないかと思わせられる。日本でいう「もののあわれ」に通じる気がしてきた。そう理解すれば、今回の藍さんの演目「ボレロ」はリングを含め全てがボレロなんだ!と納得できた。

 

 最後に、ひとつ付け加えておく。

 現在のストリップ界では、リングがひとつの流行りになっている。第一人者の浅葱アゲハさん、天羽夏月さんの他、ロックのMIKAさん、藍さんと同じ渋谷道劇の川中理紗子さんがリングを演ずる。少し前の3月末に引退した東洋の木城レナさんも演じていた。同じリングでもそれぞれの個性が光る。アゲハさんの芸術性、天羽さんのパワーとスピード、MIKAさんの直線的な美しさ、川中さんの丸っこい曲線美、木城さんにはかわいい小鳥の止まり木感があった。藍さんの場合は重力を感じさせない身軽さが特徴かな。

 演技が終わり、藍さんが盆の上のリングを外して肩に担いで持ち帰るときに、ずいぶん重そうに感じた。リングの上では藍さんは体重を感じさせないにもかかわらず、逆に藍さんがリングを重そうに担ぐのが愛嬌があって面白い。

 リング等の空中ショーはステージを三次元化する。平面だけの演技に比べスケールの大きさやダイナミックさで優る。藍さんファンの一人が「藍さんは誰よりも平面で上手にダンスができるのだから、空中ショーなんかやらずに、もっとダンスで魅せてほしいな」と話していた。この点は私と意見が異なる。空中ショーに挑戦する藍さんの意欲を高く評価したい。少なくとも今は色んなことに挑戦する時期でもあると感ずる。幅を広げたうえで、これはと思うものを深化させていければいいと思う。ちなみに軽々と演じていたリングも「この日の為に二カ月間ずっと筋肉痛が抜けないまま練習してきました」という苦労話を教えてくれた。

藍さんは今のストリップに新しい風を起こしている。これからのストリップに変革が起こるのではと期待させる。H27年GWには、同じ道劇メンバーで仲良しの小町れのさんとチーム・ショーをやる。ダンスに卓越した若手二人の組合せが楽しみ。

とにかく、今の藍さんから目が離せない。

 

 

平成27年4月                          渋谷道頓堀劇場にて 

 

 

 

 

JUNさん(西川口所属)について、H31年3月中の渋谷道頓堀劇場での公演模様を、演目「舞踏会」を題材にして、「花火のような人生」という題名で語りたい。

 

 

 

 

帰宅してすぐにネットで芥川龍之介の小説「舞踏会」を検索し読みました。短編なので10分くらいで一気に読み切れた。JUNさんから「鹿鳴館の時代を演目にしたくて、芥川龍之介の作品にたどりつきました。何度読んでも、とても不思議な世界だと思いました。」「主人公の明子は、初めての舞踏会に行くドキドキからはじけるようなロマンス。老人になるまでの間は、私の勝手な解釈ですが、きっと、ずっとその人の事を想い続けたのではないかなと私は思って、立ち上りまで考えました!!」とコメントを頂いていた。私は初めて、JUNさんがステージで演じようとしたものが見えてきて嬉しかった。

 

感想は後にして、さっそくJUNさんのステージ模様を私なりに紹介したい。

最初に、明治時代の女性の振袖着物姿のイメージで登場。右半分がピンク色、左半分が花柄模様の衣装。足元は二層のピンク地。帯を締める。髪には赤とピンクの花飾り。

音楽に合わせて、白い花をもって踊る。この白い花は、小説に出てくる舞踏会を飾っている菊の花だ。細かい演出が嬉しい。

一曲目は、ALI PROJECTの『鹿鳴館ブギウギ』。生ジャズ風。まさしく演目名「舞踏会」に相応しい曲だ。

音楽が変わり、着物を脱いでいく。ピンクの上下セパレート衣装。ブラとミニスカートに、白と黒の玉のフレンジが垂れる。

二曲目は、GARNiDELiAの「響喜乱舞」。これも斬新な曲だ。

芥川龍之介の作品にしては随分斬新な二曲が続いたものだ。(笑)

 ここで暗転して音楽が変わる。

 今度は、舞踏会らしいダンスミュージックが流れる。「美しき青きドナウ」だ。この曲は小説の中でも登場するので嬉しくなる。

 衣装を着替える。

 ピンクと黒のコントラストの着物姿。右側は黒、左側はピンク、黒い帯を締め、足元は花の刺繍入りの薄い黒地。

 音楽が変わる。また、ALI PROJECTのインスト曲「この國よ静かに目覚めたまえ」。  楽曲の中に「君が代」のフレーズが取り入れられている。このへんは芥川の小説の厳かな世界を反映している。

 ここで全裸になり、そのまま菊の花を持って、ベッドショーへ。

 近くに来たのでアクセサリーを目で追う。純金のネックレス。左手首に純金のブレスレット二本。左足首に純金のブレスレット。

 立ち上がり曲は華やかでノリノリになる。chay feat. Crystal Kayの「あなたの知らない私たち」。

盆を回りながら、盆周りのお客の鼻先に菊の花を近づけて驚かせる。お茶目なJUNさんが楽しい。

 

 改めて、JUNさんは本物の表現者なのだと感じた。アフリカ三部作にとどまらず、次から次へと興味が湧き、その自分の中にあるものを全て表現せずにはをれないのだ。

 そして、この作品「舞踏会」、そして主人公である明子に、JUNさんを重ねてみると、なんとなく分かるものがある。

 この小説の主題は‘花火’にある。いみじくもフランス人の海軍将校が言った「私は花火の事を考えていたのです。我々の生(ヴイ)のような花火の事を」という言葉に凝縮されている。

 花火は美しいが一瞬にして消える。舞踏会の場でみんなの気を引いた明子の美しさも、花火と同じように一瞬にして消えていく。小説の最後の最後に、まるで付け足しのように、老婦人になった明子が登場するのは、華やかだった明子も平凡な老婦人になってしまったことを暗示している。それほどに人生とは花火のように儚いものなのだ。

 しかし、人生は短くも、いや短いからこそ、花火のように美しい時期が必ずあると信じたい。

 JUNさんは平凡なOLから、一大決心してストリップの世界に身を投じた。そして、今、5周年を前にして大輪の花を咲かせている。踊り子というのは仕事柄それほど長く続けていけるものではないだろう。しかし短いながらも花火のように美しく輝けることを、今のJUNさんは実感し、証明しているのだと思う。

 ラストの曲「あなたの知らない私たち」は、まるで花火のように華やかに聴こえてくる。

 

 

平成31年3月                           渋谷道劇にて

 

 

【参考】芥川龍之介の作品「舞踏会」

簡単にあらすじを紹介します。Wikipediaより抜粋

 

第一部

1886年(明治19年)11月3日の夜、明子は父と共に、菊の花で飾られた鹿鳴館の舞踏会へ赴いた。初々しい薔薇色の舞踏服の美しい明子に人々は驚かされた。ある仏蘭西人の海軍将校が明子に踊りを申し込み、2人はワルツを踊った。踊りの後、明子が「西洋の女の方は本当に御美しうございます」と言うと、将校は首を振り、「日本の女の方も美しいです、特にあなたは」と褒め、明子を「ワットオの絵の中のお姫様のようだ」と讃美した。そして、「パリの舞踏会を見てみたい」と言う明子に、将校は、「パリの舞踏会も全くこれと同じ事です」と言い、「パリばかりではありません。舞踏会は何処でも同じ事です」と半ば独り言のようにつけ加えた。

明子と将校は、星月夜の露台に腕を組んだまま佇んだ。夜空を黙って見る将校に明子は、「お国のことを思っているのでしょう」と訊ねてみた。彼は首を振り、「私は花火の事を考えていたのです。我々の生(ヴイ)のような花火の事を」と優しく明子の顔を見下しながら言った。

 

