このごろ、やっと凛太郎のことが分かってきました。ウーと唸るのはほとんど、喜んで熱中しているときなのです。その証拠に、唸りながら、尻尾を振っているのです。また、噛み魔になるのは、長い間放っておかれて寂しかったときで、しきりに遊んでほしくてスキンシップを求めているときなのです。例外もありますが、凛太郎はやはり可愛い我が家の一員なのです。
僕は目を閉じた。何も見たくはなかった。たった今、目にした母の行為を、忘れようと務めた。陽だまりの花壇にかなしい視線を転じた僕の名を、高く呼んだ声があった。清冽な春の陽射しを背に、白い歯を美しく輝かせて、僕をみつめて微笑んでいる若い女の教師であった。若々しく頼もしいその教師に対して、僕は好意に溢れた声で、大きく返辞をした。その大きな声は、僕の心から、母のあの裏切りとも思える行為を忘れさせたが、突拍子もない大声での返辞に対しての未知のものたちの嘲笑は、再び、僕の心を翳らせた。にわかな春雷と共に、突然の驟雨が周りの未知のものたちを流し去ればよいとさえ思った。
今思えば、母はそのとき既に父と離れて、僕の入学式にさえまともに出席できないほど過酷な、僕と彼女の生きる糧のための労働を余儀なくされていたのだ。
気負った、鼻持ちならない文章だが、表現や表記には確かな成長があるようだ。中学一年の終わり頃、本好きのぼくのために、母はかなり無理をして文学全集を買ってくれた。ぼくはいよいよ本の虫になり、文学少年を気取るようになる。ちなみにぼくは、陸上部に入部してグランドを走り、同時に文芸部に入って文集をつくっていた。周囲からは『変な奴』だと思われていたにちがいない。
中学二年になる。どういう事情だったのか中二で文芸部の部長になった。この年、すばらしいクラス集団に出会う。そのことは次回に話すことにして、進級の決意を綴った作文を、また一切手を加えず引用して、今回のまとめとしよう。精一杯背伸びした、文学少年のつもりのぼくが居る。
新学年を迎えて
ぼくは、今、ある程度の不安と喜びでいっぱいです。中学二年になって、心身も成長し、頭脳ものびてゆくでしょう。然し、其れに伴って、悪徳、欲望、不良な成績、そんな事もくっついて来るでしょう。でも、そんな事に負けてはならないのだと思います。何時も其れに打ち勝って行く強い心、所謂、魂を持ち、そして努力。然し、ぼくには其れ程の自信が有りません。その為に不安なのです。でも、進級の喜びは何事にも代え難いと思います。
もう、青年の顔ですね。いえ、凛太郎のことです。でも、どことなく頓馬な顔でもあります。憎めない凛太郎の幼年期、記念の一枚です。