凛太郎はもうすっかり我が家の一員になりました。内弁慶です。外から帰って家に上がると、我が物顔で闊歩します。これが、外から帰ってきたときの得意気な様子です。もう、怖いものなしで、今日も腕白ぶりを発揮しています。



凛冽の汗

 長岡のM先生(数学)に教わって、兄はもうずいぶん以前から、こうして後輩の声を中三生にプリントして手渡してきた。温かい人と人とのかかわりーそういえば、この◯◯塾の生徒はみんなお人好しで、生き方が不器用で、自分の悩みより友達の苦しみを気づかっている。苦心して解いた数学の難問なんかを、すぐうれしそうに仲間に教えて笑い声を上げている。漢字の練習を図書室や自習室で、楽しそうにみんなでやっている。

 どこやら他所では、解法など絶対人に教えるな、参考書やノートを盗まれないようにしろと注意する塾があるらしい。志望校に合格するまでは、他人のことなどかまわず、とにかくガリガリやれと諭す塾が多いと聞く。いかにも学問は孤独な作業だ。力をつけるべきは、他ならぬ己なのだ。しかし、それだけが学問の全貌だろうか。学問とは、そんな利己的で、非人間的なものだろうか。いや、誠実な人間の生き方を思い、人の世の哀楽を思うとき、学問は孤独だという考え方の偏狭と傲慢が見えてくる。

 長い歳月を費やして、◯◯塾が培おうとしてきたものが、いま、みごとに花を開きはじめたのだと思う。「感謝」「奉仕」の心が、友を思い仲間を気づかう温かい君たちの心となって花を開き、「反省」の戒めが、ともすると高慢になりがちな自分を省みさせる、謙虚な君たちの心となって実を結んだのだと思う。エゴイストになどならずとも、仲間と一緒に頑張っていく。お人好しだと言われようと、友を思い人を愛する温かい心で励んでいけば、きっと志望校に合格できるんだと、君たちと先生たちと肩組んで、みごとに証明していこうじゃないか。


 若い私の偉そうな言葉の羅列です。しかし、その心は、子どもたちへの思いは、今も変わりません。その変わらぬ心で、もう一度、凛太郎を慈しんでいけますように、どうか見守ってください。