北海道で働く女社長の夫の蝦夷日記

国際政治から映画・音楽・地元の温泉やラーメン紹介まで。難しい話は分かりやすく、がモットーです。

これまで漫画コミック「この世界の片隅に」の主人公・すずさんが、その作品中で直接見た描写のある旧帝国海軍の軍艦を紹介して来ました。

ただし作品中には登場せずとも、当時の軍港・呉には数多くの海軍の艦艇が停泊していました。また物語の昭和20年7月の章には、下の地図に艦艇配置の様子が掲載されています。

 

重巡洋艦「青葉」と「利根」はこのシリーズですでに紹介しました(下の【関連記事】参照)。

戦艦「伊勢」と「日向」はこちら→ 眠る帝国海軍の戦艦たち⑤ 「伊勢」&「日向」(2015/03/14)

戦艦「榛名」はこちら→ 眠る帝国海軍の戦艦たち⑦ 「金剛型」四姉妹(2015/03/18)

空母「葛城」「「天城」「龍鳳」→ 眠る帝国海軍の空母たち⑨ 終戦を迎えた空母たち(2015/05/17)

 

「この世界の片隅に」 第3巻P.63

 

(上左)「出雲」 1900(明治33)年、装甲巡洋艦として竣工。英アームストロング社に発注。

(上右)「磐手」 1901(明治34)年、装甲巡洋艦として竣工。出雲の姉妹艦。

(下左)「摂津」 1912(明治45)年、戦艦として竣工。

(下右)「阿蘇」 雲龍型の未完航空母艦。進捗率60%で建造中止。

画像はいずれもWikipedia より。

 

終戦直前、「出雲」「磐手」は練習艦、「摂津」「阿蘇」は標的艦として使用されていました。

尚、地図にある辰和丸は民間貨物船で、戦時中海軍に徴用され輸送任務に従事しています。

 

1945(昭和20)年3月から始まった呉空襲は7月に入って激化。この時に軍港内・周辺の多くの艦艇が大破・着底しています。

そんな中、シリーズ最終回となる今記事で特に紹介しておきたいのが、軽巡洋艦の「大淀」と「北上」。

 

まず「大淀」です。

軽巡洋艦ですが重巡洋艦に匹敵する大きさを持ち、1943(昭和18)年の竣工。同型姉妹艦は計画段階で中止となった為に存在しません。

 

1943年6月、呉軍港に停泊と推定される大淀 (Wikipedia より)

 

就役当初は主に輸送作戦に従事していましたが、1944年になるとその通信能力を買われて5ヶ月間ほど連合艦隊旗艦を務めており、その頃の大きな海戦にマリアナ沖海戦があります。連合艦隊司令部は1944年9月末に神奈川県日吉台に移った為、大淀が最後の連合艦隊旗艦となりました。

余談ですが、漫画家かわぐちかいじ氏の「ジパング」では、タイムスリップした登場人物らの歴史干渉で史実と設定が異なったマリアナ沖海戦が展開され、その中で連合艦隊司令部・旗艦が戦艦武蔵から大淀に移される描写があります。

その後は小沢機動部隊の一員としてレイテ沖海戦に参加するなど、フィリピン方面の最前線で戦い続けました。1945(昭和20)年2月に内地に帰投。

 

呉空襲で横転した大淀 (Wikipedia より)

 

燃料の枯渇した海軍にあっては大淀も呉軍港で浮き砲台となるしかなく、7月24日と28日の空襲で200名以上の戦死者を出して遂には横転してしまいます。1948年、解体完了。

 

「北上」は「球磨型」軽巡洋艦の3番艦として1921(大正10)年に竣工。対米開戦の直前に同型姉妹艦「大井」と共に重雷装艦へと改装されています。

重雷装艦とは、20~30kmという長距離からの攻撃が可能な酸素魚雷の実用化により、それをもって遠距離から隠密雷撃で敵艦隊を漸減、混乱に陥れる任務の艦艇で、北上と大井には4連装魚雷発射管が両舷で10基40門も搭載されました(これほどまでの魚雷攻撃が出来る軍艦はかつてなかった)。

 

1945年1月20日、佐世保海軍工廠にて撮影された北上 (Wikipedia より)

 

しかし艦載機による空母対決が海戦の主役となった対米戦ではその能力を発揮する機会はなく、1942年には大井ともども高速輸送艦へと早くも再改装されます。

北上は数多くの輸送任務を務めた後に、特攻兵器・回天の輸送と襲撃訓練支援を任務とした回天搭載母艦へと更に改装されるも、実戦への出撃はなく、呉空襲で大破・航行不能となり終戦を迎えました。

