こんにちは

くらげです宇宙人

いつもありがとうございます。


またまた片付けと

一見離れた話しますね飛び出すハート


前回のお話はこちら



わたしね

小学生の頃からね

好きなことなーーんでもやらせてもらって

とても恵まれた子だったんですよ。


でもね

(母から言われた気がしてるんですが)

「一度やると決めたら辞めるな」

「とことんやりなさい」

こうゆう考えがありましてね。


なんか、一度始めたことを

辞めるのは、根性がない、ダメ人間、バツ、

そんなふうに感じていて


あとは時代の影響もありますよねネガティブ

辛ければ辛いほど成長する、みたいな


わたしなんか、もうその考えこじらせて

怪我したら、痛い足わざともっと痛めつけて

痛ければ痛いほど早く治ると思ってたくらいですよ爆笑やば


そんなわけでね


好奇心旺盛なもんで

そりゃあまあ いろんなこと

させてもらったんです。


それでね。


小学校2年生のときだったかな

小学校のサッカー部の人たちが

グラウンドで練習してるの見て

「かっこいい!乙女のトキメキ」と思っちゃって

その部活の顧問してる先生のところに行って

「入れてください!」って言ったの。


※今思えば結構やばめな行動力


その時代、まだ「なでしこ」とかなくて

Jリーグがようやく始まったか始まらないかくらいのときね。


そしたらその先生が

「部活は5年生からしか入れないよ、ごめんね、5年生になったら来てね」

って言って

入れなかったんだよね。


そうしたらさ


母がどこからか地域のサッカークラブ

調べてくれて

(母になったからわかるけど、子供がそこまで興味持って自分で動いたら、協力してあげたくなるよね)


それで

小学校3年生のとき

晴れてクラブチームに入ったんですよサッカー


もう

妄想力だけは人一倍持ってるから

頭の中ではキャプテン翼、いや

キャプテンくらげになってるわけ。

ボールは友だち!怖くないよ!って爆笑

無駄にドリブルしながら遊びにいくようなさ。


けれど


実際クラブチームに入ってみたら

まあ、下手だったのよ!

頭の中ではスターになってて、

シュートバンバン決めてるんだけど

現実では、まずボールに触れないんだよね。

回ってこないの、下手だから。


炎天下の中、

午前中→お弁当→午後も練習

て感じで、しかも前半ほとんどフィジカルトレーニングでしよ。

小3の初心者だから、そんな大したことしてなかったんだろうけど

すっっっごいつらかったんだよね。


なにが辛いって

頭の中で思い描いていたスターふんわり風船星の自分

が、現実にはいないことが辛かった。


とゆうかね


そのクラブチームは、地域の中でも常に上位って感じだったのだけど

さらに、女子がわたしともう1人しかいなくて。


わたし、それまで知らなかったんだけど

運動音痴だったんだよね昇天

うん、気づかなかったんだよ、自己肯定感めちゃ高かったから爆笑

何やってもできると思ってた!

(さらにいえば、音楽的に音痴なことに気がついたのも大学生になってからです)


それが、人生初の挫折というか

周りから「できない子」みたいに扱われてるのがわかるから

とても恥ずかしいし情けないし悔しくて

もう、毎週日曜日(練習の日)が

死ぬほど嫌だったの!!!


学校では、活発で明るい自分でいられるのに

サッカーに行くと、男子たちの中で明るくいられない、「暗くて静かな下手くそ女子」みたいにしかなれない。

すごく辛い時間だったんです。


だけど、続けました。

辞めることができなかったんです。

辞めたいと言い出すことができませんでした。


多分すごく辛そうだったのか

見かねた母が今度は女子のチームを探してきてくれて

小5から女子のクラブチームに入ったんですが

そっちでもやっぱりね、自分らしくいられなかったんですよ、わたしだけ違う学校から来てて。


そのあたりから

「あれ?わたしって、実は明るくなかったの?」

みたいな疑問が生まれ、すごい自信なくしました。


コソコソ、リフティングの練習だけは

めちゃくちゃしてて、何回でも続けられるようになってたのもあるし

多分、コーチのお情けだと思うんですが

県の代表みたいなのに選んでもらって、全国大会に行ったり

体力だけはめちゃくちゃついて、校内マラソン大会とかでもほぼビリ→5位以内みたいな変化はあったんですが

ずーーーっとつらかった!

