凛太郎ドライブ
今日は朝から、シゲと凛太郎と三人(二人と一匹)で、京都市内へドライブしました。ついでに、しっかりお仕事をして、凛太郎も一日オフィスに居ました。帰途は車の中でぐっすり…ムムム…知らないところではやはり疲れるのでしょうか。風呂屋により、夕食を食べてる間、ずっと死んだように眠っていました。 「こなたは世間を汚らわしい卑賤なものだと言われる。しかし世間というものはこなた自身から始まるのだ。世間がもし汚らわしく卑賤なものなら、その責任の一半はすなわち宗方どのにもある。世間というものが人間の集まりである以上、おのれの責任でないと言える人間は一人もいない筈だ。世間の卑賤を挙げるまえに、こなたはまず自分の頭を下げなければなるまい。すべてはそこから始まるのだ。」 これを書きながら兄は、胸のうちで泣いている。老人の言葉で頭から一刀ずんと斬り下げられ、傲慢で偏狭なのはやはり伝三郎のほうであった。兄自身であったと自らを愧じる涙を流している。若い君たちのほうがよほど謙虚であることに、ようやくにして気づいた愚かな兄だ。 「……ではどうしたら、正しい判断力が身につくのだろうか。先生のプリントを読んでぼくはその答えが分かったような気がした。先生は書いておられる。『中傷に堪えることは試練である。そして中傷するものもまた、幼く無知であるから残酷なのだということに気づいてほしい』と。くやしいことや腹の立つことも、ひとつの試練だと思えば堪えて乗り越えることができる。また自分が未熟で無知だと思えば、自分の言動をみつめ直す謙虚な心が生まれてくる。こうしたことをひとつずつ乗り越え、通り抜けることで、正しい考えができる人間になれるのではないかと思う。未熟なぼくは、これからいろんな事で人の心を傷つけたり、まちがった行動をとって、後悔したり苦しんだりすることだろう。だが、どんな場合でも、自分の言動をみつめ直す謙虚さと、まちがいを正して乗り越える勇気を持って生きていきたいと思う。」 もう五年前になる。今はすでに大学生になっているはずの岩井〇○君が、長岡校(正確にはその前身である大山崎教室)中一特進クラスに在籍していたときに、兄の語りかけ(プリント)に対して綴ってくれた作文の一部だ。 こんな具合に、もう三十年前くらいの中学生たちの作文を引用して、淡々と、私の思いを綴っていきます。『山月記』と『武家草鞋』のまとめは、次回にします。例えば、今はもう、老練な医者になっている岩井君の中学一年生の頃の心の在り様を、いま感じ取ってくれましたか。うーん、凛太郎はそんなにも長く、生きていてくれないのですね。もう、今から、別れが辛い、寂しいです……