経済って言うのは難しいですよね。

「円高」とか「デフレ」とかいう基礎的用語くらいは義務教育の範疇で理解はしているし、もう一歩進んだ「リフレ」「インフレターゲット」のような専門用語も概要はある程度は分るのですけど、経済学全般を体系立てて学んでいないのでアベノミクスに対して梅之助なりの考えを示せって言われればちょっと無理かな。

それは丁度、「サンキュー」(ありがとう)、「トゥデイ」(今日)というように、いくら多くの英単語を知っていても文法を知らなければ英文の意味を理解できない、というのに少し似ています。

 

 

著者の上念司氏は「リフレ」派の経済評論家。

実はこの本、2016年12月~翌年1月に読んだ本です(2015年出版)。

取りあえず「読みました」という記事を書こうとしつつも、何だかんだで時間に流され1年半後になってしまいました。

 

一言で言うと、明治期から大東亜戦争に至るまで(+αとして戦後・現在まで)の日本及び世界の金融政策を振り返り、それが結果的にどう社会的事件(特に戦争)に影響を与えたか、或いは与えられたかを、豊富なデータを用いて説明した本です。

特に戦前は世界中が「金本位制」を採用していたので、それが構造上、潜在的にデフレ要因になるというデメリットや、井上準之助・大蔵大臣による金解禁政策の是非、昭和金融恐慌や世界大恐慌に対応した高橋是清・大蔵大臣のリフレ政策及び前者との違いなどもよく理解できました。

 

確かにこの本を読むと、戦前及び戦後のある時期までは適切なタイミングでの「リフレ」財政・金融政策が、日本の経済状況に大きな成果を上げたのが理解できます。安倍内閣が現在も比較的安泰なのは、政権発足時のリフレ政策にて前政権との違いを国民に見せつけたからでした。

そう言えば、旧民主党政権(白川・前日銀総裁)の金融政策の酷さ(デフレ・円高容認)に素人ながら梅之助も当時、文句の記事を書いたくらいですからね。

ただし、これからの日本は減り続ける労働人口(門戸の緩い単純外国人労働者の受け入れなど梅之助は反対)、増え続ける高齢者への社会保障費といった、未知の領域に入ってきます。それを考えると早急なデフレ脱却を確実にしなければならなかったのに、アベノミクスが効果を現しつつも中途半端な時期(2014年4月)での消費税8%値上げ判断は、乗り気ではなかったとはいえ安倍総理の失敗でした。

おかげでインフレターゲット目標を達成できないまま、ズルズルと現在に至っています。

このまま黒田バズーカを放ち続けて大丈夫なのか、梅之助には当然分かりません。

 

2012年6月13日 衆院社会保障・税特別委員会公聴会での上念司氏

 

これはちょっと古いんですけど、上念氏の動画の中でも名動画とされているものです。

日付を見るとまだ日本は旧民主党政権下ですね。公述人として消費税増税を阻止する論陣を張っています。

「こんにちは」と挨拶する上念氏に対して反応が殆どなかった為、「政治家である皆さんは人間関係を大事にされていると思いますので、もう少し元気に挨拶して頂ければと思います。皆さん、こんにちは」と冒頭から喧嘩を売りまくり。面白い。

 

余談ですが、上念氏は危機的状況の事を「近衛内閣末期」という言葉でよく表現します。

大東亜戦争の開戦責任を東條内閣ではなく、より近衛内閣に重く見ているようで、どうやらその近代史観について、中川八洋氏の著書『近衛文麿とルーズヴェルト 大東亜戦争の真実』から大きな影響を受けていると思われます(梅之助も読んでいるのでよく分かる)。

中川氏の同著は確かにハッとさせられる部分が多く、大変参考になるものの、梅之助にしたら「ちょっと極端過ぎない?」という陰謀論的部分も散見されるので、過度には入れ込まないようにしていますけど。

 

最後に上念氏のこの本ですが、日本の近現代における金融・財政政策の変遷を大まかに整理する上では、手頃で分かりやすい本だと思います。

 

 

最近ネットで見かけた「たすくこま」さんの替え歌が面白かったのでご紹介。

 

