*気になった点については適宜、このような書式 で補足・ツッコミを入れる形で進行する。
【2】より続く。
【ク】それ面白いね。師匠的な人がいるのか、あとハンドルネームの由来、調べてほしいな。
【GPT】
調べてみた。これはかなり面白いところが出てきた。結論を先に言うと、「この人がクイックさんの師匠だった」と断定できる人物は、今のところ見つからない。ただし、クイックさんが初期に強く影響を受けたと思われる“先輩格・レジェンド集団”はかなりはっきり見えてきた。
そしてハンドルネームについては、「クイック・ニック」という名前が2010~2012年には実際に使われていたことは確認できるが、その由来を本人が明言した一次資料はまだ見つかっていない。ここは推測で決めつけないほうがいい。
*いやいや、由来、思いっきり書いとるぞ?(記事こちら)
まず「師匠」は誰なのか?
今回かなり重要なのが、「くるまみち」さん。この人は、少なくともクイックさんが参加していた初期の探索コミュニティでは、かなり大きな存在だったようだ。2010年11月、くるまみちさんが奈良県下北山村の摺子発電所水路隧道について探索者を募ったところ、なんと10台もの車が集結。その参加者の中に、
- YO314さん
- あんしゃいさん
- ひろきさん
- きょくちょ~さん
- yoshirinさん
- クイック・ニックさん
- パパンさん
- おろろんさん
- ピカさん
- くるまみちさん本人
がいたことが記録されている。つまり、2010年にはもうクイックさんはこの世界のかなり濃いメンバーと一緒に探索していた。
*なぜかよととさんという管理人のお名前は引っ張ってこれなかったのかな。確かによととさん、昔も今も大きな存在でございます。白倉に参加表明、お会いしたのがなれ初めだった。他の皆さんも(以来ご無沙汰の方もおられるけど)、みな先輩方。
しかも「くるまみち」は相当な先達
くるまみちさんのサイトには、当時の探索記録が大量に残っている。特に面白いのが、クイックさんとの関係。「トンネルコレクション」の資料を見ると、2010年にクイック・ニックさんと出会った場所について、「運命の邂逅」という表現まで使われている。また別の物件については、「『くるまみち』さんでこれを知ってからずーっと行ってみたかった」という記述もある。
これはクイックさん自身の発言ではないので慎重に扱う必要があるけど、この界隈では「くるまみちさんの情報を見て他の人が現地へ行く」という情報流通がかなり普通に行われていたことが分かる。
*このへん、なんかチャッピー君混乱してるな。よととさんはそんなん書いてないはず。「運命の邂逅」はたぶん、次に登場のまききさんが書いてくださったやつかな。で、「くるまみちさんでこれを知ってからずーっと行ってみたかった」が、たぶんわたくしの言葉でしょ。
このように、くるまみちさんの情報を見て他の人が現地へ行く」ってのは間違いなく、わたくしだけじゃなく業界ではポピュラーなことだった。
そして、もう一人かなり重要なのが「まききさん」
この人もかなり重要。「トンネルコレクション」という隧道探訪サイトを運営していた人物で、現在もそのサイトのアーカイブが残っている。サイト自身が、2012年当時にはクイック・ニックさんを一つの目標として、「『穴と橋とあれやらこれやら』(by クイック・ニック氏)みたいになる様に目指しております!」と書いている。
つまり、クイックさん → 後輩から見ても一目置かれる存在 になっていたことが分かる。これ、時系列が面白い。
*前も書いたが、まききさんが後輩などとんでもない!謙虚すぎるお人柄ゆえにそんな書き方してくださってただけ。しかもこの頃はまたブログ始動前、Yahoo!のワイワイマップ時代だ。今やだれも知らない時代…(笑)。
2010年ごろ
クイックさんは、
くるまみち
おろろん
ピカ
まきき
doodoongoo
……
といった、当時すでにこのジャンルで活動していた人たちの中に入っていく。
↓
2011~2012年
クイックさん自身が猛烈に探索する。「第七次房総探索」などを行い、2011年時点で自分が直接見た隧道289本とカウントしている。
↓
2012年ごろ
今度はクイックさん自身が、「あの人に聞けば分かる」という側になっていく。実際、「トンネルコレクション」の記述では、クイックさんから「これはオススメ!」という情報をもらったという話まで出てくる。だから、僕は「師匠」というより、「先達から情報を吸収しつつ、短期間で自分自身も一線級の探索者になっていった」という表現のほうが正確だと思う。
そして「まききさんに引率されて」という記録もある
これはかなり分かりやすい証拠。2012年1月29日の房総探索について、パパゲーノさんの記事に、「まきき氏に引率されてやってきた最初の目的地」とある。参加者は、
- doodoongooさん
- まききさん
- クイック・ニックさん
- パパゲーノさん
など。
つまりこの時点では、クイックさんは「関西から遠征してくるスペシャルゲスト」である一方、現地の房総勢には案内してもらっている。そして面白いのが、その探索中に小さな穴を発見すると「と思っていたら、クイック・ニック氏(当時)がアタック開始」
となっていること。
要するに、案内される側だけど、穴を見つけたら真っ先に突っ込む。この頃からもう、現在のクイックさんっぽい(笑)。
*パパゲーノさん、doodoongooさんも大切な先輩であります。doodoongooさんと敢行した玄倉林道~その様相、隧道、橋も思い入れある記事ですのでぜひ。
「クイック・ニック」はいつから?
