博多座六月大歌舞伎 夜の部 観劇 | 栢莚の徒然なるままに

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今回は3ヶ月ぶりに観劇をしたので久々にこの記事を書きました。

 

博多座六月大歌舞伎 夜の部

 
今回は歌舞伎座での六代目中村時蔵襲名披露公演を見るか悩みましたが右近が三代目菊五郎に倣って三役を兼ねるという心意気と今回を見逃したら東京では後5年は確実に見れないだろうと感じて思い切ってこちらを選択しました。

 

 

筋書

 

 

 

座席は花外

 

 

 
東海道四谷怪談

 

主な配役一覧
 
お岩/小仏小平/佐藤与茂七…右近
直助権兵衛…彌十郎
奥田庄三郎…虎之介
お袖…新悟
お梅…莟玉
按摩宅悦…橘太郎
乳母おまき…梅乃
伊藤喜兵衛…市蔵
四谷左門/舞台番…亀蔵
後家お弓…鴈乃助
民谷伊右衛門…松也
 
今回上演した東海道四谷怪談は上記リンク先でも紹介した通り、四代目鶴屋南北が文政8年に書いた生世話物の演目です。
 
明治5年7月、中村座での五代目尾上菊五郎のお岩
 
昭和8年7月、歌舞伎座での六代目尾上菊五郎のお岩

 

今回と前回の歌舞伎座の大きな違いは「通し公演」であり二段目と三段目しか上演しなかった歌舞伎座と異なり今回は

 
・序幕…浅草観音額堂按摩宅悦内浅草観音裏地蔵前浅草観音裏田圃
・二段目…伊右衛門浪宅伊藤喜兵衛内伊右衛門浪宅
・三段目…砂村隠亡堀
・四段目…深川三角屋敷、小汐田又之丞隠れ家
・大切…蛍狩、蛇山庵室鎌倉高師直館夜討
 
赤字が今回上演する場
 
と四段目こそ上演されませんが前半部分は全て上演するという本格的な通しとなっており、南北の複雑な人間関係や隠遁堀で終わってしまう見取りでは味わえない仮名手本忠臣蔵の外伝という演目の骨子と因果応報と怪談物の真骨頂を味わえるという点でも非常に楽しめる仕上がりとなっています。
 
因みに四段目が上映されない理由は至ってシンプルで
 
演ると終電に間に合わなくなるから
 
だそうで代わりに陰亡堀の場が終わると亀蔵扮する舞台番というのが登場し四段目のあらましを説明するという斬新な形で繋いでいます。
 
まず序幕の浅草観音額堂、按摩宅悦内、浅草観音裏地蔵前、浅草観音裏田圃の三場は伊右衛門の岳父左門殺しと直助の与茂七殺し(実際は奥田庄三郎)、そしてお梅の伊右衛門への横恋慕と次幕への伏線張りがメインの場となっており、彌十郎の直助が少々年を取り過ぎというか貫禄があり過ぎる感はありますが、本人も意識して若く演じている事もあってそこまで違和感は感じなくなっています。
ただ、歌舞伎座の時に松緑が顔見せ程度に演じた時よりかは見せ場がある為に彌十郎の演技もグッと引き立つものの、上記の通り肝心の最期の場面である三角屋敷の場が上演されないが故に隠亡堀の場が終わると急に居なくなってしまう形となり、少々消化不良の感は否めない物があります。
また、新悟演じるお袖も妻でありながら貧困に喘ぐ父の為に身体を売る薄幸な女を演じて悪くありませんがこちらも直助同様にその後直助と妻になった事で夫与茂七への不義に悩み自害するという最期が無い分、尻切れトンボになってしまうきらいがあり緻密な人間関係が織りなす話である南北物をカットする難しさがひしひし感じますが新悟の演技自体は悪くは無かったです。
そして虎之介の奥田庄三郎と亀蔵の四谷左門は顔を出した程度で亀蔵は上記の舞台番が後半にありますが、虎之介の出番はこれっきりである事から少々勿体無い使い方だなと感じました。
 
そして次にお馴染み伊右衛門浪宅の場と陰亡堀の場になりますがこちらは先ず、音羽屋の血を受け継ぐ者としての意識なのかお岩に加えて小仏小平、佐藤与茂七の三役を兼ねて演じた右近が素晴らしくメインとなるお岩は序幕の浅草観音裏田圃ではただ出てきただけというだけで続く伊右衛門浪宅でも毒を飲むまでは至って普通の出来でしたが、毒を飲んでからのた打ち回る辺りから俄然良くなり夫に子供の物まで身ぐるみ剥がされる哀れさ、伊藤喜兵衛の邪な欲望により毒を盛られて顔が崩れ死を意識した絶望感や夫の仕打ちに耐えに耐えた上での裏切りに対しての憎しみが爆発し血を流す凄惨さを義太夫に乗らないで写実風に演技していた玉三郎とは対照的にしっかり床に合わせて演じており、戸板返しの早替りも無駄が無くしっかりケレンになっていた事を加味すると個人的には玉三郎より良かったと言えます。
 
