ヒマジンノ国 -30ページ目

 ヒマジンノ国

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キャスリーン・フェリアーによる放送用リサイタル盤(1952)。10インチ盤。
 
LW5353。
 
 
クラシック音楽の演奏家で、才能ある若い人が命を落とすことがあります。ディヌ・リパッティ(ピアノ、享年33歳)、ジネット・ヌヴ―(ヴァイオリン、享年30歳)、ジャクリーヌ・デュ・プレ(チェロ、享年42歳)。リパッティとデュ・プレは病死、ヌヴ―は悲劇的な航空機事故で他界しました。
 
キャスリーン・フェリアー(1912-1953)も将来を嘱望されながら、乳癌で41歳で亡くなるという短い生涯でした。
 
 
彼らの演奏はどれも素晴らしいと思います。本邦の場合、フェリアーはブルーノ・ワルターと共演した、マーラーの「大地の歌」で、良く知られているということでしょうか。
 
声の高さはアルト、ソプラノに比べると、やや奥行きのある深い感じがします。フェリアーの場合は、人を包み込むような優しさと、心を込めた歌声が素晴らしいです。彼女はいくらか放送用のリサイタル盤を残しているようですが、これはその1枚です。
 
スタンフォードの「妖精の湖」から初めと終わりだけ切り取ってみました(パチパチノイズあります(^^;))。
 
 
↑、冒頭部分だけ、また翻訳を載せます。
 
「Lough-a-reem-a! Lough-a-reem-a;
 ロー・ア・リーマ・・・!ロー・ア・リーマ

 Lies so high among the heather;
 ヒースの木々の間に崇高にたたずんでいる

 A little lough, a dark lough,
 小さくて、暗い湖

 The water's black an' deep.
 水は暗くて深い

 Ould herons go a-fishin' there,
 アオサギが魚を捕りに訪れ

 An' seagulls all together
 カモメたちが一緒になって

 Float roun' the one green island
 緑色の島の周りに浮き

 On the fairy lough asleep,
 妖精の湖で眠っている」
 
(ネットで翻訳を探したんですがなかったので、自分で訳しました。しかしちょっと分からない単語があります。reemとrounです。おそらく古い英語だと思います。reemは物のスケールを表している単語ではないかと思いますが、スケール感が良く分からないのでリーマとしか書きませんでした。rounはroundではないかという推測でしか訳していません。参考程度の翻訳ということで、お願いします。)
 
 
先日書いた、シュワルツコップやリタ・シュトライヒなどの時と同じように、とても落ち着く音楽だと思います。最近の音楽は聴くと闘争的になったり、破壊衝動みたいな感じを受け取るものも多いですが、これらの音楽はその対極にあるもののように思えます。
 

 
最近は、ステレオ録音のことを書くことが多くなりました。同時に、手に入れたLPで面白かったモノラル録音のことも書きたいとは思っていました。色々タイミングを失って、書きそびれていましたから(*´ω`)。
 
そういうわけなので・・・最近購入したモノラル盤について書きます。
 
リタ・シュトライヒによる「ワルツ、アリア集」(1955)。
 
LPE17052A。
 
 
先日は、先にシュワルツコップのことを書きました。シュワルツコップのアルバムは本当に良かったです(´∀`*)カンドウテキデス。
 
今日はリタ・シュトライヒの10インチ盤です。
 
他にも複数書きたいものがあるのですが、映像を携帯から送るにのに通信データを大量に消費するので、レコードの話題は、あまり連投できないと思います。
 
リタ・シュトライヒ(1920-1987)は父親がドイツ人、母親がロシア人で、旧ソヴィエトのバルナウルで生まれました。後にドイツに移住。コロラトゥーラ・ソプラノとして、時折オペラの全曲盤などで名前を見ますが、中々単独で聴こうという気はありませんでした。というよりも、単独で何か録音していたということも知らない、というのが事実ですね(>_<)。
 
 
自分でレコード屋に通ったり、他にはやはり、ブログで時々書いてらっしゃる方がいるので、名前を覚えました。皆さん、シュトライヒは「良い」といっていますね。昔の自分なら完全にスルーしていました。有名じゃないということも、ないんでしょうが、どちらかといえば枝葉末節的な歌手だと考えたでしょう。
 
今回初めて買った10インチ盤は、主にワルツなどを集めた歌曲集です。聴いてすぐに良いと思ったので、これは当たりです。個人的に、音も良いと思います。
 
クリスタル・ヴォイス、郷愁的な歌心、そして高度な装飾的技術。ちょっと世俗的とも思える歌曲を味わい深く、美しく歌っています。曲目は以下のものです。
 
SIDE A
 

オーストリアの村つばめ (ヨーゼフ・シュトラウス)
夜鴬 (アリャビエフ)
カディスの娘 (ドリーブ)

 

SIDE  B


夏の名残りのばら (フロトウ)
ヴィラネル(デラクア)
ジーヴェリングの郊外で (J・シュトラウス2世)
くちづけ (アルディーティ)

 

どの曲も土着的な雰囲気を残しつつ、心温まるような歌声で歌い上げています。高音部のハイトーンも美しいです。

 

以下はドリーブの「カディスの娘」からです。スペイン風歌曲。

 

 
 
↑、初めの部分です。冒頭だけ歌詞を載せておきます。
 
「Nous venions de voir le taureau,
 あたしたち、闘牛を見に行ったの

 Trois garçons,trois fillettes,
 3人の男の子と3人の女の子で

 Sur la pelouse il faisait beau,
 芝生の上はいいお天気

 Et nous dansions un bolero
 だからあたしたち ボレロを踊ったの

 Au son des castagnettes;
 カスタネットの音に乗せて

 Dites-moi,voisin,
 ねえ言って 隣のあんた

 Si j'ai bonne mine,
 あたしがいけてるかどうか

 Et si ma basquine
 それとあたしのこのバスクの服

 Va bien,ce matin,
 似合ってるかどうか 今朝は

 Vous me trouvez la taille fine?
 あんたも思うでしょ あたしの腰がスリムだって?