これはかなり面白い。少なくとも2010~2012年には「クイック・ニック」だったことが複数の第三者資料から確認できる。2012年の記事では、本人が初対面の挨拶で、「はじめまして、クイック・ニック(←当時)です」と名乗ったことまで記録されている。そして現在は「クイック」。
つまり、
旧名:クイック・ニック
↓
現在:クイック
という変化は確実。
じゃあ「ニック」は何なのか?
ここは、今のところ確定できない。今回かなり検索したけど、「クイック・ニックという名前は○○から取った」と本人が説明している記事は見つからなかった。だから、「ニック・メンザが好きだからニック」などと断定するのは現段階では危険。
ただし、これは非常に面白い仮説としては残る。なぜならクイックさんはかなりのハードロック/ヘヴィメタル好きで、実際にニック・メンザ追悼の記事も書いているから。ただ、「ニックという名前=ニック・メンザ」だと結びつける証拠は、今のところない。ここはちゃんと「未確定」としておきたい。
*いや、だからちゃんと書いてるって!(笑)
むしろ「Quick Nick」という語感そのものが怪しい
僕が現時点で気になっているのはこっち。「クイック・ニック」という組み合わせは、英語としてかなり語呂がいい。Quick Nickという二語を並べると、あだ名として非常に成立しやすい。しかも探索仲間のブログには、
「クイック・ニックさん、クイックすぎ( ̄▽ ̄)」
という冗談が出ている。
つまり当時から、「クイック=素早い」+「ニックという人名」という名前自体をネタにしていた可能性がある。ただし、これも名前の由来そのものを示す証拠ではない。
さらに面白いのが「クイック」という名前が本人のキャラクターにも合っている
これは完全に僕の観察だけど、初期の探索記事を見ると、
- 穴を見つける
- 真っ先に突入
- あちこち動き回る
- 1日で大量の物件を回る
- 予定外の物件にも食いつく
という行動が目立つ。実際、赤岩隧道の記事でも、
「クイック・ニックさん、クイックすぎ」
と同行者に書かれている(アルプさんの記事)。
だから現在の「クイック」という名前は、結果的に本人の行動スタイルにも妙にハマっている。ただ、これも「だから名前の由来は速さ」と断定してはいけない。
*うーん、全然素早くはない。むしろどんくさい(笑)。
「師匠」という意味では、もっと面白い構図が見える
今回の資料を並べると、
第一世代・先駆者側
くるまみち、YO314、おろろん、ピカ、まきき……
↓
その世界に入ってきたクイック・ニック
↓
かなり短期間で大量探索
↓
「289本」などの膨大な経験値
↓
自分自身が情報提供者・案内役になる
↓
「穴と橋とあれやらこれやら」が、後発の人たちから参照されるという流れが見えてくる。「トンネルコレクション」のサイトが、「『穴と橋とあれやらこれやら』みたいになる様に目指す」と書いているのは象徴的だと思う。
だから僕の現時点での評価
| 問い | 現時点の答え |
|---|---|
| 師匠がいた? | 正式な「師匠」は確認できない |
| 先輩・影響者は? | かなりいたと考えられる |
| 特に重要そうな人物 | くるまみち、まきき、おろろん、ピカ、doodoongooら |
| くるまみちさんとの関係 | 初期からかなり近い探索仲間/先達 |
| まききさんとの関係 | 房総探索などで案内を受ける一方、クイックさん自身も重要な情報提供者になっている |
| 「クイック・ニック」は昔から? | 少なくとも2010~2012年には使用確認 |
| 現在は? | 「クイック」 |
| 「ニック」の由来 | まだ不明 |
| 「クイック」の由来 | まだ不明 |
| ニック・メンザ由来? | 可能性は考えられるが、証拠なし |
そして、ここからが本当に面白い
今回調べていて、「クイックさんが誰かから影響を受けた」というより、“ネット上の探索者コミュニティそのものがクイックさんを育てた”という構図がかなり見えてきた。しかも2010年前後のこの界隈、今とは違って個人サイト・掲示板・ブログを中心に情報を交換していた時代なんだよね。
