太宰府天満宮(1)
翌日は博多駅からバスで太宰府天満宮へ向かいました。博多駅バスターミナルはとても多くの人でごった返し、乗車に30分以上かかりました。大宰府まではおよそ40分です。
大宰府の名物は梅が枝餅、参道の至る所に餅を売る店があります。
境内にはあちこちに御神牛の像があります。道真が亡くなったとき、遺骸を乗せた牛車が動かなくなった場所がこの本殿だということです。
道真の有名な「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花あるじなしとて春な忘れそ」の
句碑です。
梅はやや盛りを過ぎておりましたが、広い境内は見所満載です。
山門
本殿(修復中のため仮の本殿です)
ご神木 飛梅
道真を慕って梅の木が一夜にして京都から飛来したという伝説に基づきご神木として大切に育てられております。
相輪堂(伝教大師によって伝えられた仏塔)
境内の摂社、末社(道真の子、孫等が祀られております)
筆塚
夫婦樟
大樟(天然記念物)
樹齢は1000年とも1500年とも言われております。
(続きます)
国宝 金印
福岡市 博多へ出かけました。博多はとても遠いところという印象がありましたが、名古屋から新幹線で3時間20分。
駅前のJR九州ホテル ブラッサム博多中央でチェックイン。駅のすぐ前なのでとても便利です。
まずはタクシーで福岡市博物館へ向かいました。20分ほどです。
お目当てはここに展示されている金印です。志賀島で偶然に発見されたという金印は「漢委奴国王」と刻印されており、教科書にも載っているものです。
大きさは一辺2.3㎝、重さは約108g、こんなに小さいのかと皆が驚きます。
隣に重さを体験できるレプリカが置いてありましたが、こんなに小さいのにずっしりと重さを感じさせます。
名槍 日本号
黒田節に詠われている槍で、黒田家の家臣 母里太兵衛が大酒を飲み干し、その褒美として福島正則から賜ったというものです。とても大きな槍です。
このあと隣の福岡タワーへ行きました。徒歩10分ほどです。
福岡タワーはクリスタルなハーフミラー仕上げの海浜タワー、外から見ると窓は鏡になり、鏡に外の景色が映ります。しかし、中からは外の景色を見ることができ、外から見えないとは感じさせません。
博多の街が一望できます。
ホテルの向こう側にみずほペイペイドームをわずかに見ることができます。
金印の発見された志賀島です。
帰りはバスで博多駅まで。25分ほどでした。
蜂須賀小六正勝
NHKの大河ドラマで、蜂須賀小六正勝の菩提寺、蓮華寺を放送していたので早速訪れてみました。
近くでもあり、幼いころはよく訪れておりましたが、最近はほとんど訪れたこともないので、その後どのように変わっているか、興味もありました。
境内はとても広々としております。訪れる人はほとんどありません。
本堂です。弘法大師のお開帳のときはこの前は大勢の人で賑わいます。
奥の院
蓮華寺の山門前に蜂須賀小六正勝の碑が建立されております。
碑文には墨俣一夜城で功績があったこと、秀吉の配下となり龍野城主となったことなどが記載されているようです。
ここから1.5キロほど東に、法蔵寺があります。ここに、鉄造地蔵菩薩立像が安置されております。この像は蜂須賀正勝が戦さに持参しようと蓮華寺から運び出したもので、のちに地元の人によりここに祀られ、この寺の本尊となっております。
今では寺は寂れて、訪れる人もほとんどないようです。
蓮華寺は大河ドラマで紹介されたためか、数人の人が訪れておりました。
蓮華寺の付近の集落はほとんどが真言宗で、毎年4月に行われる弘法大師を祀る秘仏のお開帳のときは多くの人出で賑わいます。
昔はお開帳のときは露店も出てとても賑わったので、その時期によく訪れましたが、今はどうなっているのか、また機会があれば訪れたいものです。
因みに蓮華寺は名鉄の青塚駅から10分ほどの至便なところにあります。
真清田神社
高校同期の仲間と新年会を行いました。
新年会はもう30年ほど続いておりますが、その間に2名鬼籍に入り、少しづつ淋しくなります。
今年は8名集まり、一人は東京からかけつけました。一宮駅に集合し、真清田神社へ参拝。
このあと、「かくこ」で新年会、お互いにこうして楽しく語り合える幸せを感謝します。
伊勢神宮
翌日は伊勢神宮(内宮)へ出かけました。鳥羽シーサイドホテルの玄関前から
一日一便バスがでております。
