郡山城
民生委員OBの仲間と郡山城へ出かけました。郡山城は1585年豊臣秀長によって野面積石垣をもつ大和国最大の城郭がつくられました。
追手門
追手東隅櫓
天守台を見晴らす桜がまだ咲いております。
4月7日まで桜まつりが開催され、多くの人で賑わったそうです。
極楽橋を渡ると本丸です。
天守台から桜がきれいです。またここからは奈良の都が一望できます。
若草山、大仏殿、薬師寺、法隆寺などを見渡すことができます。
遠くに見える大仏殿は修理中でした。
郡山城をつくるとき、近在の住民に石を供出させましたが、石が簡単に入手できないうえ、城づくりを急いだため、寺院の礎石、石塔、石仏、石臼果てはお地蔵様まで手当たり次第に集めて積み上げたそうです。
「逆さ地蔵」もその一つです。
石に削ったような跡がありますが、ここはのみを入れて割った跡だそうです。
石に詳しい仲間が説明してくれました。石にも筋があり、正しく切れ目を入れないと割れないそうです。
昼は「翁」で季節料理をいただきました。
昼食後、春岳院を参拝しました。仲間の一人が住職で、こちらの住職と知り合いのため、内部を案内していただきました。
寺院は秀長の450回忌(2040年)に向けて改修中ですが、豊臣兄弟の放送決定を受けて本堂は先行して修繕されました。春岳院は以前は大きなお寺だったのですが、今は小さな寺となってしまいました。それでも大河ドラマの影響か、訪れる人も多く、ボランティアの案内人も置いて次から次へ訪れる人に説明をしておりました。
この寺は当初は東光寺と称しておりましたが、秀長の菩提寺になったとき、秀長の戒名の一部をとって春岳院と改められました。
寺の中には平安時代、鎌倉時代、江戸時代など古い仏像が多く安置されておりました。
この後、秀長公の墓所、大納言塚を訪れました。
帰るまでに少し時間があったので、仲間の住職の知り合いの矢田寺を訪れました。ここはアジサイ寺として有名でアジサイの季節には大勢の人でごった返すそうです。
境内の八重桜が綺麗でした。
大河ドラマの影響もあり、大和郡山は町をあげて豊臣兄弟で盛り上げております。
今回は予期せぬ桜も楽しめたのは幸いでした。
桶狭間古戦場
高校時代の仲間と回る史跡散策。今回は桶狭間古戦場へ出かけました。
桶狭間公園でボランティアガイドの方と待ち合わせ。案内していただきました。
この公園自体がジオラマになっていて、清須、大高城、善照寺砦、中島砦などが配置され、当時の地形を模してつくられております。これで合戦の様子が実感できます。
今川義元戦死の地の碑
義元公首洗いの泉
おけはざま山今川義元本陣跡
(実際は少し離れた場所だそうですが、今は道路が通っているので寄贈者が自分の住まいの敷地に建てたそうです。)
おけはざまの山から見た市街
田楽坪
桶狭間の戦いの中心地です。
瀬名氏俊陣地跡
信長はこの陣地rを見て義元がこのあたりに居ると察知したとのこと。なお、氏俊自身は大高城へ向かっていたため、戦死は免れました。
大池
桜が数輪咲いておりました。
長福寺
今川義元公首検証跡
弁天池
ここで血刀を濯いだそうです。
桶狭間発祥の地
泉の桶が廻る様子から桶狭間の地名が生まれたとされます。
戦評の松
伊勢湾台風で倒れ、また枯死し、今は3代目だそうです。
このあと、桶狭間古戦場伝説地を訪ねました。ここは国の指定史跡となっており、こちらが今川義元本陣の場所とする説もあるようです。
ブラタモリでちょうど桶狭間の戦いが放映され、興味が倍加しました。どうして信長が勝つことができたのか、いろいろと推測できました。
これで本日の行程は終了。昼食は駅前の美喜鮨で。久しぶりの再会に話がはずみました。
承天寺から櫛田神社
地下鉄祇園駅から承天寺へ。博多寺社町エリアの入口に立つ博多千年門です。
承天寺通り
承天寺
石庭は解放されていないので外から覗きました。
境内にうどん・そば発祥地の碑、御饅頭所の碑がありました。
うどん、そば、饅頭は博多が発祥地のようです。
聖福寺
日本最初の禅寺で栄西が開山、源頼朝公が開基した寺で広大な敷地に建てられております。
東長寺
日本で空海が初めて開いた真言密教の寺で福岡大仏が有名です。観光客も多数訪れます。
福岡大仏は撮影禁止です。
