穴と橋とあれやらこれやら -277ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

 

志が高いのはいいんだがね…

 

なんでそんなに中途半端な数なんだねキミぃ!!

 

こういうのは、コメントいらんよね…。あ、ウィキ先生に教えていただいたので、解説は不要です(笑)。

 

 

 

 

ロケ地:大津市某所

 

 

 

 

 

 

あ、さて~。

 

 

今宵から出発して、土曜日に福井県に散らばる宿題や取りこぼしを拾いまくります。どうやら雨みたいですけども、知ったことか(笑)。

 

そしてあさって日曜には1年以上ぶりの合同探索で、これまた因縁の深いシバキ残しを片付けてやる予定であります。天気は何とかなりそう…かな?楽しみっす。

 

 

 

2010年10月23日、第一次福井県遠征。この日のネタで記事にしているのは、大内隧道二代目・下荒井隧道谷戸口トンネル長野ダム隧道。本日ご紹介するのは、この日の一発目、朝一番に訪ねた物件。

 

 

いきなり、ドン。

雰囲気からして海沿いっぽいね、と思った方、正解(笑)。場所はコチラ

 

 

 

 

 

お名前は、

雄島隧道。ここからほど近い同名の島からの命名だと思うが、本記事には登場しない(笑)。

 

 

 

 

 

東側から入洞…してみて、すぐに気付いた違和感。

一部が素掘りのままになっていて、その両側には…横穴。

 

これは…もしかして!?

 

 

 

 

 

果たしてそれは思った通り。

海蝕洞=Kai Shoku Do(笑)。

 

海蝕洞については以前この記事でも登場したけど、我が経験値の時系列ではここが初めての出会いだった。つうか、わたくしの知る海蝕洞付き隧道って、全部北陸エリアにあるな~。

 

 

 

 

 

海蝕洞の奥には、

観音様?かな。確か拝みに入った気がするんだが、写真は撮ってなかったようで。

 

 

 

 

 

当時のアッサリしたわたくし、写真はこの程度で、

車に戻っております。あきませんな~。

 

 

 

 

 

抜けまして、

西側坑口。土被り薄いな~。

 

 

短いながらも、洞内に秘密を隠し持った隧道。イイね~こういうのは。好き(笑)。

 

 

 

 

以上。

 

 

 

記事タイトルの「敢えて今」には二つの意味がありましてね。

 

ひとつは、このニュース自体がとっくに出回ってる話題だってことで、好んで人とずらしたいという天の邪鬼ゆえだが、言いたいのはもうひとつのほう。

それは「敢えて今年に出場」という意味で、そもそもこれまでにすでにBABYMETALに対しては、出場のオファーは何度か出されていたはず。2014年時点で武道館公演、2016年には東京ドーム公演をやるほどの動員力だったし、そもそもNHKではBABYMETALの特番を組むほどにピックアップしてくれていたという「実績」もあるし。

で、たぶんこれまで辞退していた紅白出場を今年受けたのは、「コロナ禍」ってのがポイントかと思っていて(以上ここまで、わたくし独自の説じゃなくそう思っている人も多いようだ)。

 

というのは、予定されていた多くのフェス参加を含むアジア~欧州のツアーがすべて飛んでしまった今年、ファンの前に出る機会を失ったことで、単純にその埋め合わせ的な意味合いがあるんじゃないか…というのがわたくしの素朴な見方なんだが、「メイト」と呼ばれる(いや、自称する)熱狂的ファンの方々の中には、もっと様々な深読みをしてる方もいるようだ。

あと出場することの是非や、他のアーティストを落としまくりな見苦しい意見も目にしたっけ。知らんけど。わたくしニワカやし(笑)。

 

まあ、海外に比較して日本国内での認知度の低さが際立つ(動員力はあるが露出が極少)状況だっただけに、この機会に認知度が上がればそれはそれでいいことかな~と思う反面、様々な制約のある紅白でわずか1曲程度披露して、どのくらい理解されるのかな~というのは実際気になるところ。

 

 

 

個人的には、そうねえ…このご時世、世の中を鼓舞するような歌詞も含め、“Road of Resistance”をぶちかましてほしいところ。

お年寄り、心臓発作続出とか(笑)。

 

そうそう、結局どの曲を演るのかも色々な憶測が飛んでいて。わたくしの希望はこれだが、まあできるだけ直球な「ねじ伏せるナンバー」を演ってほしいな、この機会だけは。変化球じゃなく。

 

 

 

 

とりあえず、どんなことになるのか見てみよう。

 

 

 

2020年2月16日。実家に行く前に、なかなか普段行きづらい場所にあるラジオ塔ハントに立ち寄った。

 

ラジオ塔については、過去に3件記事にしている。萩児童公園のラジオ塔大和公園のラジオ塔八瀬のラジオ塔がそれで、そもそもラジオ塔とはなんぞや?についても過去記事を参照のこと。

 

 

 

あいにくの雨模様の中、奥様を車に残して公園へ。

おおっ見えた!

