願いをこめて名づけたその名のごとく、凛太郎は凛々しく育ちました。と言えば格好いいけれど、とにかく腕白で獰猛で、いちびりで、その何というか、男の子らしくなってきました。噛み癖だけは直さないとと思っています。



凛冽の汗

 明宏くんのノートから その2

 初めて戒壇院の広目天を見たとき、ぼくはとても感動してしまった。そのあと他のお寺へ参って、四天王などを見ても、「なあんや」という感じになった。「なんや、こいつ、武器なんか持って、半分脅してるやないか」とまず心の中で思った。戒壇院の広目天とは全然ちがう。そう思って、興味を感じなくなる。そんな時期があった。でも、しばらくして、力強い仏像や神像を見ていて、「鎌倉時代の武士」という印象が頭に浮かんだ。その像が鎌倉期のものであるのかどうかもわからない、どういう連想なのかもわからないが、そんな印象を持ったのだ。それから、もしかしてこの力強さは、鎌倉期の素朴で力強い人たちによって造られ、鎌倉期という剛健な時代の影響を受けているのかもしれないなと勝手に思うと、それまで何とも思わなかったその像が、実に人間っぽく見えてきた。それからは、静かな感じの仏像よりも、普通の四天王のほうがひかれるようになった。

 この前、秋篠寺に行ったとき、びっくりしてしまった。五大明王とかいうのだったと思うけど、鬼とか悪魔と言ったほうがいいような感じの神像群があった。薄気味悪い感じがした。五体の視線の合う場所に立って、「すげえ」と思いながら見上げた。圧迫感に耐えつついろんな角度から見ていると、また驚いてしまった。五体のうちの一体だけだったが、ある角度から見るとその神像は、ものすごく悲しい顔をしていて、しかもその哀しみを必死で耐えているような顔に見えた。何とも言えない、うまく書き表せない気持ちになってしまった。

 それから、しばらくして、他の四体をゆっくり見ていると、額にもう一つ目のある像に気づいた。きっとその目は、悪人というか仏様の教えに逆らう者を、すごい形相でにらみつけるためにあるのだろう。にらみつけられた者のうち気の弱い者は、いろいろと言い訳をしたりするだろうし、そうでない者は向かっていったりするだろう。でも、額にあるもう一つのその目で、その言い訳が本当であるか、真実はどうであるか、相手が次にどんな行動をとるか、逃げるのか、戦うのか、厳しくそして静かに見きわめるのだろう。


 そう、今にも噛みつこうとする凛太郎のように、向かってくる敵を……えっ、これは舐めようとしているのですか。こりゃどうも失礼、凛太郎くん。