ヒマジンノ国 -31ページ目

 ヒマジンノ国

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東京では明日から緊急事態宣言が出るらしい。今日は滑り込みで免許の更新のために、都庁に行ってきました。とても寒い日で、新宿の高層ビル街をふく風が身を切ります。
 
 
しかし新宿の更新センターはそんなに混んでおらず、あれよあれよという間に進みました。免許の証明写真を撮る際、自分の前の人物が見たことあるような人だったので、誰かなー、と思っていたら、ボクシングの世界チャンピオン、村田諒太さんでした。服を着ているとすごい細身に見えて、意外でした。しかし、男前やな。
 
 
↑、最後の講習の前の空き時間に、世界チャンピオンがタリーズに入っていくのを見ました。この写真の中にいますが・・・こんなこと書いてると犯罪者みたいなので・・・ここまでにしますけど。個人的に、新宿とか渋谷は有名人に会う確率が高いですね。少し妙な気分になります。ちょっとお上りさんだわ。

免許の更新は無事に終了致しました。
 
 
↑、新宿のバスタビルにある、SUICAのペンギン像です。ペンギンはこの寒さでも平気かな。
ちょっと遅れましたが・・・。
 
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたしますm(__)m。
 
新年1回目の投稿になります。
 
特に書くことも無いので・・・クラシック音楽の音を入れます。
 
ドイツの指揮者、ハンス・クナッパーツブッシュは、新年の幕開けを、ワーグナーのニュルンベルグのマイスタージンガーで初めていたそうです。明朗で祝祭的な雰囲気が新年にふさわしいです。
 
クナの演奏はCDしかもっていないので、ルドルフ・ケンペの指揮で代用いたします。前奏曲からです。3分しか入れられないので、適当にみつくろっています(;^ω^)。
 
 
↑、ルドルフ・ケンペ。
 
有名な冒頭部分は入れてないです。入れたほうが良かったかな・・・(;^ω^)。以前紹介した英国盤のレコードです、↓
 
 
1956年の録音なんですが、当時デッカなどはステレオ録音を発売していました。しかしHMVは開発に乗り遅れていて、これはモノラル録音になります。しかしモノラルになった分、ルドルフ・ケンペの誠実で品の良い演奏が、透明感溢れる音質になって残りました。
 
 
↑、よく使われる有名なテーマが流れます。愛の動機が遮られ、マイスタージンガー行進のテーマが現れます。
 
 
↑、嘲笑の動機の中からマイスタージンガーの動機が。
 
 
↑、マイスタージンガーの行進による、堂々とした結部は元気が出ます(^O^)/。自分は寝正月ですが・・・。
 
今年は実家に帰らないので、ブログを書く時間ができてしまった(;^ω^)。このブログで今年最後にします。
 
他にも、今年はクラシック・コンサートに行きたかったのですが、結局コロナ騒動のせいで行けませんでした。ベートーヴェン生誕250年という記念すべき年でしたが、クラシック愛好家にしてみると、散々というべきですかね。
 
 
自分は部屋にこもって音楽を聴くことばかりでした。
 
250年の記念イヤー、レコードでベートーヴェンの交響曲を聴くのですが、初期ステレオのレコードで人気があるのは、オットー・クレンペラー(コロンビア)、エルネスト・アンセルメ(デッカ)、アンドレ・クリュイタンス(HMV)などの全集でしょうか。これらのオリジナル・レコードは非常に高価で、めったに売りに出されません。全て聴きたいなら、何万円もかけて、しかも何年にも渡って集めなければなりません(レコード・クラオタの葛藤です(;´Д`))。
 
同様に、フランツ・コンヴィチュニーのベートーヴェンも人気があって、オリジナル(V字ステレオと呼ばれるシリーズ)は、イギリス系のレコードである、上の指揮者たちのレコードの価値と変わらないですね(コンヴィチュニーはドイツ系の、エテルナによるレコードが多いです)。
 
自分も聴きたいので、個人的にはオリジナルでなくとも、2版ぐらいのレコードで良いと思って、見つけると買っています。しかし、クリュイタンスやアンセルメは、2版もほとんど見ませんね(;^ω^)。
 