第二部

1918年(大正7年)の秋、老夫人となった明子は、鎌倉の別荘へ赴く列車で乗り合わせた青年小説家が菊の花束を持っていたことから、菊の花を見るたびに思い出す舞踏会の話を彼に語った。青年作家は、その仏蘭西人将校の名前がJulien Viaudだと聞き、「あの『お菊夫人』を書いたピエール・ロティだったのでございますね」と興奮ぎみに問い返したが、将校の筆名を知らない夫人は、「いえ、ジュリアン・ヴイオと仰有る方でございますよ」と不思議そうに答えた。

 

 

芥川が『一』で表現したかった事は「私は花火の事を考えていたのです。我々の生(ヴィ)のような花火の事を。」です。

『二』では、華やかで美しい明子とて、結局はジュリアン・ヴィオ=ピエル・ロティという事も知らない平凡なH老婦人に終わりました。美しさが一瞬だけで消える花火を、華やかな明子もいずれは平凡なH老婦人で終わる事を示して具体的に現わしたのでした。

 

★なぜ第2章が書き加えられたのか

「一」で書かれた花火の一瞬だけの輝きを、明子の生涯で具体的に示したのです。

 

★我々の生のような花火とはどういうことか

花火も、人間の人生も同じく、一瞬輝いてすぐ終わるという事です。

 

★花火がなんの比喩か

花火=人生です。

 

★将校が人生をどういう風に捉えているのか

人生は華やかでもすぐに終わる。フランスでも、日本でも、そしてどこでも、いつでもという様な「虚無的なもの」こそが、人生であると考えていました。

文明開化で浮かれる日本とて、いずれはフランスみたいになるという警句をも発していたのです。

 

★舞踏会と花火と明子の共通点

「すぐ消える運命の、一時的な華やかなもの」が、共通点です。

 

 

 

 

 

今回は、ロックの踊り子、藤咲茉莉花さんの11周年作「風の盆恋歌(こいうた)」を観劇レポートします。

 

H26年9月18日(木)、大和ミュージックに足を伸ばす。

今週の香盤は次の通り。①潤奈(天板)、②渚あおい(東洋)、③相田樹音(フリー)、④一宮紗頼(渋谷道劇)、⑤夏木りりか(ロック) 、⑥藤咲茉莉花(ロック)〔敬称略〕。

 会社帰りなので、三回目の一宮紗頼さんのポラタイムからの観劇となる。もちろんラストまで観ていくつもりだったが、深夜23時前に始まったトリの藤咲茉莉花さんの四回目ステージを拝見し、身体が震えるほどの感動を覚えた。「ステージ美、ここに極まる」という感想が自然に私の口からこぼれた。

 

 さっそくステージ内容を紹介する。

 川のせせらぎ、風鈴の音。半月形の大きな編み笠を深くかぶった着物姿で登場。美しく優雅な姿と振りがかなり強いインパクトとなり、私をぐっとステージに惹きこむ。

♪「越中おわら節」から、越中八尾の町、おわら祭りであることが分かる。おわら祭りは、9月1~3日の三日間、編み笠を深くかぶった女衆と黒装束の男衆が踊りながら八尾の町を流していく。これを町流しといい、古来から伝わる踊り。八尾は坂の多い街で、胡弓と三味の音が街の坂道に響く。弔いの人々が死者を送っていくようだと言われ、幽玄の世界が漂う。

 次に、着物姿で登場。白と黒のまだら縞で、下に向かうと綺麗な灰色になるという気品ある表面生地。足元がはだけて、オレンジの裏地が見える。白い帯を締め、その下には紫の帯が巻かれている。黒髪に大きめの白い櫛と簪(かんざし)。

 なんてキレイなんだろう~♡ 私は唸った。立ち姿だけでなく振付も素晴らしい。昨年10周年のレポートで‘ストリップ界の着物№1は間違いなく茉莉花さんだ’と評したところだが、今回まさしくそれを証明した作品になっている。

 石川さゆりさんの♪「風の盆恋歌」が流れる。

この周年作は、直木賞作家、高橋治さんの名作「風の盆恋歌」をモチーフにしているのが分かる。このあらすじは「互いに心を通わせながらも離ればなれに生きてきた男と女が、二十年ぶりに再会し、越中おわらの祭りに逢瀬するようになる。一年のうちのたった三日間の不倫という名の真実の愛。残りの362日の日常は偽りの自分か。ぼんぼりに灯りがともり、胡弓の音が流れるとき、風の盆の夜はふける。死の予感にふるえつつ忍び合う。・・・」

石川さゆりさんの♪「風の盆恋歌」の歌詞が、そのストーリーを見事に綴っている。次の曲が中島みゆきさんの♪「寄り添う風」。この曲がまた、この演目にピッタリの歌詞になっている。茉莉花さんが手ぬぐいや傘を使いつつ、しっとりと舞い踊る。

ステージは一旦、場面を変える幕のように、大きな簾が下りる。

上半身が裸で、赤い腰巻を付け、その上に赤い花柄の襦袢を羽織る。長い花道に白い花が散在。そのまま盆でベッドショーへ。スローバラード「今を生きる」が切々と流れる。「『今を生きる』といって死ぬことも実は物語にピッタリなのです」との茉莉花さんのコメント。

ステージの最後、簾が上がり、舞台の上は一面の花畑。花の中で簪(かんざし)を喉にさして息絶え、終わる。虫の音が聞こえる。

 

花芯がピンク色の白い花は小説の中に登場する「酔芙蓉(すいふよう)」。酔芙蓉が知ら間に玄関先に植えられていたくだりがある。朝、白い花を咲かせるが、夕方には酔ったように赤くなり花は落ちる。艶やかであるが儚い花である。まさに、この酔芙蓉が二人を暗示するかのごとく物語は進行する。

「おわら風の盆」の限られた日に、家庭の日常を離れ、毎年、八尾で密会を重ねることとなる。そして二人は遂に破滅への道を辿る。

小説では、東京に住む大新聞の部長の都築とえり子が主人公。年に一度の密会のために八尾に家を購入した都築だが、四年目、なかなか姿の見せないえり子に代わって現れたのはえり子の娘だった。「母は死にました」と告げて身を翻して去る。都築はたたきに降りようとして倒れた。再生不良性貧血が原因だ。そこに、えり子から電話が鳴る。都築の異常を知ったえり子は京都から駆け付ける。えり子は既に冷たくなっていた都築の身体に寄り添って睡眠薬を呑む。・・まるで「ロミオとジュリエット」ばりのラストシーン。ちなみに茉莉花さんのステージではラストを少し変えているね。

 

観終わって、感動がじわじわと身体に沁みてくる。これまで観てきた中でトップクラスの作品だ。「ステージ美、ここに極まる」という評は今の私が考え付く最大級の褒め言葉。

インターネットでいろいろ調べるとますます作品にはまっていく。しかも、八月のお盆週に発表されるや、茉莉花ファンを始めとして目の肥えたストファンが口伝えで、この作品の魅力を語り始め、評判が徐々に上がってきている。

改めて、この作品がもつ魅力を考察してみた。

まずは、高橋治の小説「風の盆恋歌」というモチーフが明確なこと。美しい物語になっていて、そのストーリーがはっきりと浮かぶ。物語になっていると印象が鮮明に残るもの。

しかも、たまたま石川さゆりさんの名曲「風の盆恋歌」があり、歌詞がそのままストーリーをなぞってくれる。説明しなくても勝手に客の頭の中にイメージが膨らむ。しかもドラマはどんどん美化されていく。この効果が計り知れない。

更に、作品の構成がよく出来ている。特に、最初のおわら風の盆踊り。日本の伝統美が作品に活かされ、この強いインパクトが作品の中に一気に引きこむ。その他、選曲を含め、非常によく考えられた構成になっている。

