かつて大山倍達総裁は理想の突きとして、
焼けた鉄板をぶち破って火傷しない突き
という言葉を遺しました。
あくまで理想であり、そのようなイメージをする事で理想とする突きに近付く為の言葉がけだと考えられます。
この言葉から察せられる理想の突きの要素を、
・鉄板に負けない強度の拳
・火傷する間もない速い突き
と推測します。
これだけでは、あくまでイメージとしては違和感はありません。
「強い拳・速い突き」は現代格闘技でも求められる要素です。
しかし、さらに深掘りすると、
格闘技で求められる突き(パンチ)
と、大山総裁が主張する突き、すなわち
実戦で求められる突き
に違いがあると推測しました。
格闘技のパンチ
ボクシング等のノックアウト制の打撃格闘技では、顔にパンチを当てる際、
脳が揺れやすい角度に打ち抜く
ように練習します。
よって、打ち抜く感覚を養う為に、ミットやサンドバック等、比較的柔らかくて、可動性があるものを使って練習します。
格闘技のパンチを素手で行うと…
伝統的な空手の稽古では、巻き藁や砂袋等、硬くて可動性が少ない器具を使って鍛錬する事があります。
「脳が揺れやすい角度に打ち抜く」という観点に於いては、非合理な取り組みに思えます。
実際、巻き藁や砂袋で行う突き方を、グローブを付けて突いてもあまりダメージを与える事ができません。
しかし、ケンカのような実戦を想定すれば当然、グローブは付けません。
相手の顔を突く際は、素手になります。
そこで素手で格闘技式のパンチを打つとどうでしょう。
当然、まともに当たれば素手だろうがグローブだろうが大きなダメージを与える事ができます。
しかし、相手が少しでも頭を傾け、額から上が当たるとどうでしょう?
頭蓋骨は拳の骨より遥かに硬く、どんなに拳を鍛えていても骨折するリスクがあります。
素手で顔に打撃を当てるには…
素手のケンカを想定した際、顔への打撃は次の方法論があります。
・拳を使わず掌打を使う
・スナップを使って当てる(打ち抜かない)
「拳を使わず掌打を使う」は、過去に骨法や初期のリングスが採用していました。
「スナップを使って当てる」は、真樹日佐夫先生や平直行先生が使用していたようです。
いずれも効果的だと思われますが、あくまで
正拳上段突き
として顔を狙い、且つ頭蓋骨に当たり骨折するリスクを解消するには格闘技のパンチとは異なる打ち方をする必要があります。
立体ではなく表層を捉える
相手の顔を大きな力で打ち抜こうとすればするほど、頭蓋骨に当たった時の衝撃が大きくなります。
つまり、パンチ力が強ければ強いほど、失敗した時のリスクも大きくなります。
この問題を解決するには、
相手の頭部全体を揺らそうとするのではなく、表層の骨を壊す
ように当てる事です。
つまり、
フォロースルーを短く
するのです。
格闘技のパンチのフォロースルーが10センチ以上だとしたら、
正拳上段突きのフォロースルーは3センチ弱
にします。
フォロースルーを3センチ弱にすることで、相手の頭蓋骨に当たっても、拳を壊すリスクが減ります。
また、拳を鍛える事で頭蓋骨越しでもダメージを与える事も可能になります。
ちなみに一般的な鉄板の厚さは3ミリ弱です。
3ミリ弱の厚さの鉄板をぶち破る突きはフォロースルーを10倍の約3センチがベストだと思われます。
それ以上のフォロースルーでは返ってインパクト(一番拳が加速される瞬間)がズレてしまいます。
つまり、大山総裁の「焼けた鉄板をぶち破って火傷しない突き」という表現が適切だったのです。
瓦を何十枚も壊すような突きは、物体との接触時間が長い事を意味します。
破壊できない物体に接触時間が長い打撃を放つと衝撃が全て自分に返り危険です。
しかし「焼けた鉄板をぶち破って火傷しない突き」は、物体との接触時間が短い事を意味します。
物体との接触時間が短ければ、仮に物体が壊れなくても自分に返る衝撃は少なくなります。
人中を狙う理由
正拳上段突きの際、鼻の下の急所である
人中
を狙うように言われます。
人中に当たった際、人体にどのような症状が現れるかは所説ありますが、大きなダメージを与えられる事は確かです。
しかし、その他の利点として、
人中を外しても顔面のいずれかに当たりやすい
事が考えられます。
顎やこめかみをピンポイントで狙うと、僅かな動きのショルダーブロックや額受けで防がれてしまいます。
しかし顔面のほぼ中心である人中を狙う事で、多少外れても頬や目の下に当たります。
頬や目の下はグローブであれば大きなダメージになりませんが、素手の場合は頬骨や眼窩が骨折する場合があります。
先人の言葉を読み解く
「焼けた鉄板をぶち破って火傷しない突き」
「人中を狙う」
これらは現代格闘技の価値観では、ただの精神論や幻想に聞こえる場合があります。
しかし実戦観から深堀すると、大切な教えである事が理解できると思います。
先人の技術や言葉を現代の価値観だけで捉えず、かといって妄信もせず、深く掘り下げて研究、検証する姿勢が武道、武術には大切な事だと私は思います。
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