次に佐藤与茂七についてですがこちらは序幕でのお梅とのコミカルなやり取りからも分かりますが陰なお岩とは正反対に物語の後半を担う陽のキャラクターであり、陰亡堀でお岩→小平→与茂七の順に早替りでの登場も三役を兼ねる事によって早替りの鮮やかさと与茂七の登場による場面転換の妙が一層くっきりとしました。
この役は見取り上演や役を分けてしまうとこの演目での立ち位置が急に矮小化してしまう難しい役であり初演の三代目尾上菊五郎がずっと三役を兼ね続けた意味を考慮すると矢張りお岩と兼ねる事が肝だと感じました。
 
最後に小仏小平ですがこちらは彼が薬を盗んだ理由でありオチとなる小汐田又之丞隠れ家の場が出ない為かいきなり出てきて死ぬという出落ちに近い役柄になってしまい辛うじて与茂七同様に戸板返しでの早替りする事で活きてくる役であり、演技として特筆する程の物はありませんでした。
 
次に松也の伊右衛門ですがこちらは仁左衛門の伊右衛門を多分に意識した伊右衛門となっています。
善人を装っている時の様子は流石に仁左衛門には劣りますが金と女に目が眩みいざ色悪の本性を曝け出している時の様子は仁左衛門をよく写しての台詞廻しと極まり極まりの良さも合わせて若手の域を脱した素晴らしい出来栄えでした。
1月の浅草公会堂での魚屋宗五郎と蝙蝠安の良さから世話物との相性の良さは感じていましたが南北物もこなせる実力を魅せてくれた事は大変に嬉しく、音羽屋を担う次世代として宗家がめっきり演らなくなって久しい牡丹燈籠や獨道中五十三驛など音羽屋の怪談物を受け継ぎ手掛けて欲しいと願います。
 
続いて残りの役者ですが個人的には按摩宅悦の橘太郎と伊藤喜兵衛の市蔵が印象に残りました。
歌舞伎座の時は松之助が演じた役でしたが、彼特有の体から滲み出るユーモアさが役にも出てしまい、凄惨なお岩の死の場面が幾分印象が弱くなった感があったので今回の橘太郎くらいの善人でもないけど悪人でもない中途半端者としての演じ方の方が四代目松助が芸談でも語った「いはば欲張つた、図々しい不正直な男男」としてぴったりで大変心地良く感じられました。
また、伊藤喜兵衛に関しては前回が亀蔵で今回が兄の市蔵でしたがどちらも孫娘可愛さにお岩を死に追い込むもその報いで一家全滅になる元凶として良く演じれていましたが序幕でのやり取りがあった分、今回の方がより死ぬ場での因果応報の感が強く見応えがありました。
 

そして大詰の蛇山庵室の場はほぼほぼ松也と右近の二人芝居状態であり、右近のお岩は伊右衛門浪宅の場で演じた悲惨な最期がある分、因果応報のカタルシスが味わえるのと彼の痩身が幽霊姿と相まって提灯抜けや仏壇返しもインパクト抜群で直ぐ様与茂七に早替りして仇である伊右衛門を討つという最後も忠臣蔵の外伝というのを思い出させてくれる物があります。

 
対して松也の伊右衛門はここではひたすらに悪行の報いを受ける場になりますがあれだけ悪ぶっていた伊右衛門がざまーみろと溜飲が下がる気持ちにさせてくれる位に惨めに這い回る松也の演技は心地良い物でした。
欲を言えば蛍狩の場も付けてより描いて欲しかった所はありましたが、時間の制約を考えると無くても楽しめました。
 

南北は奇抜で頽廃的な設定や濡れ場の演出に目が行きがちですが霊験亀山鉾や絵本合法衢、桜姫東文章を通しでみると分かる通りきちんと最後は勧善懲悪で〆る形を取って清涼感ある終わり方にしており、四谷怪談ではお岩の復讐という他とは異なった演出こそありますが基本は他の南北物と変わらず矢張りここがあるのと無いのとでは大きな違いがあります。

 

この様に今回の四谷怪談は高い金を払って東京からやって来ても元が取れる位に楽しめましたので九州お住いの方は元よりそれ以外の地域にお住いの方も萬屋贔屓ではない限りは楽しめるかと思います。