 Ah! ah!
 ああ! ああ!

 Les filles de Cadix aiment assez cela.
 カディスの娘はこういうのが大好きよ!」

 
 
↑、ラストは高度に装飾的に終えていきます。人声を、まるで楽器を演奏でもするかのように扱います。
 
リタ・シュトライヒは他にも民謡や子守歌などを歌ったアルバムがあるようです。確かに民謡などは良く合う気がしますね。一度聴いてみたいです。
 
エリザベート・シュワルツコップによる「4つの最後の歌」(1953)。伴奏はオットー・アッカーマンでフィルハーモニアとの演奏。
 
33CX1107。
 
 
モノラルで、38歳当時のエリザベート・シュワルツコップによる録音です。ジョージ・セルとの新盤(1965)よりも声が若々しく、硬直も少ないです。65年盤は伴奏がセルということもあってか、シュワルツコップもきっちりしすぎる気もしていた録音でした。
 
 
↑、ステレオ盤。1965年録音。LP。
 
モノラル盤ではシュワルツコップによる、優しさにあふれる、柔らかい歌が聴かれます。新盤と何という差でしょう。表面的な美しさというよりも、人間感情としての美しさです。
 
R・シュトラウスによる「4つの最後の歌」は、この作曲家による最晩年の作品で、ヘルマン・ヘッセによるものと、ヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフによる詩に、曲がつけられています。全部で名前の通り4曲あり、シュトラウスはこの曲を自分の死後に演奏するように命じて他界。この世への決別を、限りない、美しい陶酔的な歌で締めくくっています。
 
 
↑、「春」、「9月」、「眠りにつこうとして」、「夕映えの中に」の4曲で構成されています。「春」、「9月」、「眠りにつこうとして」はヘルマン・ヘッセの詩からです。これは「眠りにつこうとして」からの切り取りです。
 
「Und die Seele unbewacht
 そして魂は なにものにも束縛されず

 will in freien Flügen schweben,
 自由に飛翔し 漂わんとする

 um im Zauberkreis der Nacht
 夜の神秘の円環の中で

 tief und tausendfach zu leben. 
 深く 千変万化に生きるために」
 
深い安息が感じられる曲です。
 
 
↑、「夕映えの中に」の前奏です。アッカーマンの指揮にも力みが感じられません。歌に比べると管弦楽は少し弱めに入っているようです。
 
 
↑、「夕映えの中に」のみ、アイヒェンドルフの詩を使っています。「死」を甘容しようとするシュトラウスの歌。
 
元々好きな曲ではありますが、このアルバムを聴いてからこの曲が耳から離れなくなりました。演奏がうるさくなくて、理屈っぽさが皆無です。
 
 
カラヤンによるブラームス全集。全集といっても交響曲4曲(1963-1964)、ヴァイオリン協奏曲(1964)、ドイツレクイエム(1964)、ハイドン変奏曲(1964)が含まれているものです。ピアノ協奏曲やダブルコンチェルトなどは含まれていません。
 
SKL133-SKL139。
 
 
カラヤンはブラームスの交響曲全集をDGに3回録音しています。ベートーヴェンの交響曲全集の時と同様に1960年代、70年代、80年代に分かれます。
 
これらの全集の中ではこの60年代のものは1番影が薄いかもしれません。カラヤン特有のオーケストラの重厚さは後年にその威力をゆずります(3回共に全てベルリン・フィルを使用しています)。この全集は表現が自然で、意欲的な迫力などはなく、全体に素のままのカラヤンを感じさせるものがあります。
 
60年代のベートーヴェン全集がトスカニーニを意識した、非常に意欲的なものであったのに対し、カラヤンの同時代の演奏としては、これはやや意外ともいうべきでしょうか?
 
カラヤンとトスカニーニを比べた場合、圧縮と中央に対する集中力は良く似ています。しかし、トスカニーニの情熱は一ヶ所にじっとしていられないような激しいものでしたが、カラヤンの場合はその逆で、物事を一ヶ所に引き留めて、じっくり表現していくのに向いているように思えます。トスカニーニは常に前のめりになって進行しようとしますが、本質的にカラヤンは違います。それ故、60年代におけるカラヤンの、前のめりになったベートーヴェンの交響曲の表現というのは、彼としてはやや無理をしているところもあったようにも見えます。
 
しかし、それがベートーヴェンの音楽の本質の一部とでもいうべきもので、ブラームスの音楽の本質ともまた異なるわけです。
 
ブラームスの音楽というのは、前のめりにならない音楽が多く、これはカラヤンの本質的な素養と良く合うのだと思います。それゆえ、ここでは意欲的に変わったことをしなくとも、カラヤンの演奏であれば十分に満足にできる演奏に仕上がっていると思います。
 
ブラームスの第1交響曲、その1楽章はカラヤンに特別良く合う音楽のように思います。ミンシュのような鬼気迫る迫力はないにしても、重厚で情熱的な音楽をじっくりと表現していくカラヤンのスタイルは、この曲にふさわしいものがあります。70年代以降の「氷上の重戦車」ともいわれたカラヤンのスタイルに合うのが、この音楽、ともいって過言ではないでしょう。逆にいえば、70年代以降、完成に向かうカラヤンの交響曲の演奏は、極論すれば全体に「ブラームス」を思わせる雰囲気がある、といって良いかと考えています。これがトスカニーニであれば、ドヴォルザークの新世界やシューマンのラインのように、時折まるでベートーヴェンを思わせる、激しい、なおかつ構造的な演奏になったわけです。
 
