50代からの生き方・働き方Reデザイン|60代を自分らしく迎える準備 -19ページ目

50代からの生き方・働き方Reデザイン|60代を自分らしく迎える準備

50代、人生の転機にいる女性へ。定年を待たずに人生の土台(役割・つながり・収入源・心の持ち方)を整えませんか?辞める/続けるの二択で終わらせない視点を発信しています。セッション5,900時間以上。迷う時間を納得のいく準備期間に変えるサポートをしています。

運動靴をコインランドリーで洗って乾かせるって

知ってました?

 

 

今や常識?

 

わたしは存在をはじめて知ったの

 

(ちなみにチャットGPTにたずねると、

知っている人は知っている

知らない人は知らない

 

地域や年代で格差があります、って)

 

初めて見た光景になんだかワクワクした
(ワクワク水準が低めです(笑)

 

 

50代以降 運動靴を履くことが多くなった私

 

昔はかかとの高いヒールを毎日のように履いていたのに

 

外反母趾になってからは

革のやわらかいぺったんこのパンプスへ

 

リンク→rパンプスは何足も欲しいのに運動靴はなぜ数足でいいと思うのだろう?

リンク→rわたしが数年に一度、靴を爆買いする理由

リンク→rハイヒールの魔法と外反母趾、そして靴選びのお話

 

それもいつしか

「ちょっとしたお出かけの時だけ」になり

 

結婚式とかパーティーとか特別な時には

かかとの高い靴を持参して「現地で履き替え作戦」(笑)

 

(年齢を重ねるにつれて荷物が多くなる)

 

運動靴って汚くなるとつい買い替えていたけど
(子供の頃はごしごし洗ったなぁと遠い目)


今回、チャレンジしてみることに

 

さて、運動靴を 洗濯機に入れて

専用洗剤を投入し スタートボタンを押す

 

image

 

ちなみに料金は、

洗うのに200円 

 

 
乾かすのに200円(20分)

 

 

一度では乾ききらずもう200円投入

 

歩いて2分の距離だから

行ったり来たり。

 

最後にお迎えに行くと・・・

 

じゃーん

 

*ちょっと写真がぼけ気味でごめんなさい!

 

期待したほどキレイにはならなかった

 

というか マシーンの名誉のために言うと

 

汚れは落ちて綺麗になったけど

こすれて摩耗した個所は元には戻らなかった

(当たり前!)

 

「ん?これって、人生と同じかも」

 

急に思いついた

 

人生の様々な経験も

時間が経てば癒されるけど

その痕跡は私を形作る大切な一部

 

運動靴の摩耗も

長い間私の足を支えてくれた証

 

「きれいに戻らないのが残念」ではなく

「よく頑張ってくれたね」と思える

 

うふふ、年齢を重ねると 余裕が出るよね

 

若い頃は、「見た目」重視で、

足が痛くても頑張ってパンプスを履いていたけど、

 

今は「心地よさ」「サクサク動ける事」が優先だ!

 

これから夏に向かうし、

白のスニーカーでも新調しようかな!

 

 

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母の入浴の付き添いに通院

仕事に友人との約束もどんどん入る

 

観たい映画もあるし

足腰元気なうちに旅行にも行きたい!

 

気がつけば予定で埋め尽くされた手帳を眺めながら、

ふと息が詰まる感じが...

 

おっと、「余白」がない毎日を送ってる自分に気づいちゃった!

 

あなたも同じように感じることありますか?

