「危機耐性」とはどんな意味か? | 新見一郎

新見一郎

勉学を通じて成長をナビゲートする講師。
2008年に技術士合格後、「技術士を目指す人の会」を立ち上げ、多数の技術士を輩出。自身も勉学ノウハウを活かして行政書士、世界史検定2級、電験三種に合格。

●「危機耐性」とはどんな意味か?

「危機耐性」、この言葉は辞書に載っていません。

最近できた言葉です。

どんな意味か?

分かりやすく説明すると以下のような意味になります。

 

いかなる事態においても、施設をかろうじて使用できるような性能

 

「危機耐性」をGoogleやMSNでを検索すると、東京大学大学院の本田利器教授の「危機耐性を考慮した耐震設計体系」という論文がヒットします。

「危機耐性」を考慮した耐震設計体系

 

この論文によると、「危機耐性」は以下のように定義されています。

 

狭義の設計段階で想定していなかった事象においても、構造物が、単体またはシステムとして、破滅的な状況に陥らないような性質
 

もちろん、このまま理解すれば良いわけですが、やはり少し硬いです。

そこで、これを嚙み砕いた説明が、いかなる事態においても、施設をかろうじて使用できるような性能 になるわけです。

ただ、これでは真の意味を理解したことにならないので、狭義の設計段階で想定していなかった事象においても、構造物が、単体またはシステムとして、破滅的な状況に陥らないような性質 について解説していきたいと思います。

 

耐震設計を行う際、想定地震を設定します。

これは必要不可欠です。

ただし、昨今では、この想定地震を超えるような地震が発生しています。

例えば、2011年の東日本大震災と大津波、2016年の熊本地震では震度7が続けて発生しました。

これらは、設計段階の想定地震を超える規模の地震でしたので、想像を超える被害が発生しました。

大地震が発生する都度、想定地震を変更しても、未知の震源の存在を否定できません。

このため、想定外の地震が発生した場合でも、施設が破滅的な被害を受けることを回避できる耐性を確保するという設計思想が生まれました。

この概念は、施設が一定の被害を受けことを受容していることから、一般的な「耐震性」とは区別して、「危機耐性」と呼ぶわけです。

 

では、どのような状況を確保すれば、「危機耐性」を有していることになるのか?

これを理解するためには、まず耐震設計の基本を理解する必要があります。

 

 

●耐震設計の考え方

耐震設計では、2種類の地震動を想定しています。

地震動が比較的小さい「レベル1」と大きい「レベル2」とです。

水道法上の「水道施設の技術的基準を定める省令」では、レベル1とレベル2を以下のように定義しています。

 

レベル1は、当該施設の設置地点において発生するものと想定される地震動のうち、当該施設の供用期間中に発生する可能性の高いもの

レベル2は、当該施設の設置地点において発生するものと想定される地震動のうち、最大規模の強さを有するもの

 

まず、レベル1を見てみましょう。

「供用期間」とありますが、これは何年でしょうか?

コンクリート構造物の法定耐用年数が60年、建築物であれば50年です。

これらを踏まえると、共用期間とは50年と考えて良いです。

それでは、「供用期間中に発生する可能性の高いもの」とは何を意味するのか?

供用期間は50年ですから、50年に1回、周期的に発生するような地震です。

つまり、プレート型地震が想定されています。

レベル1は比較的小さな地震ですから、震度としては震度5弱、震度5強をイメージしたら良いです。

 

次に、レベル2を見てみましょう。

「最大規模の強さ」とありますが、これは何を意味するのでしょうか?

最大規模とは、遠い過去に発生したこのある大規模な断層地震、発生メカニズムが明確になっている大規模なプレート型地震です。

具体的には、阪神淡路大震災、熊本地震、東日本大震災、南海トラフ大地震です。

このため、レベル2は震度6、震度7をイメージしたら良いです。

それから、「当該施設の設置地点において発生するものと想定される地震動」というフレーズがあります。

これについて説明します。

例えば、A断層地震の最大震度が7で、Bプレート地震の最大震度が6だったとします。

地震の規模としては、A断層地震の方が大きいです。

ところが、当該施設は、A断層地震よりもBプレート地震の方が近くにあったとします。

当該施設に働く力は、Bプレート地震の方がA断層地震よりも大きくなります。

この場合、Bプレート地震を想定地震に位置付けて、設計する必要があるというわけです。

 

また、「水道施設の技術的基準を定める省令」では、水道施設が有すべき耐震性能が定められています。

ここれでは、水道施設に対して、一律の耐震性を求めていません。

水道施設を重要施設とその他施設に分けて、それぞれが有すべき耐震性能を定めています。

重要施設とは、取水施設、浄水施設、容量の大きな配水池に付随する配水施設です。

その他施設とは、重要施設以外の施設です。
これら施設の耐震性能は、以下のとおりです。

 

重要施設は、

レベル1に対して、施設の健全な機能を損なわない。

レベル2に対して、生ずる損傷が軽微であって施設の機能に重大な影響を及ぼさない。

その他施設は、

レベル1に対して、生ずる損傷が軽微であって施設の機能に重大な影響を及ぼさない。

 

このように、耐震設計は、地震動の大きさと施設の重要度に応じて、メリハリをつけた耐震性を備えることを基本としています。

このことを踏まえて、「危機耐性」について掘り下げてみます。

 

 

●危機耐性の考え方

ここで、「危機耐性」に関する定義を、もう一度、見てみましょう。

 

狭義の設計段階で想定していなかった事象においても、構造物が、単体またはシステムとして、破滅的な状況に陥らないような性状

 

「危機耐性」の定義は、「危機」の部分と「耐性」の部分、2つに分かれています。

 

まず「危機」ですが、これは、前半の「狭義の設計段階で想定していなかった事象」を指します。

狭義の設計段階で想定していなかった事象とは何か?

