今回は久しぶりにオマケのコラムとして以前に紹介した早稲田大学文化資源データベースにある舞台写真データベースについて紹介したいと思います。
舞台写真データベース
https://archive.waseda.jp/archive/subDB-top.html?arg={%22item_per_page%22:20,%22sortby%22:[%221222a%22,%22ASC%22],%22view%22:%22display-simple%22,%22subDB_id%22:%2253%22}&lang=jp
1.所蔵資料について
先ず概要について説明するとこちらのライブラリーでは演劇博物館が所蔵する284,539枚の鶏卵写真、絵葉書書、ブロマイドの一部を無料公開、大部分を館内公開しています。
何故「一部」かと言うとライブラリーのトップには
「明治期までの写真についてはウェブ上で演目、役者、上演年などから検索し、画像を閲覧することができる。」
とあります。これを一見するとシステム立ち上げ当時著作権や肖像権が切れていない可能性があった大正時代以降の写真は館内のPCのみの閲覧で、権利が消滅している明治時代の写真は全てフリーで公開されている様に見て取れますが、先ずこの文章からして「看板に偽りあり」状態で明治時代の写真もその殆どが公開されていません。
一例を挙げると著作権絡みがとっくに消滅している明治時代に歿した團菊左や当時の一流どころの役者を簡易検索で検索して見ると一目瞭然ですが
九代目市川團十郎:所蔵数409枚 内公開している写真:32枚
五代目尾上菊五郎:所蔵数190枚 内公開している写真:7枚
初代市川左團次:所蔵数72枚 内公開している写真:0枚
四代目中村芝翫:所蔵数19枚 内公開している写真:0枚
五代目坂東彦三郎:所蔵数45枚 内公開している写真:0枚
七代目市川團蔵:所蔵数132枚 内公開している写真:47枚
八代目岩井半四郎:所蔵数40枚 内公開している写真:0枚
という有様になっています。
この様に殆ど全ての資料が閲覧可能となっていた近世芝居番付データベースや一部の劇場ながらもそれなりの纏まった数が無料で閲覧できた演劇上演記録データベースとは真逆に所蔵する写真の99%近くが演劇博物館内のPCを通してでしか閲覧できない状態となっています。
その為、公開されていない99%の中から見たいor調べたい写真を見つける為には早稲田大学内にある演劇博物館に赴かなければならず、関東の1都3県以外にお住いの方にとっては閲覧のハードルが非常に高くなってしまっています。
が、ここを知っている方にとっては待ち受ける数々の困難の序章に過ぎない事に気付かれてると思います。
2.検索方法について
詳細検索の画面

検索方法は優れたシステムが備わっていた前回と同じく簡易険検索と複数の項目別に分かれた詳細検索の2つの機能があります。
主な相違点と言うと写真の関係上、配役という項目があり、役者名もしくは役名|[代数]役者名 を記入するでの検索が可能となっています。
一例を挙げると七代目松本幸四郎の弁慶の写真を検索したい場合、
弁慶|[7]松本 幸四郎
と入力すればタグ付けされている写真を絞り込む事が出来ます。
これにより28万件超ある写真の中からでもお目当ての写真を見つけやすい…と誰もが思いますが、実はこの配役欄こそがこのデータベースの抱える最大の欠点且つ初見殺しとなっています。
詳しく内容については次の項で述べたいと思います。
3.データベースの抱える致命的欠点について
①配役タグについて
さていよいよこのデータベースが如何に難易度上級者向けなのかな先程述べた通り、配役欄のタグこそが難易度を滅茶苦茶上げているのですがこの詳細について私自身が経験した事も踏まえて書いていきたいと思います。
先程の説明通り検索するのに役名|[代数]役者名 と検索すると任意の写真を調べ易いと書きましたが、実はこれには但し書きがあり、これはあくまで大正時代以降の写真についてはこの手段でほぼ正確に調べられるものの、明治時代の写真には通用しない可能性が高いからです。
何故かというと大正時代以降に出された絵葉書あるいはブロマイドの類にはきちんと役名と役者名が明記されている(絵葉書)あるいは演劇画報を始めとする雑誌媒体に掲載されている等、豊富な他資料等により特定出来る割合が高い(ブロマイド)のに対して明治時代、正確に言えば明治30年代位までに発行された鶏卵紙写真には公式の説明書が一切書かれていないからです。