そして、茉莉花さんの演技力の素晴らしさ。着物姿が似合うという資質に加え、相当練習した跡が見受けられる。茉莉花さん自身、人妻の色香を出せる年齢になってきたかな。

また、衣装の美しさに加え、小道具の効果が抜群。なんと言っても酔芙蓉という花が印象的。他にも、傘や手ぬぐいが演技にうまく利用されている。

総括すれば、名作・名曲・名演技と三拍子そろっているのだ。成功しないはずがない。ステージに見惚れ、曲に聞き惚れ、知らず知らずに作品の魅力にはまっていく。

ストリップ・ファンとして、これだけの名作に出会えた幸せを噛みしめている。

 

 最後に余談ながら書き加えておく。

以上は、私がインターネットで調べた範囲で、読みかじりの知識でのステージ感想にすぎない。以前、渡辺純一氏の「愛の流刑地」(2006年5月刊)という新聞小説が掲載され、私は毎朝読んでいたが、その中に風の盆の話があり、それにイメージを重ねていた。ともかく、実際に小説「風の盆恋歌」を読んでみないといけないね。

また、越中おわらの風の盆を観に行きたくなる。高橋治の小説「風の盆恋歌」が1985年に刊行されると「おわらブーム」に火が付きテレビドラマや演劇にされる。更に石川さゆりが同名タイトル曲を1989年に発売(なかにし礼作詞、三木たかし作曲)することで「風の盆」は全国的に有名になった。以来、ふだんは人口二万人ほどの静かな山間の町だが風の盆祭りの時には三十万人の観光客が訪れるようになった。以前は三万人ほどの観光客だったというから十倍の経済効果をこの小説は紡ぎ出したことになる。

 

今回、大和でのたった一回のステージ観劇で、これだけの感動を与えて頂き、こうして文章化させてもらった。更に、ストーリーテーラーとしての私にストリップ小説を書いてみたいという刺激とインスピレーションを与えてくれた。私の体験をもとにストリップ小説「青葉城恋唄」を書き始めるつもり。翌週、茉莉花さんを追って仙台に遠征しながら書き上げたいと思う。できあがったら茉莉花さんにすぐに渡すね。

歳を重ねる度に作品の完成度を上げていく茉莉花さんと、こんな最高の気分にさせてくれた茉莉花さんのステージに敬意を表したい。

 

平成26年9月                        大和ミュージックにて

 

 

 

【付録】石川さゆりさん♪「風の盆恋歌」(なかにし礼作詞、三木たかし作曲)

 

蚊帳の中から 花を見る 咲いてはかない 酔芙蓉

若い日の 美しい 私を抱いて ほしかった

忍び合う恋 風の盆

 

私あなたの 腕の中 跳ねてはじけて 鮎になる

この命 ほしいなら いつでも 死んでみせますわ

夜に泣いてる 三味の音

 

生きて添えない 二人なら 旅に出ましょう 幻の

遅すぎた 恋だから 命をかけて くつがえす

おわら恋唄 道連れに

 

 

 

 

今回は、みおり舞さん(ロック所属)における、H30年8月頭の大阪東洋ショー劇場の公演模様について、三つの演目「ドリーム・カム・トゥルー」「アイリッシュの恋占い」「ユニオンジャック」を題材に、「どうしても観たいステージ」という題名で語りたい。なお、このレポートは私のストリップ日記なので他の人には見せませんのでご安心を。

 

 

 

 

前半(後半も)2,4回目は演目「アイリッシュの恋占い」。初出しは今年2018年2月11日の横浜ロック。

ネットで調べたら、アイリッシュってアイルランドのことなんだね。「アイリッシュ・ステップダンス」の恋占いは忍耐強くストイックとある。……アイルランドの伝統音楽にあわせて、足の動きだけで踊る「アイリッシュ・ステップダンス」。上半身を直立姿勢のままにするというストイックさが魅力的です。あなたの恋の進め方は、このダンスのようにどこか自制的。相手の気を引くような動きをすることはありませんが、誠実かつ忍耐強く恋のステップを踏んでいくのです。……

最初に、アイルランドの民族衣装で登場。髪飾りだけでも凄いな。赤、青、黄色、白、緑、水色とたくさんの色彩の布に包まれる。紺をベースにした衣装で、袖の部分は丸く白く、大きなベージュのエプロンをして、膝上丈のスカートの裾はオレンジの花柄になっている。足元は白い靴下に、黒い短いシューズ。

タンバリンを持って、掛け声を発しながら、最高のステップを魅せる。あれほど素晴らしいステップは観たことがないと思うほどステップに魅了された。

音楽は、映画『タイタニック』の場面にあったダンス曲「An Irish Party in 3rd Class」。

音楽が「Whisky Before Breakfast」に変わったところで、タンバリンから麦の束に持ち変える。

ここで一旦、暗転。

黄色をベースにしたワンピース衣装に着替える。上着は丸い肩の半袖で、袖部に白と赤のフリル付き。ウエスト部を赤いベルト紐でしばり、紫の布紐を両サイドに垂らす。スカートは足元までのロング。裸足。髪型は同じ。ガラスの首輪。

音楽が日本語になる。John John Festivalの曲「ふたりのことば」。John John Festivalって日本人三人組だけどアイルランドの音楽を演奏するんだね。フィドル(バイオリン)と歌、ギター、それにアイルランドの太鼓、バウロンを使って奏でる音楽はリズムやグルーヴ、優しさ楽しさ、時に哀しさに満ちている。空気に触れて、呼吸を合わせてどこまでも高く登りつめ、 呼吸を整えてどこまでも静かにささやく音楽。弾く人も聴く人も幸せにする、それがJohn John Festival。 結成2010年1月。

麦を一本持って、ベッドショーへ。ゆっくりした演技。前半の‘動’に対して、後半は‘静’といった感じ。

立上りもJohn John Festivalのインスト曲。最後は足でタンバリンを叩くほど激しく終わる。

 

 

全ての作品がまるでブロードウエイの舞台を観ているかのようだ。ストリップでこれだけのステージを観れるなんて幸せこの上ない。

みおり舞さんはダンスの申し子、ストリップの至宝。「ダンスが好き過ぎて恋愛どころじゃない」とおっしゃっているから、しばらくは我々ストリップファンを恋愛対象としてステージを楽しませて下さいな。

 

 

平成30年8月                          大阪東洋ショーにて

 

 

【みおり舞さんからの返事ポラコメ】

レポートありがとう。

秘密を言うと、アイリッシュの恋占いの話のネタは「コッペリア *1」のあるシーンです。

ユニオンジャックは「NYC Ballet *2」の演目です。

*1.『コッペリア』(Coppélia)は、動く人形を題材としたバレエ作品、

*2. ニューヨーク・シティ・バレエ団 (New York City Ballet)は、アメリカ合衆国ニューヨーク市マンハッタンに本拠を置くバレエ団。略称はNYCB。

 

 

 

『鏡の中のマイ』  

~みおり舞さん(ロック所属)に捧げる~

 

 

 

 マイは「鏡の間」にいた。上下前後左右が鏡に覆われていて、自分の姿が映し出されていた。そして鏡の中の自分が、マイのことを非難していた。

「もっと化粧を濃くしないと綺麗にならないわよ」と正面の鏡の私が言う。

「もっと痩せなければ美しくなれないわよ」と左側の鏡の私が言う。一方、その対称にある右側の鏡の私は「もっと肉付きをよくしないと女性らしいふくよかさは表現できないわよ」と言う。

 いやーっ!!!! マイは思わず両手で耳を覆う。・・・

 マイは目が覚めた。いつからかマイはこんな夢ばかり見るようになった。

 

 マイは小さい頃からプリマドンナを目指していた。

「ふとるから甘いものを食べちゃダメって言ったでしょ!」

「もっと背筋をピンと伸ばして!」

「もっと笑顔を作るの!」

「明るい顔を作るために口紅はもっと赤い色にしなさい!」

 いつもバレエ団の先生が話していた。

 練習は鏡が相手。鏡は嘘をつかない。ありのままの姿を映した。けっして可愛くない、けっしてスタイルがよくない、けっして踊りが上手くない、そんな自分の姿をありのままに晒した。マイはそんな姿を見るのが嫌で、より美しく、より華麗に踊れるようにと、来る日も来る日も練習に励んだ。

