ワット・スラケート (7
バンコク市内を一望できるワット・スラケート入場口までの参道に、多様な黄金の瞑想仏たちが鎮座してしてる。ここの室内はとてもいい空間である。日本の神社仏閣の神仏像とは違い、金箔で覆われ、頭にアンテナのような飾りがある。悟りの境地から来訪者たちを観察金箔で眩しいくらいである仏塔の周囲の回廊を上りきるとこんな夕日が見れた。左奥には、昨日でナークルーズでフォトしたワット・アルン(暁の寺)と王宮が霞んでる。丁度、東の方向には月が出てた。この位置の風景から、バンコクという限定された空間と時間を、今の自分の空間と時間で考えてみた。今、自分が住んでる周辺エリアの空間環境の、早い遅いという時間である。道路、鉄道交通、河川インフラ、病院、学校などの公共施設、商工業施設開発などなど、目に見える部分を都市と対比させる相対的基準もある。近隣市町村と比較して早い遅いということもある。もちろん、目に見えない法的制度、早い遅いという時間規制,そのボックスの中身の整理の仕方などは、伝承する相続などに原因してる。地方自治体行政の位置的問題、あるいは国家と個人という関係であると思ってた。団体チームと国家という関係でもある。もう一歩ズームインしてみると、省庁の民営化がいくつか実行されて、その重要な部分の主権所有者としてアメリカが見えた。国家の権利と国家の権利が複雑な衝突をして、軍事予算を拡大させて、次の時代空間に移行させようとしてる。日本の伝統的農業国家から商工業国家に変化させ、始まったばかりの民主主義のような国家の最上階の上に、巨大な権利を独占所有して、操作コントロールするAI知能のような集合体が多く存在してる。もしかすると、AIという神々が誕生してるのかもしれない。