【ノーカット完全版】AIに自分のブログを調べてもらったら。【2】 | 穴と橋とあれやらこれやら

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

*気になった点については適宜、このような書式 で補足・ツッコミを入れる形で進行する。

 

 

【1】より続く。

 

【ク】いいね。やってみて。

 

GPT

うん。今回は「ブログがどう始まり、クイックさんの探索趣味がどう形になっていったのか」という観点で、過去記事をかなり遡ってみた。

結論から言うと、この人、最初から完成された「隧道・橋マニア」だったわけではなさそう。むしろ、かなり早い段階から探索を始め、房総などで経験値を猛烈な勢いで積み、その過程で現在のスタイルが出来上がっていった、と見るのが自然だと思う。

 

まず、現在確認できるクイックさん像

現在のAmebaプロフィールでは、クイックさん自身が、
・滋賀県在住
・男性
・既婚
・トンネル・隧道、橋を中心とする土木構造物
・旧道・廃道・未成道
・元「乗り鉄」
・20世紀のハードロック/ヘヴィメタル好き
と説明している。つまり現在は「土木探索だけの人」ではなく、鉄道・音楽などを含めたかなり広い趣味人として自分を捉えているようだ。そしてブログは「ヤフーブログ出身」と明記されている。

 

1.ブログの「本格稼働」は2013年3月1日

ここはかなりはっきりしている。2026年3月1日の記事で、本人が「ブログ本格稼働まる13年」と書いている。したがって、現在のブログ活動の基準日は2013年3月1日。ただし、ここが重要。「2013年に探索を始めた」という意味ではない

実際、現在の記事には2010年、2011年、2012年の探索記録が大量に存在する。しかもそれらは単なる後付けの創作ではなく、本人が具体的な探索日を記録している。つまり、探索活動 → その後ブログを本格稼働という順番。

 

2.かなり早い段階から「房総」にハマっている

今回かなり面白かったのがこれ。2011年2月25日の探索を、本人は「第七次房総探索」と呼んでいる。つまり、少なくともその時点ですでに「第七次」。

しかもこの日の時点で、本人が直接見てきた隧道が、289本に達していたと書いている。これ、ものすごい。2011年2月の時点で、「最近トンネルに興味を持ちました」というレベルではない。すでに房総の隧道を数百本単位で見ている人間になっている。

 

*これは完全にたまたまで、この時期に仕事で千葉に3ヶ月住むことになったから。ジャストタイミングやったな~。

 

 

3.しかも「房総探索」はかなり組織的

「第七次房総探索」という言い方からも分かるけど、これは単発の旅行じゃない。例えば同じ2011年2月25日の探索で、

などを一日に回っている。つまり、「房総へ旅行に行ったらトンネルを見つけた」ではない。完全に、「今日はこの辺を探索する」

という趣味になっている。

 

4.そして、この頃にはすでに「橋」も対象になっている

面白いのが「隧道だけの人」ではないこと。第七次房総探索の記事の一つが鍵掛橋。本人自身、千葉県ネタでは数少ない橋ネタ」

と書いている。つまり初期段階から、穴 → 橋 → 道路 → 周辺構造物という現在の方向性ができていた可能性が高い。ただ、少なくとも房総探索の記事を見る限り、当時の主役は明らかに隧道

 

5.この時期のクイックさんは「数を見て経験値を積む」段階だった

ここは現在との違いとして面白い。2011年の鵜原理想郷の記事で、「ここまで289本の隧道を見てきた」と自分でカウントしている。そして、「房総ではこういう構造は珍しい」「自分が直接見た中では一つもなかった」など、自分の探索経験を基準に比較している。

これはかなりマニア的。単に「古いトンネルだから面白い」ではなく「自分がこれまで見てきた289本と比べて、これは珍しい」という見方になっている。つまり、この時点ですでに「隧道を見る目」を鍛えていたと考えられる。

 

6.そして、探索仲間がいた

これも今回確認できた重要なポイント。2011年6月1日の千葉県大多喜町・小土呂隧道の記事では、「房総の隧道王子(当時・笑)ことまききさん」との2回目の合同探索だったと書いている。しかも本人はこれを、「まききさんおススメの隧道に連れてっていただく」という、かなり気楽な企画として書いている。

