北海道で働く女社長の夫の蝦夷日記

国際政治から映画・音楽・地元の温泉やラーメン紹介まで。難しい話は分かりやすく、がモットーです。


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10月1日(日)、ホンダ鷹栖テストコース見学会に向かう途中、チラッとだけ立ち寄った所があります。

1886(明治19)年に建てられた「上川郡農作試験所事務所棟」(旭川市神居1条1丁目1-30)で、現存する建物としては旭川市及び上川地方最古のものになります。

1966年、旭川市有形文化財指定。

 

 

北海道の内陸部開発の為に囚人を使って岩見沢から忠別太(ちゅうべつぶと:現在のこの建物の一帯)まで道路が切り開かれ、同時に農業試作の目的でこの建物と倉庫、試験用畑が建築・造成されました。

当時の旭川及び上川地方には和人が全くと言っていいほどおらず、この試験所は開拓の為の重要施設でした。

 

 

視察などでこの地方を訪れる人々の宿泊所、道路改修を担当する樺戸監獄署の上川派出所事務所、仮設の上川二等測候所や忠別電話局などが続々と建物内に併置され、1889(明治22)年には忠別太駅逓第一美英舎として駅逓(人馬車継立兼休泊所)の機能を果たすようになります。

この建物はまさに上川地方開拓初期の農業試作、道路開削、気象確認、人と物流の中心拠点でした。

やがて市街地整備の進展、旭川までの鉄道の開通(1898(明治31)年)などで、1903(明治36)年に駅逓は廃止され、公的な使命を終えます。

 

 

中の様子です。

特に何かを展示している訳ではなく、市の教育委員会が作成したパンフレットと来場者記入名簿だけが置いてありました。

 

さて。テストコース見学会の帰りも寄り道。

旭川市忠和地区市街地の外れ、閉鎖された東海大学旭川キャンパスの麓にある水神龍王神社(旭川市神居町忠和223-1)にやって来ました。小さな神社という事もあって、今まで訪れた事はありません。

 

 

上画像の鳥居の左側奥にコンクリート管が二つ見えます。

 

 

近づいてみると「市史伝説  底無沼之跡」と記された石柱がありました。

 

 

丘陵側には傾いた祠のようなものがあり(画像左側)、画像右には「立岩四国八十八ヶ所霊場」とある石柱もありました。

祠のようなものは稲荷神社のようで、手入れする人もいなくなったのか朽ち果てつつあります。

 

 

そして四国お遍路の札所を模したのであろう石仏が一帯に点在していました。

 

 

丘陵向かって左端の方には、「立岩」と呼ばれる縦長の大きな岩が屹立しています。

 

 

画像では分かりづらいですが赤っぽい色をした岩で、赤色チャートと呼ばれる堆積岩なんだそうです。

 

 

一方、底無し沼跡の奥の方に車が2~3台停まっていたので行ってみました。

すると大きな岩の壁が視界に「で~ん」と。同じく赤い岩で、「奥立岩」と呼ばれているそうです。

車の持ち主はロッククライミング愛好家の若者たちでした。よく見ると岩の下部に小さな洞窟があって、そこにも石仏が安置されています。ここは市内ロッククライマー達の有名な練習場になっているようで、きっとチャレンジ前にはきちんとお参りをしている事でしょう。

 

う~ん、巨大な岩、底無し沼、水神龍王神社、お稲荷さん、八十八の石仏・・・

ここは昔からの霊場なんでしょうね。現代の言葉で言えばパワースポットですが、不謹慎な動機で訪れると災いがありそうな場所でもあります。実際、丘陵の上の旧東海大学敷地内にはアイヌのチャシが残っており、底無し沼と立岩に関しては「底無し沼と妖刀」伝説、「悲恋の底無し沼」伝説が伝わっています。

この二つの伝説を直接文字にするとブログ記事も長くなりますので、伝説を紹介しているサイトのリンクを貼っておきます。

「底無し沼と妖刀」→こちら

「悲恋の底無し沼」→こちら

市が底無し沼をいつ頃埋め立てたのかは知りませんが、完全に埋めきった訳ではなく、コンクリート管の内側には沼の部分が残っているのだとか。沼の神様である龍神が出入りできるようにしたんでしょうね。