小学生のチームだから、必然的に小6で辞めるときは、うれしかったなぁ昇天


しかしその後、

さらに地獄の女子バスケットボール部に入部してしまい、

小学生のサッカーなんて

序の口だったことを知る。


毎朝顧問に公衆電話からモーニングコール

一年生はコートにも入れず、雑巾掛けと声出し、

試合「後」の校庭100周はギャグではなく本当に走る、

夏の練習は誰かしら倒れる、

殴る蹴るボールぶつけられるは当たり前、

もちろん水は飲んではいけない、

・・・という

マジの地獄だった!!


市内優勝は当たり前、

県ベスト8の学校だったんですけど

(それはわたし以外の子の成果)

わたしもね、どうにか、どうにか

食らいつきましたが、もちろんレギュラーにはなれなくて

試合出てないのに怒られて、なぜ100周も走っているんだろう…と


100点以上差をつけて勝っていると

たまーに試合に出させてもらえるんです

でもね、もう顧問とレギュラーの子たちは

試合見てないのよ爆笑

次の試合とか、その先の大会のために

ミーティングしてたりすんの。


いや〜〜〜つらかった

身体的にももちろんだけど

精神的につらかった〜〜〜


それでも辞めるっていえなかったです。

部活必須みたいな時代と学校だったし

なんか、部活も続けられない子供を持つ親の姿を見るのが嫌だったのかな。



話長くなってスミマセン

そんな経緯があって大人になって


もうね。

そんな自分に向いてないステージに立ち続けるのはやめて、

一刻も早く辞めるべきだったな。。って

つい、最近まで思ってたんてすよ。


辞められないことが癖になってて

大人になっても色々苦しんだりしたんだけど

だからこそ、早く辞めていいんだよって

自分に言ってあげたかったし


なによりも娘にね。

辛いことはすぐ辞められる子になって欲しかったんです(そんな親、いる?)


しかし

ここに来てパラダイムシフト!?


辞めるか、辞めないか

みたいなところでしか考えてなかったから


合わないことは

とっとと見切りつけたほうがいい

って考えていたのだけど


そうじゃないかも!?