 

画像は公式ツイッターより。

公式サイトは→こちら

 

原曲の歌詞を生かしながら「替え歌デブ」を前面にして、多くの替え歌動画をyoutubeにアップされていますが、元来の歌唱力も確かです。

本職はお蕎麦屋さんの店長らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

梅之助は替え歌が大好きです。

これは先日まで書いてきた上京記事の際のお土産ではなく、再び嫁が所用で6/30~7/1に上京したので、その時のお土産。

 

 

「銀座 たまや」の「すいーと ぽてたまご」

 

 

ホント、外観はゆで卵みたいです。

そして中身は本物の黄身みたいに、徳島県産「鳴門金時」のさつま芋あんを詰め込んでいて、羽田空港でも人気のあるお土産菓子のようです。

スイートポテトのようなしっとりとした甘さで、美味しかったですよ。

 

製造販売会社をHPで見てみると(株)東京玉子本舗という会社で、2001年創業というから比較的新しい会社でした。同じような「玉子形状」の工夫を凝らしたお菓子を他にも販売しています。

 

梅之助が上京した時の職場等へのお土産は、定番の「東京ばな奈」にしたのですが、時間があれば空港のお土産売場で色々と見てみるのも、お菓子メーカーの斬新な発見があって、案外楽しいかもしれませんね。

6月16~17日に上京した「2018 東京散歩」シリーズも、やっと最後の記事になります。

 

東京駅の駅前広場でしばらく考えました。

当初の予定では日本銀行本店のレトロ建築を見る予定だったのですが、少々問題点が発生していたのです。

足が痛いのは我慢できるし、旧江戸城門巡りをした事でやや予定時間を超過したのも許容範囲内。けれどスマホの電池がヤバイ状態なのは少し考えなくては。

まずは東京駅での充電スポットを調べてみました。コンセントを使えるところは結構ある。しかしよく考えてみれば、梅之助のスマホの充電器は嫁のカバンの中。あじゃ~。

ドコモショップに駆け込めば対応してくれるだろうけど、じゃあ場所を調べる時間と電池の消耗を考えると、どんなものか。

今日の夕方の飛行機に乗らなきゃならないのに、梅之助の分のチケットも嫁が持っているので、嫁との通信手段が途絶してしまうのは避けなければなりません。

 

そうだ、羽田空港なら充電できるだろう、旭川空港でさえ見かけたのだから。

そこで嫁に飛行機の出発時間と出発ターミナルの確認と、直接羽田へ行く事をメールで伝えてから、以降は必要以外、スマホ電源をオフ。

出来るだけ急いで目的を果たして、早めに羽田へ行って充電してから嫁とコンタクト、という判断をしました。

 

で、歩いてやってきたのは「日本銀行本店」(東京都中央区日本橋本石町2丁目1-1)。

 

 

なんと外観工事中!

足場やら工事フェンスやら工事車両やらの為、写真を撮るうえではなんとも不幸な状態でした。まあ、これも巡り合わせで仕方がありません。

日銀本店のレトロ建築は、大きく「本館」と「別館(増築部)」に分れているそうです。この記事を書く際に少し調べてみるまで知りませんでした。

となると、上の写真は江戸桜通りから見た日銀本店別館。この通りから見た本館の方は、とてもじゃないですが写真を撮れる状況にはありませんでした。

 

 

 

左折して、左手に別館を見ながら日銀通りを歩きます。日本銀行東門がありました(右)。

 

 

東門付近の全体を捉えてみます。

 

 

別館の方は工事やっていないんですね。

 

 

振り返って、新館側から別館の全体像を撮影。

 

 

 

新館側を回り込んで、外堀通りからの本館です。工事フェンスにシート、残念、無念。

左の白い建物が1973年に建てられた日銀新館。

因みに、背後の大きなビルは2005年竣工の「日本橋三井タワー」(地上39階・194.69m)。

 

 

上はグーグルマップより。これなら本館・別館・新館の位置関係が分かりやすいですね。

尚、日銀本店の内部を含めた見学も可能なので、詳しくは日銀HPでご確認ください。

 