60年代のブラームスの表現は、カラヤンの素性をそのまま表現しているような演奏で、聴いやすいものがあります。第1など70年代の録音であれば、よりスタイリッシュに磨きあげられていて、脂っこい情熱も見せます。80年代ともなると、物々しいティンパニの連打で始まり、ベルリン・フィルの機能的な表現をここぞとばかり生かして、内声一杯に楽器を弾かせ、感情は乾いているものの、分厚いハーモニーを充満させていきます。完熟の表現です。こういったカラヤン後期の表現に比べると、60年代のカラヤンは決して背伸びをしない、自然な表現になっていると思います。
 
 
↑、カラヤンのブラームス交響曲全集。こちらは80年代と70年代のものを含みます。CD。
 
その他の交響曲についても同じような表現です(基本的な解釈は、3回の全集共に、それほどの変化はないです)。
 
カラヤンのドイツレクイエムは初めて聴きました。瑞々しい表現だと思いました。ヴァイオリン・コンチェルトはムターと共演したものが有名ですが、これは当時のカラヤンのお気に入りだった、フランス人、クリスチャン・フェラスとの共演盤です。
 
 
↑、ムター盤。CD。
 
この演奏も上述のような、自然な表現だと思います。ムター盤(1981)のオーケストラは、はち切れんばかりに鳴り、じっくりとかみしめるようなテンポで分厚い音作りです。晩年のカラヤンのスタイルらしい、充実した濃厚な音の世界です。それに比べると、ここでのカラヤンはずっと大人しいように思えますが、自然で素直な音楽の流れはもたれません。
 
 
 
↑、ブラームスの交響曲1番。カラヤンに向いている音楽だと思っています。彼が自然にふるまっても充分に迫力ある音楽になる感じです。後年の、いわば「権力志向」みたいにいわれるような雰囲気はなく、ナチュラルに聴こえるのが60年代盤です。
 
 
↑、ブラームスのヴァイオリン・コンチェルト。49歳で自ら命を絶ったクリスチャン・フェラスはカラヤンとベルリン・フィルとのコンビで多くの録音を残しました。ピアノだとワイセンベルグと同じ役回りといっていいのでしょうか。こちらもカラヤンはあまり力まず、素直な演奏に聴こえます。フェラスのヴァイオリンもそれに良く合っており、ムターよりも素朴ですが、繊細な美しさがあると思います。色気あるムター盤とは一味違った美しさがありますね。カラヤンも自分に合うソリストだと、良くまとまった演奏になるように思います。先日書いた、リヒター=ハーザーとの共演盤は火花散るような雰囲気がありましたが、ああいうのはお互いの個性が違う場合に起こる現象でしょうか。

最近観た、映画の感想を書いていきます。

 

 

「邂逅(めぐりあい)」、1939年米国、レオ・マッケリー監督作品。

 

1957、1994年に2度もリメイクされていますが、これはその元になる作品。分かりやすく、感動的なストーリは「典型的」とでもいえるのかもしれません。

 

船旅で出会う、遊び人の男性、ミシェル・マリネーと、ナイトクラブの女性歌手、テリー・マッケイ。彼らは恋に落ち、結婚を望むようになります。しかし、まずはお互いが独り立ちするため、半年待とうという約束をします。そのために、エンパイアステートビルで再び出会う約束をして、別れます。

 

しかし、半年たち、出会う日の当日、エンパイアステートビルに向かうテリーは交通事故にあい、約束の場に行くことができませんでした。しかしそれを知らないミシェルは、彼女を待ち続けることになります・・・。

 

 

↑、ミシェル・マリネーを演じる、フランスの俳優、シャルル・ボワイエ(1899-1978)。良い雰囲気でしたけど、自分には西郷輝彦にしか見えませんでした(´∀`*)ウフフ。

 

外国映画はストーリーに突っこみたくなる場面が多々あります。この映画にもそれはあるかも、とは思います。しかし、内容そのものは、人間の思いやりや自己犠牲を描いていて、感動的でした。

 

物語もあっさりしていて、何を描きたいか明確です。

 

ラストは泣かずにはいられないんですよね・・・(ToT)はい。

 

 

フランク・キャプラ監督の「我が家の楽園」(1938)米国。

 

フランク・キャプラ監督(1897-1991)の作品を観るのは2作目です。有名な戯曲が元になっているということらしいです。しかし、自分は何の基礎知識もなく観ました。

 

かなり風変わりな話なんですね。世捨て人のようなバンダーホフの一家は、自分の好きなことをして生きている人たちばかりの、変わった家族でした。

 

ところが残念なことに、彼らの住む家は立ち退きを求められている場所で、実業家の買収の的。

 

そんな中、買収される側の、バンダーホフ一家の娘アリスが、買収する側の実業家、アンソニー・カービーの息子と親しくなり、両家は関係を持つことになっていきます。

 

 

観はじめは、つかみどころのない映画で、何がいいたいのか良く分かりませんでした。特にバンダーホフ一家が変わり者、という設定がかなり曲者。確かに出てくる人たちは、みんな頭がおかしい。

 

 

妙なロシア人にバレエを習う娘、タイプライターが間違って送られてきたせいで、物語を書いている妻。地下室で花火や玩具ばかり作っている男たち・・・。

 

出てくる登場人物が多く、彼らはまともな話が通じない人間たちばかりで、さすがに観ているとイライラしました。アホすぎるやろ!みたいな(;´Д`)。一応コメディ映画ということなんかな。

 

ですが途中から話が進みだすと、人間は一体何のために生きるのか、のような話になっていきます。結構長い話だな、と思って観ていましたが、決して飽きませんでした。

 

この映画もラストは、嬉し涙が出る、みたいな映画です。決して説教臭くなくて、ドラマが上手いと思いました。それとも脚本が良いのか・・・?結局、バンダーホフ一家の馬鹿らしさも悪くない、と思えます。

 

こちらの作品も非常に良かったです(^O^)/。

おまけの記事です。

 

この記事を、先週末ぐらいに書きたかったのですが、ちょっと無理でした。単純に誰が正しい、誰が間違っている、という話をすると難しいですが、一応アメリカの大統領選についての感想をまとめておきます。