コンヴィチュニーに限っていうと、不思議と2版はヤフオフで、手ごろな値段で出回っています。なので、およそ1年かけて、「黒ステレオ」と呼ばれる、2版のコンヴィチュニーのレコードを集めてみました。音質も良好だと思います。
 
 
交響曲1番、8番。825411。
 
 
 
交響曲3番。825412。
 
 
 
交響曲4番。825413。
 
 
 
交響曲5番。825414。
 
 
 
交響曲6番。825415。
 
 
 
交響曲7番。825416。
 
 
 
交響曲2番、9番。825417-825418。
 
 
品性もなく、ずらずらと並べてしまった(;^ω^)。
 
ジャケットはミケランジェロの描いた、システィナ礼拝堂の天井画で統一されています。題名が分からないのが多いですが・・・。4番はデルフォイの巫女、6番はアダムとイヴの原罪、9番はアダムの創造ですかね。ミケランジェロとベートーヴェンの偉業を重ね合わせているのでしょうか。
 
内容は、重厚で落ち着いた交響曲全集です。ドイツ音楽の伝統を受け継ぐ、コンヴィチュニーが、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団を用いて、1959年から1961年にかけて録音をしました。演奏は、奇をてらわない格調高い表現だと思います。
 
前のめりになることなく、曲の造形をしっかりと表現しており、聴き応えは充分ですね(^O^)/。コンヴィチュニーによる、特有の艶のある音色も素晴らしいです。個人的に好みなのは3番、4番、5番、6番、7番ですね。立派な表現です。
 
しかし・・・年末なので、第9番交響曲の音を載せておきます。第1楽章からです。
 
いわずとしれた、ベートーヴェンの人生の総決算というべき、名曲です。
 

 
↑、第1楽章の初めです。
 
 
↑、展開部に入り、音楽は軍楽調の進行を見せ始め、提示部の、ベートーヴェンを圧倒するような主題は、彼に降りかかってきた運命と、それに対する戦いであったことが、この闘争的な音楽で描かれていきます。ベートーヴェンは決して戦いを好んでいたわけではなく、己の悲運に対する止むを得ぬ戦いであり、そこに対する信念は、正義から湧き出てきたものであったことが、強く感じられる部分です。本物の英雄像が表現されていきます。苦しみと葛藤を克服したい人にとって、これほど勇気づけられる音楽はないでしょう。コンヴィチュニーの演奏は造形が立派です。
 
 
↑、そして再現部に至り、再び「主題」が彼の前に立ちはだかり、人生を堰き止めるかのように荒れ狂います。ここに至って、聴き手はこの音楽(第1楽章)が彼の体験したつらい人生と、その克服のための戦いの音楽であったことを、より一層強く、認識します。
 
再現部の後は、「コーダ(終結部)」で、激しい嵐の様相を見せたまま、曲を締めくくっていきます。そして再び、「展開部」の「闘争」をちらつかせながら、第1楽章を終えていきます。無限に終わらぬ戦いを、暗示するかのようです。
 
音楽というものが、1冊の哲学書に匹敵するような、「無限大の意味」を持ちつつ、人類の理想を歌い上げる、という、当時の常識では考えられないことを成し遂げたのが、ベートーヴェンの第9交響曲です。第1楽章はその一端ですね。
 
そして「無限の意味」を持つベートーヴェンの音楽は、それに真面目に向きあう音楽家に、あらゆる可能性を示します。コンヴィチュニーの立派な演奏はベートーヴェンの格調高い精神を良く表していると思います。

('ω')ノとても久しぶりに温泉宿に行ってきました。奥日光へ行ってきたので記事にします。この時期にかなりKYですが、すいませんm(_ _)m。

 

 

↑、中禅寺湖です。標高1200メートル以上のところにあります。雪は少なめでした。空気が澄んでいて非常に綺麗でした。

 

本格的な温泉に行くのは本当に久しぶりです。

 

湯之湖に行ってきました。奥日光の、以前も訪れたことがある場所です。中禅寺湖は標高1200メートルのところにありますが、さらにその奥にあります。そこには、小さいですが、温泉街があります。中禅寺湖のさらに上、標高1500メートルのところですね。前回は2015年の8月に訪れましたが、今回は真冬です。夏に来ると涼しい場所で、静かで美しいです。こういうところが個人的には好みです。

 

