
先日戦後70年を迎え、安倍首相が談話を発表しました。それについてはマスコミなどで色んな評価がなされています。自民党は自衛権行使などの法案を通そうと躍起のようで、その行く末が気になるのは僕だけではないでしょう。
今日の世界情勢の中で、戦争をしないための軍備は確かに存在すると思います。
冷戦期に日本がアメリカの核の傘にいたのは自明のことですし、そこに日本独特の平和憲法が合わさって、戦後70年、我が国は戦争をしないですんできたのだと思います。
ところが反面、戦争をしたくないのはおそらく世界各国の国民の望みでしょうが、今日、争いや紛争は後を絶たず、世界情勢は混迷を深めています。
ちょっと古いんですが今回は、「現代思想・シャルリ・エブド襲撃、イスラム国人質事件の衝撃」(青土社)の内容を覗きながら、世界と日本の行く末について書いていきたいと思います。
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まずは日本の国内のことについて簡単に書いておきます。
現状、いわゆる右派、「右」寄りの人と達と左派、「左」寄りの人達とが真っ向から対立しているようです。他国からの侵略を防ぐには確かに軍隊が必要でしょう。また他方、本当の平和を望むのなら世界中から、全て軍隊をなくす努力をしなければなりません。
この2点は一見相反する内容に見える事柄ですが、実際は国の安全保障を考える上での両輪ともいうべきもので、現状ではどちらも欠かせないものと思います。
本当の「世界平和」を求めるがゆえに、現状の世界情勢にかんがみて止むを得ず一時的に「軍隊を有する」という風にすべきでしょう。私達人類の政治が現在明らかに「未完成」であるがゆえに、やむを得ず「軍隊」を有するというのです。
しかし、そこには世界平和を本当に求めていこうという哲学がしっかりと存在する、ということが大事だと思います。単純に、「平和のために軍隊をなくせ」というだけ、なのは現実味がないし、「軍隊があれば日本は安全」という考えだけでも、単純すぎて、お頭が弱い、というところでしょう。「右派」も「左派」も自分達の考えだけでは考えが足りない、という謙虚な考えに基づく必要があります。「右」あるいは「左」といわれている人達はお互いの出来る範囲で何ができるかを考え、「お互いに協力」していくことが今後は求められると思います。
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国内の問題はしかし、実は世界の情勢とリンクしており、私達日本という島国だけでは完結してはいません。
日本の再軍備の問題はもっと根が深く、世界情勢を巻き込むような問題が根底にはあると思います。9・11以降、世界は新たな争いの構造を生みつつあり、世界の政治家たちは「テロとの戦い」という標語の元、意見を一致させているように思えます。
イスラム国に拘束された日本人やアルジェリアでの邦人殺害事件など、中東やアフリカなどで日本人が巻き込まれる事件も発生しており、自衛権行使の推進に一役買っているような印象さえあります。
今後はこの中東地域の情勢が大きく私達に降りかかってくると考えられます。
<中東の問題>
1948年に中東でイスラエルが建国されて以来、この地域の紛争は絶えず行われてきました。建国以来、中東ではイスラエルが「民主国家」であるという理由から欧米各国の支持を受けています。しかし常識的に見て欧米のイスラエル支持はちょっと贔屓にすぎるところがあり、ムスリム諸国がその負のバイアスを受けてきたように思います。
こういうことを書くと「陰謀論」などの議論が出てきますが、「陰謀論」がどうあれ、現状客観的に見て、状況証拠しかないわけですが、それでもなおやはりアメリカ(欧米)とイスラエルの持っている政治的な構図は不思議としかいいようがありません。
アメリカとサウジアラビアは同盟関係にあります。イランはスンニ派が支配し、シリアとイラクはほぼ内戦状態にあります。各国の分断はアラブ諸国が一致してイスラエルに対抗するのを防いでおり、シオニストたちのロビー活動が功を奏しているのでは無いか、という思いを抱かせます。
イスラエルを守るために、ブッシュ親子の戦争など、中東に巨大な軍事力で介入することが必要であったようですが、イラク崩壊後、アメリカはイラクをほったらかしにし、イスラム国ができる下地を築きました。
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さて、以上のことをもう少しよく見るために、先もいった通り「現代思想、シャルリ・エブド襲撃、イスラム国人質事件の衝撃」という本から必要な部分だけ、引用していきます。内容は繰り返しになりますが、専門家の意見の方が説得力があると思いますので。