「トンネルコレクション」の掲示板で廃隧道の廃止情報を知り、急いで現地へ行く、別の人がその情報を元に再訪する、誰かが別の物件を教える……という、まさにネット黎明期の探索者ネットワークができていた。
そしてクイックさんは、そのネットワークの「教わる側」から「教える側」への移行がものすごく速かった人なんじゃないか、というのが今のところ一番面白い見立て。
*いや~、とはいえ、読者としてむさぼり読んでいた「くるまみち=よととさん」の影響は絶大だったと思う。ただ、「教える側」というのは語弊があるけど、結果的にこの見立ては、確かにその通りかな~と思うな。掲示板文化の末期だったな~。
次にやるなら、かなり核心に近づけそうなのが、「クイックさんが最初に隧道を知ったのは誰/何がきっかけだったのか」を、2010年よりさらに前まで遡って探すこと。ここで「最初に見た一本」や「最初に読んだサイト」が見つかったら、クイックさんの原点がかなり具体的に分かる可能性がある。
そして同時に、「クイック・ニック」の由来を本人がどこかで一度だけ書いていないか、旧Yahoo!ブログ時代まで含めて探すのもやってみたい。今残っているAmebaの記事だけでは見つからない可能性が高い。
*いやいや、Yahoo!時代の記事まで掘ってるけど見つけられてないだけやん…とは言わない(笑)。
【ク】いや~実に面白いね。初期数年の記事はヤフーブログ時代のものらしいから、調べてみてよ。
【GPT】
うん、ここはかなり重要な手掛かりになりそう。Amebaに移ってきた記事の「さらに前」=Yahoo!ブログ時代まで遡って、クイックさんの原点と「クイック・ニック」の由来を探してみる。少し時間をかけて、本人の記述と当時の同業者側の記録を突き合わせるね。
【ク】うん、お願い。
【GPT】
いや、かなり大きな発見があった。前回「原点はまだ分からない」と言ったけど、今回Amebaに移植された旧記事まで遡ったところ、クイックさん本人が「自分がこの趣味にハマった決定的な瞬間」を書いている記事が見つかった。これは相当面白い。
結論:クイックさんの「原点」は2009年1月
本人の「初代・長野隧道(廃)【2009年】」という記事に、かなり明確に書いてある。2009年1月、本人はこう振り返っている。
- この趣味にハマり始めた
- 先人のサイトやブログを見るようになった
- 少しずつ自分でも動き始めていた
- その頃、決定的な「出会い*があった
その「出会い」というのが、なんと2008年12月発売の『廃道本』。この本は実業之日本社から2008年11月8日に発売されたムックで、著者は平沼義之(ヨッキれん)と永冨謙(nagajis)。内容はまさに「廃道・廃隧道・廃橋」などを扱うものだった。
そして、その本の冒頭を飾っていたある隧道の写真を見て、クイックさんは、「ブチのめされたような衝撃」を受けたという。さらに、「完全に心を持って行かれた」とまで書いている。その隧道こそ――三重県の初代・長野隧道。
そして、「それが我が家から行けなくもない距離に存在している」と知ったことが、実際に自分で探索へ出る決定打になった。
2009年3月20日、奥さんとの日帰り温泉の途中という形ではあるものの、ついに初代・長野隧道を訪問。本人自身が、「それが真の我がキャリア(何のやねん・笑)の始まり」と表現している。
*補足すると、2008年頃からヨッキ氏のサイト「山さ行がねが」を読み始めていて、そこで告知されたから買ってみた、って流れだったはず。ただ、「山行が」を閲覧し始めたきっかけ、つまり本当の始まりは、もはや思い出せない。
これは今まで見えていた話をひっくり返すくらい重要
以前の僕の推測では、
先輩探索者との交流
↓
房総などを大量探索
↓
クイックさんが成長
という流れを想定していた。でも、今回見つかった本人の回想を見ると、もっと前に、本 → 衝撃 → 実物を見に行く → 沼に落ちるという明確な起点がある。つまり、
2008年12月
『廃道本』発売
↓
2009年1月
クイックさん、『廃道本』の写真に衝撃を受ける
↓
2009年3月20日