11月以降、ちょっと疲れていたので、少し前に予約を入れていました。仕事前にプールに行ってからかな・・・やや狭心症ぽい感じなんでしょうか、日常を少し離れないと息苦しさが取れない感じでしたので、コロナ騒ぎの、あんまり良い時期ではないですが、1人で出かけてきました。ここ数年は年1度の海外旅行や沖縄旅行が息抜きになっていたと思うんですが、今年はそういうこともなく・・・(;^ω^)。

 

というか、今後は、外国旅行は厳しそうですね・・・。残念ながら。

 

仕方なく、といういい方は良くないけど、短い時間ですが、今年は温泉に行くことにしました。

 

 

↑、湯之湖。既に雪が3、40センチは積もっていました。湖も氷が張っています。寒い~~。

 

予約を入れながら、出発するのが本当に億劫で、全く期待もしていなかったんですが、かなり良かったです(まあ、旅に行くときはいつも出掛けるのが嫌で仕方ないんですけどね・・・(;^ω^)。出かけると良かったとなるので、無理にでも出かけます)。

 

 

↑、中禅寺湖の奥の開けた平原にあって、非常に静かな場所です。電車で3時間、バスで1時間半かかりましたけど、ロケーションは素晴らしいと思います。

 

250年の歴史がある板屋さんに宿泊しました。白濁のかけ流し温泉で、素晴らしかったです。

 

 

とにかく空気が澄んでいて、清澄な場所でした。日本ではないような景観ばかりで美しかったです。想像通り、着くと雪が積もっていて、防水の靴を履いて行って正解でした。今回は雪の中をかなり歩きました。

 

 

↑、途中から湖なんですが、氷が張っていて真っ白です。一面の雪景色でした。

 

 

↑、氷は薄くて歩くことは出来ません。奥の方まで行きたい気がします。

 

 

↑、小さなスキー場が併設してあります。

 

温泉街の中に温泉が湧いているところがあります。そこから小さな川が流れていて、湖に注ぎます。

 

 

↑、温泉が湧いているところ。湿地帯になっています。

 

 

↑、湿地帯を小さな川になって温泉が流れています。

 

 

↑、湖に注いでいる場所には湯気が上がっていました。

 

温泉に入ると心臓には楽ですね。温泉以外は特に何もない場所です。年末で冬でもあるためか、レストハウスや売店は全て休みです(まあ、コロナのせいかな)。ギリギリGOTOキャンペーンに間に合っていて、クーポンを7000円分もらったのですが、使うところがない(;´Д`)。

 

他にあるのは雪と山奥の景色ばかりです。

 

 

↑、温泉街から少し離れると山奥の景観が広がります。

 

 

↑、湯之湖は滝になって注いでいます。

 

一帯は平原や林が広がっていて、多くの人が雪の中を散策していました。自分も雪の中を歩きました。人生でこれほど雪の中を歩いたのは初めてです。

 

 

↑、本当に雪しかなかったです。面白い体験でした。

 

 

防寒をしていけば雪の中でも寒くありません。むしろ歩いて汗をかきます。

 

野生の猿が群れでいました。のんびりしています。

 

 

↑、至近距離で写真を撮っていると、めっちゃ、すごまれました(;^ω^)。

 

温泉から帰ってきたばかりですが、今年もこれで終わりかなという感じですね。おそらく今年はこれでブログが最後になると思います。時間があればもう一度書くかもしれませんが。

 

今年もブログを訪れていただいてありがとうございましたm(__)m。

 
ちょっと寒くなってきました。東京は晴天で、ホワイト・クリスマスには程遠いですね。暖かい方が好きなので、自分はこれで良いかと思っていますよ。
 
今年もあと一週間ぐらいです。世の中は大変でしたが、個人的には比較的落ち着いた1年でした。ブログも週一程度ですが、続けてきたので、良しとしたいと思います。
 
仕事納めも済みました。世の中問題山積みですが、あんまり悩んでも仕方ないので、個人的にはしばらく、馬鹿みたいに忘れたいと思います(´Д`)アヒー。
 
今週末は少し出かけますので、ブログは書きません。
 
さて、基本的にクリスマスなんて祝うことはないんですが・・・。曲を一曲。たまには良いでしょう。
 
映画「スイング・ホテル」からです。
 
 
ビング・クロスビーの歌う「ホワイト・クリスマス」(1942)です。レコードなのでノイズがあります。ノイズが嫌いな人はCDでも探して頂戴。オリジナル・レコードはデッカから出ているみたいです。自分のはRCAの再販モノです。
 