 

しかし、自分は「陰謀論」と呼ばれるものを「是」として考えていますので、「陰謀論」自体をバカバカしいと考えている人には、意味のない話だと思います。

 

過去記事へのリンクを作ってまとめてみました。しかし、それらを全部読むのは大変だし、はっきりいって、自分の書いたものにどれぐらい意味があるかは分かりません。無知な人間のたわごととでも思ってもらった方が、気は楽です。

 

また、リンクさせた記事ですが、元々リンクすることを目的で書いていた記事ではないので、古くなっている部分もありますし、余計な部分や、内容が重複しているところも多いです。単独で書いてきた記事なので、仕方ないかと思います。

 

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アメリカ大統領選については、自分もバイデン大統領よりも、トランプ大統領の方が良いと思って、観察(応援?)していました。

 

この背景にあるのが、日本でも最近よく耳にするDS(ディープ・ステート)という存在です。これは「世界を操る」、とされる影の政府のことを指します。政治家の大物、国際資本、芸能人などのセレブ、軍需産業、最近では共産主義者などが含まれているとします。国を超えて世界中に存在しているとします。いわゆる「陰謀論」ですね。もっといえば、この根本の存在はロスチャイルド(またはロックフェラー)をはじめとする国際金融や、ユダヤ人といわれていわれてきた人々(誰をユダヤ人というかは各論があります)、古くはその下部組織といわれたフリーメーソン、最近ではイルミナティなどといわれる存在なども、これに含まれます。

 

 

↑、DS側といっていいのかな、参加している人たちはいくつかの、組織を象徴するポーズやサインがあって、仲間に分かるようにやっているそうなんです。才能があると声をかけられたりするらしい。トランプ氏もやってますけどね。日本の芸能界でも見ますね。日本ではローラなんかよくやってましたけど。彼ら全員が悪者かは分かりませんけどね。

 

 

少しだけ | 長谷磨憲くんち (ameblo.jp)

 

<↑、過去記事です。金本位制の話です。ここで書いた、大西つねき氏は、後にナチスの優生思想に近い発言をし、問題となりました。離党していると思います。れいわ新選組と、トランプ陣営との親近性は、現在薄れていると思います。最近は日本の右翼の方が、Qアノンの思想に近づいてはいますね。

 

中央銀行の紙幣発行権によって、富を築くシステムを作ったのがユダヤ財閥のロスチャイルド家だといわれています。「金」などの何かしらの「実際の物」の価値に頼らず(信用創造などという言葉で現在は語られます)、無限に紙幣を擦れる権利を持っています(そこに利子を付加し、何もせずに利益を得ている人々がいるというわけ)。この行いによって、世の中は自然と競争社会が出来上がり(ダーウィンの進化論、ニーチェの哲学、マルキシズムがそれを補完します)、同時に金儲けを主体にしたヒエラルキーができるとしています(強い者勝ちの世の中)。これをトランプ陣営は「紙の詐欺」といい、紙幣発行権を国家が持ち、金や銀などの価値観で裏打ちすることが必要だとしています(GESARA・NESARAなどといわれているシステムを、トランプたちは作っているといいます)。>

 

中央銀行(日本では日本銀行、米国ではFRB)は民間なんですね。合衆国第35代大統領、J・F・ケネディはこのことを知っていて、国家で紙幣発行権を持とうとした、といわれています。それが彼が暗殺された理由の1つではないかということです(ケネディ家は元々国際金融と関係があった)。そしてこの制度が、DSの力の源であるといわれてきました。

 

オカルト倶楽部 | 長谷磨憲くんち (ameblo.jp)

 

<↑、中央銀行がないところは多国籍軍によって次々と破壊されていったわけです。国連も彼らの手中にあるということらしいですね(というより、彼らの意向で作られた、ということでしょうか?)。>

 

長らくこのような支配が続いてきたので、世の中がおかしくなった、ということになります(世界中)。ただそれを支えているのは、多くの人の「無関心」だといえます。

 

いくらかのぶり返し | 長谷磨憲くんち (ameblo.jp)

 

<↑、そしてケネディ家の遺志を受け継いで、アメリカ、ひいては世の中の世直しをしようといっているのが、いわゆる米国の極右勢力のQアノンの思想です(この思想自体が正しいかどうか、それは分かりません)。そのブレーンの1人が、1999年に飛行機事故で死んだといわれていた、JFK・Jrですが、実際は生きているといわれています。>

 

 

↑、ドナルド・トランプとJFK・Jrは友人だったという話です。

 

 

↑、トランプ大統領の応援に駆け付けていた、ヴィンセント・フスカなる人物がJFK・Jrの変装だったのではないか、という話です。

 

他方、敵対勢力といわれてきたDSですが、彼らの目的は・・・非常にはっきりといえば・・・「人類の支配」といわれます(ショッカーのような悪の組織ですね)。特に最近はマイクロチップなどを人体にいれ、一括管理を図っているといわれています。同時に地球上の人類は5億人以下が適正だとして、気づかれぬように、徐々に人口を減らしていこうとしている、といわれています(科学技術を利用した、人類支配と隷属化が目的だということです)。

 

コロナウィルス | 長谷磨憲くんち (ameblo.jp)

 

<↑、コロナウィルスが人口的な生物兵器ではないかという疑問です。コロナを使って、人口削減や、アメリカの大統領選への介入が取りざたされています。「NWO」や「グレートリセット」という言葉はDSの合言葉であるということです。ただ彼らも、かなり失敗を繰り返しているということらしいです。2018年ごろに中東から大きな戦争を起こそうとしましたが、失敗したといわれています。>

 

危ないんじゃないのかな? | 長谷磨憲くんち (ameblo.jp)

 