初代・長野隧道を初訪問
↓
2009年5月21日
横山隧道などを訪問
↓
2009年夏
橋にも強烈に惹かれ始める
↓
2009年10月17日
初の三重県遠征
↓
2010年
房総・紀伊半島などへ活動拡大
↓
2010~11年
同好の士との交流・合同探索
↓
2013年
ブログ本格稼働
という流れが、かなりきれいにつながってきた。
そして「師匠」の話も少し修正したい
ここは前回より一歩踏み込んで言える。クイックさんには「師匠が一人いた」というより、“この世界への入口を作った先人たち”がいた。その中でも本という形で最初に強烈な影響を与えたのは、
- ヨッキれん
- nagajis
の二人。
『廃道本』はこの二人の著作で、実業之日本社も「『山さ行がねが』と『旧道倶樂部』の管理人による本」と紹介している。しかも、この二人は単に本を書いた人ではない。『日本の廃道』のバックナンバーを見ると、2008~2009年当時から、
- 廃道
- 廃隧道
- 廃橋
- 林鉄
- 古道
- 土木史
などを猛烈な密度で掘り下げていたことが分かる。だから、クイックさんの趣味の「思想的な源流」をたどるなら、ヨッキれん/nagajis → 『廃道本』はかなり重要だと思う。
しかも「長野隧道」という選択がすごく象徴的
これが面白い。長野隧道は単なる「最初に見たトンネル」ではない。クイックさん自身が、「もっとも愛する隧道」の一つとして現在も挙げている。さらに横山隧道についても、「初代・長野隧道との出会いは2009年3月20日」とした上で、「この趣味最初期に出会った「理想」を超える物件を求めて今日まで至っている」と書いている。これ、かなり重要な自己分析だと思う。
つまりクイックさんの趣味って、「隧道をたくさん見る」だけじゃない。最初に、「うわ、なんだこれは!」と思わせる強烈な物件に出会ってしまった。その後、「これ以上のものはないか?」と探し続ける。その結果、全国を走り回るようになった。これはかなり納得できる。
そして「橋」の原点も見つかった
これも面白い。「朝妻橋【2009年・夏】」の記事で、本人がわざわざ、「わたくしの橋嗜好の原点」を明かしている。
2009年8月16日。琵琶湖岸を走っていて天野川を渡った際、ふと左を見る。すると古い橋が目に入った。そして、即刻Uターン。この橋について本人が好きだと明言しているのが、「自分より年長の、シンプルな桁橋」というタイプ。これ、今の「穴と橋とあれやらこれやら」の橋記事を理解するうえで非常に重要。
隧道の場合は、「古くて威容のあるもの」に衝撃を受けた。橋の場合は、「自分より年長で、シンプルな桁橋」に惹かれる。つまり、クイックさんにはかなり早い段階から「自分なりの美学」が形成されている。
初期のクイックさん、実はかなり「初心者」だった
これも面白いところ。2009年5月21日の杉本隧道の記事では、本人が当時を振り返って、「初心者らしくこれで満足し、次へ向かった」と書いている。さらに7年後の妙理橋の記事では、「2009年時点では反応せず、スルーしていた」と振り返っている。そして、「7年の歳月は、わたくしをいささかなりともレベルアップさせたようで…」と。
つまり初期の自分と現在の自分では、「何を面白いと思うか」そのものが変化している。これ、ブログの面白さを理解するうえでも大事。
そして2009年10月には、もう県外遠征
2009年10月17日。初めての三重県遠征。しかも本人は、「この趣味で実質初めての、滋賀県外への遠征」と明記している。
つまり、
3月:初代・長野隧道
↓
5月:県内の隧道を次々探索
↓
8月:橋の嗜好が確立
↓
10月:初の県外遠征
という、わずか7か月程度の間に、かなり急速に趣味が発展している。
そして2010年には「第四次三重県遠征」
これも熱量がすごい。初代・長野隧道は2009年3月に初訪問。しかし満足できなかった。翌2010年1月4日には、「第四次三重県遠征」として再訪している。つまり、
初めて県外へ行く
→ その県が気に入る
→ 数次の遠征を組む
という現在につながる遠征スタイルが、かなり早くから形成されている。
じゃあ「ハンドルネーム」の謎は?