 いつのころからか、先生が鏡に変わっていた。鏡の中の私が自分に向かって先生と同じことを何度も何度も繰り返し注意する。

 幼くもおとなしい顔つきをしていた私の口紅は赤々と変化し出した。鏡の中の私の口元がますます辛辣に自分に向かって言葉を発し続けた。

 私は知らず知らずのうちに鏡の中の自分を必死で追うようになっていった。まだ子供だったから逆らう術を知らなかったし、逆らおうとも思わなかった。

しかし、いつしか先ほどの「鏡の間」の夢を見るようになっていった。

 

 一人の少年がバレエ団に入ってきた。名前をサワテと言った。彼も小さい頃からバレエを習っていて、その素質が認められ、この有名バレエ団にスカウトされたのだった。

 少年は年の近い少女マイに関心を抱く。最初はもちろん可愛い容姿に目が行く。しかし、一心不乱に鏡に向かって練習しているマイの姿を見ていて段々に不自然さを感じた。

 彼はマイに近づき、気さくに声をかけた。ところが返事がない。マイは鏡ばかり見ていて彼の言葉が聞こえていなかった。

 サワテは、マイと鏡の間に割り込み、マイの目をのぞき込んだ。彼ははっと思った。「彼女の目は死んでいる」と感じたのだった。

 サワテはマイの手をとって優しく微笑んでこう囁いた。

これからは僕が君の鏡になる。僕の瞳に映った自分の姿を見つめながら踊ったらいいよ」

 彼の瞳はきらきら輝いていた。マイにはそれがとても眩しく感じられた。

 そして彼の言葉に素直に頷いた。

 その日から、練習が楽しくなった。彼の指導は適切だった。なによりも彼はマイの資質を見抜き褒め讃えた。彼に褒められると全身が震えた。マイはバレエがこんなに楽しいものだと初めて知った。

 

 サワテとマイの二人の息はぴったり合った。相性も良かったのだろう。なにより二人は愛し合っていた。

 ある日のこと、二人の評判を聞きつけた人物がバレエ団に現れた。彼はフィギュアスケート界の巨匠と呼ばれる人物だった。来るべき自国開催のオリンピックで優勝できる資質をもったペアを探していた。その候補として二人の名前が挙がっていたのだった。

 彼は一目で、自分が求めていたペアはこの二人だ!と直感した。彼は二人を口説いてフィギュアスケート界にスカウトした。生まれつき類い希な運動神経をもった二人はめきめきと頭角を現した。

 マイは不思議な気持ちになった。スケートリンクはまるで鏡のようだった。たくさんの観客も鏡に見えた。あれだけ怖がっていた鏡なのだが、自分の姿を映す鏡がとても心地よかった。それはサワテの瞳が優しいから。サワテの瞳に映っている自分を信じていれば何も怖くなかった。まさに鏡が彼女のパワーになっていた。

 

 オリンピックの檜舞台で二人は金メダルに輝いた。

 完璧な演技が終った瞬間に、感極まってサワテはマイを抱きしめた。マイもサワテに軽くキスをした。マイの口紅はもう赤くなかった。

 

                                    おしまい  

 

 

 

 

 

 

 

 今回は、TS所属の踊り子・箱館エリィさんについて、シアター上野H30年お正月興行の模様を、新作「牧神の午後」を題材に語ります。

 

 

 

まずは何の先入観もなく、新作「牧神の午後」を二回拝見する。正直その内容が全く理解できなかった。(笑)

一旦そのまま内容を紹介する。

 

照明が点くと、エジプト壁画のような大きな布(幕)が現れる。

パッとその布を下ろすと、白い着物姿のエリィちゃん。かわった格好をしている。頭に二つの角と二つの耳を付け、白いリボンで包み込む。白い着物に、牛の斑模様の帯を締める。

そして足袋を履き、扇子を持ってノリノリで踊る。音楽は、ご当地ソング「牛タンラップ」。

一体この牛の着物姿という格好は、北海道出身らしいお正月気分か、はてさて何かのギャグかと勘繰るものの理解不能。

次に、肩紐で吊るした白い花柄の衣装に着替える。頭は後ろに髪をひとつ結びし、花輪を置く。ピンクの花柄のショールを操り裸足で舞い踊る。

音楽は、Björk(ビョーク)の「Saint」。トリのさえずりから始まる。ビョークの音楽だなんて渋い選曲センスだね。

ここで暗転。

けだるいクラシック音楽が流れる。

エリィさんが全裸になる。髪は解き垂らす。腰に一本の緑の蔓を巻く。その蔓はオリーブの実のように見える。

エリィさんが奇妙な踊りをしている。この振付は誰がしたのかな。かわいい裸体が流れるように舞うのを見ているうちにベッドへ。

ここで別のクラシック音楽に変わる。バッハの「ミサ曲ロ短調" Mass in B minor "」。

エリィさんが迫真のベッド演技を見せる。指入れオナニーを始めたときには思わず生唾ごっくん♪ しかも指爪のマニキュアが銀色にきらきらしているんですもん。どうしても目が釘付けになりますよ♡

立上り曲は、ジョーン・バエズ(Joan Baez)の「オルフェの歌」。

 

以上の内容紹介になりますが、読んでいて何を言いたいか分からないでしょ。そうなんです、私自身、一度見ただけではその内容をまったく理解できなかったのです。

すぐにエリィさんから解説をしてもらった。「新作は、昔の有名なバレエダンサーのニジンスキーが振付たバレエ作品が元ネタですー。実際舞台でオナニーしたって、伝説的な作品なんです~。三曲目の踊りは、その作品の振り付けを参考にしました。」

私はこの解説に基づいて、懸命に自分の知識不足を補おうとした。

エリィさんの演目はどれも元ネタがあり、しかも古典的な名作ばかりなので、いつもレポートするために調べると面白くて嵌ってしまうものばかり。これまでの作品の元ネタを見てみると、一作目はシェースピアの喜劇「夏の夜の夢」、二作目はフランス映画「ポンヌフの恋人」、四作目は元祖アダルトアニメ「くりいむレモン」で、調べれば調べるほど興味をそそられた。こうした背景が分かった上でエリィさんのステージを観ると、まさしく昆布のように噛めば噛むほど味が出てくる。

それは今回の六作目の元ネタがバレエ「牧神の午後」と分かることで、面白さは絶頂を迎えた。調べ出したら次から次へと興味が止まることを知らず時間を忘れた。最初にYouTubeでバレエ「牧神の午後」を拝見し、このベース音楽であるフランスの作曲家ドビュッシーの名曲「牧神の午後への前奏曲」を聴き、次にドビュッシーがこの曲のインスピレーショ―を与えられたという詩人マラルメの『牧神の午後』(『半獣神の午後』)に触れる(これは難解)。

更に、ネットでバレエ「牧神の午後」を調べる中で、山岸凉子の漫画「牧神の午後」 (MFコミックス ダ・ヴィンチシリーズ)に出会い読んでみた。このバレエ「牧神の午後」を創り上げ演じた天才バレエダンサー、ニジンスキーの、衝撃的なデビューから神経衰弱を発病するまでの、栄光と悲哀を見事に描いている。ニジンスキーは常人とは思えない跳躍を見せ観客の度肝を抜く。四メートル半も跳んだらしい。その点について、彼は「跳べるような気がするんだ」とさらりと言う。まさに天才の感覚。ところが、彼は踊るためだけに生まれてきたような人間で、普通に生活する上での現実適応能力、コミュニケーション能力が全然ない。そのことを作者は「翼をもつ者には腕がない」という言葉で印象的に表現している。この漫画はニジンスキーを通して「天才」とはなにかを示唆してくれる名作である。

私はバレエ「牧神の午後」が持つあまりの奥深さに溺れそうになった。

 

バレエ「牧神の午後」のことを少し触れますね。(出典 Wikipedia)