その為、勧進帳の弁慶の様な誰が見ても認識出来る実に分かり易い役なら兎も角、殆どの写真がどの役などかは著名な古典物の役を除いて判別し辛く、役の項目が不明のまま登録されているのが多いからです。そして次に問題なのが写真ではなくタグの登録方法そのものであり、実は登録方法が統一されておらずタグ付けがグチャグチャになってしまっているのです。
一例を挙げると九代目市川團十郎の写真を探す場合、上記の様に 役名|[9]市川 団十郎 とだけ検索しても全ての写真は検索に出て来ない仕様になっていて全ての写真を探すには他に
・[9]市川 団十郎
・[]市川 団十郎
・市川 団十郎
・市川団十郎
・[9]市川 團十郎
・市川 團十郎
・市川團十郎
・[]市川團十郎
と合計8つの検索方法で検索する必要があります。何でこんなややこしい設定になっているのかについてかつて話を聞いた所によるとデータベースの立ち上げ時に写真を登録する基準を統一せずに職員の方が各々のやり方で登録してしまったのが原因らしく[]市川 団十郎や[]市川團十郎のタグで登録されている十一代目や十二代目の写真の中にも九代目の写真が混じってしまっているといった事象が起きています。更には[]が無かったり姓名の間に半角の空白を空けないで登録してしまっている写真も見受けられこれも別々のタグとしてカウントされてしまい、検索には出て来ないというトラップがあります。
また、絵葉書やブロマイドになると顕著になりますが、複数の人物が写っているとそれぞれ別のタグにせず
蝙蝠安|[6]尾上 菊五郎、向疵の与三|[15]市村 羽左衛門、お富|[12]片岡 仁左衛門
とみたいにゴッチャにして登録されてしまっており、これに上記の表記ブレ(与三郎が向疵の与三になっている等)が加わる為、便利な様に見えてその実探し難い仕様となっています。
これを最大でも9時間しかない演劇博物館の開館時間内で、しかも2つしかないPCで1枚1枚検索するのにはかなりの時間の消耗を余儀なくされてしまいます。
これだけでもかなり厄介なのですが実はこれで終わりではなく役者の代数を間違えて登録する、そもそも正しい役者名のタグで登録されていない可能性があるというとんでもハップンな地雷が仕掛けられていたりします。
上記の團菊左+團蔵クラスの写真ではこの様なミスは流石にありませんが所蔵枚数が少ない役者では多々見かけており、一例を出すと私が同人誌を出すに当たって調べた三代目澤村田之助では
・F70-00465(登録タグ:|坂東 家橘、|[4]沢村 田之助 )の写真は実は三代目の浦里の写真
因みにこれです(一応書きますがこちらはライブラリの物ではななく個人所有している写真です)

・F70-08344(登録タグ:|助高屋 高助、|中村 かほる)とF70-06037(登録タグ:|沢村 田之助、|助高屋 高助)の写真は全く同じ写真であるにも関わらず中村かほると沢村 田之助と別々の役者名で登録されてしまっている。顔やスタジオの背景から見るに中村かほるの方が正しい可能性が非常に高い
・F70-06033(登録タグ:[]沢村 田之助)の写真は初代市川女寅の写真
私が所有している別撮りの写真
これが田之助として登録されています(見ての通り切断されて無い筈の右足が写っており田之助で無い事が分かります)
・F70-06036(登録タグ:高尾|[]沢村 田之助)の写真は四代目澤村田之助の写真
・F70-06038(登録タグ:お軽|[3]沢村 田之助)の写真は五代目中村歌右衛門のお軽の写真
と言った具合に何とか苦労の末探し出したとしてもそもそもその写真が本当に登録されたタグ通りの役者で合っているのか?という点から疑わなくてはならないという難関が待ち受けています。(他にも坂東を阪東と間違えて登録していたり、初代市川右團次は右団次、右團治、右団治、斎入、齊入、斉入でそれぞれ登録されていたり、成駒屋と高砂屋の中村福助は襲名後を除くと基本ゴチャ混ぜで登録されてたりと役者によっては更なる初見殺しが待ち受けています)タグの表記ブレは兎も角、何でこんな致命的な間違えが起きて居るのかと言うと冒頭で述べた鶏卵紙写真の性質に起因して居ます。鶏卵紙写真に公式側から何の説明書きも無い以上、登録の為にスタッフが典拠とされたと見られるのが「裏書き」です。これは以前にも画像で出しましたが当時の人が墨などで写真の裏側の台紙に役名や役者名を記している物になります。(鉛筆や万年筆での筆記されている物は殆どが後世の人が書き足した物になります)
