朝方、遊んでいると、次第に興奮してきて、遂に凛太郎が発狂しました。噛み魔になり、初めて「ウー」と呻りました。もう、そんな凛太郎はほっといて、私は初めて年金の相談に郵便局へ行くことにしました。厚生年金は簡単ですが、公立学校共済年金のほうが面倒だということがわかりました。ご同輩の方がおられましたら、ご注意ください。
幼い頃から秀才で、学校の成績もずっと首席で通してきた青年が、家の没落から開業医を志すが生活困窮、藁にもすがる思いで作者(鴎外)に手紙を書いて書生に置いてくれるよう懇願する。その手紙の全文を紹介するという構成で『羽鳥千尋』は描かれている。
窮乏に至った経緯を前置し、家のこと、父母のことを述べ、医者を志したのは母の急病に遭遇したからだと純情な動機にはにかむ。しかし、自身のことを語り始めると、たちまち尊大に、自らの天才を言い、向学心の旺盛であることを言いつのり、感受性の鋭敏を自賛する。そして、いかに自分が秀才であり、高く深い学問をきわめてきたかを衒学的に綴り上げる。
羽鳥千尋は薄命であった。望みかなって鴎外に職の世話までしてもらったが、念願の開業医の実地試験だけを残して二十四歳で早世してしまう。手紙はその前兆ともいうべき十九歳の折の病気の記事になり、少しずつトーンを落としながら哀願の調子になっていく。
終末、あれほど高ぶったことばで自らの優秀と努力を言いつのった千尋は、静かに、つつましやかに母を振り返り、蕭条とした明け方の風景を描く。
「先生。私は此手紙を心血で書いた。此手紙は私の半生の思量が堤を決して溢流したのである。此手紙は私の青春の情火の焔である。……先生。私はとうとう泣いた。そして傍に寝てゐる母に目を醒まさせた。昔風の大きな家のがらんとした天井の下に蚊帳を吊って親子三人がゐるのである。私は床の上に燈を置いて、細い燈の下に筆を走らせてゐる。もう二番鶏が鳴く。
『体を悪くするといけないから、もうお寐よ』と云って、母は厠に往って、帰って又横になる。森のある東の方で頬白が鳴き出した。」
千尋は鴎外かもしれない。いや『最後の一句』の いち がそうであるように鴎外の「良心」の権化なのだと思う。実際に『羽鳥千尋』を読めばその学問への精進のありさまが、そっくりそのまま鴎外自身に重なることがわかるだろう。そしてこの終末である。純粋な鴎外の「良心」は、きっと君たちの心と響き合うにちがいない。『妄想』という短編も読んでみてほしい。学問に励む学究の徒にとって真に「生きる」とはどういうことなのかを、切実に考えさせてくれるはずだ。
さあ、そろそろ、冒頭の後輩たちの励ましに応えなければならない、受験本番を前に、或いは卒園直前に中三生が書いてくれた「後輩へ」を紹介しておしまいにしよう。中三生たちが語っていることに共通しているのは何か。どうかしっかり読みとってほしい。それがいちばん大切なことなのだから。
ということで、合格高校を付記して、その中三生たちの「後輩へ」の一部を、次回紹介しましょう。発狂していた凛太郎も、今はぐっすりと睡眠中です。ねーむれ、眠れ、凛ちゃん眠れよー……