『牧神の午後』は、クロード・ドビュッシーの管弦楽曲『牧神の午後への前奏曲』(1894年)に基づいて作られたバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)のバレエ作品。レオン・バクストが美術と衣裳を担当し、同団の花形ダンサーであったヴァーツラフ・ニジンスキーが初めて振り付け、主演を務めた。バレエの筋書きは、ドビュッシーの作品にインスピレーションを与えたステファヌ・マラルメの詩『半獣神の午後』に拠っているが、振付は古典的なバレエの様式を全て否定した、モダンダンスの元祖ともいうべきものであり、露骨な性的表現と相まって、1912年にパリで初演された際には物議を醸した。

あらすじは次の通り。

牧神が岩の上で葡萄を食べていると7人のニンフ(妖精)が現れ水浴を始める。欲情した牧神は岩から降りニンフを誘惑しようとするが、ニンフ達は牧神を恐れて逃げ出してしまう。ひとり残された牧神はニンフの一人が落としたヴェールを拾い上げると、それを岩に敷き、自らを慰める。

 

 次から次へと知識が深まる中で、漸くエリィさんのステージが理解できた。

 まず最初に出てきたエジプト壁画のような大きな布(幕)はニジンスキー直筆の‘舞踊譜’という彼が織り上げた一枚の羽衣(ヴェール)ではないかな。

 また、最初の牛はニジンスキーの演じた牧神であり、次のピンクのショールを操っていたのはニンフ(妖精)だったのですね。

ニジンスキーは初演の中で、山羊の角と、牛を思わせる斑模様の肌着で、異様とも言えるほど完璧に「牧神」と同化しています。エリィさんのギャグセンスがこういう演出になったのですね。(笑)

また、ニジンスキーの振付は非常に独特で、身体は正面のまま顔は横向き、移動は左右のみという二次元的な振付でした。この独特の振付の着想は、古代ギリシャの壺絵ともエジプトの壁画とも言われていますが、従来のバレエとはまったく異質な動きです。モダンダンスの元祖といわれる所以です。エリィさんが全裸で模倣した動きはこの振付なんですね。

そして、この三曲目で流れていた、けだるい、ぼんやりとした曲調のクラシック音楽こそ、フランスの作曲家クロード・ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」です。彼の出世作。演奏時間は約10分。

この曲はドビュッシーが敬慕していた詩人マラルメの『牧神の午後』(『半獣神の午後』)に感銘を受けて書かれた作品。" 夏の昼下がり、好色な牧神が昼寝のまどろみの中で官能的な夢想に耽る"という内容で、牧神の象徴である「パンの笛」をイメージする楽器としてフルートが重要な役割を担っている。

初演のラストシーンでは、ニンフが残していったヴェールの上にうつ伏せになった牧神が下腹部に手を入れて自慰の動作をし、腰を痙攣させて性的な絶頂を表現する。性的なテーマがこれほど露骨な形で表現された舞台作品というのは前代未聞であった。そのため、新聞紙上を含め知識人の間で大変な物議を醸した。しかし、そのことが好奇心の強いパリ市民の評判を呼び、公演は連日超満員という大成功を収めた。

エリィさんの激しいオナニーベッドショーはこれを反映しているんだね。

また、牧神がニンフ(妖精)の残していったヴェールの匂いを嗅ぎながらオナニーする場面に、今のストリップにおけるパンプレ人気のもとになる、女性が身に付けたものに対する男性のフェティシズム(性的魅惑)の源流を垣間見た気分になった。神でさえもこうなんだ!と思うと安心するよね。(笑)

まさしく、「牧神の午後」という作品は、人間の本質を生々しく表現した官能的エロティズムの世界を醸している。

素敵な世界に誘ってくれたエリィさんに心から感謝する。

 

 

平成30年1月                            シアター上野にて

 

 

『浦島太郎の玉手箱』 

~箱館エリィさん(TS所属)の演目「牧神の午後」を記念して~

 

 

 ご存知、浦島太郎のお話です。

 浦島太郎は助けたカメに連れられて竜宮城に行きました。

 竜宮城にはそれはそれは美しい乙姫様がいました。太郎は一目惚れ。こういう女性(ひと)を絶世の美女というんだろうなと心底思いました。

 太郎は、亀を助けた御礼として酒宴を催してもらいました。たくさんの海の幸とお酒を振る舞われ、そしてタイやヒラメの舞い踊り。その酒宴は三日三晩も続きました。その間、乙姫様はいつも浦島太郎の側に居てお酌の相手をしてくれました。太郎にはまさしく夢のようなひとときでした。

 三日後、太郎は乙姫様に言いました。「ついついご厚意に甘えて、たいへん長居をしてしまいました。家では年老いた両親が心配していると思います。そろそろ御暇乞(おいとまご)いさせて頂きます。」

 乙姫様は太郎のことを気に入り、太郎の手をとり、太郎の目を見詰めながら「貴方さえ宜しければ、このままずっと竜宮城で暮らして頂きたいと思っていました。でも、貴方様のご事情もありますでしょうから致し方ありません。でも、また是非戻ってきてほしいです。私に会いたいと思いましたら、いつでもいらして下さいね。」と声をかけてくれました。

 太郎はとても喜びました。

 乙姫様は太郎の反応を見て大層喜びました。そして、「私のことを思い出しましたら、この玉手箱を開けて下さいね。」と言って、小さな箱をお土産に持たせてくれました。

 

 太郎は、また助けた亀に連れられて元の漁村に戻っていきました。

 元の生活は味気なく退屈なものでした。太郎はすぐに竜宮城の乙姫様のことを懐かしく思い出しました。そして、お土産に頂いた玉手箱を開けました。

 すると、中には乙姫様の使用済みの下着が入っていました。太郎は驚きました。手にとって広げると微かに沁みの痕跡があります。思わず、その下着を鼻孔に押し当て匂いを嗅ぎました。強烈な匂いに頭がくらりとしました。これがあの大好きな乙姫様の匂いです。そう思うと太郎は卒倒しそうになりました。太郎は股間に手を伸ばし激しくオナニーを始めました。美しく優しい乙姫様の笑顔が目に浮かんできます。太郎は夢の中を彷徨いながら果てました。

この世にこれほどの快感があるだろうか。大好きな乙姫様の匂いに包まれてのオナニーは最高でした。

 太郎は仕事もせず、飽きずにせっせせっせとオナニーに耽りました。

 いつの間にか、太郎は痩せ細り、頭は白髪頭になり、まるで老人のようになりました。太郎は「あぁ~こんな姿になってしまったからには、もう乙姫様に合わせる顔がないなぁ」と悲観にくれました。

 

 一方、亀の話をします。

 助けた亀はそのご恩返しとして浦島太郎を竜宮城に連れていきましたね。

 ところが、太郎が乙姫様といちゃいちゃしていた三日間、ずっとほったらかしの状態でした。さすがの亀も堪忍袋の緒が切れそうになりました。

 そのため、村に帰るまでの面倒はみましたが、それ以降は太郎の前に現れませんでした。

 太郎は、海に向かって「亀さんよー、戻ってきておくれよー」と何度も叫ぶのでした。

 

 太郎は、乙姫様に会えない憂さを晴らすために、ますますオナニーに励みました。

 あまりにも、匂いを嗅ぎ過ぎたのか、下着の匂いはどんどん薄れていきました。

 薄れていく匂いの中で、太郎は静かに息を引き取りました。眠るように死んでいった太郎の顔には笑みが浮かんでいました。まさしく大往生。めでたしめでたし

 

                                    おしまい

 

 

 

 

 

 今回は、ロックの新人、水沢美波さんについて「演劇とストリップ」と題して語ります。

 

 

 

まずは、彼女のポラ館初の出し物「Ophelia(オフィーリア)」を紹介する。

最初に、薄いベージュ(肌色)の質素な衣装姿で登場。肩までの黒いストレートヘアが彼女の若々しい清潔感あふれる清楚さの象徴。左側に白い髪飾りを付けている。白いシューズを履いて、華麗にかつ軽快に踊る。

