ここんとこめっきりやらなくなっていた「次回予告篇」、なんと3か月半ぶりだった。昔は毎週くらいやっていたのに…。これをやらないから更新が追いつかなくてしんどいのか(笑)。
思い出しては見送り…を何度か繰り返したこのネタたちを、
また思い出したこのタイミングでやっちまおう~。
【本篇】に続く。
2019年9月20日、新旭逍遥で通りかかった物件をご紹介。この日のネタで記事にしているのは、つくだばしと饗庭の地下道。そして今回も小ネタではある。
今津からぶらぶら歩くこと2時間少々、熊野本地内までやってきた。
目指す新旭駅までは…あと2km弱くらいかな?
このヘキサの近く、道路の反対側にあるものにはすでに気づいていて、
それがこちらの道標。
見えにくいが、右側側面に「右 京 大津道」と刻まれていた。
そばにはなかなか味わい深い看板が建っていて、
「旧北国海道の道標」ということだが、いかんせん、だいぶかすれてしまっていて読みづらい。各自で頑張って読んでたもれ(笑)。
北国「海」道って書いてあるけど、これで正しいみたいだ。てっきり「街」道だと思い込んでいた。あと、こういう看板にはだいたい誰が設置したものか書かれているはずだが、こいつには何も書かれていない。個人設置?でもないと思うけどなあ。
ちょい引きで。
あそこの橋がもっと味があるやつならなあ。
…と思った方がおられるかどうかはわからないが、
味のある橋はなかったものの、
トマソン橋ならあったよ(笑)。場所はこちら。
ま~さ~に~トマソン。
両岸ともに道らしい道無し。
それなりに古そうな。
昭和40年代くらい…つまりご同輩くらいじゃないかな~と。微妙に轍があるように見えるのが怖ァァ。
おそらく、トマソン愛好家にもあまり知られてない(と思う)この橋、
興味ある方(…いるのか?)はぜひどうぞ~。撤去されることはまずなさそうではあるけど。
以上。
2012年7月1日、千載一遇のチャンスで敢行した大分県探索。これまでに記事にしているのは、大坪の沈下橋、大石峠隧道、育英橋、妙現宮の参道橋、小城隧道、元畑隧道、丸塚隧道、岳切隧道、九人ヶ塔隧道。
今宵ご紹介するのは、時系列では大石峠隧道と育英橋の間で訪ねた物件。
まずはこれ。
立派な二車線道路(中津市道藤野木線というらしい)の左カーブを直進する狭小路。あの先にあるらしい。
ところで、路面に幾筋も水が流れているのがわかるだろうか。前夜からの雨がひどく、小雨になったこの時もまだこのような状態だった。
で、狭小路を進むとすぐにこちらも左カーブとなり…
肉眼ではもう見えた。てか、フルオープンの「全面通行止」ってどういう意味?
はい、これが今宵のお題、
二越(ふたごし)隧道。現在地はこちら。
現場には扁額も銘板もなかったため、帰ってから調べて判明した。トンネルリスト(平成16年度道路施設現況調査/国土交通省)によると、
昭和40(1965)年建造 延長75m、幅員3.5m、有効高2.2m
だそうだが、幅員3.5もあるかね?
わたくしよりも二歳年長のパイセン。
さっきの看板が示唆するように現役を退いてるのかもしれないが、「廃隧道」ってほどの酷さはなかった。ちなみにさっきリンクを載せたマピオン地図だと、もはや隧道は表記されていない。
鉄板の構図。
洞内を照らすためハイビームにしているので、いつもとは違うテイスト。
この後、もちろん車で進入した。
オールコンクリ、でしたな。
でー。
おおっと?なんだか…荒れてる。
偵察して見ると、
やはり前夜の雨で両側から土砂が流れ出していて、まあまあの惨状。四駆のオフ車ならいけただろうが、レンタカーのマーチコレットでは無理する気にはならず…。
なので、これだけ撮って、
隧道を鬼バック(笑)。
冒頭写真の立派な現道があるので、こんな隧道まず誰も通らない。やはり実態としてはこの時点でも「ほぼ廃」状態だったと思われる。
最後、鬼バック後に切り返していてこんなのを発見。
「新道記念碑」と刻まれていたが、雨も降ってる中で茂みに踏み込むのは気が進まなかったので接近はしなかった。一応シャツとスラックスといういで立ちだったので…(笑)。
2021年9月のストビューより現場を。
二枚目写真とのちょうど右枠外に「新道記念碑」が建っていた。例の「全面通行止」がぶっ倒れて転がってますな(笑)。
ちなみにストビュー、隧道には行かない。てか、もう通れないのかも?
以上。
2019年7月28日、よととさん、宮川さんとの四国遠征2日目。今宵ご紹介するのは、先輩の嗅覚恐るべし!な知られざる物件。
この日のネタで記事にしているのは、一夜干ッ、厄除橋、八反田第一函渠、オロノ バス停、学島橋と、幻の学北橋。
まずはこれ。
…って、どういう状況(笑)。
場所はこちら。徳島県道16号新坂本トンネルの旧道が
川を跨ぐ場所である。
ここを通りすがった際に師匠方のセンサーが発動、何かあるのではとのことで停車した次第。マジか?
半信半疑で降りていくと…
いや~まいったね。マジですやん。
将棋の駒のような形を見て、すぐにアレだとわかった。
手前こそコンクリだったが、
その先は…
石の合掌桁!
ネットで見たことはあったが、実物を拝むのはこれが初めて、かつこの遠征では他には見つけなかったので、今のところ自分史上唯一の合掌石桁物件となっている。
さらにその先はボックスカルバートとなっていた。
どうせつまんない外観に決まってると思ったのか、外からの写真はなし。
無照明で一枚。
テイスト的にはこういうのが好きなんだが、これじゃさっぱりわからんので~。
こちら、フラッシュオン・ヴァージョン。
記録としてはやっぱりこっちの写真が必要ですな。
いや~、
エエもん見た~。
この旧道には、坂本隧道という明治43年製の古洞がある。古洞を擁するような歴史ある旧道が流れを跨ぐポイントはすべからくアヤシイ、という理論はまさにその通りなのだが、こうもうまく当たるとは。師匠方の嗅覚にも恐れ入りました…。
以上。