このホテルは三重交通のグループ会社で、そのため三重交通のCANバスがここを始発に、二見、内宮、外宮へ出ており、とても便利です。
内宮へは10時ごろ到着、おかげ横丁の開店に合わせてあるようです。
宇治橋の入口にコインロッカーがあり、ここへ荷物を預けて参拝しました。
あちこちでお正月用の準備がされております。
展示されている菰樽も新しいものと入れ替え中でした。中身は空っぽです。
いっぱいに入れると4斗(72ℓ)入るそうです。持たせてもらうと簡単に持ち上げることができました。
パーティーなどで使われる菰樽は必ずしも72ℓ入っているわけではなく、上げ底になっている菰樽もあるそうです。
こちらはもう入れ替えが済んでおりました。
手水所
五十鈴川
内宮 本殿
荒祭宮(別宮)
風火祈宮(別宮)
内宮を参拝したあと、おかげ横丁で食事をして、帰りは五十鈴川駅から帰りました。ちょうどこの駅発の特急がありました。
年末にお参りするのは初めてですが、この頃は空いており、ゆっくりとお詣りできるのでこれもいいのかなと思います。
鳥羽シーサイドホテル
鳥羽駅からホテルのバスで約10分、今夜の宿は鳥羽シーサイドホテルです。
高台に建つこのホテルは見晴らしがとてもいいホテルです。
部屋の窓からは海が一望でき、部屋も広くとても快適です。
館内も広く、ゆったりとしておりますが、大浴場が三つもあり、隣の建物の大浴場へ行くにはちょっと遠すぎます。
夕食は別室で、海の幸を堪能しました。
このホテルは以前、将棋の王将戦、竜王戦の対局が数度行われたようで、その時使用された盤と駒が展示されておりました。
景色の良いホテルで、海を眺めながらゆっくりと過ごしました。
鳥羽水族館
久しぶりに伊勢・鳥羽方面へ出かけました。令和7年12月17日、名古屋駅から鳥羽まで、特急で約1時間20分です。
ここから鳥羽水族館まで歩きました。およそ700m、歩いて10分少々です。
中で食事を済ませ、まずアシカショーを見ました。あしかは人懐こく、いつ見ても楽しいものです。
鳥羽水族館から隣のミキモト真珠島がすぐそばに見えます。
次いで、ラッコ、セイウチ、ペンギンなどを見ました。
ラッコはとても愛くるしく、大勢の観客で人だかりがしておりました。
ペリカンは獰猛だそうで頑丈な檻に入っております。
変な生き物研究所の生き物は珍しいものばかり。
鳥羽水族館でひとときを過ごしてから、鳥羽駅から宿のバスでホテルへ向かいました。
今夜の宿は鳥羽シーサイドホテルです。
寂光院の紅葉
高校時代の友人と続けている史跡散策。今回は今、紅葉まつりが行われている犬山の寂光院へ出かけました。
名鉄犬山遊園駅から歩き始めました。
山の中を約40分歩き、到着。前回は尾張三十三観音の参詣で訪れ、それほどしんどかった記憶はありませんが、あれから14年経ち、皆、体力の衰えを感じます。
前回の記事です。
スロープカーがあるのでこれを利用しようとしましたが、待っていてもなかなか到着しません。どうも故障しているようです。
やむを得ず階段で上りました。全部で320段あるそうですが、熊野古道などの階段と違ってしっかりと整備されているのでとても上りやすい階段です。
本堂わきのモミジが色づき始めております。
鐘撞堂
境内の紅葉も色づき始めております。
境内のラカンマキ、推定樹齢400年です。
弘法大師の筆塚、ここからの眺望がとてもきれいです。
日本モンキーパークの観覧車が隣に見えます。
参拝を済ませ、また駅に向かって歩きました。今日は週末で気候も良いことからモンキーパークに出かける人か、駐車場は多くの車でいっぱいでした。
山中で見かけたしめころしの樹です。樹に巻き付いて樹を絞め殺して、日当たりを確保するそうです。悠久のときを経て、植物どうしが死闘を繰り広げております。
途中で成田山に立ち寄りました。
車のご祈祷で来たことがあります。車のご祈祷はここで受けます。
境内前の紅葉もきれいに色づいております。
犬山遊園駅の近くで食事をしようとしましたが、飲食店が見当たらないので木曽川に沿って歩きました。
なかなか見当たらず、やっと見つけたビストロ猫というイタリアンレストランで昼食をとりました。今日は3時間半ほど歩き詰め、15000歩以上も休憩なしで歩き、久しぶりに疲れ果てました。
弓ヶ浜温泉から石廊崎
令和7年10月30日、弓ヶ浜温泉へ出かけました。熱海から踊り子号で伊豆急下田まで。
