穴と橋とあれやらこれやら -331ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

 

2016年5月2日、石川県シバキまわしツアー2日目。この日のネタでまともな記事にしてるのは、宮島隧道のみ。

 

本日から二回に分けてご紹介するのは、かつて出張時に車窓から見えて、この日の訪問以前からとっても気になっていた物件。

 

 

 

 

つうわけで、まずはこの写真。

ここは石川県道286号刈安安楽寺線、河内地内の西端付近。現在地コチラ

 

もうちょっと引きで撮ればわかりやすかったんだが、左端に写り込む築堤が北陸本線…じゃない、今は「あいの風とやま鉄道」か(慣れんな~この頭の悪そうなダサいネーミングに)。

 

 

 

 

 

 

 

 

で、上の写真右端を 

よく見てほしいのだが、

 

 

 

 

 

 

 

なんかあるでしょう?

そこにあるのは?

 

 

 

 

 

 

 

そう、

煉瓦製の暗渠!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これ、

最初見つけた瞬間は「なんであんなとこに煉瓦隧道が!?」と色めきたってしまったもんだった。

よく考えて…その正体にはたと気づいた。

 

あれは、北陸本線の倶利伽羅峠越え旧線の煉瓦橋梁に違いない、と。

 

それを、この日ようやく探索に来れたという次第。まあ旧線の探索をしたわけじゃないので、それについての説明は割愛する。有名な廃線跡だけに、ググればレポートがたくさん見つかるので、それらをどうぞ(◎投げ)。

 

 

 

 

 

 

さっそく探索といきたいのだが、切り立っていてとても降りられない。

 

 

 

 

さて、

どうすっかね…。

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、詳しくは書かないが、たぶんお察しのとおりのやりかたで、

降下完了~。

 

もちろんコレじゃない。このボックスカルバートは現在線下の暗渠。

 

 

 

 

 

 

 

 

振り向くと、

そうそう、アチラでございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、目前に対面したわたくし、しばし見とれてしまった。

っっか!

大断面の暗渠でこれより高いものは見たことあるが、この縦横比は極めて印象的だ。比率だけで言えば大須谷橋梁がいい勝負かなあ?

 

 

 

 

 

 

 

まさに文字どおり、

見上げるような高さ!

 

 

 

 

 

 

 

 

まっすぐ前を見ると

この感じ。

 

 

 

 

 

 

 

そうはないぞ、

このゆったり頭上は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

振り返りの、

鉄板の構図。

 

 

 

 

【後篇】に続く。

 

 

 

 

 

 

2020年1月18日、仁丹看板ハントの際に興味深いものを見つけたのだが…。

 

 

 

 

さーて、

どーこだ?王将とちゃうで(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

はい、答えは

コレでございます。わかりますかね?門柱っぽいやつ。

 

場所はコチラ

 

 

 

 

 

 

 

そこには四つの漢字が一文字ずつのタイル?に書かれていて、その文字とは

「国威宣揚」。

 

国威宣楊(こくいせんよう)とは、国家の威光を示すこと。この内容からして、どう考えても昭和二十年以前のものだと思われる。

 

実はこの「国威宣楊」って言葉、知らなかった。パッと見「国威発揚」だと思ったのだが、どう見ても三文字めが違うしなあ…と調べてみたら、正解に辿りついたというわけで。

ちなみに「国威発揚」は 、国家が対外的に国の威力を強くアピールすること。似てはいるがちょっとニュアンスが違う?外向きと内向きの違いなのかな?

 

でもまあ、いずれナショナリズムの香りがする、時代を感じる四文字ではある。

 

 

 

 

 

 

 

背面についている金属の輪っかから判断して、

かつての門柱が片方残されたものかと思われる。足元のコンクリ塊もちょっと気になるな。

 

門柱ということは、かつて(戦時中から)この奥になにかの施設があったのだと思われるので、もちろんそちらへ進んでみた。

 

 

 

 

 

 

 

突き当たりからの振り返り。

残念ながら何もなかったのだが、突き当たり手前の民家の角にこんなコンクリ柱があった。

 

明らかに家屋とは釣り合わない古さ。まあお家は建て替えられたのかもしれないが、もしかしたら表の門柱と同時期からの遺構かもしれないと思った。古い地図を調べてみようと思いながらほったらかしでスマン(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…っとここまで書いてから改めて調べてみたら(書く前に調べろって)、なんと正体が判明してしまった。

 

 

門柱ではなかったこのお方、その正体とは…

 

国旗掲揚薹。

 

 

