不細工凛太郎
今日は一日、凛太郎と一緒に居ました。たくさん写真を撮りましたが、ケージの中で撮った写真に傑作です。凛太郎がうちに来て以来の不細工さ……アハハと笑いました。 明宏くんのノートから その4 自分がお寺などに居るとき じっと仏様を見る。じっとみつめる。だんだんと心が落ち着いていく。次第に肩の力が抜けていく。時には「うーん」とうなったり、深く息を吸ったりする。なんだか、涸れてしまった泉から、再び水が少しずつ少しずつにじみ出てくるような心持ちになる…。と、目の前を横切るものがある。また、また、また。それから突然やかましくなり、背伸びしたり、右に左に寄ったりしないと仏様が見えなくなる。仏様に会う前の自分に戻ってしまう。まわりが気になってくる。気が散る。「くそっ」と心の中で叫ぶ。こぶしを握りしめ、仏様の目をじっとみつめ続ける。しばらくはその繰り返しで、やがて何も気にせず仏様を見ることができるようになる。 初めて戒壇院にいったときは夏で、早川と自分の二人しかいなかった。壇に上がって、まともに拝見することができた。だからすごかった。愚かなぼくは、それを十分に書き表せないので、ここには書かないが、その荘厳な雰囲気は今も残っている。でも今は壇に上がれない。それに、人がよく来るようになった。修学旅行生までが。自由行動として、二、三人で来るのなら、ぼくは微笑んで彼らを見ていられるのだろうに……。ぼくは見る。こぶしを握りしめて。広目天の波動でとばされないように、じっと、じっと、身動きせずに。ああ、そこまではいい。だけど、ぼくが腐ってしまったから、ミイラのようになってしまったためか、時々まわりが気になる。半ズボンをはき続けていたときと同じ視線を感じる。また違う意味でこぶしを握りしめる。 助けてください。あなたのようにぼくはなりたい。力を貸して欲しい。ほんの少しでいい。その奥深い所から湧き出る熱いものと、そして勇気をください。あなたの光でぼくを照らしてください。湧き出る清水でぼくの魂をうるおしてください。 大声で叫びたいのを懸命におさえる。目に涙がたまる。こんなふうにしてぼくは、お寺で仏様を見ていた。 不細工凛太郎も、明宏くんのように思っているのでしょうか。ケージに放り込んでやった大きな紙の下にもぐりこんで、勇気をください……なんて呟いているのでしょうか。私とシゲの方をじっとみつめながら、ぼくの魂を潤してください、なんて祈っているのでしょうか。