と思い始めています。


ここが、新たな発見

気づきなのですが


自分の内面が現実をつくっている

ということを知らなかったから


「行動」や「環境」を

変えよう、変えようとしていたんですね。


見方、考え方、捉え方を

変えるという方法があることを

知らなかった。


だから「とっとと辞めな」と言ってあげたかったのですが

今はその真実をまずは教えてあげたいんです。


工夫の仕様があったんじゃないか

ということです。


たぶん、いろんなこと

うまくいってる人は

それを天然でやっているんですが


わたしの場合は今から練習する、って感じです。


いつも漫画の主人公みたいになりたい

って思って

そうゆう見方でしか、取り組もうとしなかったのです。






自分にとって、都合の悪い現実の中に身を置いている時


「つらい」「やめたい」「取り除きたい」

と思うとき


それを辞めるか、続けるか

という思考に陥ってしまう


わたしは辞めることができない

という選択をしていたのですが


実はそれ以外にも選択肢があったのではないかと

今になって思うんです。


外的な要因によって

わたしの内面が、思わしくない感情に染まっていくことは

逃れられないことだと思い込んでいました。

だから、よくない感情を引き起こすような環境から、離れるべきだ

と思っていたんです。


でも実際には少し違いました。


感情も、行動も

自分で選べるものであって


たとえどんな状況下でも

その能力をわたしたちは持っているんだということ。


あの辛い時間を

もっと好きなこと、活躍できることに使えたら

どんなによかったかと思っていたのですが


他者からの評価を得られる場所を探すよりも先に


自分で自分を受け容れられる練習が

必要だったように思います。


レギュラーになれない自分はダメだと

どうして思ってしまったのだろう

もっと練習して、もっと努力して、誰よりも苦しまないと上手くならないと思ったのはなぜだろう。


じぶんを喜ばせたり苦しめたりするものは

いつも外側にあると思い込んでいました。


だけど違ったんです。


その上で

居心地の良い場所で過ごす。ということを

選べばよかったな、と

今はそんなふうに感じます。



わたしの好きな小説の

一説をご紹介します。





自分が楽に生きられる場所を求めたからといって、
後ろめたく思う必要はありませんよ。

サボテンは水の中に生える必要はないし、
蓮の花は空中では咲かない。
シロクマがハワイより北極で生きる方を選んだからといって、
だれがシロクマを責めますか。


   『西の魔女が死んだ』(梨木香歩 著)より引用



逃げることと

選ぶことは

ちょっと違う


わたしは前職をお休みしたり、退職するとき

紛れもなく、逃げたんだなと

今は心から思います。


逃げることは

いけないことではないです

必要なときがあります。

けれど


逃げて成長できることは、ないんですね。


誰が、より悪いのかを

ジャッジするようなことをして

だから自分は悪くないんだと思いたくて

辞めることを選んだように思い込んでいたけれど


楽になりたくて、ただ逃げた。


だからずっと

どこかにひっかかりがあって

それがようやく取れて

ようやく「選ぶ」ができたのは

あの時だったな。



勇気を出して

元上司に、謝罪の連絡をした。

その上司から

昨日連絡があったんです。


外側に、辛い原因があると思っていた。


だけどそうじゃなかったんだな。


いろんな

問題のような出来事が

どこへ行っても、起きます。

それが今は、とてもありがたい。


どこへ行っても

何が起きても

自分が自分でいる選択をできるようになるチャンス。


ありがとう。


時間の片付けに関する

お勉強を開催します〜〜〜

良かったら覗いてね^^






くらげと一緒にお片付けしたら

楽しく人生好転させていけそうだな〜〜〜という方へ。

ご提供中のメニューはこちらになります宇宙人


[ミニマリスト くらげ]


片付けと掃除で、

体重・見栄・我慢を手放しました。

◽️産後太りXLサイズ⇨10キロ減でSサイズ

◽️眠れないほど辛い仕事⇨楽しみで起きる仕事

◽️ぎっしりクローゼット⇨スカスカ2コーデ

◽️他人と比べて自己嫌悪⇨自分を喜ばせる毎日


詳しい自己紹介は⇨⭐︎こちらです⭐︎


宇宙人フォローして頂けると嬉しいです( ◠‿◠ )
  ↓



宇宙人月・火・木・金曜日に更新予定です。
※熱い気持ちが溢れてそれ以外の曜日も更新頻度高め


 



 

\一緒に片付けはじめよう/

宇宙人くらげ公式LINE宇宙人
お友だち追加後
お片付けに役立つふたつのワークをプレゼント♡
①片付けでじぶんを変える 自己診断プチワーク
②マインドセットを整える くらげからの20の質問
友だち追加

 ※プレゼント希望、とコメントください飛び出すハート

 

 


 

 
↓アメトピ掲載記事はこちらです↓
 

 

○蘇った40年前の古椅子→⭐︎

 

 
○DIYチャレンジした、古く汚いトイレ→⭐︎

 


○捨てるはずのピアノが部屋の主役に→⭐︎

 


○話題の洗剤がやっぱりすごかった→⭐︎

 


○全11足になった3人家族の靴→⭐︎

 


○魔法かと思ったスカートの話→⭐︎

 


○輝くシンクにするなら、これが1番→⭐︎

 


○断捨離したら増えた3つのこと→⭐︎

 

 
○小1娘にトイレ掃除する姿見せた理由→⭐︎

 


○玄関掃除して変わった家族の行動→⭐︎

 

 

 

 

 

 
 
 

 

PVアクセスランキング にほんブログ村