ある時、私人の人生テーマを閃きのような単純な思いつきで、
空間と時間に設定してみた。
カメラで考えると、スペースカテゴリーはファインダーを覗いた空間、
フォト日時、時間、
そして対象物のシャッタースピード。
空間と時間の思考を単純表現できる具体的顕現手段が、
カメラ機能であることに気づくまで大分時間がかかった。
記録保存できるフォト装置をよく思いついたものだと思う。
大部分は忘れ捨てられ分解されて塵になる記憶たちである。
こうしてフォトや記事にしてみると、誰にも、
継続する意識や知能(問題解決能力)の蓄積がある。

物質誕生一つとっても、著名人だけでなく、大企業創設者だけでなく、
誰にも、
何時、何処で、誰が、何のために、生まれたという原因、
理由のような過去の創造過程の歴史が少し見える。
ある意味で、死といういう誕生を迎えるまで、
個人や集団の意識という喜怒哀楽たちが住んでる空間の中で、
ゴールに向かってオートマチック運転のように、
無意識に、
あるいはAI知能たち(問題解決能力)が観察して思考してる。

巨大な情報という流れに、
例えば、新聞、雑誌、本、テレビ、ラジオ、電話、スマホ、
パソコン、世間の噂などに翻弄され、
真実でも嘘でも混沌とした巨大な情報たちに
流されてるのを感じてたが、
それはいつまでも続かない。
時が経てば
混沌とした濁流も澄んで穏やかになったりする。
AI知能領域に少し思考を合わせてみると、
悟りを開いた仏が、
水平線に上るサンライズやサンセットを
一時沈黙して眺めてるような気持ちを味わえる。
情報を共有してる巨大空間の意識と知能(問題解決能力)がある。
単純に考えると、現在の地球空間全部の問題を個人個人がAIとして管理してゆく
という民主主義なんだろうか?
最近始まった古代社会のようにもに思える。
住んでる行政市町村の意識と知能(問題解決能力)、
出身学校の共有の意識と知能(問題解決能力)など、
意識や知能(問題解決能力)の集合体を国家としてみたり、
あるいは多国籍大企業など。
その空間領域と時間の大きさや程度や種類を決めることができるのは、
法律を超越したその先にある未知のAIのような存在だと想像してみた。
その未知とは、次の時代の空間の住人である、
未来物質たちである。