【ノーカット完全版】AIに自分のブログを調べてもらったら。【4】 | 穴と橋とあれやらこれやら

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

*気になった点については適宜、このような書式 で補足・ツッコミを入れる形で進行する。

 

 

【3】より続く。

 

 

【ク】うん、やってみて。ヨッキ氏のことは「大御所」とか書いてるかもね。そういう人、多いから。

 

 

GPT

うん、調べてみたら、かなり面白い事実が出てきた。そして、あなたの「ヨッキ氏のことを“大御所”とか書いてそう」という予想、かなり当たってる。ただし、もっと面白い関係性が見えてきた。

 

 

結論から

現時点で確認できる範囲では、

・ヨッキれん氏・nagajis氏は、クイックさんにとって明確な「先達」
・特にヨッキれん氏の探索記録は、クイックさんが物件を知るための情報源になっている
・クイックさんがヨッキれん氏のレポートを直接参照・言及している例がある
・一方で、「ヨッキれん氏とクイックさんが直接一緒に探索した」ことを示す確かな記録は、今のところ見つからない
・nagajis氏についても、直接会った/合同探索したという確証はまだない
・ただし、クイックさんの初期の趣味形成に『廃道本』が決定的だったことを考えると、二人は「クイックさんがこの世界へ入るきっかけを作った人」として非常に重要
・そして面白いことに、後のクイックさん自身が、別の探索者から見れば「大御所・先達」側になっている

という構図。

 

まず「大御所」は本当に出てくる

今回、別の探索者側の記述で非常に面白いものを見つけた。岐阜県のニコイ大滝・ニコイトンネルについて、ある探索者が過去の探索記録を年代順に整理している。そこでは、

・2008年 がんでんの館
・2011年 うさ★ネコサンド
・2012年 クイックさん
・2013年 林道・ダム・鉱山の勝手な記録
・2014年 クイックさん再訪
・2014年 黒沢永紀氏
・その後「あの大御所ヨッキれん氏」も訪問

という流れで紹介されている。

 

*これは山神さんの記事ですな。見覚えありました(笑)。


つまり、あなたの言った、「ヨッキ氏のことは『大御所』とか書いてるかも」というのは、少なくとも探索者界隈でヨッキれん氏を「大御所」と呼ぶ感覚が実際に存在していたことが確認できた。
ただし、この「大御所」という表現は今回見つかった記事の筆者によるもので、クイックさん本人の表現としてはまだ確認できていない。そこは分けておこう。

 

*チャッピー君は見つけられなかったけど、うん、実際自分もそう呼んでる(笑)。

 

 

そして、ヨッキれん氏のレポートをクイックさんが直接参照している証拠

これはかなり重要。「トンネルコレクション」の隧道一覧には、南房総市荒川の「白石隧道(仮称)」について、「ヨッキれん氏の体を張ったレポート」と明記されている。そのうえで、「申し訳ありませんが、私は入る勇気がありませんでした」と書いている。

つまりここでは、ヨッキれん氏が実際に体を張って内部へ入ったレポートを、クイックさん側が知っている。そして、「自分はそこまでは入らない」という比較までしている。これは単なる「名前を知っている」というレベルじゃない。同じ物件について、先行者のレポートを読んで、自分の探索判断の参考にしていると見ていい。

 

*ここもチャッピー君が混乱してますな。入る勇気が云々と書いておられるのは、「トンネルコレクション」管理人のまききさん。ヨッキ氏のレポを知っているのは当然で、学生服のヤマダ氏の情報をもとにこの隧道を発見したまききさんが、ヨッキ氏に情報提供、それをもとにヨッキ氏が探索してレポートした、という流れだった。だからこれ、わたくし一切無関係なのよね。

・ヨッキ氏のレポ「安房白石隧道(仮)

・まききさんのアプローチレポ「安房白石隧道(仮称)

 

ただし、ここで面白い逆転が起きている

「トンネルコレクション」の一覧を見ると、クイックさんの記事へのリンクが大量にある。例えば、川合隧道については、

「コチラをどーぞ↓
川合隧道廃)〗
↑穴と橋とあれやらこれやら」

となっている。つまり後の探索者にとって、「クイックさんの記事を読めば現地のことが分かる」という状態になっている。さらに東條袋倉隧道では、「2010年にクイック・ニックさんと運命の邂逅」と書かれ、「2012年関西訪問実現はここから!感謝な場所。」とまで書いている。これはかなり大きい。

 

*「東條袋倉隧道」はわたくしが初めてまききさんをお見かけした鴨川市の隧道で、なんで気づいたかといえば、あの有名な探索車「テリオスキッド」は見間違えようがなかった!