筑前城主2代目黒田忠行、3代目光之の墳墓
櫛田神社
博多を代表する夏の祭り、「博多祇園山笠」が奉納されます。
夏の博多祇園山笠、秋の博多おくんちではこの神社はとても賑わうようです。
神社奥の川端通商店街
商店街入口のかろのうろん
創業140余年の最古参のうどん店だそうでここで昼食を食べる予定でしたが、
あいにく本日は店休日でした。
半日このあたりの寺社を巡り博多駅で昼食をとって新幹線で帰りました。
最近はこのようなのんびり旅が多くなりました。
気ままにゆっくり、あまり疲れない、そんな旅を楽しんでおります。
太宰府天満宮(2)
(続きです)
菅公歴史館(文華殿)
ここには菅原道真の生涯が博多人形を使って展示されております。
宮中で行われた重陽の節句の後宴にて、醍醐天皇から賜った「秋思」という題の求めに応じて、道真公が天皇のご安泰と国家の平安をお祈りする漢詩を詠みました。これに天皇がいたく感激され、お召しになっていた御衣を道真に下賜されました。
その後、道真は藤原時平の謀略により政争に敗れて大宰府に左遷されました。
そして一年後、再び天皇をお慕いする漢詩を詠みました。有名な「去年の今夜清涼に侍す 秋思の詩篇独り断腸 恩賜の御衣今此に在り 奉持して毎日余香を拝す」という詩です。
この出来事に因んで太宰府天満宮では毎年旧暦の9月10日に「秋思祭」が行われております。
宝物殿は今日はお休みでした。
太宰府天満宮の参拝を終え、参道にある喫茶店で一休み。
この店は町家の建物を利用し、レトロな雰囲気を漂わせております。
夕食は博多の名物 水炊きを、「水炊き長野」で食べようと予約を入れたところ、本日は満席と断られました。人気があるようです。
そこで別の店を探し、「博多華味鳥」に出かけました。
暮れなずむ博多駅前(華味鳥より)
大宰府天満宮は梅の季節はほぼ終わりだったのですが、とても混みあっておりました。これが満開のときだったら大変な人出だろうと思われます。
太宰府天満宮(1)
翌日は博多駅からバスで太宰府天満宮へ向かいました。博多駅バスターミナルはとても多くの人でごった返し、乗車に30分以上かかりました。大宰府まではおよそ40分です。
大宰府の名物は梅が枝餅、参道の至る所に餅を売る店があります。
境内にはあちこちに御神牛の像があります。道真が亡くなったとき、遺骸を乗せた牛車が動かなくなった場所がこの本殿だということです。
道真の有名な「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花あるじなしとて春な忘れそ」の
句碑です。
梅はやや盛りを過ぎておりましたが、広い境内は見所満載です。
山門
本殿(修復中のため仮の本殿です)
ご神木 飛梅
道真を慕って梅の木が一夜にして京都から飛来したという伝説に基づきご神木として大切に育てられております。
相輪堂(伝教大師によって伝えられた仏塔)
境内の摂社、末社(道真の子、孫等が祀られております)
筆塚
夫婦樟
大樟(天然記念物)
樹齢は1000年とも1500年とも言われております。
(続きます)
国宝 金印
福岡市 博多へ出かけました。博多はとても遠いところという印象がありましたが、名古屋から新幹線で3時間20分。
駅前のJR九州ホテル ブラッサム博多中央でチェックイン。駅のすぐ前なのでとても便利です。
まずはタクシーで福岡市博物館へ向かいました。20分ほどです。
お目当てはここに展示されている金印です。志賀島で偶然に発見されたという金印は「漢委奴国王」と刻印されており、教科書にも載っているものです。
大きさは一辺2.3㎝、重さは約108g、こんなに小さいのかと皆が驚きます。
隣に重さを体験できるレプリカが置いてありましたが、こんなに小さいのにずっしりと重さを感じさせます。
名槍 日本号
黒田節に詠われている槍で、黒田家の家臣 母里太兵衛が大酒を飲み干し、その褒美として福島正則から賜ったというものです。とても大きな槍です。
このあと隣の福岡タワーへ行きました。徒歩10分ほどです。
福岡タワーはクリスタルなハーフミラー仕上げの海浜タワー、外から見ると窓は鏡になり、鏡に外の景色が映ります。しかし、中からは外の景色を見ることができ、外から見えないとは感じさせません。
