「万年自鳴鐘」(万年時計)を製作した田中久重(1799~1881)は、江戸後期~明治初期の技術職人で、今回テーマにしている「和時計」の他に「からくり人形」を数多く製作しています。

その「からくり」の精巧さから、「からくり儀右衛門」と呼ばれました。

 

月刊「事業構想」 より

 

彼の「からくり人形」に関する動画は数多くあるので、そのうちの手頃なのを一つ。

 

テレビ東京 より

 

この田中久重、幕末の佐賀・鍋島藩にていち早く西洋の近代技術を取り入れた鍋島閑叟(直正)に召し抱えられ、藩の近代化に多大な貢献をしています。なるほど、「肥前の妖怪」と言われた閑叟の背後には、この人がいたのか。

また、上の動画でも触れられていますが、明治になって久重は現在の「東芝」の重電部門の源流となる工場(後の芝浦製作所)を設立しました。

 

「万年自鳴鐘」(万年時計)  Wikipedia より

 

その久重の最高傑作とされるのが「万年自鳴鐘」、一般に「万年時計」と言われています。万年時計の全貌は下の動画をどうぞ。1時間以上あるものの、何度見ても新鮮な感動があります。

 

2005年 「NHK ハイビジョン特集」 より

 

特にこの動画では「3つの謎の解明」として、

・天球儀をどのような仕組みで正確に動かしたのか?

・和時計をどういう手法で完全自動化したのか?

・1度ゼンマイを巻いたら1年動く動力機構は、どのようななっているのか?

に焦点が当てられています。

 

動画の中から、和時計の仕組みのポイントだけ抜き出しておきましょう。

 

 

横軸両端につけられた歯が片側にしかない歯車が、ゼンマイの動力で1年に1回だけゆっくりと回転します。これに縦軸の虫歯車という変形歯車がかみ合わされて、右側の片歯車とかみ合うと虫歯車は右回りに回転し、左側の片歯車とかみ合うと左回りに回転します。

つまりゼンマイ動力による1方向への横軸回転運動から、虫歯車を用いる事で縦軸は往復回転運動を生み出したのです。

 

 

虫歯車のある縦軸は上の方で大きな歯車と直角にかみ合っており、大歯車にはそれそれ文字ゴマが接続された小さな歯車がかみ合う仕掛けになっています。縦軸の往復回転運動を通して大歯車も右回り左回りと往復運動をし、その結果、文字ゴマの間隔が自動で設定・調整されるという仕組みでした。

 

 

 

文字ゴマが下に集まると上の文字ゴマの間隔が広くなり、1年で昼間が最も長くなる夏至になります(左)。

逆に文字ゴマが上に集まると上の文字ゴマの間隔が狭くなり、1年で最も昼間が短い冬至になるという訳です(右)。

 

 

この和時計にプラスして、他にも様々な機能を備えさせた田中久重の万年時計。まさに驚嘆するしかありません。

更に現代人から見て凄いのは、1000点を超える歯車などの部品の大部分を、彼一人の手作業で作ったという事です。

 

 

例えばこの歯車。

パソコンは勿論、電気も工作機械もない時代に、自分で計算して一つ一つのかみ合わせを調整しながら、やすりで削り出したものでした。本当に気の遠くなる作業です。

 

時は流れて2015年3月。

スイス・バーゼルで開かれた国際時計見本市で、久重の万年時計の機構を腕時計にした「和時計・改」が日本の時計職人によって製作・発表されました。世界中の関係者が度肝を抜かされた事は言うまでもありません。

 

2016年1月 NHK「歴史秘話ヒストリア」 より

 

彼の事を知れば知るほど、物凄い人物であるのが実感されます。

どうして、これほどまでの人物が教科書に載らないんでしょうかねぇ。今回紹介した動画は、中学校あたりの副教材にすべきものです。ここに「日本のモノづくりの原点」があるのですから。

そして恐らく、彼に近いレベルの日本人が江戸時代には相当数いたんでしょうなぁ。日本が明治以降、奇跡の近代化を成し遂げたのは、当時の日本人のポテンシャルを考えると実は奇跡でも何でもなかった、という事ですね。成るべくして成った、と。

 

知識は失敗より学ぶ

事を成就するには

志があり 忍耐があり

勇気があり 失敗があり

その後に

成就があるのである   田中久重

 

さて話は変わりますが、若き日の梅之助は東芝グループの重電部門に所属していました。田中久重が創業し、後に東芝の重電部門を担った芝浦製作所の系譜上にあると言えます。

しかし現在の東芝は、ご存知の通り、手足をもがれたような状態です。

本当はこの記事の末尾は、梅之助自身がグループOBという事もあって、最近の東芝(の経営陣)に対する批判を書くつもりだったのですが・・・まあ、止めておきましょう。

今こそ、田中久重の熱意と忍耐を思い浮かべて、東芝には何とか企業として奮起して欲しいと思います。

 

 

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