戦後は鹿児島へ曳航されて復員船を補修・整備する工作艦として従事し、やがて1947年頃に解体されています。

尚、僚艦だった大井は1944年、南シナ海で戦没しています。

 

さて・・・

これまで幾つも旧海軍の軍艦記事を書いてきましたが、「艦隊これくしょん(艦これ)」と絡めて書く事はしてきませんでした。まあ、当たり前と言えば当たり前ですが。。。

それでも今回の北上だけは「艦これ」関連にも触れておきたいと思います。

 

アニメ「艦隊これくしょん(艦これ)」 より

 

「艦隊これくしょん(艦これ)」は旧帝国海軍の艦船を美少女に擬人化させたシュミレーションゲーム及びアニメ。梅之助はゲームの方はやった事はありませんが、アニメ版の方は観ており、その中で何と北上(黒髪の方)と大井(茶髪の方)は百合関係。特にアニメ版の大井の北上に対するLove言動はギャグタッチですらあります(もっとも、北上の方は大井を親友という範囲でしか意識していないようでもある)。

その「艦これ」ファンの方が描いたのでしょう、ネット上で以下の画像を見つけました。

 

きーる様 pixiv 「ある大海の回想」 より

 

慰霊碑に手をついている老婆は、終戦まで取りあえず残存できた北上。碑の向こうには先に戦没した大井らが微笑みかけています。

この絵の構図は、ベトナム戦争のものであろう慰霊碑に手をついている米国元兵士の絵から流用して描かれたもので、初めて見た時はとても胸を打たれました。

 

今回の記事をもって「この世界の片隅に」関連の軍艦記事シリーズは終了しますが、例えそれが戦争に関わるものであっても、現代の日本人が記憶しておかなければならないものは数多くあると思います。

かつて、その巨大な鉄の塊には先人の想いと叫びが宿っていたはずなのだから。

 

ところで、映画「この世界の片隅に」のDVDレンタル開始はいつ?

 

 

【関連記事】

すずさんの見た帝国海軍の艦艇たち ④~重巡洋艦「利根」(2017/03/08)

すずさんの見た帝国海軍の艦艇たち ③~駆逐艦「雪風(2017/03/03)

すずさんの見た帝国海軍の艦艇たち ②~「高雄型」重巡洋艦(2017/02/27)

すずさんの見た帝国海軍の艦艇たち ①~重巡洋艦「青葉」(2017/02/19)

漫画「この世界の片隅に」を読んでみた(2016/11/29)

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さて昭和19年7月には、戦艦「日向」と重巡「利根」をすずさんは見ていますね。

何とスケッチまでしています。

 

「この世界の片隅に」 第2巻P.6

 

戦艦「日向」に関しては

 

眠る帝国海軍の戦艦たち⑤ 「伊勢」&「日向」(2015/03/14)

 

を参照ください。この時の日向は、既に航空戦艦へと大改装された後ですね。

 

そして重巡洋艦「利根」です。

利根は「利根型」重巡洋艦1番艦として1938(昭和13)年に竣工(2番艦は筑摩)。一般に旧日本海軍の重巡洋艦は山の名、軽巡洋艦は川の名が命名される慣例があるのですが、利根型が川の名になったのは元々の計画段階では軽巡洋艦だった事によります。

 

1942年頃の撮影 Wikipedia より

 

利根の特徴はまず主砲が前方に集中配置され、第3・4番砲塔は通常、後ろ向きになっています。また後方は水上機を6機搭載出来るようになっており、偵察力を強化した航空巡洋艦となっています。

対米開戦となる真珠湾攻撃では、最初にこの利根と姉妹艦・筑摩から索敵機がハワイ上空に潜入して偵察任務を行ったうえで、主力空母艦載機の攻撃が開始されました。以降、主要海戦で利根は筑摩と共に日本海軍の眼として活躍してきましたが、1944年のレイテ沖海戦以降は燃料不足などもあって日本本土に停泊、呉空襲にて大破着底し終戦を迎えます。

 

(上)1945年7月24日の空襲 (下)大破着底した終戦時の姿 (共にWikipedia より)

 

1948年に解体完了。他の解体艦船同様、その鋼材は戦後の貴重な復興資源となりました。そして利根の解体完了をもって呉地区の沈没艦の解体が終了しています。

 

