2015年4月29日、最初の能登遠征初日。この日のネタで記事にしているのは、津々良隧道、農免隧道、女子口バス停、大平隧道、此ノ木隧道、河崎のディープインパクト無名橋、豊川隧道、穴水隧道、旧・七海第二隧道、旧・七海第三隧道、在りし日の大谷トンネル。
今宵ご紹介するのは、時系列では此ノ木隧道と河崎のディープインパクト無名橋の間に訪ねた隧道。
余談だが、notodonさん情報によると、河崎のディープインパクト無名橋、撤去されて現存しないようだ。続く豊川トンネルも然り。諸行無常なり。
はい、タメなくドン。
愛想のないコンクリポータルだが、それよりこの手の高さ制限ゲートのある隧道、好きだなあ~。現在地こちら。
ゲート手前には、こんな看板があった。
最初の写真でもわかると思うが、
明らかに隧道がボトルネックとなっている。
このとおり。
扁額は、
石川県名物?一文字ずつのパネル式。達筆すぎて読めないが、「東隧道」…らしい。読みは「アズマ」。
ポータルには、何か取り付けられていた跡。
ポータル上からの水を流す排水溝は詰まりぎみ…こうして切り取ると廃っぽいけど、もちろんそんなわけない。
洞内の様子。
意外と長そう。でもトンネルリスト(平成16年度道路施設現況調査)によると145mだとか。
振り返っての、鉄板の構図。
ああ~、ゲート付き、イイですやんか~。
で、隧道を通り抜けまして…
西側より。こちらもゲート完備!
片方の支柱、
岩を削ってぶっ刺さってるのもステキだ。
こちらには銘板があって、
撮るだけ撮って、内容はよく見てなかった。
今回記事にするにあたり改めて眺め…いや、延長2,524mって、どんだけ長大トンネルやねん!ってなった。が、よく見たら「道路改良工事(1工区)」となっているから、隧道を含んでの道路改良の区間長なんだろうと思われる。
で、実はこの隧道、完成は大正3年と、石川県最古の道路隧道と言われているらしい。ただ…以前記事にした恋路の名称不明隧道(まあ正式名称は恋路隧道っぽいが…ちなみにこれを訪ねたのはこの翌日)は、どうやら明治10年ごろの完成らしい(後に出た大御所レポの机上調査による)し、以前記事にしている麒山道のせっぷんとんねるも明治20年完成だった。
車道隧道としては、みたいなことなのか、あるいは限られた情報しかなかった時代の通説が残っているだけなのか。
こちらの鉄板の構図。
これまた、悪くないね~。
最後に引きで。
ボトルネックっぷりがよく伝わる写真で〆。
以上。