 
 
 

I’m dreaming of a white Christmas just like the ones I used to know


昔体験したような ホワイト・クリスマスを 夢見ている


Where the treetops glisten and children listen to hear sleigh bells in the snow


梢が輝き 子供たちが雪の中のそりの鐘の音に耳を澄ますのさ

 

I’m dreaming of a white Christmas


ホワイト・クリスマスを夢見てる


With every Christmas card I write


クリスマス・カードにすべてに書くさ


May your days be merry and bright


楽しくてきらめくような日々があなたに訪れますように


And may all your Christmases be white


そしてホワイト・クリスマスになりますようにってね


( `・ω・) ウーム…今年はホワイト・クリスマスではないですが、曲で雰囲気だけでも味わっておきます。

 

 

アメリカ大統領選挙の続報を書きます('ω')ノ。

 

マスコミは選挙結果の節目節目に、バイデン勝利を報道しています。上は朝日新聞のネット上での報道です。当然トランプ大統領が今後何もしなければ、バイデン氏が大統領になるので、こういう報道も全て否定はできません。バイデン氏が大統領になる可能性はまだまだ存在しているということです。

 

しかし、こうした表向きの報道とは裏腹に、アメリカではきな臭い動きが出てきています。まだどうなるかは分からないとはいえ、トランプ側の動きも理路整然としており、細かい情報も含めれば、かなりの報道が飛び交っています(主にSNS上で)。

 

トランプ側の動き如何によっては、いよいよ内戦か?という声もでてきています。そして、さらに先走れば、その延長線上に、アメリカと中国の戦争などもささやかれています。

 

日本では中国韓国が陰謀の中心だという人がいますが、世界的に見れば、本来ならそこが本丸ではなく、その背後にいるDS(ディープ・ステート)と呼ばれる、影の政府の人間たちが「本丸」というべきではないかと考えています(本当なら戦後の日本でも同じことのはずです、今日では中国も当然そこに含まれますが)。

 

そしてSNSの情報を見ている限りですが、実際に、内戦の方向に流れていく可能性も、バイデン氏が大統領になる可能性と同じように、決して馬鹿にできない程度の可能性で、存在しているようにしか見えません。これらの情報が本当なら、笑えない感じです(間違っていたら、すみません(;^ω^))。

 

これらのことを、日本マスコミはほとんど報道していません。これはやはり怖いですね。各社それぞれ上からの指示があるのかもしれませんが、個人個人で調べられることも多く、そうなってくると報道に関わる人達は、自分たちの行っている報道に疑問など持ったりしないんでしょうか。個々人の良心が問われると思うんですけどね。こういうのは自分には分かりませんね。

 

 

↑、当初、トランプ大統領は連邦最高裁判所に不正選挙を訴えて、それで状況を覆すつもりだった可能性があります。しかし、12月12日連邦最高裁判所は不正選挙の訴えを却下し、トランプ大統領はこれに怒りのツイートをしていました。一時これで大統領選も終わりかという感じもしていました。

 

しかし、後日この理由が判明します。

 

↓、今回行われた選挙はアメリカにとって国家反逆罪の可能性があるということです。つまり今回の大統領選挙に対して外国、要は中国(メインで。他にもイラン、ベネズエラなども。コロナ・パンデミックでさえ、アメリカ大統領選に介入する目的だとしています)ですが、他国の関与があった、ということです。この国家反逆罪は連邦最高裁判所では裁けないということらしいのです。トランプ大統領も、このことは良く分かっていなかったのかもしれません。

 

 

国家反逆罪であれば5年以上の懲役、または死刑もありうるものです。これは通常の裁判では扱えず、それこそ軍事法廷などでなければ裁けないということになるらしいです。

 

これに軍隊も呼応しているようで、トランプの指示があれば彼らも動く可能性があります。国家反逆罪を犯した者たちを刑務所に入れるためです。トランプ大統領はキューバにある、グアンタナモ刑務所の拡張工事を4億ドルかけて終えています。一体どれぐらい大量の人間を刑務所に入れるつもりなのでしょう?