感情を込めて踊っているのが指先の繊細な動きから分かる。バレエの資質があるのかなと思って彼女に尋ねたら、踊りは浅草に出演してから練習を始めたとのこと。おそらく演劇で鍛えられた賜物だろう。彼女のダンスセンスの良さを観ていて、浅草でデビューしたのが納得できた。

一回目の最初にステージに現れたときは、かなり緊張しているのが表情から伝わってきた。新人だから当然である。そう思っていたら、出し物の内容から、そういうシリアスな表情なのだと分かってきた。彼女の真剣な目がそう語っていた。

次の場面が圧巻。たくさんの花を抱えながら舞台の中央に駆け込む。先ほどの衣装のスカート部分が泥で汚れたようになっている。そして盆周りの客に向かって語り掛ける。

ひとつひとつの花を掲げ、ローズマリーの花言葉は「記憶」、パンジーの花言葉は「想い」・・・と説明しながら、最後に、ひなぎくを差し出す。本当は、すみれの花にしたかったのだけど、お父さんが亡くなったときに枯れてしまったの。お父さんは立派な最後だった・・・という話をする。

まさに、演劇の台詞である。これまでのストリップには言葉はなく、すべて身体で表現するものと思っていたので、台詞の登場は驚きであり新鮮だった。

最後に、場面が変わって、「アヴェマリア」の曲にのって登場。きれいな花の冠を頭にのせ、青いベールを身体に巻き付けて、裸足で演技し、そしてベッドショーへ。音響になぜか水の音が聞こえてくる。

ベッドでは、若くて色白で、B85 W59 H85という均整のとれたプロポーション、きれいなヌードにうっとり♡ ストリップファンとしては、これだけで涎垂の喜びである。

 

最初に述べたが、これだけ普通のお嬢さんがなぜストリップの世界に飛び込んで、お客さんの目の前で堂々とヌードを披露できるのか。それは演劇の延長にあるからだろう。たくさんの観客の前で堂々と演じ台詞が言える。表現のひとつと思えば、ヌードを披露することに抵抗感はないのだろうと察せられる。我々ストリップファンとしては、こんな可愛い娘のストリップを拝めるだけでファン冥利に尽きる。

ただ、演劇の世界から来たために、これまでの踊り子とタイプが違う。いや、次元が違うと言ったほうがいい。これまでの新人さんは、笑顔を振りまいて踊り観客を楽しませる。ところが美波さんは、シリアスな表情と演技そして台詞でもって観客に迫る。観ている側としては、これまでのストリップに無い新鮮味があると同時に、違和感を覚える。それは彼女がステージでなにを演じているのか理解できないジレンマ。なかなか彼女の世界に浸れないのである。特に私はステージ感想を書きたいと思っているため、それを上手に表現できずに苦悶し出した。演劇を通しての表現者としての美波さんと、それを物書きとして表したい表現者としての私の葛藤。私は彼女のステージに囚われの身となった。目の前に大きな壁を感じるも、それを乗り越えて美波ワールドに飛び込みたい願望に駆られる。それができないと彼女の本当のファンにはなれないと感じられた。私は彼女のシリアスな表情に負けないほど、真剣な面持ちで彼女のステージを食い入るように眺めた。

 

ストリップと演劇・・・

おそらく、この二つには共通点と相違点があるのだろう。だからこそ、私は美波さんのステージにたまらない新鮮味と違和感を覚えたのだろう。

そして、この違う二つの世界を融合させ調和させる試みを美波さんはしているんだ!

既に、ストリップ界には、TSミュージックの鏡乃有栖さんと渋谷道劇の一宮紗頼さんが演劇の世界から飛び込んで、いまだに二つの草鞋を履いている。美波さんは今は演劇をやっていないと話してくれた。これからストリップに専念してくれるものと思う。彼女の世界を受け入れて、微力ながらアドバイスしていきたいと願う。そして、一緒に素敵なストリップを楽しみたい!!

これからファンとして応援してあげたいと心から思った。

 

平成26年2月                           仙台ロックにて   

 

 

〔参考〕   

 初日に終日、美波さんのステージを観劇して、すぐにホテルで「Ophelia(オフィーリア)」について調べてみた。 

 「Ophelia」は、あの有名なシェイクピアの四大悲劇のひとつ「ハムレット」に登場する美少女のことだった。常識的な演劇の知識がなくて恥ずかしい限りである。

 インターネットで調べたことをそのまま掲載させて頂く。  

 

 オフィーリアは、主人公であるデンマークの王子ハムレットの恋人であり、国王の顧問官であるボローニアスの娘でした。

 ハムレットは国王である父を突然に亡くし、王位は父の弟であるクローディアスが継ぎ、ハムレットの母であるガートルードと結婚しました。

 王位も母も叔父に奪われた形のハムレットの前に、父である先王の亡霊が現れ、弟に毒殺されたことを告げます。そのことを確かめるために、ハムレットは気の狂ったふりをします。何も知らないオフィーリアは、ハムレットに冷たくされ、涙にくれます。

 宮廷で劇が催されます。劇の内容はハムレットの計画で、父の亡霊に聞いたまま、その殺害を再現したものでした。劇を見るクローディアスはただならぬ様子で、結局最後まで見続けることができず去っていき、ハムレットは父の殺害が真実だと確信しました。

 そして父を殺害した男と再婚した母ガートルードを責めます。その部屋には壁掛けに隠れた顧問官ボローニアスがいました。会話を盗み聞きされたと、ハムレットは相手も確かめず切り付け、ボローニアスは死にました。

 父ボローニアスの死を聞き、オフィーリアは悲しみのあまり、ついに正気を失います。そして、花をいっぱい抱えながら、宮廷や野原をふらふらと彷徨います。

 そして間もなく、オフィーリアは川で溺れ、死んでしまいます。誤って落ちたのか、それとも自殺か、その様子は王妃ガートルードの言葉によって語られます。

 

 私は、この哀れなオフィーリアの物語を知り、漸く美波さんのステージが理解できました。改めて美波さんの凄さを認識できましたよ。

 私のような無知な観客に、いかにステージの内容をうまく理解させ、美波ワールドに引き込むかがこれからの美波さんの課題でしょうね。

〔事後談〕

 先ほどのハムレットの物語を読むことで、二日目の美波さんのステージは全く違う景色に見えてきた。

 最初の場面で、長い時間をかけ、美波さんがいろんな表情や演技をするが、そのひとつひとつに物語の意味があることが分かってきた。初日は何も分からずに眺めていた。へたすると退屈に感じられるこの場面が最も味わい深いものだと漸く理解できた。

 そして、次に、泥のついたスカートはまさに野原を彷徨って汚れたもの。正気を失ったオフィーリアの悲壮感が漂う。

 最後の衣装、青いベールはまさしく川で溺れることを象徴している。調べてみたら、哀れなオフェーリアの物語は、多くの画家の心を動かし、絵の題材になっている。私もいくつかの絵を見たことがあった。

 オフィーリアの物語を知ることで、美波さんのステージは改めてじーんとした感動を与えてくれた。

 

 私のレポートを読んで、次のようなコメントを頂いた。「みなみのレポートいっぱい書いてくれてありがとう。言葉で伝えてもらえるのって嬉しいですね。私は、ストリップを通して、この演目でハムレットや演劇、シェイクスピアの台詞の魅力が伝わってくれたらいいなぁって思っていたので、とっても嬉しいです。」

 やはり、美波さんはストリップのステージを通して、観客に演劇やシェイクスピアの台詞の魅力を伝えたがっている。美波さんがいかに伝えるかも大事だが、観客自身も美波さんのステージを理解するためにオフィーリアの物語を知らなければならない。そうすることで私と同じ感動を味わえる。

 演劇やシェイクスピアに関心のある方であれば、自分のステージを理解してもらうためにポストカードなどに物語のあらすじを記載して渡したら効果的かもしれないね。ブログで紹介するのも手だね。いろいろ方法はありそう。