「この世界の片隅に」で、直接すずさんが艦艇を見た描写はここまでなのですが、呉ではもっと多くの艦艇が終戦を迎えています。次回はそういった軍艦をもう幾つか紹介できればと思います。

 

 

【関連記事】

すずさんの見た帝国海軍の艦艇たち ⑤~終戦時の呉軍港(2017/06/01)

すずさんの見た帝国海軍の艦艇たち ③~駆逐艦「雪風(2017/03/03)

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すずさんの見た帝国海軍の艦艇たち ①~重巡洋艦「青葉」(2017/02/19)

漫画「この世界の片隅に」を読んでみた(2016/11/29)

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「高雄型」重巡洋艦と共にすずさんたちが見たのは駆逐艦「雪風」でした。

そして直後に巨大戦艦「大和」が視界に入ってきます。

 

 「この世界の片隅に」 第1巻P.109より

 

 

 第1巻P.111より

 

 

予告編を見る限り、映画では義理の姪・晴美が「大和が二つおる。いっこは武蔵じゃ」と言っているようですが、原作では武蔵がハッキリと登場するシーンはありません。

大和型戦艦はその存在が軍事機密として秘匿された為、一般国民には知らされませんでした。しかし軍港が丸見えで、少なくとも就役後はその姿が視野に入る呉市民は、艦名もそれとなく知っていたようですね。

ただし大和の諸元・装備は徹底的に秘匿され、1944年10月のレイテ沖海戦時においても指揮を執った栗田健男提督は「主砲口径が(世界最大の)46cmである事を知らなかった」と戦後の米軍調査団に陳述しているという、信じられない話があります。

戦艦大和に関しては既に幾つか記事にしてあるので、

 

戦艦大和  2016最新映像(2016/08/24)
2016.4.7 二つの追悼式(2016/04/13)

眠る帝国海軍の戦艦たち② 「大和(2015/03/10)

 

を参照ください。

 

さて今回紹介する雪風は1945年4月、沖縄救援に向かう大和最期の出撃に随伴し、坊ノ岬沖海戦を戦って生還した駆逐艦です。また戦史好きの方には説明する必要もないでしょうが、対米開戦時から主要な海戦に数多く参加しながらも、大きな損傷を受ける事なく終戦を迎えた武勲艦・幸運艦でもありました。

 

1939(昭和14)年12月の撮影 (Wikipediaより)

 

坊ノ岬沖海戦で大和(後方)を護衛する雪風  奥の航跡は冬月のもの (Wikipediaより)

 

「陽炎型」駆逐艦(全19隻)の第8番艦として、1940(昭和15)年1月に雪風は竣工しています。という事は上の写真は正式に完成する直前のものになりますね。書類上では8番艦ですが、竣工そのものは同型艦の中で3番目でした。

雪風は働き者でした。大戦中は僚艦が次々に沈んでしまった関係で任務が二重三重に増え、大きな海戦の合間でも常に何かしら動き回っているような状態で、しまいには司令部も雪風の所在を把握しきれなくなったそうです。ある新兵が乗務を命じられた際、雪風を探して横須賀、シンガポール、台湾、呉と渡り歩くはめになり、とうとう呉でデング熱に倒れて療養・・・してたら雪風が寄港したので着任できた、という嘘か本当か分からないような逸話まであるそうですよ。

 

終戦後は中国国民党に引き渡され、「丹陽」と名付けられました。この時、きちんと手入れの行き届いていた雪風を見て、「これが敗戦国の軍艦か?」と国民党側は大変驚いたそうです。

1965年に退役するまで台湾の地で働き続け、その後1970年に解体処分。舵輪と錨は日本に返還され、現在広島・江田島で見る事が出来ます。

 

「宇宙戦艦ヤマト 2199」より

 

戦後の海上自衛隊でも、雪風の名称(表記はひらがな)は護衛艦に継承されました(既に退役済み)。

またアニメ「宇宙戦艦ヤマト 2199」にも、主人公・古代進の兄が乗艦する宇宙駆逐艦として名前が登場しています。因みにアニメでは「ゆきかぜ」が戦没し「ヤマト」は生還するので、史実と逆の結果になっていますね。

この作品には他にも、坊ノ岬沖海戦に出撃した艦名が多く採用されているようです。

 