 

↑、これはもう選挙という事実を超えて、実力行使を伴ったものになりえます。国家非常事態、あるいは戒厳令に対する法的手続きは終わっているといいます。ジュリアーニ弁護士のいう、義勇兵というのはおそらくアメリカ軍のことでしょう。トランプ大統領は、側近で裏切り者を次々と首にしてきており、軍部に関しても軍産複合体に関係ある者は排除したといわれています。一般のアメリカ軍兵士にはトランプ支持者が多いとのことです(今まで軍産複合体の一部利権のために、無駄死にしてきたアメリカ兵士が多い以上、怒りを覚えるのは当然ですが)。

 

バイデン氏を擁立した民主党、極左勢力、BLM、CIA、マスコミ、中国共産党、グローバリスト、国際金融勢力、軍産複合体などはひとまとまりの勢力でしょう。

 

他方、トランプ側の勢力は、ペンタゴン、NSA、アメリカ軍、アメリカ労働者、極右勢力などでしょうか。

 

そして、マスコミなどはほぼ、バイデン側の、CIAの支配下にあると考えてよいと思います(日本のマスコミも)。これは強力な世論操作の装置でした。ところが・・・遂に、そんなCIAに対し、ペンタゴンは協力を打ち切ると表明しました(来年1月から)。

 

 

こうやって見てみると、従来から、ほぼいわれてきている通りに勢力が割れてきており、それぞれやっていることが露骨になってきています。ツイッター社はトランプ大統領のツイッターを一時制限したり、日本のQアノンのメインアカウントも削除されました。

 

おそらくトランプ大統領の背後には軍(ペンタゴン)がついていると思います。

 

一応まだ仮定の話とはいえ、仮に、年末から来年1月中にトランプ大統領が動き出せば、これはアメリカだけでなく世界情勢に影響を与えることは必死かと思います(多分ね(;^_^A))。

 

 

12/22:追記

 

 

12月20日にトランプ大統領が「戒厳令はフェイクニュースだ」というつぶやきをして、また一石を投じました。このツイートには主語がないので、さまざまな憶測を呼んでいます。戒厳令そのものがフェイクだ(戒厳令の行使はない)、という意味や、戒厳令に対する報道が本質的な間違いを犯している(戒厳令の意味を報道がはき違えている)などという意味にもとれます。

 

真意は本人にしか分からないでしょう。

 

↓、一応、マスコミに対する批判だとする人の例です。自分には判断が付きません。

 

 

また自分はアメリカ軍がトランプに呼応していると書きましたが、一応アメリカ軍は選挙には関与しないという報道もされています。

 

 

 

↑、ただ上のような解釈だと、選挙ではなく中国の侵略には立ち向かう、みたいな感じには聞こえもします。この辺もどう解釈するか、人によって意見は変わりそうです。

 

しかし我々の意見はどうあれ、彼らがどう動くかは彼ら自身が決めることなので、私たちは見守るしかなさそうです。

 
SAN184-SAN186。
 
 
バルビローリ卿による、ジャコモ・プッチーニのオペラ「マダム・バタフライ(蝶々夫人)」(1966)の全曲盤レコードです。
 
自分はCDを含めると、音源を5、6種類ぐらい持っていると思います。バタフライはどの音源を聴いても感動することが多い作品で、「これでなくては」という音源は、自分には必ずしも存在しません。
 
その中でもイギリスの指揮者サー・ジョン・バルビローリ(イギリス人ですが、父はイタリア系、母はフランス系だったそうです)による演奏は、伴奏の充実した感動によって特色があります。
 
例えば、本場イタリアの指揮たち、エレーデやパッパーノ、ガヴァツェ―二、セラフィンなどによる伴奏は、そのまま音楽が自分の血肉になっているような、自然な指揮ぶりです。片や、ドイツのカラヤン(デッカ盤)などは、これでもかとばかりに、プッチーニの音楽の色彩感を透明感と共に表出し、溜息をつかせます。
 
 
↑、ヘルベルト・フォン・カラヤンがマリア・カラスの伴奏をした1955年盤はモノラル。やはりカラスの蝶々さんが聴きもの。想像しているより自然に聴こえます。デッカの1974年録音は、カラヤン一流のこだわりを見せる美しい録音。この曲の代表盤に挙げる人も多そうです。落ち着いたテンポでウィーン・フィルを透明感溢れる音響に仕上げています。芸術的に高いものを感じさせます。
 