<↑、ワクチンに何が入っているか分からないという話です。彼らの持っている技術(テクノロジー)が、我々が普段目にして技術よりも、半世紀ほど先行しているという噂があります。このコロナウィルスのワクチンには、ビル・ゲイツが絡んでおり、実際に今年の1月12日に、何故か、ビル・ゲイツと菅首相は電話会談をし、すぐに河野太郎氏をワクチン担当大臣にしました。ゲイツ財団が日本政府に及ぼす影響は大きいようです。厚労省などはビル・ゲイツ氏の訪問を、サイトに嬉しそうに掲載しています。>

 

 

まあ、ざっくりと書けば、以上のようなユダヤ人による国際金融勢力、その配下との戦いを、トランプ政権がやっていたのではないか、ということがQアノンなどの主張になります(ドナルド・トランプの後ろにもロスチャイルドの一派がいるという話はあります。または・・・ロックフェラーだという話もあり・・・‹‹(´ω` )/››・・・よく分かりませんが、彼らも必ずしも、一枚岩でないこともあるでしょう。自分には、トランプ氏が正しいかどうかは、現在の時点で、結論を出すことは無理です)。

 

アドルフ・ヒトラーのことを書くと少し問題かもしれませんが、20世紀において、元々彼らに公然と戦いを挑んだのは彼です(もちろん、ヒトラーの存在そのものが、当時のDSの計画の1部だったという話が、存在しているのは知っています。しかし、「我が闘争」の内容と、彼の行った行為を見比べてみるとき、やはりヒトラー自身、彼の思想に相当に忠実だったという事実は消せないでしょう)。

 

近況14 | 長谷磨憲くんち (ameblo.jp)

 

<↑、いわゆる「ユダヤの陰謀」については20世紀以前から存在しているわけですが、あんまり深追いすると面倒なので止めます。とりあえず今日の国際情勢は第2次世界大戦での、国際資本と国家主義の争いの末、国際資本が勝利した、というところからきているともいえると思います。その後、国際資本の力の本性をばらそうとしたのがJFKで、暗殺され、その後トランプ氏が新たな存在となったわけです。>

 

日本の場合、このDSの存在をどれぐらいから考えるかは、色々あると思います。明治維新が国際金融の力を借りたものだという話は根強いです。日本の中央銀行である、日本銀行は1885年(明治15年)の設立になります。

 

ただ日本についていえば、第2次世界大戦以降は、ほぼ明らかに米国の支配を受けてきたわけで、そちらの方向から考えてみておいても、良いのかもしれません(CIAやジャパン・ハンドラーズのいいなりになって、日本の政治家が動かされている、という論調です。逆らった田中角栄などは、CIAに政治生命を奪われたのではないか、という意見が存在しています)。

 

ですので、結局、この勢力の影響をできる限り取り除いていくことをしないと、本当の意味での日本の独立はないのではないか、ということにもなります(近ごろは中国共産党の勢力もこれに含まれます)。

 

世界の行方1 | 長谷磨憲くんち (ameblo.jp)

世界の行方2 | 長谷磨憲くんち (ameblo.jp)

 

<↑、「テロとの戦い」、「テロには屈しない」、などという勇ましい標語が一時期はやりましたが、911以後、そこには本当の正当性があったのか、という疑問があったわけです。マイケル・ムーア監督はいち早くそのことを映画化しましたが、小泉政権、安倍政権共に非常に危ない時期にいたと思います。>

 

一時期PKO活動に、自衛隊が参加するということがありましたが、もしDSの存在が「本当である」というのなら、中東で行われていた紛争自体がDSの「自作自演」であった可能性があったわけです(金儲けのためです。戦争が無くならない理由です)。国内では、中東の紛争が日本の憲法改正の議論に用いられたわけですが、こういうのが本当に危ないと思います。トランプ政権になって、中東の紛争が減り、一応日本の自衛権にアメリカが介入する可能性は、減ったような気もしますが、トランプ政権以前の、米国の「中東への介入」が、仮に、自作自演であったならば、もし日本の自衛隊員がそこで死んだ場合、一体誰のためにその人は亡くなったといえるのでしょうか?それは、DSが自衛隊を使う、という構図もにもなりかねなかった事柄です。

 

個人的な意見をいうのなら、こういうのが自分は一番嫌いです。このようなことを、背後関係も調べず、憲法改正の手段にすること自体、ひどいやり口です。憲法改正に反対しているわけではありません。道義性が必要だと思っています。自衛隊をアメリカ軍の2軍にしないように、憲法を改正しようとして(自衛隊を軍隊として認めた上で)、自民党に協力していた憲法学者の小林節氏は、自民党内での議論の稚拙さに呆れて、協力を止めてしまいました。

 

オバマ・ゲートが少し明らかになって、出回っている情報があります。彼が米国人でない可能性です。本名も違うというものです。

 

 

↑、合衆国大統領はアメリカで生まれた人でないといけませんが、オバマはケニアで生まれたという話があります。米国ではすでに2008年から問題になっていたそうです。本名はバリー・ソエトロ。

 

 

↑、片やミシェル夫人は男だという話も絶えません。本名はマイケル・ラボーン・ロビンソン。

 

自分はクリントン政権と、オバマ政権については良く知りませんでした。個人的にはブッシュ親子がひどい政権でしたので、クリントン、オバマの民主党政権はいくらか「まし」なのかもしれない、という感じで当時は見ていました。だからといって、彼らの中東政策などを認めていたわけでもありません。特に日本政府が、彼らと一緒になって行動するのは本当に嫌でした。

 

しかし、オバマの広島での演説には、自分もお馬鹿ですから、感動したりもしました。

 

ところが、最近の情報はこれらがすべて演出であった可能性があるようです。騙されていた、ということでしょうか。

 

ですが、トランプ政権になって、自衛隊は中東の紛争に気をもむ必要は少なくなったと思うし、日本を勝手気ままにされないように見えました。安倍晋三氏も、本来ならDSなどという存在は嫌いだったと思います。だから政治がかなりマシに見えた時期(比較論として)だったのではないでしょうか。