 

旭川にもこんないわくありげな場所があるなんて、今まで知りませんでした。

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一週間ほど前に、下のようなハガキが梅之助宛に届きました。

 

 

(株)本田技術研究所・鷹栖プルービンググラウンド(上川郡鷹栖町21線10号)のテストコース見学会の参加応募に当選した知らせでした。

この見学会、数年前までは「ホンダ鷹栖秋祭り」として一般参加が出来るイベントだったのですが、2~3年前から定員数が定められた事前応募の招待型見学会へと変わっています。

そこで本日、テストコース見学会に行って参りました。天候は昨日から打って変わってよい晴天。

 

 

江丹別方面から鷹栖町の奥の方にある当地へと向かいます。左手に柵がずっと続いて見えますが、その向こう側が企業秘密のテストコースになります。

 

 

来客者用駐車場にはNSXがズラリ。オーナーズクラブの方々なのでしょう。

 

 

当選ハガキを見せて受付を済ませ、社屋の指定された場所に進みます。

 

 

社員用食堂ホールのようでした。ここで事前説明を受けます。

見学会は2グループに分かれており、1組目は10:00開始、2組目は11:00開始。梅之助は2組目の参加当選です。この時に知ったのですが、今回の応募は約1400名、当選確率は約3.5倍だったのだとか。

これはラッキーでした。ホンダ側はこの見学会に大きな事前告知を打っていなかったので、てっきり応募者はさほど多くなく、倍率も高いものではないと思い込んでいたのです。

 

11:20頃、テストコースを回るバスに乗車。

テストコース内は撮影禁止です。もし守らない人間が現れれば、その時点で見学会は中止。数年前に不届き者がいて、実際テストコース見学会はその時点で中止になったそうです。

なので、当然テストコースでの写真はなし。

 

実は梅之助、秋祭り時代に2回ほど足を運んでいます。

1回目は子供が小学生の頃に親子3人で参加。その頃のテストコース見学会は秋祭りプログラムの一つとして整理券配布の先着順でした。バス5台くらいの分乗(今回も同じ)で、当時はバス1台につき1名が抽選でテストドライバーの横に同乗出来るというものもあったのですよ。その時、何と嫁が当選。高速周回コース35度(だったかな?)のバンクを時速200km以上のNSXに乗って、梅之助の目の前を嫁が駆け抜けて行ったのでありました(現在、見学者同乗は行われていない)。

2回目は2014年。この時は所用があった為、昼時の30分ほど会場をチラ見しただけでテストコース見学はしていませんが、一応ブログ記事にしているので、下【関連記事】をご参照ください。このコースの特徴などにも少しだけ触れています。

 

ワインディングコースと高速周回コースの2種類を見学し、所要時間は約1時間。楽しいものでした。

もし説明を受けなければ整備不良にしか見えない路面の凹凸も、米国・欧州など世界各地の路面を想定しての意図的な造形なのだそうで、その徹底ぶりはガードレールの輸入配置に至るまで。

途中、高速周回コースバンク部分ではバスを降りて、時速260km位で疾走する新型NSXやバイクなどを見学。見ていて興奮もするし、ホント見応えがありましたね。35度のバンク角度は分度器で見ると大したことないように感じますが、実際見てみるとまるで壁。成人男性でも登れない人が殆どらしく、登れるのは「SASUKE」に出場出来る人くらいだそうです。

 

ここのワインディングコースでの撮影と思われるシビック・タイプRオフィシャル動画

 

同じく鷹栖PGでの撮影と思われる新型NSXオフィシャル動画

 

上オフィシャル動画からのカット

 

バスに同乗した案内役の社員さんはコースの解説と、色々興味深い話をしてくれました。彼によると、たまに北海道警察がスピード違反者を取り締まる練習として、このコースを借りるのだそうです。

 

 