 

1. 身体が教えてくれた「余白」の大切さ

20代、30代の頃

 

平日は仕事、週末は予定を詰め込み、
気がつけば体調を崩して楽しみにしていた予定をキャンセル…

 

しょっちゅうだったんです、これ。

 

その時は「また頑張ればいいや」と思ってた。

 

「やるべきこと」「会うべき人」「行くべき場所」

 

そんな「べき」で埋め尽くされた毎日。

 

結果として体調が取り返せなくなり、退職することに。

その時初めて、「余白」の大切さを身をもって知った。

 

予定でいっぱいの毎日は、まるで山登りのよう。 

目標を追いかけて、ひたすら前へ前へと進んでいく。

 

一方、川の流れに身を任せるように、 

内側の声に耳を傾け、自然な流れに従う生き方もある。

 

いま思えば、あの頃の私には、3つの「余白」が足りなかった。

時間の余白、空間の余白、そして思考の余白・・・。

 

あなたの毎日には、この3つの余白はありますか?

ちょっと一緒に考えてみませんか

 


 

2.時間の余白 — 「やること」でいっぱいの毎日から抜け出す

朝、目覚めたとき。
まだ何も始まっていないのに、

「今日もあれとこれと…」と、
頭の中は“To Do”で埋め尽くされていたりしませんか?

 

家族のこと、仕事の締め切り、友達との約束...

 

折返し世代の私たちって、いろんな責任も背負ってるし、

自分のためにもいろいろやりたいし。

 

スケジュールが埋まっていると、
頑張っている気はするけれど・・・


それって「本当にしたいこと」なのかな?

 

やるべきことでいっぱいになると、
やりたいことは、見えなくなっていきます。

 

実践:時間の余白をつくる小さな一歩

予定のない時間を、あえて「予定」として入れる。
言うなれば、「余白とのアポイントメント」

試しにどうですか?

 

例えば、週に1回、2時間だけの「予定なしの時間」を

手帳に書き込んでみる。

 

「何をしてもいい」

「何もしなくてもいい」そんな時間。

 

わたし自身、入れても守れないこともあるけど、

それでも意識が変わります。

 

この「何もしない」と決めた時間が、

疲れた心と体を回復させる贅沢タイム。

 

3.空間の余白 — モノが多いと、心まで詰まる

 

暮らしの中には、無意識の“ノイズ”がたくさんある。

 

たとえば、引き出しを開けて

「このボタン…なんの服のだったっけ?」ってつぶやく。

 

5年くらい前から同じ場所にあるのに(笑)

 

仮に買った収納ケース。
とりあえずの小皿や、もらい物のマグカップ。

 

…いつの間にか、当たり前の顔をしてそこにある。

(助っ人のレギュラー化って呼んでます。)

 

長く生きていると、

若い頃の思い出、親からの受け継ぎ物、

お子さんのいる方だと子どもの使ってたもの...

 

色んな「時代のモノ」が同居しがち。

全部大切にしたいけど難しいよね〜。

 

でも、毎日目に入るものが
ほんとうに「今のわたし」にふさわしいかどうか・・・
 

そこに、心のゆとりは宿ると思うのです。

 

実践:空間の余白をつくる小さな一歩

たった15分でいいので、

目につく場所のモノを3つだけ見直してみませんか?

 

「本当に今の私に必要?」

「使っている?」

「見ると嬉しい?」

 

—この3つの質問で、手放せるモノを見つけてみましょう!

 

 

4.思考の余白 — 情報に埋もれず、私に戻る

 

「考える暇がない」という声、よく聞きます。

でも実は、「感じる暇がない」のかもね。

 

親の介護、仕事、家事の合間に、

つい気分転換のつもりでスマホを手に取る。

 

SNSをチェックして、気づけば1時間経っていた・・・

 

そんな日、ありませんか?

 

情報は便利だけれど、そのぶん、知らず知らずのうちに
“誰かの価値観”に飲み込まれてしまうことも。

 

「こうあるべき」「みんなこうしてる」というメッセージに、

いつの間にか縛られてるんですよね。

 

実践:思考の余白をつくる小さな一歩

朝起きて最初の10分、または寝る前の10分、

スマホを見ない時間をつくってみる。

 

その代わりに、窓の外を眺めたり、お茶を飲んだり。


画面を閉じて、手を止めて、
「いま、私、なに感じてる?」と、自分にきいてみる。

 

その時間が、“自分を取り戻す”ための時間になります。

 

余白を取り戻す3つの問いかけ

 

いきなり生活を変えるのは難しいもの。

まずは、こんな問いかけから始めてみませんか?