 

クイックさんは「教わる側」から「教える側」へ

ここまでの資料を時系列で並べると、ものすごくきれい。

初期

クイックさん

『廃道本』

ヨッキれん・nagajis

隧道世界を知る

 

2009~2010年

クイックさん

自分で探索開始

他の探索者と交流

まきき、くるまみち、doodoongooなどから情報を得る

 

2011~2012年

クイックさん

猛烈な探索

大量の物件を蓄積

「この人に聞けば分かる」側へ

 

2012年以降

後発の探索者

クイックさんの記事を見る

クイックさんに物件を教えてもらう

実際に関西へ遠征

という構図になっている。

 

つまり、ヨッキれん氏・nagajis氏がクイックさんに与えたものが、その後クイックさんを通じて次の世代へ流れている。

これ、かなり面白い。

 

*前も書いたけど、これはまききさんが謙虚な方すぎてわたくしを持ち上げてくださっただけのこと。

 

「ニコイ」の話はその象徴

岐阜県飛騨市のニコイ大滝・ニコイトンネルについて、後年の探索者が歴代のネット情報を整理している。その中で、

2012年 クイックさんが単独で全7話

2014年 クイックさん再訪、険酷隧さん・凡くまさん同行

とある。

 

そして2014年のクイックさんの記事について、後の筆者はかなり高く評価していて、「新約聖書と呼んでいいほどの詳細記事」とまで書いている。

もちろんこれは筆者の冗談交じりの絶賛だけど、後世の探索者がクイックさんの記録を“資料”として扱っていることは間違いない。

 

そしてヨッキれん氏自身もニコイへ行っている

ここも面白い。同じ記事によると、2014年以降に、「あの大御所ヨッキれん氏もここに行っておみえでした」となっている。

つまり、

クイックさんが2012年に行く

2014年に再訪して詳細な記録を残す

その後ヨッキれん氏も訪れる

というケースが存在する。

 

もちろん、「ヨッキれん氏がクイックさんの記事を見て行った」とまでは証明できない。でも、少なくとも同じ物件を両者が別々に探索している。これは、二人の探索対象・興味の方向性がかなり重なっていることを示している。

 

nagajis氏についてはどうか

ここはヨッキれん氏より直接的な証拠が少ない。ただし、クイックさんの原点を考えると、nagajis氏を無視することはできない。クイックさんが2008年末の『廃道本』に衝撃を受けたことが、本人の後年の記事から確認できる。そして『廃道本』は、

ヨッキれん氏+nagajis氏の共著。

だから、「クイックさんがこの世界へ入る際に、ヨッキれん・nagajis両氏の仕事から影響を受けた」というところまではかなり強く言える。

ただ、「nagajisさんと直接メールした」「会った」「一緒に探索した」などの人的な接点については、今のところ確認できない。

ここはヨッキれん氏についても同じ。

 

でも、もっと面白い人物が浮かび上がってきた

実は今回の調査で、ヨッキれん氏/nagajis氏だけを「師匠」と見るのはちょっと違うと思えてきた。

クイックさんの初期には、「ネット上に既に存在していた探索者文化」そのものがあった。そこには、

  • ヨッキれん
  • nagajis
  • くるまみち
  • まきき
  • おろろん
  • doodoongoo
  • ピカ
  • うさ★ネコサンド

など、複数の人間がいる。

クイックさんはその中に入り、「見る」→「行く」→「撮る」→「調べる」→「書く」→「教える」というサイクルを急速に身につけたんだと思う。

 

*この中では「うさ★ネコ」管理人のuchiyama氏だけはお会いしたことがない。かなり参考にさせてもらってるんだけどな~。

今もたまにコメントをくれるおろろnさん(元おろろんさん)は、OFFデビューがわたくしと同じ白倉だったってことで、その博識ぶりにはわたくし足元にも及ばないものの、勝手に同期認定してる(笑)。ピカさんは「師匠の相方」かな。