「薹」は「台」の旧字。つまり、国旗掲揚台。昭和15年に皇紀二千六百年を記念して日本全国に建てられたものの一つなんだとか。

改めていろんな掲揚薹の画像を見てみたら「あ、あそこで見たアレ、掲揚薹やったんか!」っていう。まぁ不勉強ですなあ。なので、当初『「国威宣楊」門柱』という記事タイトルも修正。

 

しかし、こういう細長い石柱タイプ、しかも「国威宣楊」なんて書かれているものは、どうもレアっぽい。これはわからなくっても無理ないわ。ねえ?ねえ?(必死)

 

 

なお、これもいまさらながら古い地図を調べてみたら、どうやらこの細道は、ここの西にある妙覚寺の東入口的な道だった…ように見える。いや、解像度が低くて…(笑)。

妙覚寺、かつては相当に大きな寺域を誇っていたようで、このあたりにも塔頭がいくつかあったような感じだ。

 

 

 

 

 

 

ハイッ!

というわけで、「見当外れな見立てでほぼ書き終えてから全然違う正解が判明」っていう実験的手法(笑)でお送りした。小ネタではあるけど、こういうの好きなのだ。

 

 

 

 

 

 

【4】より続く。

 

 

 

 

あっ。

隧道の先にも橋が見えた。

 

この隧道こそが最終目的地だったわたくし、その先のことは全然考えてなかったのだが、こうして橋が見えたからには当然行く。

 

 

 

 

 

 

 

その橋、

隧道手前まで五本連続した名称不明橋たちとやはり同じ意匠だったのだが…

 

 

 

 

 

 

 

おおっ!

銘板がある!

 

情報皆無の橋が続いただけに、同じ意匠のこの橋に銘板があったのは嬉しい驚きだった。しかもめっちゃ判読しやすい、ありがたいヤツ(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

お名前は、

魚留谷橋。

 

 

 

 

 

 

 

 

渡って正対。

ありがたい、こっちにも銘板がある。

 

 

 

 

 

 

 

右の銘板にはかな表記。

うおどめたにはし。

 

 

 

 

 

 

 

そして、最も知りたかった情報ゲット。

「昭和三十八年十月竣功」。

 

隧道すぐ奥にあるこの橋の竣功時期が確定した意義は大きい。逆算して北股トンネルもほぼ同時期の完成である可能性が大だし、意匠の共通性からして五本の名称不明橋たちもさほど遡らないだろう。車を置いてきた最初の素掘り隧道は、三十年代半ばくらいなのかな。

 

 

 

 

 

 

ありがたい情報をもたらしてくれた魚留谷橋。

なぜにこの橋にだけ銘板が完備されていたのかは謎だ。もしかしたら、この橋が最奥の橋だから、なのかも?

 

 

 

 

 

 

 

そうなんよねえ。

林道端点まで進まなかったことを、記事にした今になって後悔してたりする(笑)。

 

隧道が最終目的地だったとはいえ、端点までさほど遠くもない位置。もしかしたら(いや、まあまあの確率で)この奥にもまだ橋があったんじゃないかと思うと悔しい。体力的にも全然余裕やったのに。バカバカ、僕のバカ(爆)。

 

 

 

 

 

 

 

魚留谷橋から数十m、

この日の最奥地点より。

 

ここで時刻は12時26分。徒歩進軍開始からは40分、林道起点からは2時間50分(ミチクサ込み)。これより帰投作戦へと移行。

 

 

魚留谷橋~北股トンネルの動画を撮ったのでよろしければ。

相変わらず、撮り方ヘタクソでございます。

 

 

 

 

 

 

 

そうそう、【3】で貼り忘れた写真があるので、遅ればせながら。

 

ゲバゲバさんからコメントいただいた、写真左側のこの空地。

これは向こうに見える橋のたもとにあった何らかの施設へのアプローチと思われ。

 

 

 

 

 

 

 

で、貼り忘れた写真というのがその建物基礎の写真でして、

これ。上の写真の空き地の最奥部から見下ろしている。

 

もしかして、林道からとこの空地からと、両側から入れたんだろうか。一体どういう施設があったのか気になるわ~。

 

 

 

 

 

 

 

半廃墟群付近で見つけた、

行きには気づかなかったスカルとか(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

12時56分、

無事にノートさんまで戻ってきた。帰路は30分にて帰投。

 

この日この時の路面状況で言えば、おそらくノートさんでも北股トンネルまで到達できたと思われる。しかし現況は不明につき、もし興味のある方は自力でお調べくだされ。

 

 

ちなみに、ここはまだまだリアルガチな奥地。油断はできない。帰路も慎重~に運転したっけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけとして、この一枚。見たことあります?