  1. 「やらなくては」と思っていることは、本当に必要なこと?
  2. もう役目を終えたモノ、手放していいモノは?
  3. 今取り込んでいる情報の中で、本当に必要なのはどれ?

まずは、問いを立ててみる。
すると、不思議なくらい、
今の自分に合っていないものが見えてくるから。

 

余白を作ることは、まさに生き方のReデザイン。

 「明日が来るのが楽しみになる生き方」へと 少しずつ、

でも確実に変えていくプロセスなのです

 

わたしの場合

 

私は、まず“モノ”から見直しています。


妥協して使っているモノ、なんとなく残っているモノ。

さっき言った“レギュラー化”しているものがたくさんある!
 

真のレギュラーの選択基準を決めるのは

「これが、今のわたしにふさわしい?」

 

お気に入りだけに囲まれた暮らし・・・。

それが実現したらどんな気持ちなんだろう。

(憧れの遠い目)

 

空間も時間も心も「余白」たっぷりの日。

 

私もまだまだ「余白づくり」の途上。

 

予定も詰め込みすぎだし。

完璧にはほど遠いです!

 

一緒に、小さな一歩から始めてみませんか?

 

今日の問いかけ

 

あなたは、余白をつくるために、まず何を手放しますか?

 

「朝の5分だけスマホを見ない」

「引き出しの中の1つだけ整理する」

 

そんな小さな一歩が、

あなたの心と時間の余白を少しずつ広げていくはずですよ~。

 

 

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介護を受ける母と現役で活躍する美容師さんを比べてしまった。

 

ちょっとの罪悪感と葛藤。

 

でも、その後に、母は介護を通して

わたしに教えてくれているのかなぁと

思いなおして心が軽くなりました。

 

 

こんな風に年齢を重ねたいと思える人

 

今日、母のカットに

訪問美容師さんが来てくれました。

 

時間に遅れそうで母のマンションに急いでいると

前をコロコロを引きながら歩く姿が。

 

声をかけると「こんにちは〜☺️」と、

明るく伸びやかな声が響きました。

 

多分70代と、

お見受けしています。

 

コロコロの中から

カットに必要な道具を次々取り出す。

 

切った髪を受ける大きなレジャーシートを

てきぱきと広げる身のこなしが若々しい。

 

 

*わたしの髪の多さは母譲り(笑)染めてないのに結構黒いと本人は喜んでた

 

しゃがんだり、立ったり。

 

「かっこよすぎない?」

 

一瞬で場を明るくし、

自然と背筋が伸びるような存在感。 

 

今回でお会いするのは3回目ですが、

そのたびに思います。

 

「こんな風に年齢を重ねたい!な」

 

 

自分の年齢と向き合うとき

 

60代に入ったばかりのわたし。

 

体のあちこちに

"地味な不具合"(笑)が出始めています。

 

腰痛、肩こり、前肩、目のしょぼしょぼ...

 

 書き出したら止まらないから自粛しますが(笑)

 

ピラティスは週に1回は習慣化した。 

 

▶ピラティスを始めました~50代からの運動習慣の大切さ

▶運動の苦手な私がピラティスを10カ月間続けて起きた心身の変化

 

 

プラスYouTubeで見つけた5分ストレッチを、

仕事の合間にちょこっと。

 

正直、全然追っつかないけど、

それでも

「やらないより、絶対マシ!」

と信じて続けています。

 

このままいくと、

彼女みたいに人の役に立ちながらシャキッと動ける自分...

 

想像できるだろうか?