裏書きの実物


これの御陰で多くの写真の特定に繋がる一方でなんでも鑑定団で出てくる茶器の箱書き宜しくそもそも裏書きが必ずしも合っているのか?という信憑性の問題が必ず付随してきます。
裏書きのミスには
・当時書いた人がガチで間違えた
・後世の人が知識のないまま後から裏書きした
という2種類の可能性があり、コレクターとしての肌感覚としては後者の方が間違いの割合が高くなる傾向があります。
田之助の場合、四代目の高尾の写真はいざ知らず何故お軽の様な全くの別人の写真が三代目澤村田之助と自信満々に書かれたかについて確定情報ではないものの、傍証としてあるのが2022年に亡くなった六代目田之助が「歌舞伎は友達 三代目澤村田之助」のインタビューにおいて
「八代目の三津五郎の伯父さんが、かなりの量の当時の写真を持っていまして、演劇博物館に寄贈すると言っていましたので見せていただいたんです。「これ、三代目田之助だよ」と見せてくれた写真は、やはり四代目のものでした。」(1996年)
と述べた証言です。これによると八代目坂東三津五郎が所蔵する鶏卵紙写真を演劇博物館に寄贈する前に見せてくれた三代目の写真がどれも四代目田之助の写真であったそうでどうやらこれらの寄贈した写真の中に上記の高尾やお軽の写真なども紛れこんでいた可能性が考えられます。
博識で知られる八代目三津五郎ですら見抜けなかった様にスタッフもまた裏書きの信憑性を確認しないままそのまま登録してしまった事によってこの様なあり得ないミスが起きてしまったと見られています。
百歩譲って裏書きの信憑性を確かめずにそのまま掲載するのであればせめて備考等に裏書きである旨を記して欲しいですし、歌右衛門のお軽に至っては戦前から知られている写真だけにきちんと訂正出来るにも関わらず放置しており、演劇博物館の権威もあり予備知識無しでは田之助の写真と疑いようなく誤解してしまいます。
②写真の非公開について
冒頭にも述べた様に表向き公開を謳っていながら実は殆ど公開していないという問題ですがこれは①の問題によりそもそも写真と役者がきちんと紐付けされていない為に明治時代の写真だと認識されていないという部分も勿論ありますが、明らかに明治時代の撮影にも関わらず公開されていないのは不明です。一説にはライブラリ関連に予算が付かない為に訂正や新規公開、公開後に寄贈された写真の整理がままならないという話も聞いた事がありますが公開されている写真と非公開の基準は全く以て不明であり、九代目市川團十郎の様に閲覧可能な写真の殆どが弁慶だけなど公開されている写真の偏りも多くいっその事全ての写真を非公開にした方がまだ良い位であり、良心的であった近世芝居番付データベースとは正反対に使い辛いデータベースとなってしまっています。
4.データベースを使わずに写真を調べる裏技について
最後にここまで使い辛いデータベースで苦労した私の体験から踏まえて限定的ではありますが対応策について述べたいと思います。
①松竹大谷図書館所蔵・演劇写真検索閲覧システム
一昨年立ち上がった松竹大谷図書館のライブラリですがこちらは次のオマケの記事で詳しく紹介しますのでここでは割愛します。
②国会図書館デジタルライブラリ
次に紹介するのが国会図書館デジタルライブラリです。文字通り国会図書館の資料をPC上で閲覧出来るシステムで一度国会図書館に行ってカード作成と簡単な登録を済ますかオンライン上での手続き、郵送で登録者限定資料も閲覧する事が可能です。
こちらでは利用者登録を済ませると前にも1度紹介した
「舞台之團十郎」
「五世尾上菊五郎」
が閲覧可能です。こちらの2冊は戦前に市川宗家、尾上宗家監修の元で出された公式写真集であり、一部の写真の背景が修正で消されてしまっている欠点さえ目を瞑れば「舞台之團十郎」は460枚、「五世尾上菊五郎」は992枚と上記のライブラリの収蔵枚数を遥かに上回っている且つその写真が何年の何の劇場の何の演目の何の役なのかがしっかりと掲載されており、九代目市川團十郎と五代目尾上菊五郎の写真を調べたいのであればこちらで概ね事が足りてしまいます。
また、最近の新規資料公開により新たに「魁玉歌右衛門」も登録者限定資料として閲覧可能になり、
・四代目中村芝翫
・五代目中村歌右衛門
・成駒家五代目中村福助
>の3人の写真に関してもこちらで閲覧する方が圧倒的に便利且つ正確な情報で知る事が出来ます。
魁玉歌右衛門
また、これ以外にも以前に軽く紹介した事がある大正時代の役者の写真集である「舞台のおもかげ」と「六代目菊五郎」も閲覧可能です。
