#ちょっと小耳に(21)

裁判所はなぜ速記用タイプライターなのか

前回は、2回にわたり、速記文字はロゼッタ・ストーン?について書きました。

昭和29年(1954)の日本教職員組合(日教組)の委員会議事録が中根式速記文字で書かれていたことから、それをロゼッタ・ストーンに見立て、解読作業の困難さをイメージしていただければと思いました。

 

今回は、裁判所はなぜ速記用タイプライターなのかについてです。

憲政記念館を見学していた時に、ふと裁判所速記官のことが頭をよぎりました。

またまた疑問というか興味を持ちました。それは、裁判所はなぜ最初から速記用タイプライターだったのか、です。

これまた遠い記憶では、速記用タイプライターからは点字のようなものが打ち出されていたような気がします(違っていたらすみません)。

 

裁判所速記官について、インターネットで検索すると、ウィキペディアには次のように紹介されていました。

「裁判所速記官の設置は、戦後「公判期日の間隔が長い原因は専門の速記官がいないことによる」というGHQによる勧告が発端である。それまでは専用の速記官は存在しなかった。」

ここでまた別の疑問が出てきました。速記官が設置されるまでは裁判内容はどのように記録されていたのでしょうか。公判期日間隔の長短の前に、裁判所でも議会での発言と同様に正確に記録されなければならないと思っていたのですが…

ところが、裁判所のホームページ裁判所速記官 | 裁判所 (courts.go.jp)には、

「裁判所速記官は,証言等の一つ一つの言葉を逐語的に記録する必要がある場合に裁判所書記官と一緒に法廷に立ち会って,速記録を作ります。」とあります。 

つまり、必要がなければ速記官は法廷に立ち会わなくてもいいということです。確かに、裁判をいくつか傍聴した経験では、速記官はいませんでした。

考えてみると、

刑事裁判では証拠に基づいて有罪か無罪か。有罪であれば法律に照らし合わせて量刑が出ます。一方、民事裁判では当事者間の事情や心情も様々なため、判決が出るよりも和解で解決する方が多いようです。

ということは、特に速記官が必要だとされない場合は入らなくても裁判は維持できるわけです。

今回のブログを書いているうちに、そのことに改めて気づきました。

ただ、

「裁判所速記官の設置は、戦後「公判期日の間隔が長い原因は専門の速記官がいないことによる」というGHQによる勧告が発端である」とありますが、速記官がいると、内容のすべてを速記していくので逆に反訳(文字にすること)に時間を要するような気がしますが…

くどくてすみません。

 

最初の疑問に戻りますが、裁判所はなぜ最初から速記用タイプライターだったのでしょうか。

以下推測です。

戦後、GHQにより裁判の公判間隔の長さを指摘され、速記官の採用が開始された。当時、アメリカの裁判所ではタイプ速記が採用されていた(アメリカのテレビドラマや映画で裁判所でタイプしている場面を見たような気がします)。それでタイプ速記が採用された。一方、日本の国会では第1回帝国議会から手書きによる速記官が活躍していたこともあり、GHQもわざわざタイプ速記へ変更する必要性は認めなかった。

どうでしょうか。

余談ですが、GHQからの指摘ということでインターネットから極東国際軍事裁判の画像や映像をいくつか見てみましたが、この裁判ではGHQ側も手書き速記らしく、タイプ速記者はいないように見えました。

 

以上、裁判所と議会の速記者について見てきましたが、手書き速記にしてもタイプ速記にしても、話される言葉はすべて書き取る(タイプする)という速記の原点は変わらないと思います。

(つづく)

 

 

これまでの「ちょっと小耳に」

(1)速記の始まりと今

(2)日本の速記はいつから?

(3)第1回議会からの会議録があるのは日本だけ! 

(4)日本の速記方式(前編)

(5)日本の速記方式(後編)

(6)弟子たち

(7)他の速記方式は読めない、書けない

(8)原文帳(げんぶんちょう)

(9)速記用語

(10)速記教練会

(11)速記競技会 

(12)なぜ速記に惹かれたのか

(13)なぜ速記が生まれたのか

(14)憲政記念館

(15)速記学校の思い出

(16)学問に王道なし?

(17)速記と鉛筆(前編)

(18)速記と鉛筆(後編)

(19)速記文字はロゼッタ・ストーン?(前編)

(20)速記文字はロゼッタ・ストーン?(後編)