これは、前述した通りレベル1、レベル2を超える地震という意味です。

これまでに発生したレベル2の地震は震度7ですから、これを超えるということは、例えば、震度8になるわけです。

ところが、設計指針等には、震度8の地震が定義されていません。

そうなると、「危機」とは、技術的に発生しうる最大級の外力を意味することになります。

この外力が発生する原因は、未知の地震源かもしれません。

土砂災害におけるコアストーンの激突、巨大隕石の落下等なのかもしれません。

要するに、当該施設が受ける可能性のある最大級の外力のことを「危機」と呼ぶわけです。

 

次に「耐性」ですが、これは、後半の「破滅的な状況に陥らない」ことになります。

破滅的な状況に陥らないとは、施設を長期間使用できなくなる事態を回避するという意味になります。

構造物が単体であれば、補修できない状況です。

全壊状態をイメージして良いです。

複数の構造物で構成されるシステムであれば、それぞれの構造物が半壊状態でも、施設を長期間使用できなくなります。

例えば、水道施設は、取水施設、導水施設、浄水施設、送水施設、配水施設が連続していますが、それぞれの施設が半壊して、それぞれの能力が半減すると、結局は長期間断水することになります。

「耐性」は、こうした状況に陥らないことです。

一般に「耐性」と言う場合は、無被害を意味しますが、「危機耐性」における「耐性」は、一定の危害を許容するわけです。

 

以上のことを踏まえると、

危機に遭遇した際、施設が破滅的な状況に陥らない状況を確保するためには、3つの方法があります。

以下の通りです。

 

①十分な強度を確保

能力や機能が低下した際も使用できる状態を確保

③使用できない状態になっても復旧できる状態を確保

 

つまり、「危機耐性」とは、これらのいずれか、又はこれら全てを確保することを意味するわけです。

 

まずは、「①十分な強度を確保」について考えてみます。

「水道施設の技術的基準を定める省令」の水道施設が有すべき耐震性能を例にとって説明します。

耐震性能は、以下のとおりでした。

重要施設は、

レベル1に対して、施設の健全な機能を損なわない。

レベル2に対して、生ずる損傷が軽微であって施設の機能に重大な影響を及ぼさない。

その他施設は、

レベル1に対して、生ずる損傷が軽微であって施設の機能に重大な影響を及ぼさない。

 

「危機耐性」を考慮すると、以下のようになります。

重要施設及びその他施設は、

レベル1及びレベル2に対して、施設の健全な機能を損なわない。

 

全ての水道施設において、レベル2の地震に際しても被害が発生しないような強度を確保するわけです。

これにより、レベル2を超える地震のような「危機」が発生しても、被害を抑制することができます。

つまり、「危機耐性」を確保するわけです。
 

次に、「②能力や機能が低下した際も使用できる状態を確保」について考えてみます。

これは、施設において相応の被害が発生した場合でも、施設を使用できるよう、冗長化、複数化、分散化を図ることです。

バックアップ、予備力の確保と言い換えても良いです。

例えば、水道であれば、送水管の二条化、配水本管のループ化、浄水場間の分散配置と相互連絡管の整備、配水池の2池構造化等です。

これにより、地震だけではなく、コアストーンや隕石と言った「危機」に直面しても、一定の範囲で給水を継続すること可能になります。

つまり、「①十分な強度を確保」よりも、広範な「危機耐性」を備えることが可能になります。

 

次に、「③使用できない状態になっても復旧できる状態を確保」について考えてみます。

これは、一時的に施設が使用できなくなるほどの被害を受けた際に、復旧する方法を確保することです。

仮施設を整備するためのスペースの確保、補修用材料の備蓄、フェールソフト等を実施することです。

例えば、水道であれば、水管橋が崩落した場合に備えて、露出配管できる道路橋を事前調査することや、管材料を備蓄することなどが該当します。

これは、「①十分な強度を確保」、「②能力や機能が低下した際も使用できる状態を確保」よりも、安価に「危機耐性」を備えることができます。

 

「危機耐性」を高めるためには、①、②、③の全てを実施するのが理想です。

しかしながら、こうした理想の追求は、想定外を全て想定内にするような設計思想に繋がります。

高い安全率は、財政的な負担を大きくすることになります。

このため、施設の重要度に応じて、①、②、③のいずれかを実施することが、大切になるわけです。


以上のことを踏まえ、「危機耐性」を、平易な言葉で説明すると、以下のようになります。

いかなる事態においても、施設をかろうじて使用できるような性能

 

自然環境、社会環境は変化し続けます。

未来はどうなるか分かりません。

このため、「危機耐性」という概念を理解して、計画、設計施工、維持管理を行うることが重要になるわけです。

 

 

 

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