天一号作戦とか菊水一号作戦の名で語られる事も多い沖縄特攻。

坊ノ岬沖海戦を戦った水上部隊は、巨大戦艦大和の他に軽巡洋艦1、駆逐艦8。護衛戦闘機もありません。そのうち何とか本土に帰還出来たのは、雪風を含め駆逐艦4。

とかく大和ばかりが注目されがちですが、親方そのものよりも、親方を守ろうと奮戦し続けた艦艇たちの方に梅之助は情が行きます。

 

 

【関連記事】

すずさんの見た帝国海軍の艦艇たち ⑤~終戦時の呉軍港(2017/06/01)

すずさんの見た帝国海軍の艦艇たち ④~重巡洋艦「利根」(2017/03/08)

すずさんの見た帝国海軍の艦艇たち ②~「高雄型」重巡洋艦(2017/02/27)

すずさんの見た帝国海軍の艦艇たち ①~重巡洋艦「青葉」(2017/02/19)

漫画「この世界の片隅に」を読んでみた(2016/11/29)

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前回は作品「この世界の片隅に」そのものを象徴する重巡洋艦「青葉」を紹介しました。

今回以降は、原作にてすずさんの視界に入ったものを時系列順に取り上げてみようと思います。

昭和19年4月、すずさんが呉にお嫁に来て2~3ヶ月後の事です。

 

 

 「この世界の片隅に」 第1巻P.108より

 

 第1巻P.109より

 

すずさんが見たのは「高雄型」重巡洋艦のようですね。

高雄型は1番艦から順に「高雄」「愛宕」「鳥海」「摩耶」と4艦ほどが建造(全て1932(昭和7)年竣工)されていますが、ここでは固有名詞が出ている愛宕と摩耶を中心に紹介してみましょう。

 

 2番艦「愛宕」 1939年11月横須賀にて (Wikipediaより)

 

 4番艦「摩耶」 1944年5月フィリピンにて (Wikipediaより)

 

愛宕は「高雄型」の2番艦であるにもかかわらず、1番艦の高雄よりも少し早く完成しています。その為に、この重巡型式を「愛宕型」と呼ぶ事があるのだそうです。

高雄型の特徴は、艦隊旗艦としての役割も果たせるよう艦橋を大きくしている所にあります。

対米戦期間中はこの高雄型重巡4姉妹を中心に第二艦隊・第四戦隊が編成され、東南アジア、太平洋海域での主要作戦が展開されました。中でも愛宕は第二艦隊旗艦を数多く務め、第3次ソロモン海戦第2夜戦では戦艦「霧島」、僚艦「高雄」と共に米戦艦サウスダコタを攻撃し、大きな被害を与えています。

一方の摩耶は第二艦隊・第四戦隊から外れた際には、アッツ島・キスカ島を巡るアリューシャンの戦いにも参加しています。

1944年10月のレイテ沖海戦時、高雄型4姉妹は揃って第二艦隊・第四戦隊を編成しており、愛宕はレイテ湾突入部隊(栗田艦隊)の旗艦という大役を担います。

 

レイテ沖海戦に向けてブルネイを出港する栗田艦隊。右より戦艦長門、武蔵、大和、摩耶、鳥海、高雄、愛宕、羽黒、妙高 (Wikipediaより)

 

しかし海戦の劈頭、パラワン水道にて愛宕、摩耶、高雄に米潜水艦の魚雷が命中し、愛宕と摩耶は相次いで沈没(大破した高雄は作戦継続不能となり、ブルネイに帰還)、4姉妹で唯一健在の鳥海も、サマール沖海戦で海底に沈む事になりました。

愛宕のこの時の戦死者は約360名、生存者は大和に移乗しています。また摩耶は沈没時の戦死者が約340名、生存者は武蔵に移乗するも翌日その武蔵も沈没するという事態に遭遇しています。鳥海に至っては生存者を救援した駆逐艦「藤波」も間もなく沈没している為、生存者なしという悲惨な結果となってしまいました。

結局4姉妹のうち終戦を迎えたのは高雄だけですが、戦後は英国に接収され、1946年にマラッカ海峡で爆沈処分されています。

 

巡洋艦というと、戦艦に比べ少しマイナーなイメージがありますが、高雄型だと定員が1000名近くにもなるので、すずさんが「大きいですねぇ」と発言したのも頷けます。

 

以下、沈没地点データは「Googleマップで見る軍事的スポット」参照。

 

愛宕 沈没地点

 

摩耶 沈没地点

 

鳥海 沈没地点

 

高雄 沈没地点

 