 

内閣改造? | 長谷磨憲くんち (ameblo.jp)

 

<↑、しかし菅さんなんかは、おそらくDS側の駒なんじゃないかと思わせる行動が多いのですよね。「令和おじさん」やら「パンケーキおじさん」やら、マスコミで持ち上げられる人は、眉に唾して見たほうが良いように思います。小泉進次郎氏、或いは河野太郎氏も、同じ流れにいる人である可能性が高いわけです。今後も総理待望論の中で彼らの名前が挙がってきそうです。>

 

河野太郎氏もジャパン・ハンドラーの1人である、マイケル・グリーンと同じ、ジョージタウン大学出身で、そちらよりでは・・・といわれています。

 

 

↑、若い人は騙されやすい・・・?はたまたこの記事が嘘かも・・・?最近は何が本当で嘘か、分かりにくい世の中です(;´Д`)。

 

ということで長々と書いてきましたが・・・。

 

要は1度日本から、「日本を裏から操っている人たち」を何とかできないのかと思って、見てきた、というのが最近の自分の感想です。右派を誉めればDSが喜び、左派を誉めれば中共が喜び・・・みたいな感じで、最近の政治は、ずっとマッチポンプ状態で、日本を破壊していっているようにしか見えませんでした。

 

日本を裏から操ろうとする人たちに、「NO」といえる状況が欲しいわけです。しかし、中々日本人では無理そうなので(人材不足?あるいはトランプ氏を民間から引っ張ってきたみたいなことが、日本ではできないものでしょうか?)、日本からトランプ大統領を応援する、みたいな感じになりました。同様の人は多かったのでは?と思いますよね。

 

今回は1月20日というタイムリミットが比較的はっきりしていたので、アメリカ大統領選について、自分も頑張って書いてみたりしてたのですが・・・。

 

米国でDSの崩壊が起これば、日本でもいずれ何とかなるだろうということです(希望的観測ではあります)。

 

そのためには、DSみたいな存在が「本当に存在している」という証拠が欲しかったわけですね。これをトランプさんには期待したかったのですけどね。

 

今週は短めのブログにしておきます(>_<)。

 

最近、年を取ったせいか、体の色んなところが痛いです・・・(;´Д`)。

 

久しぶりに腰痛が再発し、整体に通っています。デスクワークの時間が長く、20時間とか座り続けるときもあります。

 

アメリカではデスクワークが長い人は、飲酒や喫煙などと同じ扱いで、短命になる可能性があるということが当たり前になっていると、先生に脅されました(;´Д`)。

 

アメリカではデスクワークでも、立って仕事する人がいるらしい。

 

休みを多めにとって、少し良くなりましたけど、もうちょっと根本的な解決策が欲しいですね。どうやら姿勢が悪いみたいです・・・。

 

月並みですが、腹筋つけろとかいわれました。ちょっと頑張ってみようかな。運動は苦手ですけど(´∀`*)ウフフ。

バイデン氏が正式にアメリカ大統領に就任、結局、戒厳令など色々いわれていたことは起こりませんでした(すでに起きている、という方もいます)。しかし、結果、ドナルド・トランプ氏は北朝鮮にも、イランにも、そしてアメリカ国民にも、暴力(軍事力)を用いなかったことになるのではないでしょうか。筋を通したのだと思います。

 

そして彼はホワイトハウスを去りました。

 

20日を過ぎたので、個人的には大統領選のことを、どこかでまとめたいとは思っています。そして、トランプ氏の動向について、まだ、あれこれいわれていることがあるのも、承知しています。ただ、これ以上は何か推理して分かるような事柄ではなく、現在、個人のブログで書くには限界があるような内容ばかりだと、感じています。

 

バイデン大統領就任後、すぐにイランで爆破テロがあり、ちょっと嫌な傾向です。

 

日本では菅氏、河野太郎氏なども問題が多い政治家であることが、最近ははっきりしつつあるように思います(個人的見解です)。一般の人々がもっと物事を真剣に考えなければ、今の流れに飲み込まれて行ってしまうのではないでしょうか。

 

すいません、この話題は一旦離れたいと思います。

 

予定していたので、レコードの話を書いていきます。

 

<ハンス・リヒター=ハーザー>

 

 

ハンス・リヒター=ハーザー(1912-1980)はドイツの正統派ピアニスト。良くいわれるのは、バックハウスやケンプの陰に隠れて、いささか地味な存在という・・・表現です。経歴なども、書籍なり、ブログなり、それほど詳しく述べてあるものを、ほとんど見たことがありません。自分も彼の経歴は良く分かりません。

 

一応ウィキペディアの内容をそのまま載せます。

 

「ドレスデンの生まれ。地元の音楽院でハンス・シュナイダーに師事。1928年から演奏活動を開始し、1930年にはベヒシュタイン賞を受賞した。 第2次世界大戦中からデトモルトに移り住み、1945年から1947年までデトモルト交響楽団の音楽監督を務めた。1946年から1962年まで北西ドイツ音楽院でピアノを教え、1955年から同院院長の座にあった。1959年にはアメリカ・デビューを果たし、1963年にはザルツブルク音楽祭にも出演した。ブラウンシュヴァイクで演奏中に急逝。」

 

確認しても、そんなに面白くない?経歴ですかね・・・。

 

録音はそこそこ残っているように思いますが、あまり聴かれていないようです。自分もレコードを聴くようになってから知りました。

 

最近は彼のレコードを集めています。彼のアナログ盤は人気がありますね。正直、聴いていると、ケンプやバックハウスにも勝るとも劣らない、と思います。レコードで聴かないと分かりにくということでしょうかね。ドイツ人らしい、構築性に優れた演奏・・・とでもいえば良いのでしょうか。

 

 

カラヤンとの共演で、ブラームスのピアノ・コンチェルト2番(1958)。SAX2325。

 

