凛太郎、二週間目に突入です。朝から元気、元気。今日で連休もおしまいです。火曜日を休みにしていますから、シゲと一緒に凛太郎の世話を楽しんでいられる連休も、今日までなのです。明日からは私、ダマが一人で凛太郎をみるか、また十一時間の留守番大作戦になります。凛太郎はそんなことはお構いなしで、屈託がありません。
「あの方はたいそう疲れていらっしゃるのですね、お祖父様、きっとずいぶんお辛い旅が続いたのでしょう、わたくしあの方のお顔を拝見したときにそう思いました」若い娘のつややかな声が、秋の午後のひっそりとした庭のほうから聞こえてくる。「……並なみのご苦労ではないのですよ、あのお眼の色でしんそこ疲れきっていらっしゃるのがわかります。わたくし胸が痛くなりました、お祖父様」
「その土を均すのはお待ち、朽葉を混ぜて少し日に当ててからにしよう」老人のしずかな声がそう言った。「……今年あんなに虫が付いたのは鋤返すとき日に当て方が足りなかったのだろう。可哀そうにこっちの蕨はみんな根がこんなになってしまった」
「ああそれはお捨てにならないでくださいまし、わたくし糊を拵えますから」
山本周五郎の『武家草鞋』という作品は、老人と娘のこんな穏やかな会話で始まる。そこにはまだ、眼に熱いものを溜めて我々を叱る、厳しい表情の周五郎は見えない。
宗方伝三郎という主人公は、二百石どりの出羽新庄藩藩士。清廉潔白ということを信条として育った謹厳な若侍であった。しかし周囲は、彼を偏狭で傲慢な独善家だと嘲笑い罵った。が、偏狭とは彼が正直一途だからだし、傲慢と罵るのは彼が廉潔をたてとおすからであり、御都合主義と虚飾でかためた世間の人々には、純粋に生きようとする彼の態度が滑稽でもあり、けむたかったのである。
新庄藩に世継ぎ問題がおこった。内紛が続く。伝三郎は正論を奉じ、それゆえに上役や老臣と衝突し、潔く藩家から身を退いてしまう。わずかな貯えを持って江戸に出た。武士でなくともよい。精錬に生きる道さえあれば、どんなことでもしようと決心して。しかし、世は貞亨・元禄時代。幕府体制もおちつくところへおちつき、新しく勃興してきた商人階級のちからは、ともすると武家の権威をすら凌ぐ勢いを示し、世は挙げて富貴と歓楽を追求する風潮に傾いていた。すべてが「金」であった。そしてそれはひとり商人ばかりではなく、世のすべての人間たちの価値の尺度であった。
伝三郎は絶望した。おぞましい江戸の街と袂別し、自害して果てようと山深くへわけ入った。何日も食物を口にせず、死にかかっているところを老人と娘に救われたのである。山や野は美しかった。耕地に働く農夫は汚れなく淳朴で、つつましく見えた。伝三郎はその山里で生きてみようと思った。
さて、これからどのような展開になりますか、楽しみにしてください。伝三郎が凛太郎とダブって見えます。幼く汚れない無垢の魂は、どうなっていくのでしょうね。