 
↑、レナータ・テバルディは、1951年にアルベルト・エレーデとモノラルで、1958年にトゥリオ・セラフィンとステレオで、録音しています。エレーデの指揮は自然で、テバルディの声も若々しく、美しさの限り。ステレオの、セラフィンの演奏はややバルビローリに近いというか、充実感を感じさせるものです。テバルディは旧盤より若々しさが後退したものの、表現力が磨かれたように聴こえます。
 
バルビローリ卿は、オーケストラの立派で充実した響きが、イタリア系の指揮者の演奏する、「伴奏」という概念からは遠いように思え、イタリアの指揮者が手抜きをしているということでもないですが、バルビローリの演奏の方がより、管弦楽の味わいに血が通っており、格別に素晴らしいと思います。
 
これに比べるとカラヤンは感情的にはクールで、あくまで響きの美しさのみを追求しているようです。そして、バルビローリは、強音部の迫力も壮大で、力感一杯に鳴らしても、うるさくなりません。手堅い、という言葉では追い付かないような、満足感を与えてくれる演奏です。
 
個人的に最近はもう、プッチーニの音楽的刺激に慣れてしまった、と思っていました。割と何を聴いても感動しないというか。しかし、この演奏を聴いて、久しぶりに、「初めてプッチーニを聴いていたころ」の感動がよみがえってきました。
 
たまにイタリアのオペラ作曲家として、ジュゼッペ・ヴェルディは偉大だが、プッチーニは大したことがない、という人がいます。ヴェルディの、血沸き肉躍る力強さ、を称賛するのでしょう。確かにのその部分はその通りだとは思います。ただ、そういう人達はプッチーニを聴いても何も感じない、ということなんでしょうけど。こういうのは個人差があるので仕方ないですね。
 
しかし、プッチーニの音楽にバッチリはまった時に感じる、胸一杯の・・・「陶酔するような幸福感」・・・というべきようなものを、心の底から、一度でも味わってしまうと、実際にはどっちが偉大かどうかなんてことは、気にもならなくなってしまいますが・・・。本当に捨てがたい感動です。
 
今回は、バルビローリの演奏によってそれを再び味わいました。素晴らしい演奏です。
 

 
 
↑、第1幕のラストから。蝶々さんと、ピンカートンの愛のデュエット(パチパチノイズあります(^^;))。わずか15歳の蝶々さんは遊び人、ピンカートンの餌食になってしまい、最後は自害します。
 
しかしここで聴かれる熱烈で、ロマンティックな歌は、全身全靈をあげて歌われており、とてもそのような悲劇が起こるとは思えない切なさに満ちています。時に偉大で、時に愚かな、人間の本性のはかなさを表現して余りありません。音楽の美しさと切実さに、聴き手は涙を流すのみです。
 
ベルゴンツィとレナータ・スコットも本当に素晴らしいです。
 
今日は、サー・ジョン・バルビローリ(1899-1970)によるマーラーの録音3種について書きます(^O^)/ホッホー。アナログ・レコードで、全て1960年代に録音されています。5番、6番、9番。ステレオ。
 
 
こちらは「SLS851」となっているボックス仕様。マトリックス番号はASD2907からASD2909までの3枚組で、マーラー交響曲6番(1967)、9番(1964)がセットになっています。おそらく1974年に英国で再販されたものではないかと推測していますね。
 
バルビローリ卿がベルリン・フィルを振って録音した9番は有名で、このイギリスの名指揮者の録音の中でも最も人気のある録音でしょう。客演したベルリン・フィルを感動させ、そのために録音会社の契約の枠を超え録音された9番は、録音の良さを含めて、アナログ・レコード盤のオーディオ・ファイルとしては非常に高額な部類に入ります。オリジナル盤ASD596-597はおおよそ10万円前後の値段で取引され、状態が良いと15万円を超えます。
 
・・・そういうわけなので、自分は初期盤は直ぐに断念(;^ω^)。高いわ!!
 