「舞台のおもかげ」六代目尾上菊五郎
「六代目菊五郎」
木村伊兵衛の写真集がつとに有名な菊五郎ですが、この2冊は伊兵衛撮影以前の明治、大正期を撮影していて舞台のおもかげは明治後期から大正時代中期、六世菊五郎は大正後期から昭和まで収録しており、合わせて見れば子役時代以外の六代目尾上菊五郎の写真はある程度網羅する事が可能です。
初代中村吉右衛門
十五代目市村羽左衛門
中村鴈治郎
尾上梅幸
また、舞台のおもかげは他にも吉右衛門と羽左衛門、鴈治郎、梅幸は閲覧可能(鴈治郎と梅幸は登録が必要ですが)であり、何れも明治後期から大正時代中期迄が収録範囲になっていますが一部明治前期辺りの写真も収録されていますのでこちらのライブラリで探すよりかは手間が省けるのは事実です。中でも羽左衛門の場合は戦後に出された「十五世市村羽左衛門 写真集」とこちらを合わせれば彼の当たり役の写真は概ね閲覧する事が出来ます。
③国会図書館デジタルライブラリ(館内閲覧)
同じ国会図書館デジタルライブラリですがこちらのデータベースと同じく館内のPCでのみ閲覧可能の資料もありますのでこちらも紹介したいと思います。こちらでは雑誌の演劇界が2000年代までは閲覧出来ますので安倍豊の演劇写真博物館やここでは触れていない戦後の舞台写真についてもこちらを見れば演劇博物館に行かずともある程度はカバーする事が出来ます。こちらが見れるのは東京の本館か京都府の関西館の2ヶ所のみですが、東京一択しかない演劇博物館に比べると西日本在住の方やより西方にお住まいの方にしてみると関西館のアクセスが余り良くないのを目を瞑っても「
わざわざ東京に行かなくても写真が見れる」というメリットはかなり大きいです。
④文化デジタルライブラリー最後に独立文化法人 日本芸術文化振興会が運営するライブラリーについてです。こちらは今再建に揺れる国立劇場を管轄する法人として歌舞伎好きには余り良くない印象で知られてますが一方で国立劇場の公演を始め各種伝統芸能の貴重な資料を持つ博物館としての顔もあります。この中で舞台写真については戦前の分に関してのみ公式サイトの中で無料公開しています。こちらの特徴としてはブロマイドに重点を置いている関係上、明治時代の写真は僅かしかない反面、明治末期から昭和時代の写真が豊富に収録されており、次に紹介する松竹大谷図書館所蔵・演劇写真検索閲覧システムと併用すれば大正〜昭和時代は主だった写真は閲覧する事が出来ます。また、こちらのライブラリーの利点はもう一つあり、それは検索機能が使い易いという点です。役者名と演目名でのタグ検索は無論の事、役名検索も別途可能な上に演目名も所謂通称名(寺子屋、すし屋、山科閑居)でも検索出来るという便利な機能が付いています。その為、正式な演目名を知らなくても調べる事が出来る為に非常に取っ付き易いライブラリーとなっています。
尚、こちらのライブラリの写真は無断転載厳禁ですので誰かさんみたいに承認欲求を満たす目的で濫りにSNSに無断で掲載するのは止した方が良いです。4.おわりに
ざっとした説明になりましたが、ライブラリーと謳いながらもその実は館内閲覧専用にほぼ近い仕様な上に館内閲覧においてもそもそもタグ付けのブレや資料によって精度に差がある等、上で紹介した他のライブラリーに比べると周回遅れ状態で劣っているのが現実となっています。それでも強いて良い所を述べるとするなら大正時代以降の絵葉書やブロマイドは調べ難い制約はあるものの、ある程度は信憑性が担保されている事と何と言っても
数の暴力膨大なまでの所蔵数がある事であり、調べたい対象を絞って根気強くお目当ての写真を見つけるまで演劇博物館に通い詰められる辛抱強さと財力、それとそもそも写真がタグ付け通り合っているか分かる鑑識眼をお持ちの方であればこのライブラリーも上手く活用出来るかと思います。最後に個人的な意見を述べると公開/非公開の問題は置いとくとして、鶏卵紙写真以外の絵葉書、ブロマイドの検索においても使い辛くしている諸悪の根源であるタグ付けの基準の統一をしなければならないのは必至です。特に役名/役者名、あるいは複数名の役者名を1つのタグにするというタグ付けの複雑さは本当に厄介であり、シンプルに役者名のタグ付けにするだけでも使い易さは格段に進歩すると思います。また、写真が合っているか否かの問題も同様で村山氏辺りでも招聘して直すべきだと言えます。次のオマケコラムは説明を割愛した松竹大谷図書館所蔵・演劇写真検索閲覧システムについて書く予定です。