#ちょっと小耳に(20)

速記文字はロゼッタ・ストーン?(後編)

前編では、ロゼッタ・ストーンとは何か。それがなぜ大発見となったのかを要約しました。

簡単に振り返ると、この石には実在したエジプトの王様の功績と法令が3つの言語で表記されていた。上段に知識層が使っていた神聖文字で、中段に民衆文字で、そして下段にギリシャ文字。大発見というのは、神聖文字と民衆文字は失われた古代エジプト語だった。それをギリシャ語を介して解読に成功し、古代エジプト語を復元させたということでした。

 

今回は、その後編です。

さて、今回の主題であるロゼッタ・ストーンと速記文字ですが、昨年12月に速記140年記念フォーラムが開催されました。この中で、ある作業結果が報告されました。

それは、戦後間もない昭和29年(1954)の日本教職員組合(日教組)の委員会議事録の解読です。解読というのは、その史料が速記文字で書かれていたからです。

昭和29年は、日教組にとってとても重要な時期だったそうで、戦後教育史の研究には欠くことができない年だそうです。

その史料が発見されたのですが、枚数にして1433枚もの文書で、更にはその速記文字は中根式で書いてありました。つまり、中根式以外の速記者では反訳(解読)は不可能なのです他の速記方式は読めない、書けない)。

そこで、4人の中根式速記文字に精通した速記者が反訳(解読)に取り組みますが、

この反訳は大変な作業となります。というのは、本来速記は他人に見せることを想定して速記するものではありません。自分が読み書きできればいいので、速記文字の書き方や省略の仕方などに速記者の癖が出るのです。つまり、同じ中根式であっても本人以外による反訳は手強く難儀するのです。ついでに言うと、自分が速記したものでも、時間が経つとすぐに反訳できないことがあります。このようなことが起こるのですが、2016年から始まったこの反訳(解読)は、およそ3年かけて完了しました。

 

本題に戻りますが、今回の解読作業はロゼッタ・ストーンのように感じました。

というのは、速記を知らない人から見ると、日教組の速記史料(ロゼッタ・ストーン)、史料の中根式速記文字(古代エジプト語)、基本の中根式速記文字(ギリシャ文字)、中根式速記文字に精通した速記者(古代エジプト語の解読者)のような感じではないかと。

このようにとらえると、個人的には3年でよく完了したなと思います。

関係者の皆様のご努力、ご尽力には敬服いたします。

(つづく)

 

 

これまでの「ちょっと小耳に」

(1)速記の始まりと今

(2)日本の速記はいつから?

(3)第1回議会からの会議録があるのは日本だけ! 

(4)日本の速記方式(前編)

(5)日本の速記方式(後編)

(6)弟子たち

(7)他の速記方式は読めない、書けない

(8)原文帳(げんぶんちょう)

(9)速記用語

(10)速記教練会

(11)速記競技会 

(12)なぜ速記に惹かれたのか

(13)なぜ速記が生まれたのか

(14)憲政記念館

(15)速記学校の思い出

(16)学問に王道なし?

(17)速記と鉛筆(前編)

(18)速記と鉛筆(後編)

(19)速記文字はロゼッタ・ストーン?(前編)