 

おそらくこの録音が、リヒター=ハーザーの代表盤ではないでしょうか。名演だと思います。リヒター=ハーザーの表現は、「渋い」とか「地味」とかいわれますが、個人的には決してそんな風には聴こえないんですよね。バリバリ弾きこなしていく時は、ゴージャスにさえ聴こえます。

 

腰が据わっており、重厚で構築的、音色は澄み切っています。とくにこのコロンビアの、英国SAX盤で聴くピアノの音色の素晴らしさは、特筆ものではないでしょうか。

 

結晶化した、硬質の水晶のように響きます。品の良い音が最高です(^O^)。

 

ところが・・・自分の所持しているのは「傷盤」で、第2楽章の初めにかなりひどい音が出ます。買ってから気が付きました(;^ω^)。本当に小さい傷なんですが、ややレコードの溝に沿って付いているんですね。目視で簡単に分かる感じではないです。

 

安い買い物ではなかったので・・・かなりのショックです(レコード・クラオタの悲劇なり(;´Д`))、1週間はへこみました。買い直したいんですが、次回何時目にできるか分からないので、代役でドイツ盤を購入・・・。

 

 

SAXW2328。

 

 

しかし同じ演奏とは思えないほど音が違います。特にピアノの音色!こちらは「ぶよぶよ」した感じが否めません。この盤だけ聴いていれば、おそらく気にもならないんでしょうが、英国オリジナルを聴いた後では、ちょっと泣けてきますね。違う~。違いすぎる。(-_-;)・・・。

 

ブラームスのコンチェルト2番の録音は、ベームとバックハウスものが有名でしょうか。確かにベーム、バックハウス、共に完全に一体化し、有機的で、滋味あふれる演奏です。しかしこのカラヤン、リヒター・ハーザー盤は2人ともがっぷり組み合って、激しい迫力のある演奏です。個人的にはこちらの方が好きですね。最高です。(´∀`*)ウフフ。

 

リヒター・ハーザーは、ベートーヴェンも得意としているといわれます。

 

 

SAX2403。ベートーヴェン、ピアノ・コンチェルト4番(1960)。

 

 

SAX2543。ベートーヴェン、ピアノ・コンチェルト3番(1963)。

 

 

残念ながら、まだ5番を持っていないです。

 

所持している、3番と4番を比べると、3番の方が名演かもと思います。しかし、うるさいことをいわなければ、両盤共素晴らしいです。4番は伴奏がケルテス、3番の方はジュリーニです。これもまた素晴らしい。

 

ケルテスは弾力と、瑞々しさを兼ね備えた演奏、片やジュリーニは堂々とした重厚な伴奏で、リヒター=ハーザーと良く合うんですね。カラヤンの伴奏もそうですが、伴奏の重厚な感じと、リヒター=ハーザーのピアノは、相性が良いのかもしれません。

 

また、おそらく3番の方は、コロンビアの初期ステレオのレコードとして、ブルー・シルバー・スタンパーが無いのだと思うのですが(つまり写真の赤色セミサークルが初出)、これもすでにピアノの音色がブルー・シルバー盤と違っているのが驚きです。

 

セミサークル盤は、やや朴訥な感じの音になっているんですね。何ででしょう?これはこれで良い音だとは思うのですが、ブルー・シルバ―盤の方が澄み切っていて、魅力があります。本当にレコードの音は不思議な世界です。

 
 
 
 
↑、ブラームスのピアノ・コンチェルト2番。第2楽章のスケルツォ。カラヤンはかなり気合が入っています。フィルハーモニアではなくて、ベルリン・フィルを使っています!カラヤン、リヒター=ハーザー共に重厚で、はち切れるような迫力、充実した音楽になっています。かっちょ良いです。
アメリカの、トランプ陣営の動きがほとんど分からなくなってきました。主要SNSが、トランプ陣営のコメントをほとんど封じてしまったため、具体的な事実が中々伝わってきません。
 
何か起こっている気配はあるようですが・・・。
 
また、1月20日で決着がつかない可能性も取り沙汰されていますが、しかし・・・いくらそのような情報を聞いたところで・・・「一体私たちが何を本当に知り得よう?」・・・という感じも同時にあり・・・。
 
靴の上から足を掻くようです。自分も、もしトランプ大統領から、犯罪に対する情報開示(権力者たちの犯罪について)があるのならば、その方が良いと思っている人間なので、もうちょっと待ちます。
 
加えて、コロナ対応などを見ていても、日本政府もかなりひどいですね。日本も米国も、ほとんどの政治家は風見鶏ばかり、という風に見えて仕方ありません。
 
<第2回、レアなピアニスト>
 
珍しいレコードの話を書きます。
 
 
ロザリン・テュ―レックによる「バッハ・リサイタル」(1960)。米国デッカ盤。DL710061。
 
 
ロザリン・テュ―レック(1914-2003)はアメリカのピアニストです。トルコ人の血を引くといわれ(本来はロシア人)、バッハのスペシャリストだったそうです。
 
このピアニストも、レコードを聴くようになってから、初めて知った人物です。ピアニストのガイド本にも出てきません。多分、レコードを聴く人しか知らない存在じゃないでしょうか(有名でない、とはいい切れないようですが、知る人ぞ知る、という感じでしょうか)。
 
15歳、シカゴで初めてバッハのリサイタルを開き、若いころはNYタイムスに「バッハの巫女」と書かれるほどの、スペシャリストだったそうです。ゴルトベルグや平均律が有名だそうですが、自分は聴いたことがありません。これらはレコードになっており(おそらくCDは手に入りやすいと思います)、英国HMV製は高価で奇観盤ですね(英国か米国か、どっちがオリジナルかは不明)。彼女のゴルトベルグはグールドが参考にしていたという話が、比較的有名なようです。
 