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≪いわゆる「イスラム国」がイラク戦争以来の欧米の中東への軍事介入が作り出したモンスターであることは、基本的出発点として押さえておかねばなりません。アメリカ主導のイラク侵略は、途方もない暴力と破壊をもたらしました。しかし、たとえば「その暴力に対する民衆の怒りがイスラム国誕生になどと考えるのは単純すぎると思います。≫
≪つまり、「9・11」事件以後、欧米の中東への侵略の口実となっていた「対テロ戦争」というお芝居が全く成り立たなくなり、ご破算になったのが、2011年革命で、アル=カーイダもいったんは見る影もなく零落してしまったわけです。しかし、まもなくそれに対する新たな巻き返しの構想が動き出します。アメリカとイスラエルが中心となった、もう一度中東を軍事介入が可能な状態に戻そうという構想です。そこには、中東を宗教・宗派別の「ミニ国家」に分裂させて対立させることが画策され、その過程で中東の既存の国家体制を再編することも検討されました。イラクを「シーア派」「スンナ派」「クルド」に3分割するとか、エジプトもムスリムとコプト(キリスト教徒)に分断するといった具合に、かつて欧米が作り出した既存の体制や国境線が無効になってもよいから宗教・宗派別の分裂・混乱状況を作り出し、内戦状態へ向かわせようという筋書きです。・・・(中略)・・・このようにして見ると、2011年以降の中東に現れた、「欧米が手を出せない」状況に対して、近年、「介入可能な状況」を再構築しようとする動きが進行してきた。その最終的な結実が現在の「イスラム国」だと言えます。実はこうした見方は、中東では広く共有されています。いわば、2011年以降、機能不全に陥ったアル=カーイダを「バージョンアップ」してみたのが「イスラム国」であるということです。≫(「罠はどこに仕掛けられたか」、栗田禎子・西谷修の対談から)
2011年の革命は「アラブの春」を指します。この時、アラブ諸国の民衆の間に「民主化」を求める動きが活発化しました。政治の安定のためには喜ばしいことだったはずなのですが、それを快く思わなかった者達もいるようです。
アラブ諸国が「民主化」すればもうアラブに軍事介入する口実はなくなってしまうのですから。
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今日、私達東アジアの情勢も以前よりかは緊迫化していますが、その裏側にもやや気を付けるべき側面はあるように思います。日本が中国と戦争にならない程度に緊張関係になることを喜んでいるのはおそらく私達の同盟国、アメリカだろうからです。
尖閣諸島の問題は、集団的自衛権行使のための重要なファクターの1つですが、日本が積極的に自衛権を行使できるようになれば、アメリカはその権利を中東に向けるようにするでしょう。一見日本が自分の国を守るためといいながら、実際は中東のシオニズムに関与させられる口実を彼らは得たことになります(日本が実際的に軍事力を行使できる、という意味においてです)。
また別の面を見てみると、アメリカと、中国が争えばまずアメリカの盾になるのは日本ですから、アメリカにとって日本の集団的自衛権の行使は何かと都合が良いわけです。
そして、極東だけでなく、こうした中東へと目を向けさせる行いが世界中で進んでいるようです。以下もそのまとめですが、引用していきます。
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≪周知のように、ほんの少し前までの中東国家システムの枠組みは、もともと、第1次世界大戦後に英・仏が(1920年サンレモ会議では日本も加担)、ついで第2次世界大戦後は米・ソが分割・区画し保守してきた人口の空間であった。その空間では、アラブ諸国とイスラエルの組み合わせは、トルコ・イランとも並行して、全体が一組の常に安定しないシステム装置として設計されていた。したがって、この人口の中東の「国分け」システムで凝縮力の弱い「国民」意識は、アイデンティティ選択の優先度が低く、イスラエルとの事実上持ちつ持たれつの「アラブ諸国」の現実において、ムスリムに標準を合わせる<テロとの戦い>は、何れにせよ国際的批判を浴びる「イスラエル国家の存続のためのリスク管理戦争」という性質が常にある。今回の一連の事件の展開も、そのパターンから大きく外れていない、ということになるだろう。
板垣の指摘するように、テロを拡大再生産し、失敗と挫折を滋養とする<テロとの戦い>の悪循環が、中東地域の泥沼化を拡大し、それへの対処を人類全体に拡散して分担させることにより、反ユダヤ主義の歴史とその結果としてのイスラエル国家産出という欧米の払いきれない道義的責任を免責する「自己破産プロジェクト」という性格が、<テロとの戦い>からは拭えない。≫(Charlie Hebdo 的<ダーイシュ>をめぐる覚書、鈴木規夫)
中東問題の欧米の責任を、今まさに世界中に押し付けようとしているかのような動きが加速しているということです。