元経産官僚で評論家の八幡和郎氏の依頼で、自称ジャーナリスト改め国際政治評論家の白川司氏が、深田萌絵事件について、facebook上で解説している。だが、私に言わせれば、あちこちに論理的な破綻と飛躍が見られる記事だ。以下に分析してみよう。

 

 最初の一文で「深田萌絵さんのスパイ事件」と表現しているが、これは単に、深田萌絵氏が、自分の思い込みで勝手に藤井氏にスパイ容疑を掛けているだけなので、こういう表現は何も知らない読者に誤解を与えるだけであり、撤回すべきであろう。

 すでに裁判所の判決において、深田氏が訴えた藤井氏のスパイ容疑は、一度、否定されているのである。それにもかかわらず、「スパイ事件」と表現するのは、非常識以外の何物でもない。また、藤井氏が偶々、二重戸籍(国籍)状態になっていたとしても、それだけでスパイの証明にはならないのは言うまでもない。

 

「学徒出陣50年―甦る〝わだつみ」(テレビ朝日「ザ・スクープ」93年製作)によれば、藤井一良さんの祖父藤井治さんが日本に帰国したのは、昭和49年の春である。学徒出陣で昭和19年に中国に出征して以来、30年ぶりの帰国であった。その2年前の昭和47年10月、藤井治さんは、山口県防府市役所に、戦争以来の苦労を綴り、家族の所在を尋ねる長文の手紙を書き送っている。日中国交回復直後の事であった。

 

  国や防府市役所側は、以上のような複雑な事情をあらかじめ知っていたからこそ、藤井治さんが平成3年(1991)年に亡くなってから二年後に、藤井治氏の夫人周建清さんの戸籍も受理し、その長男藤井健夫(中国名;呉也凡)さんの戸籍を受理、さらにその子である藤井一良(中国名;呉思国)さんの戸籍を受理したのである。

   つまり、戦争の悲劇がもたらした複雑な事情があったからこそ、偶々二重戸籍状態になったのであり、故意に二重戸籍にしたわけではないとも考え得る。

 

 白川氏は、「藤井父=元中国人・呉也凡さん(仮定)」

 としたうえで、「戸籍を調べると、藤井父と呉也凡の戸籍は別のもので、それぞれの国にある。しかも、日本の戸籍には『呉也凡』の文字がなく、中国の戸籍には『日本に帰化した』という表現もない」から、 「藤井父≠呉也凡さん」と決めつけている。

 前者が仮定で、後者には仮定の文字がないから、この文章を一瞥した人は、藤井父と呉也凡は別人物のような印象を受けてしまう。こういうのを机上の空論、若しくは詭弁と言う。記述がたまたま無かったこと、省略されていたことは、その事実がなかったことの証明にはならない。すなわち、藤井父≠呉也凡さんの証明にはならないのである。作家の井沢元彦氏が度々批判している「史料絶対主義」の弊害が、こういう白川氏の論理にもよく表れている。

 

 考えてもみよ。すでに40歳になっていた呉也凡(藤井健夫)氏が日本で戸籍を取得した時点で、中国の戸籍を離脱して妻と二人の子供を連れて日本で生活しなければならないとしたら、相当過酷な生活を強いられることになるだろう。日本語も十分に話せないであろうし、なかなか就職先を見つけるのも困難なのではないだろうか。逆に、日本国籍に移籍したうえで、中国で生活するとしても、これもまた、生活のあらゆる面で不都合や支障が生じる可能性もあろう。

   従って、偶々、二重戸籍状態になったとしても、これは戦争の悲劇がもたらした特異なケースとして容認されてもよい事案であるかも知れないのだ。

 

  藤井一良さんがブログで「自分は山口生まれだと言ったのは、大伯母の言いつけだった」と言っていることに関し、白川氏は「上の反論にはなっていない」と述べているが、私は、これは十分に考えられる理由だと思う。祖父藤井治氏の姉千代子さんが、武家を祖先に持つ日本人としての矜持を持ってもらうために、そのように教えたとしても、何の不自然もない。日常生活の中では、複雑な事情を説明するのが厄介なので、適当に間を端折ったために、結果的に微細な嘘が肝心の真実の周囲に織り交ぜられてしまうぐらいの経験は誰にでもある。藤井一良さんが日本に戸籍を持つ藤井治氏の孫である日本人なのは紛れもない事実だからだ。まして、深田萌絵氏のような妄想で話を膨らます女性に対し、いちいち本当の事情等、細かく説明しなくても何の差支えもない。

 

 白川氏は「深田さんの主張は実にシンプルで、藤井父が2つのパスポートをとれるなら、藤井一良さんも二つのパスポートをもっているはず、それはおかしいということ」と述べているが、深田氏は、WILL増刊号の動画でも、藤井氏を「背乗り」の実行犯と決めつけ、「スパイ」と断定していたのだから、これも事実と反している。

 

 白川氏は、最初の一文で「深田萌絵さんのスパイ事件」としながら、最後は深田氏の「背乗り」という言葉は正確ではなく、「『なりすまし』案件」としているが、『なりすまし』という言葉には悪意が感じられる。偶々、二重戸籍(国籍)状態になっていたことと、故意に別人物に「なりすます」のでは大きな差があるからだ。

 いずれにせよ、二重戸籍(国籍)状態や二つパスポートを取得できる状態にあることが、即「なりすまし」やスパイの証明にはならない。仮にも、相手にスパイ容疑を掛けるなら、相当明確な証拠を示さなければならない。また、何の明確な証拠もなく、まるで指名手配犯のように藤井氏の戸籍や写真をSNSで公開する行為は許されてよいのであろうか。

 そもそも、白川氏には、民主主義国家における司法の原則、すなわち推定無罪の原則という常識が通用しないのであろうか。そうだとすると、単なる風評の飛ばし屋に過ぎず、お書きになる国際政治評論の質についても疑わざるを得ないのである。