林道途中にある小さな祠。

 

実はこの祠の脇からパノラマ撮影したのが、拙ブログのトップ画像なのでありました。だいぶ感じは違うかもしれんけど。

 

 

 

 

以上、ついに(笑)完結。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【3】より続く。

 

 

 

連続した名称不明橋から行く手を望むと…

肉眼ではハッキリ見えた。

 

 

 

 

 

 

 

あれこそが、

ここまで延々と林道北股線を遡上してきた理由。
 

 

 

 

…なんだが、

その手前にまたカワイイのがあったじゃないの(笑)。
 

 

 

 

 

 

 

 

本当はコレも含めて五連続の名称不明橋だったわけだが、

ここまでやってしまうと完全ネタバレになるので、やむなく分割してしまった。ゴメンネ(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

ようやくお目にかかれたこのお方が、

この旅の最終目的である隧道。

 

これまた、長い間訪ねたかった物件でね~。ここまでのアクセス状況が不明なためにずっと二の足を踏んでいたのだったが、こうして無事到達できてよかった~。

 

時刻は12時19分。徒歩進軍開始からは33分、林道起点からは2時間43分(ミチクサ込み)が経過していた。場所はコチラ

 

地図を見るとなんか現地の地形とじゃっかん違うように思うが、まあよくあることか(笑)。地図の縮尺を変えてみていただくと、どんだけ奥地なのかおわかりいただけるかと。

 

 

 

 

 

 

ちょっとアングルを変えて、

土被りはこのくらい。完全素掘り隧道を補強してあるようで。

 

 

 

 

 

 

 

 

肝心のお名前は…

あは~ん(笑)。

 

ベッコリ逝っておりますね…。

 

 

 

 

 

 

洞内を補強する波板は、

ナカナカの状態になってしまってる。

 

 

 

 

 

 

 

振り返りの鉄板の構図では、

そのスカスカっぷりがよくわかるのだが、

 

 

 

 

 

 

 

洞内中央部については、

存外に健全な状態。

 

洞内もスッカスカになってるヤバい隧道もあるけど、ここは違った。

 

 

 

 

 

 

 

 

抜けましての~

 

 

 

 

 

 

 

 

振り返り正対。

補強板のせいもあるが、一つめの隧道に比べると格段に小断面。補強されてるってことは、こっちの方が少し不安定なんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

で、お待たせしました。お名前は、

「北股トンネル」。

 

「隧道」でなく「トンネル」ですか。まあいいけど。それよりも、簡易ながらもちゃんと扁額を設置してくれたことがありがたい。奈良営林署グッジョブ!逆にこの簡易かつ実用一辺倒な感じが、個人的には好ましい。

 

 

それにしても、いつ頃にできた隧道なんだろうか。何か手掛かりでも…

 

 

 

 

 

 

…って、

あっ。

 

 

 

【5】に続く。(前回と同じ終わり方・笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オイッス~!

 

 

あー、すみません、ヤフブロ時代からの伝統芸なもので…(笑)

 

 

 

 

 

 

 

ハイッ!というわけね!

 

 

 

本日は、わたくしがブログを本格的に始めた日。今を遡ること7年、2013年3月1日が、記念すべき初投稿の日でありました。あ、アメブロじゃなくヤフーブログでですが。

なので、毎年この日はこういう記事を書いてるわけなのですが、いや~、1年前はヤフブロ終了ショックで激震が走ってる真っ最中で、とても6周年どころじゃなかったですな。

 

毎回、我が「黄色い横断歩道人形」コレクションから写真をチョイスしてるので、アメブロに移って初めての周年祭(笑)である今回は、過去分リンクも貼っときましょうかね。

 

まる2年

まる3年

まる4年

まる5年

まる6年

 

 

 

 

毎回この記事では今後の展開とか抱負とか書いてるんですが、アメブロ移転後初なので、ここしばらく書いてなかった「拙ブログのモットー」であるふたつのフレーズを、以前書いたやつから引用しておきますかね。

 

 

それは「外角低め」「重箱の隅」

 

すなわち、メインストリームではない物件を積極的に取り上げ…ってよりも、そういう方向にばかり目が行く、根っからのマイナー体質なだけなんですが(笑)。
まあそういう「メジャーでなくとも自分的にストライクなネタを、偏執的に(笑)ほじくり倒す」。これこそが拙ブログの身上であります。
 

 

 

…だったんですが、「偏執的に」ってところはちょっと薄まってきたかなあ…と。これって良くないなあ(笑)。

 

 

まあ、わたくしが好きにやってる限り、基本線はブレない…というか変わりようがないかと思いますので、お付き合いいただける方はどうぞ末永くよろしくでございます。