今日は凛太郎が大いに怒り狂いました。悪いことをしたので、鼻先を噛んでやると、遊んでくれているとも思ったのか、キューンと鳴いて部屋の中を走りまわり出しました。そんなわけで、今日の写真はかなりブレていますが、止めに入った私の手にガブリと噛みついたところです。私はあなたを許さない、とばかりに。



凛冽の汗

 灰谷健次郎の「私の出会った子どもたち」を中心にして、何回かのシリーズでお送りします・


 「先生、先生は私たちに謝った。しかし、先生、あなたを私は許せない。私も陰口を言ったのするので、あまり人のことは言えないが、先生、あなたのやり方は、私たちのそれよりずっと汚い。私たちが陰口を言うのは腹が立った相手にだけで、その相手に面と向かったら平静を装うなんてことは断じてしない。先生は、陰口をきいた私たちには、何の恨みもなかったはずだ。

 田中くんがあざをつけて授業に出たときも、田中くんの喧嘩の相手を「チンピラ」と言った。あの時はみんなは笑っていたが、私は笑う気にはなれなかった。なぜなら彼は、先生にそこまで言われたことを知らないし、私たち

も先生が別の教室で言っていることは知らない。何を言われているのか分からないからだ。

 夏期講習があって、このことが公になったが、私は思いきり立腹した。少なくとも二年生の頃は、みんなで宇治へハイキングに行ったりして、授業もまあまあ熱心だったので良い先生だと思っていたのがこうなって、私は大人が信用できなくなった。

 私は、先生がいくら謝っても許せない。他のみんなにも、そういう人がいるにちがいない。先生が涙を見せたとしても、偽りの涙と思われても仕方ないだろう。」


 「『え、何のこと。』ぼくは思わず聞き返した。『だから、児玉先生が他の園でおれらの悪口言っとったんやて。』杉山が答えた。それでも、ぼくには何のことかわからなかった。まさかそんなはずがない。ぼくは、そういうふうに軽く思っていた。

 当の先生の時間、皆が試験の解答中に先生がそのことを切り出したとき、ぼくは信じられなかった。ぼくの心の中のぼくが、何かを落としてしまったような感じだった。ちょうど落し物をして、まだ落としたかどうか分からず、身体のあらゆる部分を捜しまわっているようだった。先生が謝罪文のプリントを配り、一人一人まわり始めたとき、ぼくは、ようやく落としたことに気づいて、失望と不安に泣いているところだった。だから、先生がぼくの前にまわって来たとき、一瞬とまどった。でも、ぼくは、自分が必ず、泣きながらでも今歩いてきた道をもどり、落し物を捜し当て、そして拾って、泣きやむと思ったから、先生を信じたから、ぼくは、プリントを受け取った。

 今はまだ、落し物を捜し当てていない。今捜しているところだけど、まだみつかっていない。しかし、あのとき思ったように、信じたように、必ず捜し当て、拾い上げられると信じている。たとえ、道に迷ったとしても。」


 その塾で、走り始めて三年目くらいでした。私は、許されない過ちを犯してしまいました。項垂れる私を、肩を抱いて支えてくれたのが、今は亡き灰谷さんでした。あれから二十五年余り、今は……シゲでしょうか、凛太郎でしょうか。くずおれそうな心を支えてくれるのは。