コース見学が終わると社員食堂に戻ってきて、食事が提供されました。

「カツカレーうどん」か「照り焼きハンバーグ定食」のいずれかをチョイスだったので、前者を選択。

栃木県の名産「レモン牛乳」も付いてきました。これ、かつて漫才コンビの「U字工事」がよくネタに取り入れてましたね。レモンの味なんか全然しなかったけれど、凄く美味しかった。

食事を終えると、屋外の展示コーナーを各自見学して自由解散です。2014年の時は一部の屋内に入る事が出来て、ホンダジェットのエンジン展示なども見られたのですが、今回はクローズド。

 

 

屋外では車両展示の他に、「NPO法人もりねっと北海道」という団体がコーナーを設けていて、薪割り体験コーナーや薪を使った石焼き芋、焙煎コーヒーの提供がありました。ごちそうさまです。

 

 

B・A・R ホンダ 006 というF1マシン。

2004年F1第9戦アメリカGPで、佐藤琢磨選手が日本人ドライバーとして14年ぶりの3位を獲得したマシンです。エンジンはV型10気筒3000cc 4バルブDOHC、最高出力は900PS以上/18500 rpm 。

 

 

2016年に正式登場した2代目NSX。値段は何と約2400万円。ひょぇ~。

3500cc V6DOHCターボでハイブリッドシステムを搭載し、出力はエンジン、モーターを合わせて581PS。

 

 

前方がつい先日より販売開始されたシビック・タイプR。320PSも出しますよ。後方はブルーカラーのNSX。

 

 

レース用バイク・ホンダRC211V。2006年のモデル。

エンジンは990cc V型5気筒4バルブDOHC。240PS以上の出力です。梅之助、バイクはよう分かりません。

 

 

昨年販売開始された水素燃料電池車・クラリティ。

 

一通り見て回ると、時刻は13:00過ぎ。会場は15:00まで開放されている予定でしたが、ポツポツ帰りだす人もいたので、梅之助もそれに合わせて会場を後にしました。

 

 

【関連記事】

第17回Honda秋祭りに行ってみた(2014/10/07)

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ここ2~3日の北海道は天候が不安定なところに寒気が上空に入り込んできて、ぐっと気温が冷え込んでいます。

そして遂に標高の高い山々に初冠雪の便りが聞かれるようになりました。

 

9月29日 NHK より

 

まず、利尻山が昨日の29日に確認。

そして今日朝起きてみると、自宅窓から見えた大雪山・十勝岳連峰の上部が白くなっていました。

 

大雪山旭岳の初冠雪  9月30日毎日新聞 Web版より (旭岳ロープウェイ提供)

 

大雪山旭岳の初冠雪はそれでも昨年より1日、平年と比べ5日遅い観測との事です。

やだなぁ~、夏に買ったストーブが遂に出番かなぁ~。

 

因みに初冠雪とは、夏が過ぎて気象台や測候所から対象となる山(全国で約80)を見た時、山頂付近が白くなっているのが確認される事で、初雪とは意味合いが異なります。

 

明日から10月。北海道では平地でも初雪が観測される月です。

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本日衆議院が解散しました。

10月10日公示、10月28日投開票です。

そして野党民進党が希望の党への合流方針を決定、事実上民進党が瓦解しました。

 

NHK 国会中継より

 

梅之助は時々思う事があります。

 

ネットもなかった昔は、国民の情報源であるメディアはある部分で今以上に左翼的でした。今でこそ日本に脅威を与える北朝鮮や中共に日本のメディアも批判する事が多々ありますが、日本に向けて核弾頭を配備していた旧ソ連には批判するどころか礼賛するという、狂った時代があったのです。読売新聞でさえ、かつては左寄りだったのですよ。

そんなメディアや、いわゆる「進歩的文化人」がリードする世論形成の中にあっても、戦後の日本人は致命的な選択ミスは犯さず、絶妙なバランスを取って来たような気がします。当時の社会情勢を考えると、社会主義政党による政権が誕生してもおかしくなかったのだから(保守合同前の短命だった1947年片山内閣を除く。また1994年の村山内閣は総選挙を経て誕生した内閣ではない)。