 

いや、今のままじゃ、できませんっ!(即答)

 

 

ついつい比較している自分に気づいた

 

比べたのは自分だけじゃない

 

ふと、母と美容師さんを

比べている自分に気づきました。 

 

たぶん歳の差は10歳もないと思うんです。

 

片や颯爽とコロコロを引っ張って歩き、

スカーフをなびかせる明るい笑顔。 

 

一方の母は、髪を切ってもらいながらも、

座り続けると腰がつらいと顔をしかめている。

 

どこで違いが出るんだろう?

 

まずは運もあるよね。

 

母は大腿骨を骨折していて、

それは不運でした。 

 

わたしだって、明日なにがあるかわからない。

 

ケガなく年齢を重ねられるって、

「運がいい」と思う

 

「仕事はどうだろう?」

 

わたしの価値観からすると、

「仕事をしている」って素敵だなと思ってしまう。

 

でもそれはわたしの価値観であって、

仕事だけが明るさや“張り”の決め手じゃないと思う。

 

仕事をしていなくても、

趣味や日々の暮らしの中で、

自分らしいハリを持って生きている人はたくさんいる。

 

結局、「張り合い」の見つけ方は人それぞれ。

 

健康は土台(OS)で、

心の持ち方は、その上に動くアプリみたいなもの。 

 

イキイキとしたシニアには

どっちも必要だわ

 

それが私の結論。

 

母も一生懸命生きてきたのは同じこと。 

 

比べてごめんね...と思いながらも、

ついつい浮かんでしまう思い。

 

介護って、そんな小さな葛藤や罪悪感がちょいちょいあるのよね。

 

でも、母は介護を通して私に教えてくれている

そう思いなおしたら、心が軽くなった。

 

▶母の骨折をきっかけにサルコペニア対策に本気で取り組む決意が生まれた

 

 

「フレイル予防」に今日からできること、始めませんか?

 

最近では『フレイル』という言葉をよく耳にします。

 

健康と要介護の間にある状態のこと

 

筋力低下や社会とのつながりの減少など、

年齢を重ねることで生じる心身の虚弱のこと。

 

なんだかお花みたいなキラキラしたネーミングなのに、

意味は怖いよね(汗)

 

でも、適切な予防で健康な状態に戻れる可能性があるんです。

 

あの美容師さんは、

まさに「フレイル予防の見本」みたいな方

 

運動、栄養、そして人とのつながりを大切にする生き方。

 

今日も、小さなことから。

 

一発逆転は狙わない

 

だから今日もストレッチやりますよ。

 

たった5分でも、わたしの未来につながってると信じて。

 

人生の後半、最大限楽しむために、

やった方がいいことはやる!

 

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ブログを始めて10年経ちます。

 

ブログを書き始めた頃、
わたしは、もっと自由だった。

 

誰に遠慮するでもなく、
思ったこと、感じたことを、
そのまま言葉にしていた。

 

だけど、最近どうだろう・・・?

 

ちょっと「守り」に入ってないかしら?

 

・・・

・・・

・・・

 

入っている。

  • 嫌われる怖さ

  • 誰かを傷つける怖さ

  • 伝わらない怖さ

  • 誤解される怖さ

たぶん、そんなものが、
知らないうちに育っていたんだと思います。

 

読んでくれる人が少しずつ増えて、
ありがたいなって思う一方で、
自分の意見をまっすぐ言い切ることが怖くなっていた。

 

守るような地位も名誉も無いのに

人間ってすぐに守りに入るんだなぁって。

 

 

なぜ、ブログを始めたのか。
いま一度、思い出してみる。

 

それは、

「無難に好感度の高いブログを書くため」じゃなかった。
 

もっと自由に自分を生きるためだった。
 

わたしの発信が、

どこかで誰かの役に立つかもしれない。
 

自分のため、そして、どこかで誰かのため。
そんな願いからだった。

 

あれから10年が経って、

いつの間にか。
 

「こんなこと書いたらどう思われるだろう」
 

そんなふうに、

無意識に守りに入っていた自分がいる。

 