つまりクイックさんの趣味は、一人で黙々とやっていたものだけではない。同じような趣味を持つ人たちとのネット上・現地での交流があり、情報を教えてもらったり、一緒に探索したりしていた。

 

*まききさんとは第四次房総探索でホントにたまたまお見かけして、思わずメールしたのがきっかけだったなあ。あれは運命的だった…。

 

 

7.「OFF会」もかなり早い

さらに遡ると、2010年11月21日の記事がある。奈良県下北山村の小井隧道の記事で、「摺子発電所の遺構を訪ねるOFF会」に参加したことが書かれている。しかも、「史上空前の大人数」だったという。これがかなり重要。

少なくとも2010年にはすでに、土木遺構・廃道・隧道などをネットで情報交換し、OFF会まで開くコミュニティにクイックさんが参加していた。だから、クイックさんの趣味の形成には、ネット上の同好の士との交流もかなり関係していたと考えられる。

 

8.そして2011年には、もう全国遠征している

2011年4月23日には紀伊半島。現在の記事「赤岩隧道再訪記」では、初訪問時について、「四国からのスペシャルゲストをお迎えしての紀伊半島ハードコア接待」だったと振り返っている。つまり2011年の時点で、

  • 房総
  • 紀伊半島
  • 奈良
  • 岐阜
  • 富山方面

など、かなり広範囲を動いている。

2012年7月29日の岐阜県探索についても、複数の隧道・橋・発電所関連施設などを一日で回っている。だから、「ブログを始めてから探索範囲が広がった」というより、ブログ本格稼働以前から既にかなり広域探索をしていたと考えるべき。

 

9.2013年の「ブログ本格稼働」は、趣味のスタートではなく「記録化」の転換点?

ここは僕の推測を含むけど、かなり重要だと思う。確認できる事実を並べると、

2010年 

OFF会などに参加

2011年

第七次房総探索・289本 紀伊半島遠征など

2012年

岐阜などさらに全国へ

2013年3月1日

ブログ本格稼働 

という流れ。なので僕は、2013年は「クイックさんが探索を始めた年」ではなく、「それまでやっていた探索活動を、ブログという形で本格的に記録・発信し始めた年」と見るのが妥当だと思う。

 

10.だから現在のブログが「時系列無視」なのも納得できる

ブログのプロフィールに、「完全に時系列無視で記事にしていきます」とある。これは単なるブログ上のスタイルではなく、過去の膨大な探索ストックがあるからこそ成立する形式なんだと思う。

例えば現在の記事でも、2011年に行った隧道を2026年に再訪して記事にしたり、2025年に他人の記事を見て「そういえば俺も2011年に行ってた」と思い出して記事にしたりしている。つまりブログは、「今日行ったところを今日書く日記」ではない。むしろ、クイックさんの探索人生の巨大なデータベースに近い。

 

*はい、なのでネタの枯渇はないっす。何度か書いてるけど、ネタ選定が大変で…。

 

 

11.そして「再訪」が面白い

現在の記事で赤岩隧道を14年以上ぶりに再訪している。初訪問は2011年4月23日。「撮り直したい」と思いつつ14年以上放置していたという。これはクイックさんの趣味の成熟を考える上で面白い。

昔は、「とにかく現物を見る」だったのが、現在は、「昔見たものを、もう一度見て記録を更新する」になっている。つまり、

第1段階

「知らない隧道を発見する」

第2段階

「大量に見る」

第3段階

「珍しいものを見分ける」

第4段階

「資料と照合する」

第5段階

「昔の記録と現在を比較する」

という方向へ進化しているように見える。

 

12.ブログが「土木マニアの記録」へ深化していった

現在のテーマ別記事一覧を見ると、道路トンネル・隧道だけでも714件ある。さらに橋、鉄道関連、旧道・廃道などが加わる。

しかも千葉県だけでも、自治体別に記事を整理している。例えば千葉県の記事リストを見ると、

  • いすみ市
  • 一宮町
  • 市原市
  • 大網白里市
  • 鋸南町
  • 館山市
  • 千葉市
  • 長南町
  • 長柄町
  • 富津市
  • 船橋市
  • 南房総市
  • 茂原市
  • 八千代市