これはそのバッハのリサイタル盤です。カプリッチョやトッカータなど。落ち着いた、愛情あふれる演奏ですね。かなり良い雰囲気で、他も聴いてみたいと思わせます。レコードが高い理由が分かります。HMV盤はジャケットも素晴らしく、欲しいですが、さすがにちょっと高すぎですね(;^ω^)。手が出ないです。
 

 
↑、一部音を載せます。こんな感じです。
 
↓、検索しても晩年の写真が多いですが、若い時はかなり美しい人だったようです。まだこれから開拓したい、演奏家の1人です。
 
 
もう1人行きます。
 
 
ラファエル・アロヨによる、アルベニス「イベリア組曲」(録音年不明)。フランス・デッカ、FAT173696
 
 
ラファエル・アロヨについて調べたんですが、ほとんど何も出てきませんでした。一体何者で、何時に生まれ、どこの国の出身か、調べても分かりませんでした(ジャケットの裏に解説があるんですが、フランス語で全く読めないです(;^ω^))。このレコードは、おそらく1950年代後半に発売され、しかもフランスでしか出なかったもののようです。コルトーの弟子かなあ。
 
何でこんなレコードのことを書くのかといえば、演奏が素晴らしいからです。アルベニスの音楽の持つ、熱帯を思わせる雰囲気、詩的で燃えるような情熱が、品良く出ています。ブログにレコードの音を入れようと奮闘したのですが、うまく入らなかったので今回は断念します(;^ω^)すいません。一応興味のある人はユーチューブで検索すると一点だけ出てきたと思います。
 
一応リンク↓。スペイン語で解説がついています。アルフレッド・コルトーとマルグリッド・ロンの生徒だったとありますが・・・。忘れられた人なんでしょうか。
 
 
ユーチューブの動画は勝手にどんどん消えていくので、自分のアメブロの記事に貼るのは趣味ではありません。
 
ようつべの演奏はレコードのそれより落ちる気もしますが・・・(;^ω^)。一応これしか聴けないので、リンクだけしておきます。かえって分かりにくいかな?
 
たまにはこういう未知のピアニストを聴くのも、面白いと思います。

あまり細かいことまで書く気はないんですが、少し書きます。

 

アメリカの今回の一連の出来事は、まだ収束していないように思います。2021年、1月6日に、議会は正式にバイデン氏をアメリカ次期大統領と認めました。これは現在の副大統領、ペンス氏も絡んでいて、彼は不正票がある州の投票を無効にする権限があったにも関わらず、それをしませんでした。トランプ陣営の多くはこれを裏切りと見ています。

 

そのためにバイデン氏は問題なく、次期大統領と認められたわけです。

 

1月8日にトランプ大統領は演説を行い、次期政権に権力移譲を行うといいました。これが事実上の敗北宣言ではないかという印象がありますが、どうでしょうか。確かにトランプ大統領は権力を移譲するといってはいても、誰の権力かは明言しておらず、ここは議論を呼んでいます。

 

その後議会やマスコミ、財界はトランプ大統領を罷免しようという動きになりつつあります(レディー・ガガやピンクなどのセレブなども、当然のようにこれに参加しています。影響力を行使して、トランプ罷免に働きかけています。各国首脳もです。日本も他人事ではありません)。今回の議会への暴動の責任を取らせようということです。

 

しかし片や、トランプ陣営も黙っておらず、ツイッターからParlerへと移動して、リン・ウッド弁護士などが次々とツイートを始めています(トランプ大統領、マイケル・フリンなどのツイッター・アカウントは凍結が始まっています。明らかな言論弾圧といえます)。

 

 

↑、リン・ウッド氏はここ数日で裏切り者が逮捕され、投獄されるだろうと、いっています。トランプ大統領は後4年、大統領を続けると。

 

 

↑、ペンス副大統領は自ら大統領にならんとし、そして彼に追随する者たちは、トランプ大統領とその追随者を逮捕し、処刑しようとしている、といっています。

 

そして、リン・ウッド氏は、次々に不正と犯罪の証拠らしきものを投稿し始めています(ほかのトランプ陣営の者たちも同様です)。

 

さて、もし、リン・ウッド氏などがいうように、今回の選挙に不正が本当にあったというのなら、中国などの影響がある選挙で大統領を選び、不正を見逃して(買収されて)議会で決定したというのなら、これは完全にアメリカ政府に対するクーデターということになります。

 

同時に、隠れていた敵、マイク・ペンス副大統領がトランプ陣営の裏切り者であったということが、これでやっとはっきりしたともいえます。どの陣営に属していたかは最終局面になってやっと分かった、ということになります(一方でマイク・ペンスは必ずしも裏切り者ではないという、話もあるようです。情報が錯綜しています。彼は中立を保ちたいだけで、その証拠に、議会のトランプ大統領弾劾には消極的に見える、というものです)。

 

だから最終的に、「トランプ陣営」は、これを待っていたという人たちがいます。つまり彼らの「犯罪が完成する瞬間」を、です。仮に、不正の証拠が本当にあるというのなら、民主党、共和党、そして議会までもが結局、過去の権力側(いわゆるDS側)ということになり、大統領令が出されても誰も文句がいえないことになります(戒厳令などのこと)。

 

そう考えると後2週間しかない、トランプ大統領の権限を、わざわざ罷免するといった動きなども理解できます。本当にトランプ大統領が敗北宣言をしたのなら、そこまで迫る必要はないはずです。だからこの辺が、この大統領選挙の、全て煮え切っていないところでしょう。

 

要は、まだ戒厳令の可能性が残っているということです。

 

 

↑、ParlerのQアノン関係の投稿では、すでにトランプ大統領は大統領命令を出しており、その後の出来事は最早大統領の管轄ではないだろう、といっています(昨日の投稿)。

 

ただ、ここであまり誇大的に書いても、実際は何も起きないということもありうるので、自分は一旦保留しておきます。

 

1月20日がタイムリミットですね。どうなるかまだまだ不透明だと思います。