ここは残念ながら、まだ解決していない。ただ、今回ひとつ重要な材料が増えた。2012年1月29日の房総探索で、本人は初対面のパパゲーノさんに、「はじめまして、クイック・ニック(←当時)です」と名乗っている(パパゲーノさんの記事)。つまり「クイック・ニック」は少なくとも2012年以前から完全に定着したハンドル。そして2012年ごろには、他の探索者たちも普通に、クイック・ニックさんと呼んでいる。
その後、クイック・ニック → クイックへ変化した。ただし、名前の由来を本人が説明した文章は、今回もまだ見つからなかった。
*いや、だからなんで見つからへんのよ(笑)。「さようなら、クイック・ニック」ってめっちゃわかりやすいタイトルで記事にしてんのに。ただ、次項のように自力で見つけてきたみたいね。
ただし……「クイック・ニック」という名前について新しい可能性
今回検索していて、もう一つ気になることが分かった。「Quick Nick」という呼び名は、実在のF1ドライバー、ニック・ハイドフェルドの有名なニックネームでもある。2000~2011年にF1で活躍したハイドフェルドは「Quick Nick」と呼ばれていた。これはかなり気になる一致ではある。なぜなら、Quick + Nickという非常に特徴的な組み合わせが、もともと既存の愛称として存在しているから。
ただし、クイックさんの「クイック・ニック」はニック・ハイドフェルド由来だとはまだ絶対に言えない。本人のF1好き、モータースポーツ好きについて確証が取れているわけでもないし、現時点では単なる有力な候補の一つ。
なので、
確定
「クイック・ニック」という名前は2010~2012年には使っていた。
未確定
なぜその名前にしたのか。新たに浮上した仮説
F1ドライバー、ニック・ハイドフェルドの愛称 “Quick Nick” から取った可能性。という段階にしておくのが正確だと思う。
*なんでモタスポ系記事は拾わないんだ~。いや、それです。確定です(笑)。理由もさくっと書いてます。
そして、これはかなり大事なので訂正しておく
前回僕は、「クイックさんがなぜ隧道にハマったのかはまだ分からない」と答えた。これは今回の調査で撤回できる。現時点でかなり確実に、「2008年12月の『廃道本』との出会い → 2009年1月に衝撃 → 2009年3月20日に初代・長野隧道へ → そこから本格的に探索活動へ」という原点が確認できた。
しかも本人が後年になって、自分の過去を振り返る形で書いているので、かなり強い一次資料だと思う。
現時点での「クイックさん史」は、こうなった
2008年12月
『廃道本』発売。
↓
2009年1月
本の冒頭の長野隧道に衝撃。「この趣味にハマる」。
↓
2009年3月20日
初代・長野隧道を初訪問。本人いわく「真のキャリアの始まり」。
↓
2009年5月21日
横山隧道など、県内探索を本格化。
↓
2009年8月16日
朝妻橋との出会い。「自分より年長の、シンプルな桁橋」という橋嗜好が確立。
↓
2009年10月17日
初の県外遠征=三重県。
↓
2010年
遠征を重ね、同好の士との交流も始まる。11月には摺子発電所水路隧道OFF会に参加。
↓
2011年
房総・紀伊半島などを猛烈に探索。「第七次房総探索」「289本」へ。
↓
2012年
「クイック・ニック」として探索者界隈で定着。まききさんらとの合同探索。
↓
2013年3月
ブログ本格稼働。
*多少乱暴だけど、まあ合ってるよね。こうして「自分史」ってまとめてくれたのは、ちょっと感慨深かったな。
これでかなり「クイックという人」の輪郭が変わってきたと思う。「廃隧道が好きだった人」ではなく、2008年末に一冊の本の一枚の写真に人生を持っていかれ、そこからわずか数年で“探索する側”に転じていった人なんだよね。
そして個人的には、次に絶対掘りたいのが 『廃道本』の「冒頭を飾っていたある隧道」が、なぜ長野隧道だったのか。さらに、その長野隧道の記事を書いたnagajisさんとの接点がその後どうなったのか。ここを追うと、「クイックさんがどんな探索者を目標・手本としていたのか」まで見えてくる可能性がある。
【ク】だいぶ判明したね!ヨッキれん氏やnagajis氏と接点・絡みがあったのかどうか、それも面白そう。
【GPT】
そう。ここはかなり面白いポイントだと思う。今回は 「ヨッキれん/nagajis → クイックさん」への一方通行の影響なのか、それとも後に本人同士の接点が生まれたのかを切り分けて調べてみる。特に、
・実際に会ったことがあるのか
・コメント・掲示板・メールなどネット上で交流したのか
・『日本の廃道』などにクイックさんが登場したことがあるか
・クイックさん側が二人についてどう書いているか
・逆にヨッキれん氏/nagajis氏側に「クイック・ニック」の名前が出てくるか
このあたりを中心に、本人同士の直接的な接点と、単なる影響関係を分けて追ってみる。
【ク】うん、やってみて。ヨッキ氏のことは「大御所」とか書いてるかもね。そういう人、多いから。
(以下【4】へ)