などに大量の物件が並ぶ。これはもう「ブログ」というより、かなり個人による土木遺産アーカイブに近い。

 

13.一方で、クイックさん自身は「研究者」っぽくなりすぎない

ここが最大の面白さだと思う。例えば「農免隧道」の記事では、「農免隧道」という名前が気に入ったと言いながら、「農免道路とはなんぞや?についてはこちらの記事でよくわかる」と別記事に飛ばす一方、「相変わらず手抜き野郎なので、そのへん調べておらん」と自分で言っている。

つまり、調査はする。でも、学術論文みたいには書かない。これが現在のブログの文章スタイルにつながっている。

 

14.そして「穴なら何でもいい」から、どんどん対象が広がった

現在の記事を見ると、阪急京都線の地下線への入口まで取り上げている(記事こちら)。大宮地下線隧道については、1931年開業、関西最古の地下鉄道、全国では銀座線に次いで2番目という歴史まで掘っている。また東京の沼部隧道では、「これは本当に隧道なのか?」という構造物の分類そのものを楽しんでいる。

これは初期の「隧道をたくさん見る」段階から、「道路・鉄道・地形・都市構造の中にある“変な構造物”を発見する」方向へ興味が広がった結果だと思う。

 

15.さらに、現在のクイックさんには「昔の自分の探索記録を再評価する」という面もある

これが2020年代の記事を読む上でかなり重要。たとえば小土呂隧道では、2025年に別の探索者が訪れた記事を見て、「自分も記事にしておきたい」と思って、2011年の記録を引っ張り出している。これ、すごく面白い。

つまり現在のブログでは、「昔の自分の記録 × 現在の自分の知識 × 他人の最新情報」が混ざっている。だから単純な「昔の旅行記」ではない。

 

*これはSubaru6さんの記事きっかけでしたな。ありがとうございました!

 

 

16.そして2026年現在、趣味そのものは続いている

2026年3月の「ブログ本格稼働まる13年」では、本人が、

  • 中国地方遠征を再開
  • 紀伊半島詣でも再開
  • 活動再開できたこと自体に意義がある

と書いている。一方で仕事の都合から、「なんか出かけにくくなってしまった」とも書いている。つまり現在は、「若い頃のように好き放題遠征!」という状態ではないものの、探索活動そのものは続いている。

 

17.ここまでを「クイックさんの趣味の変遷」としてまとめると

僕ならこう見る。

① 2000年代末~2010年前後 土木・廃道・隧道系の趣味世界に入る

同好の士とのネット交流やOFF会にも参加。

② 2010~2011年 房総を猛烈に探索

「第七次房総探索」「289本」という数字からも、この時期の熱量がものすごい。

③ 2011~2012年 活動範囲が全国へ

紀伊半島、岐阜、富山などへ遠征。

④ 2013年 ブログ本格稼働

それまで蓄積した探索記録をネット上に残す方向へ。

⑤ 2013年以降 隧道だけでなく橋・旧道・廃道・鉄道・土木遺産へ拡大

⑥ 2020年代 過去の記録を掘り起こしながら、現在の探索も続ける

さらに音楽など「あれやらこれやら」の領域も広がる。

⑦ 現在 「探索する人」+「記録を残す人」+「過去と現在を比較する人」

になっている。

 

そして、今回かなり気になったこと

クイックさんが「なぜ隧道にハマったのか」という一番根っこの部分は、まだ分かっていない。ここは非常に重要。「第七次房総探索」とか「289本」という記録は見つかるんだけど、「そもそも最初の一本は何だったのか?」「なぜトンネル・隧道に興味を持ったのか?」「最初に影響を受けた人・サイトは誰だったのか?」というところは、今回見つけた記事だけではまだ確定できない。むしろここを突き止めると、クイックさんという人の“原点”がかなり見えてくる可能性がある。

それともう一つ、かなり面白そうなのが、「クイック」というハンドルネームの由来と、プロフィールにある「元乗り鉄」から隧道・橋探索へどう移っていったのか。この2つは、次にかなり深掘りする価値があると思う。

 

 

【ク】それ面白いね。師匠的な人がいるのか、あとハンドルネームの由来、調べてほしいな。

 

 

 

(以下【3】へ)