そこからホテルのバスで約20分、弓ヶ浜温泉へ。今夜の宿は「壺中の天 〇文」です。「〇文」と書いて「マルブン」と読ませます。
壺の中が別天地であったという中国の逸話がもとになっているようです。宿の入口にはその大きな壺が飾ってありました。
宿の部屋はちょっと変わっております。
ベランダから弓ヶ浜が見えるように露天風呂が設置されており、トイレからも浜が見えるようガラス張りです。ただトイレは下半分が摺りガラスになっており、外からは見えないようです。
夕食前に付近を散策しました。
近くの若宮神社
楠は樹齢800年の大木です。
弓ヶ浜がきれいです。
ちょうど夕日が沈む時間です。
ホテルも夕焼けに染まっております。
翌日は宿から5分くらいに位置する休暇村のバス停から石廊崎へ向かいました。
およそ25分です。石廊崎オーシャンパークとして整備されております。
売店から約10分ほどで石廊崎灯台に到着します。
石廊崎灯台は1871年に建てられた日本最初の木造灯台だそうです。もちろんその後現在の灯台に建て替えられております。
付近は波が打ちつけ絶景です。
ここから先10分ほどのところに石室(いろう)神社があります。
岩の間に社務所があり、神社は岬の最先端にあります。
午後は雨が降りそうなので早めに切り上げ宿へ戻ることにしました。
昼食は宿の近くの青木さざえ店であわび丼を食べました。
最終日は帰るだけ。昨晩激しく降った雨も上がり、この日は快晴です。
弓ヶ浜がとてもきれいに見えます。
今回は石廊崎の観光だけで宿でゆっくり過ごしました。弓ヶ浜温泉は下田と石廊崎のちょうど中間あたりに位置し、観光するには便利ですが、下田は以前に来ており、今回は素通りです。
以前の記事は以下に。
熊野市世界遺産巡り
2日目の午後は熊野市を観光タクシーで回りました。
最初は花の窟(いわや)神社、この神社は日本書紀にも記されている日本最古の神社です。この神社を含む一帯は平成16年に世界遺産に登録されました。
この巨大な岩がご神体です。
毎年2回行われる例大祭では45mほどのご神体の頂上から約170mの大綱を松のご神木に渡します。この御綱掛け神事は今年も10月2日に行われます。
岩の上部に見える綱は前回かけられた綱です。
この巨大な塔を使って綱をかけます。
当日は国道を通行止めにして道路の反対側の砂浜から大勢の人が綱を引き、
その綱を岩にかけます。残念ながら今日は見ることができません。
この後は鬼ケ城へ出かけました。世界遺産に登録されております。
魔見島(マブリカ)
鬼ケ城
土地の数回にわたる隆起と海の浸食によってできたもので、「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として世界遺産に登録されております。
千畳敷
高さ15メートル、広さ1,500㎡の広大な敷地です。
鬼ケ城から少し行ったところに獅子巌があります。
ここも世界遺産に登録されており、高さ25メートル、周囲120mの岩塊で海に向かって獅子が吠える形をしております。
この口の中にちょうど月が入る時があるとのこと。その時は大勢のカメラマンが集結するそうです。
獅子巌のある海岸は七里御浜で熊野市から紀宝町まで22キロも続いております。
このあと、丸山千枚田へ向かいました。タクシーで約30分かかります。
鬱蒼と杉などが茂った山道を進み、その先の開けたところにあります。
田んぼの真ん中に大きな岩があります。何とも不思議な景色です。
稲刈りもほとんど終わっており、見頃は過ぎておりました。
背景の山と田の景色は素晴らしく、いつまで見ていても見飽きません。
一番小さな田んぼです。2~3株しか植えられていません。
あとわずかに残っている稲を刈り取る作業が行われておりました。
丸山千枚田を眺めたあと宿まで帰りました。約2時間半の観光です。
熊野市は初めて来ましたが、とても素晴らしい景色と世界遺産を堪能できます。
熊野市は今年は暑かったせいもあり、観光客も少なかったようです。
見どころも多く、10月からは月に1回、尾鷲まで夜行列車も開通したりとまだまだ開発途上の観光地です。





































































































































































