凛太郎の大脱走
朝、近くのスーパーで買い物を済ませて、凛太郎を散歩させていると、ちょっとした拍子でリードを放してしまい、大脱走しでかしました。大型車両のビュンビュン走る外環状の真ん中を、猛ダッシュして逃げていきます。青くなって追跡し、何とか捕まえましたが、もう危ないことこの上なしでした。白土秀◯君の巻 ④ 五条校の帰りの西大路通り。マフラー首に巻いて、赤信号無視の勢いで家まで自転車でとばして、帰り着いたときには全身があったかくて。冬だったら冬、夏だったら夏の自分が居たわけで。それで憧れの高校夢見てて。本当に理想じゃなかったのか。あれが現実だったのか……。そうた゜、あのときの心が、ここ一年、もう心の中から逃げているのかもしれない。熱いときめき、胸の鼓動が冷えかけていたのかもしれない。 「夢追人」……常に前向きの姿勢で、強がらず、投げ出さず、一心に自分を信じ、他人を信じ、仲間の歌に耳を傾け、寂しい日には心ひらいて歌を口ずさみ、友が居て、師が居て、家庭があって……。生きてゆける。「世の中捨てたもんやないで」って肩組んで笑顔を交わす。それが僕らの心の中に居るはずの「夢追人」なのだと、そんな「夢追人」を一人ひとりが掌で温め続けているのだと……。僕の心の中に、矢のようになって光を投げかけた学生時代の誰もが持っているはずの輝き。 そうだよね。それでなきゃ。何のために今、大人になってゆくのか分からないものね。今なら、自分の胸のうちを叩き、殴り合いになってでも聞いてくれる人がいる。本当に大事なものを、涙して教えてくれる師がいる。 夜の街を歩きながら、変わりゆく人と、店と、文明と、おっちゃん、おばちゃんと僕らを、ほんの短い間みつめていた。ただ、それはすぐに、「夢追人」という宇宙の彼方に遠ざかろうとする。「空想にはするまい。幻想では終わらせまい。これはすべて確かな明日へのステップであり、今のエネルギーであるはずだ。」 「おじさん」の風景。横顔のある風景。人と人との関係が育んできた文明と文化。限りない才能を秘めた同胞たち。はるか前方に明日を夢見る先輩たち。振り向けば、明るいがしかし少し不安そうな後輩の顔。 「おじさん、泣かないでよ。」おじさんの涙は十分温かい。おじさんの横顔をきっと僕の原風景の一つにしていくよ。娘さんが嫁に行かれるのですか。 ますます緊張を高めてゆく人間社会の構造上の矛盾。「出る杭は打たれる」的思考回路を植えつけようとする教育制度。言い出せば矛盾は尽きないが、少数ながらも「おじさん」のように、社会の理不尽に「横顔」で抗議してくれる人がいるということを忘れてはならない。インテリでございますと高慢でエゴイストの大人たちばかりではないことを忘れまい。 「おじさん」の歌がそんな意味でないにしても、それを笑う人を恥じ入らせ、反省と希望を促してくれるなら、おじさんの歌はもはやただの酔歌ではない。涙や笑みを、人前だからと隠す人ばかりなら、人の世はもっと冷たいはずだよ。 私は、こうして机に向かって鉛筆を走らせながら、自らの過誤に唇を噛んでいる。秀〇が高三の冬、私に宛てたこの手紙の重大さと、私の中での或る気づきが、今、少しずつ私を解放してくれつつあるのだ。苦い悔いが温かい喜びに変わってゆくのがわかる。「私はすべての人を受け容れています。」私が、自らの成長のために、自らに課した契約である。今、まるで子どものままの自分がわかる。私は子どもたちを愛した。が、大人たちを毛嫌いした。生徒らを後ろ手にかばうようにして、大人たちに歯を剥き、「汚い、近寄るな。」と叫んでいた。当然のこと生徒らには、大人たちの汚濁と卑劣を、大演説で教え込もうとしていたのだ。 「そうじゃないよ、先生」と、秀〇は教えてくれていたんだ。大人や子どもって言うことじゃない、いい人はたくさん居るよ。人間はみんなやさしくて、すばらしいんだと先生が教えてくれたんじゃないか。私にそっくりなトーンの秀〇の手紙。けれど、私よりもずっと上質な秀〇の感性と意志。 あたかも母親たちの多くが、わが子を自らの独占物のごとく思い込んでいるのと同じように、受け持ちの生徒を自分のもののように誤解している私が居た。彼らは次の世代からの預かりものだということを、秀〇は身をもって教えてくれていたのだ。 雨の日の出会いから六年を経て、ビニールの合羽をやさしく着せかけてくれたのは、むしろ秀〇のほうだったことを、私は今、胸に衝き上げる感動と共に思い知らされている。ごめんなさい、そしてありがとう秀〇。 凛太郎もまた、次の世代の預かりものなのでしょうか。いや、凛太郎はやはり私とシゲのものです。でなければ凛太郎は、生きていけません。大事に、大切にします。