 

 

 

 

はっはあ、これは…

これまで見た中でも和のテイストが強いな。場所はコチラ

 

 

 

 

 

至近から一枚。


高さは…2.5mくらいあるかな?

 

 

 

 

 

見落としようなく前面にはめ込まれた額?には

紀元二千六百年記念建設 

心身練成

 

紀元(皇紀)2600年とは、神武天皇即位から2,600年にあたるとされた昭和15年のことで、これを祝う様々な記念事業が行われた。このラジオ塔もその一環ということだ。戦争の渦中にあった当時を感じさせる「心身練成」がなかなか重い。

 

 

 

 

屋根を模した上部とか、

知らずに見れば常夜灯っぽい。

 

 

 

 

 

あの中に機器が納められていたのだろうと思うが

手を延ばして中を撮ってみたところ、当然何もなかった。

 

 

 

 

 

背後から一枚。


…ん?あれは?

 

 

 

 

 

基壇部の底に、

穴ひとつ。煉瓦?が突っ込まれて塞がれている。なんの穴だったんだろうか。

 

 

記事にしていないものも含めてこれまでいくつかのラジオ塔を見てきているが、今までのところでは解説看板などが設置されていたところは皆無で、おしなべて「公園に建ってる意味不明な物体」状態となっている。

 

 

 

 

せっかく現代まで生き延びている貴重な遺構なんだから、

やはり何らかの解説看板の設置を望みたいところだ。

 

 

 

 

 

この小松原公園には、他にも

このような曰くありげな物体(ラジオ塔と同程度に古そうに見える)とか、

 

 

 

 

 

これまた古そうな

国旗掲揚台とおぼしきコンクリ柱とか、気になるモノがいくつかあった。

 

もちろんどれにも解説はなかったが、実は2019年、「戦前竣工の京都市児童公園群」が土木学会の選奨土木遺産に選定された。選奨理由は

「戦前竣工の京都市児童公園群は、軸線配置された施設群(特徴的なラジオ塔,水呑み場など)がヴィスタを形成し、地域市民に親しまれ続けてきた貴重な土木遺産です。」

というもの。ちゃんとラジオ塔にも触れられてる。

 

せっかくこういう土木遺産としての「価値」も認められたのだから、やっぱり公園を利用する市民に向けての啓蒙というか、ちょっとした解説があるといいのにな~と思う。公園管理者様、ご検討を(笑)。

 

 

 

以上。

 

 

2013年10月6日、高島市徘徊の際に発見した橋をご紹介。この日のネタで記事にしているのは、欄干橋のみ。

 

本日ご紹介するのは、欄干橋に先立つこと約20分。ふと見つけたレア橋。

 

 

 

いや、普通の人は、

絶対こんなん気にしないと思うんだが。つうか、橋好きでもこんなんに反応する変態はいないと思うんだが。場所はコチラ

 

 

 

 

 

しかしこれが、

知る人ぞ知るアレだったんだな~。

 

 

 

 

 

アレとはすなわち、

充腹コンクリートアーチ橋!

 

そもそも滋賀県にはコンクリートアーチ橋が極めて少ない。現在に至るまでにわたくしが把握してるのは3件で、記事化は大橋に次いでこれが2件目。

 

 

 

 

 

その3件中では

本橋がもっとも大スパンとなる。

 

 

 

 

 

何とも無愛想なこのビジュアル、

銘板もなにも一切情報がない。

 

調べりゃわかるのかもしれないが、調べてなんだな、いつもの如く。ただ、国道161号現道(そう、この道は旧国道のはずだ)の橋は大溝橋という名称で、これはその旧橋に当たると思われるので、この仮称とした。たぶんアタリじゃないかと思っている(笑)。

 

 

 

 

 

まあとりあえず、

これに気づいたおのれを褒めてやりたい(笑)。

 

 

 

以上。