日本銀行本店本館は建築家・辰野金吾による設計で、1896(明治29)年竣工の重要文化財。

ルネッサンス様式を加味したネオバロック様式でまとめられた本館は、関東大震災でも周囲の建物が倒壊・全焼する中、ドーム屋根や内部の一部を焼失するに留まりました。

別館は辰野金吾の弟子で日銀技師・長野宇平治によるもので、1938(昭和13)年完成。本館の意匠を忠実に踏襲しています。

 

さて、日銀別館から日銀通りを挟んで隣接しているのが「三井本館」(東京都中央区日本橋室町2丁目1-1)。

 

 

江戸桜通りと日銀通りの交差点付近からの撮影。

1929(昭和4)年竣工で、戦前は三井財閥の本拠でした。終戦直後はGHQが4・5Fの一部を接収しています。重要文化財指定。

江戸桜通りをはさんで、右に「三越日本橋本店」が見えます。

 

 

江戸桜通りからの撮影。丸の内の「明治生命館」同様、古典的な列柱が大変立派です。

 

 

中央通り(国道4号)に出た所で撮影。

今でも三井不動産本社、三井住友銀行日本橋支店、三井住友信託銀行日本橋営業部などが入っており、ビジネスシーンでも現役です。昔、独身時代の嫁がこの付近で働いており、業務で中の銀行をよく訪れていたので、「重厚で凄い、凄い」と言っておりましたな。

また、7Fでは三井家の所蔵品などを展示する「三井記念美術館」が開かれています。

 

こちらは「三越日本橋本店」(東京都中央区日本橋室町1丁目4-1)。

下は丁度、三井本館の最初の写真撮影位置にて、右側の三越を撮ったもの。

 

 

1914(大正3)年の当初は鉄骨レンガ造、地上5階建てとして誕生したものの、関東大震災では火災による焼失被害を受けました。その後は残った鉄骨を生かしながら1927(昭和2)年に鉄骨鉄筋コンクリート造7階建として完成。1935(昭和10)年には増築改修を行って現在の姿となりました。

この建物は「我が国における百貨店建築の発展を象徴するものとして価値が高い」として、重要文化財指定を受けています。

 

 

江戸桜通りを三越を眺めながら。

 

 

中央通りを右に折れ、日本橋方向へ。

 

 

 

内部のレトロ仕様を見る点では、ここは商業施設なので気楽に入りやすいのですが、もう時間の他にバッテリー残量もありません。

そのまま日本橋を渡って撤収です。

 

 

 

「日本橋」にやって来ました。橋のたもとの「道路元標の広場」には、

(左)日本国道路元標」(複製)、(右)「東京市道路元標」

がありました。この橋が日本の道路網の起点となっている事はよく知られていますね。

 

 

 

現在の「日本橋」は1911(明治44)年に石造二連アーチ橋として架けられました。

すぐ上の写真の橋柱の銘板にある「日本橋」の揮毛は徳川慶喜なんだそうです。

1999年、重要文化財に指定。

 

 

 

1963年、橋の真上に首都高速道路が造られました。

確かに今から考えると都市景観上、何たる事って思いますが、当時の事情を考えると用地買収の手間が省ける河川上や公用地を使ったのは、理解できなくもありません。

 

 

日本橋を渡ると、1930(昭和5)年に建てられた「野村證券日本橋本社ビル」が見えました。

 

以上で東京レトロ建築巡りを終了し、急いで羽田空港に向かいました。

羽田第2ターミナルのインフォメーションで充電スポットを尋ねます。するとインフォメーションに充電スポットがあるというではないですか!