意識してそうしてきたわけじゃないけど、

知らない間にそんな風になっていた。

 

気づけば、
“誰にも嫌われないように”
書こうとしていた。

 

読者ゼロからスタートして

トップブロガーとは程遠いけど

読んでくれる人はそれなりに増えて。

 

たぶん、
「いい人でいたい」という気持ちもあったし、

 

伝わらない怖さ、

誤解される怖さもあったんだと思う。

 

でも─

 

60代になった今、

わたしは再び思うんです。

 

もっと自由に生きたい

 

自分の考えを自分の言葉で、
伝えたい。

 

「誰にも嫌われない発信」じゃなく

本音をストレートに書きたい

 

それが役に立つ人にまっすぐに届くように。

 

これからは、
わたし自身の言葉で、

わたしの想いを語っていく。

 

そして、
その言葉に耳を傾けてくれる誰かと、

出会っていけたら嬉しい。

 

そんな風に今思っています。

 

あなたはどうですか?

 

発信に限らず、

誰かにどう思われるかを気にして、
本当は動きたい一歩を、しまいこんでいませんか?

だとしたら、その声を無視しないで。
あなたの人生は、あなたの心が選んでいいのだから!

 

🎧 今回のお話、stand.fmで短く声でもお届けしています。

▶︎stand.fm「人にどう思われるかを手放してもっと自由に生きたい」こちら

 

 

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ホロコースト(ナチスのユダヤ人迫害)を扱った映画って、

観たあとは、どうしても心に残ってしまう。

 

それでも私は、

目を逸らしたくない。

 

そう思って、

『ゲッベルス ヒトラーをプロデュースした男』

を観てきました。

 

 

 映画のこと

 

この映画は、想像以上にリアルでした。


冒頭、「実際の写真が含まれます」という字幕に、
胸の奥がきゅっと縮まるような感覚が走りました。

 

見終わったあと、ため息をついたのは私だけじゃなくて、
劇場のあちこちから、同じようにため息が漏れていました。

 

ゲッベルスは、
ヒトラーの側近として、
映画やラジオ、新聞を使い、

人々の思考を操った“プロパガンダの天才”だった人。

 

 

 映画を観ながら、ふと思ったこと

 

映画を観ながら、
私は何度も、今の時代と重ねずにはいられませんでした。

 

情報があふれる今、
私たちは本当に、
「自分の頭で考えられているのだろうか?」

そんな問いが、心の奥で膨らんでいきました。

 

 わたし自身のこと

 

私は情報感度が高いほうではないと思います。

 

何かに詳しいわけでも、
時事ニュースを追いかけるタイプでもありません。

 

それでも、
「わたしはわたしの感覚で考えたい」
「鵜呑みにせずに、自分の疑問を持ち続けたい」

 

そんな意識を、あらためて大切にしようと思いました。

 

 

 静かなラストシーン

 

映画のラストに登場した、
強制収容所を生き延びた一人の女性。

 

彼女の言葉が、心に刺さりました。

 

「どうして、

他者の殺害にあれほど多くの人が手を貸せたのか、

信じられません。
 

人は人を尊重すべきです。

同等に生を受けたのですから。」

 

暗転していくスクリーン。
 

静まりかえる劇場。
 

響くのは、自分自身の呼吸の音だけ。

ため息が聞こえてきた。

 

 発信するということ

 

わたし自身も発信者のひとりです。

 

さほどの影響力はないけど、

誰かに届いてほしくて、書いてます。

 

でも、あくまでも「対話」のスタンスを

忘れないようにしたい

 

今の時代を生きる私の情報との向き合い方
 

この映画は決して他人事ではない。

 

あなたは、
情報に向き合うとき、
どんなことを大切にしていますか?

 

🎧 今回のお話、stand.fmで短く声でもお届けしています。

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