それはきっと戦前生まれの方々の「常識」が存在していたからではないか、と梅之助は思っています。


ただし、今はそういった世代の方々も圧倒的に少なくなりました。
現在の若い世代は自分自身でネット内に「真実」「情報」らを取りに行き、ついこの前に受けたばかりの左翼的な公教育を検証する人が多くなっていますが、戦後生まれの年配世代には思考の弾力性がある頃に検証機会が殆どなかったせいか、自分が受けた教育を否定する事が出来ない人も多いみたいです。そんな長年固定された考えで生きてきた彼らは、自身の考えと親和性を持つ現在の左翼メディアについつい踊らされがち。しかも一番選挙結果に影響を与える世代の人達でもあります。

仮に昔は通用した方策でも、時代・環境の変遷と共に方策は変容します。にもかかわらず、「時代・環境」という前提条件を吹っ飛ばして、前時代的な答えに固執する態度は、申し訳ありませんがやはりバカとしか言いようがありません。

 

少し抽象的な事を書いてしまいました。話を現実課題に戻します。

今まで梅之助は、選挙では「選挙区:自民党候補」「比例:保守系野党または現実政策を掲げる野党」に投票してきました。過去にはこんな記事を書いたりもしました(参照 → 願いは「保守系健全野党」の育成(2014/12/15))。

希望の党代表の小池百合子・東京都知事が、同党から立候補したい民進党議員を選別するそうですから、選別ハードルの高さにもよりますが、流れ自体は中長期的には日本にとって良い方向だと思います。

ベクトルそのものは。

しかし選挙の考えられない平時ならともかく、選挙直前のこの動きでは参加議員らの「中身と動機」が醜悪すぎます。「自民が安倍政権の時」「北朝鮮危機」というタイミングも史上最悪。加えて党代表は稀代のポピュリストと来たもんだ。

 

梓弓さんのツイートより。

 

   

 

   

 

普通の政権ではとても太刀打ち出来ない「日本国の真の支配者・財務省」とも、なんだかんだ言いながら安倍政権は必死に戦ってきました。

それを一体、どれくらいの国民が知っている?

 

こうなってくると当然、小池都知事が出馬するのか否かが大注目されます。今回の総選挙は最近にはない政権選択選挙の様相を帯びてきました。

もし、もし、万が一、希望の党が第一党となった場合、首班指名は誰になるんでしょうかね。

小池氏が都知事を辞職して出馬なら、都民を裏切り1年間東京都政を混迷に陥れただけで投げ出す正体不明の女に国政を託す?

小池不出馬なら、何日か前まで支持率数%だった党の議員が首相に?

そんなアホな!

 

 

力説しますが、これは戦後史の中でも最重要な選挙の一つです。

そして現在の日本人がバカなのか利口なのか、真に問われる選挙でもあると思っています。

戦後最もメディアに叩かれながらも、その政権期間中ほぼ50%を超える支持率を示してきた政権が、何の実績もない空気みたいな寄せ集め政党の躍進で、「場合によっては退陣」など絶対にあってはなりません。過半数を維持してもショボイ結果なら、2018年の自民党次期総裁選も厳しくなるのです(野田聖子議員、生き生きしてきそうだな)。

日本に必要なのは安倍政権の安定継続。無論、安倍総理もいつまでも総理を出来る訳ではないのだから、小池劇場はその時にやってくれ!

梅之助も余裕ぶっこいている場合ではありません。今回は「比例も自民」一択です。

 

 

上のツイ、特に後半は激しく同意します。

 

都知事選で小池氏を支持(部外者だけど)した梅之助自身の不明を深く恥じます。

ヤバイ、舛添さんがまともな知事に思えて来たよ。

 

 

【関連記事】

安倍一強政権が独裁なのか、小池新党が独裁なのか?(2017/10/07)

「国難突破解散」~身勝手なのは、大義がないのはどっち?(2017/09/26)

解散に対する与党と野党の見識レベルが違い過ぎる(2017/09/23)

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昨年11月に公開された映画「この世界の片隅に」が、今月レンタル開始されたので早速観てみました。

