今日は、凛太郎と二人っきりです。凛太郎のおかげで、規則正しい毎日を送っています。いま、昼ごはんをあけげて、これを書いています。さんざん遊んであげたのに、ケージに入れて二階でパソコンに向かっていると、キューンキューン、遊び足りないよーと、階下で鳴いています。……ようやく静かになりました。不貞腐れて寝たようです。
兄自身の愚かさをそれと気づかせ、周五郎の厳しい叱声に結びつけてくれたのは、この岩井くんの謙虚さだった。兄は生涯「本」をはなすまい。そして生涯「先生」でいたいと思った。ありがとう周五郎。ありがとう岩井くんと心の中で叫んだことを覚えている。
そして五年後、兄はこんな作文に巡り会った。
「……僕はとてもバカな事をして来た。いつも相手を罵って自分を満足させていた。一旦、相手が自分より下だと決めてしまうと、相手をほめないどころか、卑しい優越の喜びがひたひたと湧いて来るのを待ちかまえていた。僕はそういう男だった。今日、塾に行ってみんなと会うと、自分の理想とする人格が自分にはまだまだできてはいなかったのだと思い知らされた。『罵ったりしてはだめだ。謙虚になれ。』という先生のことばが不可解だったのが、今ではその心がよくわかる。自分にも相手と同様、過ちがたくさんある。それを考えずに相手を罵って自己満足するのは、『人間のクズ』だ。他山之石、可以攻玉 と言うように、どんなものでも自分を磨く糧とする姿勢で、日常を送らねばならないと思う。『人間七分、学力三分』。そうだった。勉強の原点は自分を作ることにあったんだ。謙虚に自らをみつめ直し、そこから大切なものを学んでいく。そうすれば今以上に楽しくなる。成績にとらわれ過ぎていた自分を恥ずかしく思う。不屈の精神は人一倍あった。だけど謙虚さがなかった。今、不屈と謙虚は同義語なのだとわかる。先生に、塾の友達に巡り会えてよかった。井の中の蛙だなんてみんなを罵ったりして悪かった。ごめんなさい。僕を大きく成長させてくれた彼らに感謝したい。」
志望校めざして懸命に励む中三生のY君は、「やってやるぜ、見ていな先生!」と快活にまとめている。ああ、今、兄にすばらしい人生の教師がいる。その人が兄を純化させ、謙虚にしてくれる。その人とは……他ならぬ君たちだ。
さて、次回は、森鴎外に登場してもらいましょう。石見の人、森林太郎の縁を追いながら、また中学生たちの作文を読んでいきましょう。
凛太郎はしばらく、ネンネネンネです。