 問題は、演劇やシェイクスピアに関心のない人たちを、どう美波ファンにしていくか。これは美波さん自身の課題として取り組んでいく必要がある。衣装、小道具、曲、台詞、振付などなど、物語のストーリーをすーっと心に届けるのである。ストーリーものを得意とするお姐さんたちは実際に上手に表現している。これを上手く会得していったらいい。

 

 美波さんを初めて見たときに誰かに似ているなぁとずっと考えていて、あっ! 一昨年に引退した伝説の踊り子、篠崎ひめさん(大阪東洋ショー所属)だ!と気付いた。ひめさんはデビューから引退までファンの心を捉えて離さなかった。美波さんもひめさんを目標に是非とも頑張ってほしい。

 美波さんの瞳はとても澄んでいて、眩しいくらいにキラキラしている。きっと先々のことを見据えているんだろうな。どんな作品で、美波ワールドを創り上げ、我々ファンを魅了してくれるのかと考えると、期待でウキウキになる。

 必ず応援するから、頑張ってほしいと心から願う。

 

 

 水沢美波さんのシェークスピア「ハムレット」をベースにした高尚な演劇ストリップを拝見し、それに見合う貴品ある童話を創り上げようと思っていたのだが、仙台ロックのラウンジで飼っているハムスターを見ているうちに、こんなストーリーが勝手に頭の中を駆け巡った。この童話は殆ど実話です。

 

 

『ハムスターのハムレットくん』 

~水沢美波さんの演目「オフェーリア」を記念して~

 

仙台ロックには、いつも小難しい顔をしているが、心優しい従業員のカワさんがいる。えっ! どのへんが心優しいかって!? 彼は動物好きなんですよ。動物好きに悪い人はいないって言うでしょ。

 

そのカワさんが、ゼニガメを買ってきた。大きな水槽だ。

カワさんは、カメが水の中から浮かんでこないと水が多すぎるからかなぁと心配したり、居心地が悪いかなぁと思っては岩場や藻など色んな小道具を買い増している。そのうち、一匹じゃかわいそうだからと番(つが)いにした。

 毎日、水槽の掃除を日課にして、カメを可愛がっていた。

 ある日、大変な事件が起こる。

 仙台の冬は寒いので、仙台ロックのラウンジには石油ストーブがあり、その上に置かれたヤカンの口から湯気が出ていた。ある酔っ払いが「カメさんも寒いだろうから温めてあげる」と言って、ヤカンの熱湯をカメの水槽に注いだ。すぐにカメは死んでしまった。

‘カメ殺人事件’・・・いや人ではないから「殺カメ事件」か・・・いずれにせよ、世にも惨たらしい事件である。

 従業員のカワさんは「人殺し~ いや、カメ殺し~!」と叫び「生類憐みの令(?)で訴えてやる~!」と息巻いていた。

 それからしばらくの間、心優しいカワさんは「もうカメは飼えない」と意気消沈していた。

 

その後、カワさんは一匹のハムスターを買ってきた。カメの水槽から一回り大きいカゴ (ケース)とともに。

ハムスターなので、ハムレットと名付けられた。

カワさんは一生懸命にエサを買ってきて与えた。ハムスターはひまわりの種が大好物。

ハムレットはあまり動き回らずに、寝床にくるまっていることが多かった。運動しないためか、どんどん太っていった。買ってきたときより、縦横に二倍以上大きくなった。

「そんなにぼくのことを太らせてどうするつもりだろう」とハムレットはふと思う。

 ラウンジに居る、もう一人の従業員ブッチャー(屠殺人)の目がキラリ☆

 ハムレットは少し怖くなってきた。それに輪をかけて、従業員やお客さんが前に飼っていたゼニガメの悲惨な最期を話すのを耳にしてしまった。

そのため、ハムレットは完全に巣から出れなくなってしまった。

 

 心優しいカワさんは、そんなハムレットを心配し、元気にさせようと恋人を与えてくれた。彼女の名前はオフェーリア。

 ハムレットは彼女に一目ぼれした。

 しかし、ハムレットは太り過ぎていたため、彼女に全く相手にされなかった。その様子を見ていた心優しいカワさんは、ハムレットに応援グッズを差し入れた。それはお花だった。ローズマリー、パンジー、ヘンルーダ、ひなぎく、すみれと次々に、彼女にプレゼントした。

 しかし、オフェーリアは花に見向きもしなかった。

 オフェーリアに相手にされなかったハムレットは、気がふれたようになり、捨てられた花を集めて花の冠にしてかぶり、カゴから脱出した。長い間、野原を駆け回った後、川に飛び込んだ。しかし、ハムレットは死にきれなかった。そして、ずぶ濡れの姿で仙台ロックに戻った。

 心優しいカワさんは、ハムレットの姿を見つけて心から喜んだ。そして、カゴの中に戻した。カゴの中のオフェーリアと目が合った。一瞬気まずく思ったが、彼女の彼を見る目付きが違っている。最初は同情の眼差しかと思ったら、そうではない。

ハムレットは恋患いして野原を駆け回ったため痩せてスマートになっていたのだ。オフェーリアは別人を見るようにハムレットに惚れ直したのだった。

 それから、ハムレットとオフェーリアは幸せに過ごしました。とさ

 

                                   おしまい   

 

 

 

 

 

黒瀬あんじゅさん(TS所属)について、H30年11月頭のライブシアター栗橋での空中大会模様を、二作目「真夏の世の夢」を題材に語りたい。

 

 

 

 1回目ステージは新作「真夏の世の夢」、2回目はチームショー、3回目はデビュー作、4回目は?(3回目で帰ってしまい未確認)。

 

 

あんじゅさんと云えば、バレエ経験者。ポールも凄く上手い。しかも身体の柔軟性が半端でない。足が背中を回って頭に付くポーズには度肝を抜かれる。

今回の新作『真夏の夜の夢』もバレエの有名な演目なのかな。ユーミンの歌で、『真夏の夜の夢』がシェイクスピア作の有名な喜劇であることは知っていた。ただ内容は知らないので、興味が湧いて、ネットで調べてみた。『真夏の夜の夢』は、妖精のいたずらに迷わされる恋人たちが月夜の夜に繰り広げる幻想喜劇である。

 最初にティンカー・ベルに見えた妖精は、原作のパックのことか。妖精パックはトリックスターとしての役割を果たしている。トリックスターとは神話や伝説の中で活躍する悪戯者で、その狡猾さと行動力において比類ない。善であり悪であり、壊すものであり作り出すものであり、変幻自在で神出鬼没な存在。『真夏の夜の夢』では、妖精の世界と人間の世界を行き来できる唯一の存在として活躍する。

 

 さっそく、新作のステージ模様について私なりに紹介したい。

 最初に、メンデルスゾーンの組曲『真夏の夜の夢(序曲)』が流れる。

 緑色の衣装に身をくるんだあんじゅさんが現れる。妖精パックだね。

 衣装は肩出し、胸から下を肩紐で吊るす。上半身は黄緑色で、スカート部は緑色。オレンジ色のベルトをしている。茶色のロングヘアを黒い紐で結びツインテールにして、青い花輪をヘアバンドのように頭に付ける。

 左足に黄色い紐を巻き付ける。裸足で、バレエをベースにした踊りを披露。

 音楽が、ユーミンの名曲『真夏の夜の夢』に変わったところで、一旦袖に入って白い大きな羽扇子を二つ持って現れる。

 衣装もワンピースを脱いで、ショッキング黄緑色の上下セパレートの衣装に着替える。上半身はブラのみ。下半身は、サイドが青い紐になっている黄緑のパンティの上に、緑の布を巻き付け、キラキラした緑のバンドで締める。右足に黄緑色の紐を巻き付ける。裸足で舞い踊る。