しかも20分間ではあるものの、何と無料。

凄いぜ、羽田空港。

 

帰りの飛行機で首都圏上空を上昇した際、富士山が綺麗に雲の中から姿を現しているのが見えました。

 

 

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皇居外苑の楠木正成像から丸の内の方へ歩いていくと、眼前に何やらレトロな近代建築の建物が迫って来ました。お~、いいですねぇ。

 

 

建物は「明治生命館」(東京都千代田区丸の内2丁目1-1)。

1934(昭和9)年竣工の重要文化財です。

因みに背後のビルは2004年竣工の「明治安田生命ビル」(地上30階・147m)。明治生命館と共に複合商業施設&オフィス「丸の内マイプラザ」を構成します。

 

 

戦後、GHQに接収されて対日理事会の第1回会議はこの建物の2F会議室で行われました。

現在も明治安田生命保険の本社屋として現役です。

 

 

古典様式の列柱ですね。

 

 

 

内部も1F店頭営業室(丸の内お客さまご相談センター)や、2F会議室・応接室などが一般公開されています。ただし、この時は公開状況を知らなかった事、及び時間の都合もあって、中に入る事は控えました。

 

そのまま鍛冶橋通りを進むと、丸の内での目的地だった「三菱1号館美術館」(東京都千代田区丸の内2丁目6-2)が殆ど隣接するように現れます。

 

 

全景が収まるよう、交差点を渡っての撮影。

背後の右側のビルは、2009年竣工の最高部170m・地上34階の「丸の内パークビル」(左側のビルは前述の明治安田生命ビル)。

 

 

 

この建物は1894(明治27)年に日本初のオフィスビルとして建てられた「三菱1号館」(1968年に解体)を、2009年にレプリカ再建したものです。2010年、美術館開館。

 

 

現代高層ビル群の中に明治の赤レンガ建築を復活させた三菱地所に拍手を送りたいところですが、元々の三菱1号館は文化庁が重要文化財指定を検討する中、三菱地所が抜き打ち的に解体してしまったそうです。おいおい・・・

 

 

 

上2つは錦町有楽町線(都道402号)側から見たところ。

 

 

裏側は「1号館広場」という中庭になっています。

 

 

お洒落なオープンカフェもあって、友人・恋人・家族で過ごすのにベストポイント。一人でゆっくりするのも悪くない感じでした。

この三菱1号館と1号館広場、丸の内パークビルの商業ゾーンなどは「丸の内ブリックスクエア」と呼ばれています。

 

 

 

緑に囲まれて梅之助も小休止したいところでしたが、やっぱり時間がありません。

美術館の展示自体は興味がなかったので、中への入館はしませんでした。

 

そして再度やって来たのは東京駅。

「2018 東京散歩②」で、前日の東京駅夜景の様子は記事にしました。

東京の顔ですから、昼間の景色も写真に撮っておこうと思ってね。

 

 

東京駅丸の内中央口の背後に見える大きなビルは、大丸東京店が入る「グラントウキョウ・ノースタワー」(2007年竣工、地上43階・最高部204.9m)。「同・サウスタワー」(2007年竣工、地上42階・最高部205m)は画像右側の木の陰あたりにあります。

 

 

翻る日章旗、いいですね。東京の顔=日本の顔ですから、ある意味当然です。

駅背後の「グラントウキョウ・ノースタワー」左隣は、2008年竣工の「丸の内トラストタワー・本館」(地上37階・178m)。その北側に隣接する「同・N館」(2003年竣工、地上19階・99.6m)と併せて「丸の内トラストシティ」と呼ばれています。

 

 

北口ドームの上に見えているのが「サピアタワー」。2007年竣工の地上35階・166.1mのJR東日本グループが持つビルです。

 

 

右端の「JPタワー・KITTE」の横に見えるのが、「東京ビル」(2005年竣工、地上33階・164.1m)でしょうか。

 

 

駅前広場から行幸通りを眺めます。

スッキリ見通しも良く、都心とは思えません。気持ちいい~。

通りの左右に「丸ビル」、「新丸ビル」がスカッと見えます。この2つは丸の内の顔だよなぁ~。

「丸の内ビル」は2002年の竣工、地上37階・179.2m。

「新丸の内ビル」は2007年竣工、地上38階・最頂部197.6m。

 

 

 

(左)1997年の以前の丸ビル。(右)建て替え中の1999年の様子。いずれもWikipediaより。

角を湾曲させるなど、低層階に以前の意匠が生かされているのがいいですね。

 

さて、次はどうするか。
この駅前広場の腰を下ろせる所で、この後の事を少し考える事にしました。

 

 

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