ニュー・フィルハーモニアとの6番もオリジナルの英国盤は売っているのを見たことがなく、値段が不明。9番はたまに見ますが、6番はもっと珍しいのではないかと思います。多分高いと思われる。
 
そのため、自分が求めたのはお手頃なセット物です。マトリックス番号が全然別物で、再販モノだと思います。
 
音質は良いと思います。いかにもイギリスのレコードらしい音の輪郭線がはっきりした(まるでイギリス英語のよう)、目の覚めるような音質です。その分、やや細身に聴こえます。
 
聴く分には、充分満足のいく部類かと思います(モノクロ切手のスタンパーです)。
 
さて、バルビローリ卿のマーラーの演奏論など今さら書いても仕方ないかも(;^ω^)・・・といいつつも、少し書いておきます。
 
これは、丁寧で愛情のある仕事ぶりで、近代的なマーラとは違う、統合的な演奏ですね。マーラーの音楽は、細部や局所に拘りを見せれば見せるほど面白く響きます。全体がバラバラに聴こえるように見えて、統合されているのがマーラーですが、バルビローリの演奏は中庸を得て、分解的に聴こえる傾向が少ないです。
 
その分演奏の丁寧さや、響きのコクなどが素晴らしく、充実した演奏だと思います。機能的で分裂的なマーラーではなく、情熱的でヒューマンな演奏ですね。
 

 
↑、6番のスケルツォ、ベートーヴェン風の攻撃的で、諧謔的な性格の音楽。全体に足取りが遅く、響きや曲に対する愛情などで聴かせます。再販モノですが、くっきりした音形が気持ち良いです。また良く練られたオーケストラの響きも素敵です。
 
 
↑、9番、フィナーレ、この世への別れを告げる壮大なアダージョ。ベルリン・フィルはニュー・フィルハーモニアよりも渋い音です。バルビローリのマーラーは決して悲観的でなく、人間的な愛情に満ちています。
 
 
↑、イギリスの名指揮者。シベリウス、マーラー、ブラームス、エルガーに名演があります。仕事が丁寧で、愛情のあるダンディーな演奏が多いです。レコードで聴くとより魅力的です。
 
 
ASD2518ーASD2519。
 
 
5番の録音(1969)は、このASD2518の、カラー切手のスタンパーがオリジナルになります。
 
演奏の特徴は基本的に6番、9番と同じです。サー・ジョンの死の前年の録音になります。豊かな響きが素晴らしく、充実した気持ちが味わえます。
 
 
↑、5番、アダージェット。弦とハープのための音楽です。恋人アルマへのラブレターとして書かれたという有名な逸話あり。この音楽は、前半3つのグロテスクな音楽の後に繰り広げられる、溜息が漏れるような耽美の世界です。一瞬何が始まったのかと思いますが、これほど爛熟と退廃に満ちた、当時のウィーンの美を表現した音楽は、他にないでしょう。マーラーの音楽の中でも最も美しいと思える瞬間です。
 
こうやって聴くと、オリジナルの方が滑らかで濃厚な音質なのが分かりますね。
 
ドイツの名指揮者、オットー・クレンペラー(1885-1973)のレコードが少し揃ってきたのでブログで書いていきます。
 
 
まずはベートーヴェンの田園(1957)。SAX2260。
 
コロンビアの初期ステレオ・シリーズです。ブルー・シルバー(通称アミコロ)と呼ばれる高価なレコードです。クレンペラーのベートーヴェンの交響曲は全てEMIのシール付きジャケで、ブルー・シルバーのスタンパーで集めるのが収集家の夢・・・。
 
多分自分はやりませんが。全曲集めると10万円は越えますね(;^ω^)。かっこいいレコードですが、最早演奏がどうのこうの、というレベルではない執着が生まれる世界です。業が深し。レコードの音質と演奏の組み合わせが無数にできる世界で、いいだすと切りがありません。
 
さて今回、自分が買ったのは盤面評価が低く、通常の半額ほどでした。第2楽章の後半に音が歪むところがあり、これかあ・・・と思いつつ聴き入ります。
 
早速しつこくレコードを洗うと歪みは無くなり、問題は無くなりました。ちょっとお得だったかもと感じた買い物でした。
 
クレンペラーの録音はCDで聴いていたものが多いです。この田園もそうです。CDだともっと角が立つので、レコードで聴くとだいぶん違った印象です。機械的な響きが消え、特にこのブルー・シルバー・シリーズは透明感、コク、爽やかさに優れ、魅力アップかと思います。後はサーフェイス・ノイズが我慢できれば問題なし?
 