原作はこうの史代氏の同名マンガコミックで、監督は片渕須直氏。もうご存知の人も多いでしょうが、クラウドファンディングで資金調達がなされた作品です。

 

 

原作の方は既に読んでおり、映画もほぼ原作をしっかり踏襲していましたゆえ、ストーリー及び時代描写のあり方に関する具体的な評価は下の【関連記事】を参照ください。

 

 

主人公・すずさんの声は「のん」こと能年玲奈さん。NHK朝ドラ「あまちゃん」でブレイクしたものの、その後の事務所独立騒動で事実上干されていたようですが、このアニメ映画のヒットで再び注目を集めました。ほのぼのとした声当てが原作のすずさんにマッチしていましたね。

 

 

ストーリーは原作同様、すずさんが昭和19年に広島から呉へお嫁入りするところからがメインになりますが、プロローグにあたる主人公の少女時代のエピソードもしっかりと映画に取り入れられており、日本の平和な戦前時代がリアルに描かれているようでした。

ところで現在の日本では、北朝鮮の現状を戦前の日本と同一視する人を時々メディアなどでも見かけます。馬鹿も休み休み言え、って言いたくなるほど天地の差がありますよ。

 

 

また左翼的文化人は何かと日本について語る時、戦前と戦後を分断して論ずる傾向があります。

しかしこの映画を観ると、戦前と戦後の日本は連続している事が改めて実感させられますね。戦後日本が成熟した民主主義国家になったのも、戦前のしっかりした土台があっての延長線上であり、ある意味自然の成り行きなのです。

その事は是非、若い人にも知ってほしいな。

 

因みに今年の8月12日の東京新聞「気分はもう戦前? 今の日本の空気」という特集記事の中で、国際政治学者の三浦瑠麗氏は以下のような見解を述べています。

 

 まず、「戦前回帰」を心配する方々が思い描く「戦前」のイメージに不安を覚えます。大日本帝国が本当の意味で変調を来し、人権を極端に抑圧した総動員体制だったのは、一九四三(昭和十八)~四五年のせいぜい二年間ほどでした。それ以前は、経済的に比較的恵まれ、今よりも世界的な広い視野を持った人を生み出せる、ある種の豊かな国家だったと考えています。それを全て否定するのは一面的で、過去を見誤っています。

(中略)

 改憲の議論を見ても、国家観、歴史観を持ち、理念を掲げられる日本人が育たなくなっていることが分かる。残念なことです。台湾の李登輝・元総統を見てください。困難な状況下で骨太の政治理念を養い、民主化を主導した名指導者ですが、彼を育てたのは戦間期(第一次世界大戦と第二次大戦の間)の日本であり、戦後の日本ではないのです。

 

引用記事は→こちら

 

 

さて、話を映画の方に戻しましょう。

印象に残ったのは空襲の時、すずさんを下にしてかばい身を伏せた舅が、その際口ずさんだ歌の一節。

「勤しむ技術にこもれるは~世界平和の光なり♪」

軍艦マーチのメロディで、後で調べると「広海軍工廠歌」でした。これは原作にも載っていたのですが、映画を観るまで気付きませんでしたね。

戦前から脈々と受け継がれる日本人の「モノづくり」に対する熱意と資質が感じられました。

 

 

戦後の価値観による説教じみたものではなく、当時の等身大の日本人に出会える映画だと思います。

私たちは紛れもなく彼らの血を分けた子供でありその孫。後付けの価値観で自分を高みに置き、先人を裁く事は卑怯者のする事です。

 

 

 

 

【関連記事】

すずさんの見た帝国海軍の艦艇たち ⑤~終戦時の呉軍港(2017/06/01)

すずさんの見た帝国海軍の艦艇たち ④~重巡洋艦「利根」(2017/03/08)

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すずさんの見た帝国海軍の艦艇たち ②~「高雄型」重巡洋艦(2017/02/27)

すずさんの見た帝国海軍の艦艇たち ①~重巡洋艦「青葉」(2017/02/19)

漫画「この世界の片隅に」を読んでみた(2016/11/29)

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