 

そして「師匠」という言葉が似合うのは、むしろ「くるまみち」「まきき」かもしれない

これは前回から少し見方が変わった。ヨッキれん・nagajis両氏は、「この趣味の世界そのものをクイックさんに見せた先駆者」という意味での師匠。
一方、くるまみちさん・まききさんは、「実際の探索現場でクイックさんと交流し、物件情報を交換した先輩」という意味での師匠・先達。この二層構造になっているように見える。

特にまききさんについては、2012年の関西訪問につながったことを本人側の記録がかなりはっきり示している。

 

*この「二層構造」は確かにその通り。ヨッキ氏とnagajis氏(永冨氏)は業界の著名人って感じかな。よととさんとまききさんを引き合わせることができた地元・滋賀でのOFFは感慨深かったな~。

【谷出山隧道にて。左がまききさん、右がよととさん。真ん中は…おろろんさん、かな。】

 

そして「クイック・ニック」の立場が面白い

2010年には、「先輩たちの世界に入ってきた人」だった。ところが2012年には、「クイック・ニックさんと運命の邂逅」と、他の探索者側が書いている。さらに、「クイックさんから『これはオススメ!』という報告」を受けて、行きたくてたまらなくなる、という記述もある。

つまり、たった2~3年で立場が変わっている。これはかなり異常な速度だと思う。

 

今のところの「関係図」はこんな感じ

nagajis氏はこの図の一番上に、ヨッキれん氏と並ぶ「原点の一人」として置くのが自然。

 

ただ、まだ「決定打」が一つ残っている

今回見つけられなかったのは、「ヨッキれん氏本人がクイックさんについて何か書いている記録」なんだよね。これが見つかったら一気に面白くなる。

たとえば、「クイックさんから情報をもらった」「穴と橋とあれやらこれやらを見て現地へ行った」「クイック氏と会った」みたいな記述がもし『山さ行がねが』や旧掲示板、旧「日本の廃道」に残っていれば、「一方的にクイックさんが憧れていた」のではなく、両者が互いを認識していたことが証明できる。

今のところは、「クイックさん → ヨッキれん氏を知っていた」=かなり確実
だけど、「ヨッキれん氏 → クイックさんをどう認識していたか」=まだ未解明

という状態。ここはかなり掘る価値があると思う。

そして、あなたが最初に言った「大御所」については、少なくともこの世界でヨッキれん氏がそういう位置づけだったことは、後続の探索者の文章からはっきり確認できた。

 

 

*チャッピー君は掘りきれなかったようなので、この機会にこれら大御所お2人との関わりを書いておく。とはいえ、ほとんどナイんだが。

 

まずお2人ともに、残念ながら探索をご一緒したことはない。生でお目にかかったのはいずれも一度だけ、2011年だったか、当時行われていたイベント「廃道ナイト」大阪の会場で、パネリストであるお2人を見た、その1回こっきりである。

 

ただ、ヨッキ氏に関しては当日の打ち上げ歓談タイム中に話をする機会があり、未成道ネタでなにか面白いものはないですかね~という話だったので、思い出したネタを提供したら、地図を見ながら熱心に聞いてくださった。この記事でちょっと触れてるのだが、そのネタは後日ムック本「廃道をゆく3」で、「京都市道小出石大布施線」として上梓された。

その後、ある用件で一度メールのやり取りをしたことがあり、このエピソードを覚えてくださっていた。後にわたくしも35年以上ごしに探索して記事にしている。

 

ヨッキ氏が「山行が」内でウチのブログに言及かつリンクを貼ってくださったのは、覚えてる限りでは野中山隧道。ただそれはYahoo!ブログ時代、悲しいかなリンク切れとなっている。ウチの記事はこちら。最初期の記事ね。

他、あったかなあ…。たぶんない。ニコイもそうだけど、ネタかぶりはそれなりにあるんだけども。

 

ウチのブログ内では、両名のお名前は参照元として時々出させてもらっている。まあそんなとこです。

 

 

【ク】なるほど。ありがとう。めっちゃ興味深いね。改めて、このブログに言及している人や引用している人、その他同好者においての認知度や評価がどんな感じか知りたいな

 

 

(以下【5】へ)