 三曲目が、Rihanna(リアーナ) の「Where Have You Been」に変わる。ノリノリな洋楽。盆の上に移動して踊る。

 ここで一旦、暗転。

 四曲目は、ケイトブッシュの「嵐が丘」。

 紫っぽいドレス姿に着替えて現れる。首に回した紐で胸から下を吊るしており、透け透けでふわふわなドレスだ。音楽に合わせて踊る。

 ドレスを脱いで、ベッドショーへ。先ほどの黄緑のパンティを左手首に巻き付ける。

 まぶしいばかりのヌードにそそられる♡ 一般にバレエやポールをする人は痩せ型が多いが、あんじゅさんはとても肉感的なヌード。それがたまらない魅力だ。

 ベッド曲はsupercellの「君の知らない物語」。

 立上りに、ポールに絡んだ演技を行う。すごく見応えがある。まさしく空中大会らしい作品である。

 

この観劇レポートを締めるにあたり、戯曲『真夏の夜の夢』の最後のある台詞を引用させてもらう。・・・

真夜中の鐘が24時を知らせている。「恋人たちよ、さあ、ベッドへ。もう妖精の時間だ。」

これは貴族たちが舞台を去る時の台詞だ。「妖精の時間」とは人間が妖精のように愛し合う夜のひとときを意味する。なんてロマンチックな言葉だろう。

今回のあんじゅさんのステージで「妖精の時間を旅した」気分になったよ♪

 

 

平成30年11月                       ライブシアター栗橋にて

 

【付録】シェイクスピアの『夏の夜の夢』

 

 まず、題名について話しておく。

 この作品は、『真夏の夜の夢』とか『夏の夜の夢』と訳されるが、正確には『夏の夜の夢』が正しいようだ。

 この作品の原題は‘Midsummer Night’s Dream’なので、坪内逍遙ら先人により最初に『真夏の夜の夢』と名訳された。しかし、Midsummerとは夏至のことで、聖ヨハネ祭(Midsummer Day)が祝われる6月24日の前夜を指すこと。また、真夏では日本の暑苦しさをイメージさせ誤解を抱く恐れがあることから、近年では『夏の夜の夢』とすることが多い。

 

 以下に、あらすじを紹介する。

 

 アテネの公爵シーシアスはアマゾンの女王ヒポリタとの婚儀をあと四日に控え、幸せな焦燥感を味わっていた。そこへ貴族イージアスから訴訟が持ち込まれる。娘のハーミアが親の意思を無視して別な男と結婚したいと言って聞かないというのだ。アテネの法律によれば、親の意向を無視した娘に与えられる選択は死か、修道院に行くか、どちらかしかない。公爵はハーミアに考える猶予を四日間与える。絶望のどん底にいるハーミアに恋人ライサンダーは駆け落ちを持ちかけ、あくる夜、実行することにする。

 一方、アテネの職人たちは公爵の結婚を祝って、披露宴で劇を上演しようとしていたが、その内容はどうやら本人たちの意気込みとは裏腹にとんでもないドタバタ劇になりそうである。趣向が人々にバレないように森でリハーサルをすることにする。

 さて、アテネの森には緊迫した空気が漂っている。妖精の王オベロンと女王のティターニアがインドから連れ帰った子供をめぐって夫婦げんかの真っ最中。怒り狂ったオベロンが惚れ草の汁で女王に恥ずかしい思いをさせようと計画を立てているところへ、ディミートリアスとヘレナがやって来る。彼はハーミアをライサンダーの手から取り返そうとやって来たのだ。邪険に扱われるヘレナに同情したオベロンは惚れ草の汁を女王の目に塗った後、ディミートリアスにも塗ってやろうと、パックに命じた。

 だが、パックはディミートリアスを見ていないため、駆け落ちの途中で眠ってしまったライサンダーを当人と勘違いして、彼の目にも惚れ草の汁を塗ってしまう。しかも、そのライサンダーが目覚めて最初に見たのが、ヘレナだったから、さあ大変!ライサンダーがハーミアではなく、ヘレナを好きになってしまったのだ。間違いに気づいたオベロンは自分の手でディミートリアスの目に惚れ草の汁を塗る。そこにヘレナがやって来て、目覚めた彼から熱烈な求愛を受けるが、喜ぶどころかみなハーミアの差し金と思いかんかんに怒り、女同士の大喧嘩になる。止めに入った男同士も決闘騒ぎ。パックは魔法で眠らせライサンダーの目には惚れ草の解毒剤を塗る。

 さて、女王の眠る森の一角で職人たちのリハーサルが始まった。悪戯者のパックはボトムの頭をロバの頭に変えてしまう。職人たちは恐れおののき、逃げていく。その騒ぎで妖精の女王が目を覚まし、ロバ頭のボトムに惚れてしまい、熱烈な求愛をする。しばらく、女王の醜態を見ていたオベロンだが、哀れを催し、女王の魔法を解き、仲直りする。

 朝になり、目を覚ました二組の恋人たちは、夢とも現実ともつかない昨晩の不思議な体験を語り合いながらアテネの宮廷に帰っていく。もとの頭に戻ったボトムもアテネに帰っていく。

 もめごとが納まり、いよいよ待ちに待った公爵の結婚式である。二組の恋人たちも一緒に式を挙げた。披露宴では職人たちのおもしろおかしい「悲劇」が演じられ、真夜中の鐘が鳴ると、みな床に就く。寝静まった宮廷を森の妖精たちが清めて舞台は終わる。

 

 

 

 

 

 

 

H24年9月中の大阪晃生ショー観劇を、晃生パラダイス(その9)としてメモリアルしておく。

 

9月中の大阪晃生に急遽、青山はるかさんの出演が決まった。この週は、羽音芽美さんの三周年イベントもある。この三連休は大阪晃生への遠征で決まり!

 

 

 羽音芽美さんの三周年イベントは感動的に盛り上がった。たくさんのファンが企画に参加していた。大きな花束を見ても、かなりの出費だろうな。まぁ、お金というより、気持ちだね。そうそう、ファン代表のコメントにはほろっと来るものがあったね。芽美さんのことをよく理解してあげて、しっかりフォローしていることに感心。芽美さんはこれだけのファンに囲まれ本当に幸せな踊り子さんだと感じた。ファン代表の方が「三年の次は五年を目指して!」と話した時に、すぐに芽美さんが「五年はいないわよ」と切り返していましたが、簡単には辞められませんよ~(笑)

  芽美さんの三周年作は大好きな花をモチーフにしている。二周年作も花をモチーフにした白い衣装でまるで‘花の妖精’のようだったが、三周年作は‘花のお姫様’という感じで花の蔓が印象に残る。私なりの三周年プレゼントとして、『ウエディングドレス』に引き続いて、今回の作品を童話にできないかなと考えながらステージを拝見していた。芽美さんのスケジュールは次は9結の上野、10頭のTSと関東公演が続くので、ホームTSで童話を渡してあげたいなと密かに考えていた。そうして出来上がった童話が『愛の蔓』である。気に入ってくれるかなぁ~

 

 10時15分にスタートした三回目は、一二番と三四番をダブル・ポラにするも、ラストの青山はるかさんのステージが始まったときには24時近くなっていた。近鉄の鶴橋方面の終電は24時13分なので、はるかさんのステージを観ていたら終電には間に合わない。客はどうするか判断を迫られる。何人かは終電優先で帰った。私は近くのサウナかマン喫に泊まろうと決心し腹をすえて観ることにした。はるかファンのTimさんが私の右隣に移動してきて声をかけてきた。彼は大阪梅田までタクシーで帰ると言っていた。三千円くらいとのこと。それなら私も梅田まで帰ろうと考え、二人で乗り合いしようと話し合った。そうと決まったら、ゆっくり腰をすえて観劇できる。

 さて、深夜になったので拍手の音がしないように、静かにはるかさんのステージが始まった。はるかさんの潮吹きショーを堪能して終わったのが深夜24時半を回っていた。

 三連休の初日と二日目に深夜遅くまで晃生三昧できて最高に満足だった。

 

平成24年9月                             大阪晃生にて