 

【関連記事】

すずさんの見た帝国海軍の艦艇たち ⑤~終戦時の呉軍港(2017/06/01)

すずさんの見た帝国海軍の艦艇たち ④~重巡洋艦「利根」(2017/03/08)

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すずさんの見た帝国海軍の艦艇たち ①~重巡洋艦「青葉」(2017/02/19)

漫画「この世界の片隅に」を読んでみた(2016/11/29)

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話題の映画「この世界の片隅に」。

梅之助、観ようと思っていたのですがまだ観ていません。原作漫画コミックは読んでいるので、最近はレンタル開始まで待ってもいいかなぁ~なんて思ったりもしています。
戦中の軍港・呉を舞台にしているので、その方面に関心がある人にとっても、興味深い作品ですよね。
 
これまで当ブログでは
 
眠る帝国海軍の戦艦たち① 「武蔵」(2015/03/07)からのシリーズで戦艦を、
眠る帝国海軍の空母たち① 「珊瑚海海戦」(2015/03/25)からのシリーズで航空母艦を、
眠る帝国海軍の艦艇たち① 若松港の駆逐艦たち(2015/06/03)からのシリーズでその他の艦艇を、
 
簡単に紹介してきました(対米戦争期間のものに限る)。
戦艦や空母は数が限られているのでほぼ全てを網羅したものの、その他の艦艇に関しては数が多すぎる為、沈没後の海底写真が確認出来るものを中心に記事にしています。
 
今回は少し趣向を変えて、「この世界の片隅に」の主人公「すず」さんが観たであろう艦艇を、作品中からピックアップして紹介していきたいと思います。
 
「この世界の片隅に」第3巻 P.125より
 
第一弾は重巡洋艦「青葉」。
巡洋艦の分類などについてはこちら(→眠る帝国海軍の艦艇たち⑦ ビキニ環礁に沈む軽巡洋艦「酒匂」(2016/02/29))を参照してください。
「この世界の片隅に」と「青葉」の関わりは、ここでは触れません。しかし、ポスターにも描かれているように、象徴的な意味で物語にとって重要だったりします。
 
 
「青葉」は「青葉型重巡洋艦」の1番艦として、1927(昭和2)年に竣工(2番艦は「衣笠」)。日中戦争では上海上陸作戦の支援などを行っています。
また元総理大臣の中曽根康弘氏は、対米開戦直前に海軍主計士官として「青葉」に乗艦し、猛訓練を受けたのだそうです。
以下の画像はいずれもWikipediaから。
 
 公試中の「青葉」(1927年)
 
対米開戦と同時にグアム島攻略戦に従事し、続くウェーク島第二次攻略戦には増援部隊として、翌年の1942(昭和17)年5月にはポートモレスビー作戦の一環として珊瑚海海戦に参加しています。
同年8月から始まるガダルカナル島の戦いでも、第一次ソロモン海戦、サヴォ島沖海戦に参加しており、特にサヴォ島沖海戦では戦闘不能に陥るほどの損傷を受けています。これは事前情報に反して現れた敵艦影を僚艦と誤認し、「ワレ、アオバ」と送信してしまった事による悲劇でした。
その後の「青葉」は、本土やトラック島で度重なる修理を受けつつ戦闘を継続するも、最終的には速力が落ちてしまい、主に輸送業務を行うことになります。1944年のレイテ沖海戦にも兵員輸送などに従事しますが、敵潜水艦の魚雷に被弾して内地の呉に帰投。そのまま防空砲台として本土空襲に応戦、そして終戦を迎えます。
 
 
上2枚の画像は終戦時の「青葉」。この頃のカラー映像が残っているので、下に紹介しておきます。映像を見るとよく分かりますが、砲身が山側に向かっていますね。そちら方面から来襲した米軍機を砲撃しながら擱座した姿は壮烈ですらあります。
1946年より解体。
 
「この世界の片隅に」第2巻 P.120より
 
 
冒頭の「青葉」のポスターにも描かれているように、「この世界の片隅に」には白サギが幾度も現れています。作中のすずさんの幼馴染が乗艦した「青葉」は、上記「ワレ、アオバ」の件もあり、正直、武勲艦とは言い切れない艦ですが、それでも幾度も死線を超えて生還した事から「ソロモンの狼」といつしか呼ばれるようになりました。
そんな「青葉」と白サギの関係が何を意味するのかを考えながら、この作品に接してみるのもいいですね。
 
 
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