博多の街が一望できます。
ホテルの向こう側にみずほペイペイドームをわずかに見ることができます。
金印の発見された志賀島です。
帰りはバスで博多駅まで。25分ほどでした。
蜂須賀小六正勝
NHKの大河ドラマで、蜂須賀小六正勝の菩提寺、蓮華寺を放送していたので早速訪れてみました。
近くでもあり、幼いころはよく訪れておりましたが、最近はほとんど訪れたこともないので、その後どのように変わっているか、興味もありました。
境内はとても広々としております。訪れる人はほとんどありません。
本堂です。弘法大師のお開帳のときはこの前は大勢の人で賑わいます。
奥の院
蓮華寺の山門前に蜂須賀小六正勝の碑が建立されております。
碑文には墨俣一夜城で功績があったこと、秀吉の配下となり龍野城主となったことなどが記載されているようです。
ここから1.5キロほど東に、法蔵寺があります。ここに、鉄造地蔵菩薩立像が安置されております。この像は蜂須賀正勝が戦さに持参しようと蓮華寺から運び出したもので、のちに地元の人によりここに祀られ、この寺の本尊となっております。
今では寺は寂れて、訪れる人もほとんどないようです。
蓮華寺は大河ドラマで紹介されたためか、数人の人が訪れておりました。
蓮華寺の付近の集落はほとんどが真言宗で、毎年4月に行われる弘法大師を祀る秘仏のお開帳のときは多くの人出で賑わいます。
昔はお開帳のときは露店も出てとても賑わったので、その時期によく訪れましたが、今はどうなっているのか、また機会があれば訪れたいものです。
因みに蓮華寺は名鉄の青塚駅から10分ほどの至便なところにあります。
真清田神社
高校同期の仲間と新年会を行いました。
新年会はもう30年ほど続いておりますが、その間に2名鬼籍に入り、少しづつ淋しくなります。
今年は8名集まり、一人は東京からかけつけました。一宮駅に集合し、真清田神社へ参拝。
このあと、「かくこ」で新年会、お互いにこうして楽しく語り合える幸せを感謝します。
伊勢神宮
翌日は伊勢神宮(内宮)へ出かけました。鳥羽シーサイドホテルの玄関前から
一日一便バスがでております。
このホテルは三重交通のグループ会社で、そのため三重交通のCANバスがここを始発に、二見、内宮、外宮へ出ており、とても便利です。
内宮へは10時ごろ到着、おかげ横丁の開店に合わせてあるようです。
宇治橋の入口にコインロッカーがあり、ここへ荷物を預けて参拝しました。
あちこちでお正月用の準備がされております。
展示されている菰樽も新しいものと入れ替え中でした。中身は空っぽです。
いっぱいに入れると4斗(72ℓ)入るそうです。持たせてもらうと簡単に持ち上げることができました。
パーティーなどで使われる菰樽は必ずしも72ℓ入っているわけではなく、上げ底になっている菰樽もあるそうです。
こちらはもう入れ替えが済んでおりました。
手水所
五十鈴川
内宮 本殿
荒祭宮(別宮)
風火祈宮(別宮)
内宮を参拝したあと、おかげ横丁で食事をして、帰りは五十鈴川駅から帰りました。ちょうどこの駅発の特急がありました。
年末にお参りするのは初めてですが、この頃は空いており、ゆっくりとお詣りできるのでこれもいいのかなと思います。
鳥羽シーサイドホテル
鳥羽駅からホテルのバスで約10分、今夜の宿は鳥羽シーサイドホテルです。
高台に建つこのホテルは見晴らしがとてもいいホテルです。
部屋の窓からは海が一望でき、部屋も広くとても快適です。
館内も広く、ゆったりとしておりますが、大浴場が三つもあり、隣の建物の大浴場へ行くにはちょっと遠すぎます。
夕食は別室で、海の幸を堪能しました。
このホテルは以前、将棋の王将戦、竜王戦の対局が数度行われたようで、その時使用された盤と駒が展示されておりました。
景色の良いホテルで、海を眺めながらゆっくりと過ごしました。




























































































































