 
 
↑、田園、第1楽章から切り抜き。名演です。
 
 
ブラームス、交響曲1番(1956)。SAX2262。
 
 
ブラームスの交響曲はまだレコードで持っていなかったので、こちらを購入。クレンペラーらしい、水平方向に音が広がる演奏で、感情もクールにふるまっています。ゆるぎない構築性と確信に満ちた迫力が素晴らしいですね。やはりクレンペラーの演奏は外れが少ないことを再確認します。
 
 
初期ステレオではクレンペラー、クリュイタンス、バルビローリ辺りはどれも高価です。この辺の指揮者は演奏に外れが少ないですね。最高だね。文句もいわず聴き入るのみです。
 
 
 
↑、ブラームスの交響曲1番。こちらも第1楽章から。テンポが遅く、広がりのある演奏です。堅牢な構築性があります。

ちょっとだけアメリカ大統領選挙の続報を書いてみようと思います。しかし、日本国内の地上波はほぼバイデンで決まり、ということで、コロナのニュースばかりやっていますね。確かに現状だとバイデン大統領になりそうな雰囲気はあります。しかし反面トランプ側からも色々な情報が上がっており、まだどうなるかは分かりません。

 

しかし、仮にトランプ氏がいっていることが間違いであったとしても、最近の地上波の伝え方はあまりに偏りすぎのように見えます。地上波ばかり観ていると、何者かによって、「作られた世界」に閉じ込められてしまいそうです。大丈夫でしょうか。

 

もうちょっとこの選挙の続報を、ニュースでやっても良いんじゃないでしょうか。何のためのメディアか分かりません。

 

アメリカの大統領選挙についてはSNSで、色々詳しく書いてらっしゃる方がいますので、個人的には簡単なまとめ程度にします。

 

 

以前から、トランプ大統領はBLMの暴動が起きてもずっと「法と秩序」という言葉を繰り返すばかりでした。そこには何かしらの意味があるのかもしれません。

 

やはり最後は最高裁判所で、ということなのでしょう。

 

トランプ陣営は法廷闘争のための準備を進めているようです。それに対してバイデン氏はすぐにも政権移行をするべく連邦政府に働きかけているようですが、認められていない模様です。↓

 

 

トランプ陣営は選挙で、バイデン側に様々な不正があったとしていますが、その1つに海外から選挙サーバーへの不正があったとしています。ドミニオンと呼ばれる装置で、これはドイツにあり、それをアメリカ軍が押収したという話です。それによると、あくまでリーク記事ですが、トランプ大統領は実際には410議席になるという話が出ています(トランプ側が主張する、バイデン側の不正がなかったのなら、ということらしいです)。↓

 

 

本当なんでしょうか?

 

現在トランプの顧問弁護士として、タッグを組んでいる、ジュリアーニ氏(かつてNY市長だった人物)ですが、これほどの大差があったせいで民主党は相当の偽造をしなけらばならなかったといっています。だから今回の不正がばれたのだと。

 

 

それについてはトランプ大統領もつぶやいており・・・。

 

 

確かにちょっと異常な票の動きのようには見えますね。他にもトランプ陣営では様々な動きがあり、証拠を揃えてきているといっています。ですので、このまま大統領選挙は終わらないでしょう。誰が大統領になるか決まるのは、まだ先になりそうです。

 

個人的にはトランプ氏を、「正義の戦士」みたいに祭り上げるのは好きではありません。単純に今回の選挙は、支配層の権力争いみたいな側面があると思っています。ただトランプ大統領の方が、明らかにバイデン大統領よりはましではないかと思っています。特に彼が推し進めている政策によって、今まで明らかにされてこなかった悪事、アメリカの暗部が暴かれることは、どうしても私たちに必要なことだと思いますね。最近では日本の右翼系の人々も、アメリカのペドフェリアのことを取り上げるようになってきています。・・・まあ、本当にトランプ氏が勝つのなら、今後選挙の不正のことだけでなく、もっと色々な事実が出てくるとは思いますが・・・。

 

しかし、まだバイデン氏が勝つ可能性もありますし、もうちょっと様子見ですね。どうなるのでしょうか。