というか、お腹がパンパンで脚も太く大きくなりました。もう、憎たらしいほどです。繁華な所では、見る人がみんな「可愛いねぇ」と言いますが、『どこがかわいいねん』と思わずシゲと顔を見合わせています。
そんな或る日、僕は黒谷の真如堂の坂道で目の不自由なおばあさんにかかわった。大学生になってすぐだったろうか、人に請われてまとめた文章に、僕はそのときのことを書いた。
自分らしさを見つめて
私事で申し訳ないが、私は幼い頃に良心の離婚を体験している。十八歳の今日に至る迄、母の手ひとつで育てられた感が深い。それだけに「母」ということばの響きには弱い。しかし、四十歳になる母に対しては、「照れ」もあってか、つっけんどんである。けれど、おかしなもので、街中で私の眼は、常に母の影を追っているようだ。ことに、老いてなお激しい労働に携わっている女性や、行動の自由の効かなくなった痛々しい老婆に胸を熱くしてしまう。まだ楽をさせてやれない母がこのまま老いてしまったらと、感傷的な危惧に自己陶酔してしまうのかもしれない。
橙色の秋の陽は、既に家並みの向こうに落ちかかっていた。白々しいコンクリートの舗道に、ひとりの老婆がうずくまっている。しきりに地べたを掌で撫でまわしている。異様な光景であった。老婆は額に汗をにじませ、髪の毛を振り乱している。よく見ると、老婆の眼は地べたに向いていない。ただ空しくあらぬ所を見つめている。私は了解した。多少の照れはあった。しかし熱くこみ上げるものが私を促した。
老婆は一本のヘアーピンを探していたのだ。つつましい身なりの老婆には大切なものであったはずだ。見えなくなった眼を空ろにたゆたわせ、老婆の掌は必死に地べたを這っていた。
大仰に腰をかがめて、何度も礼を繰り返す老婆を振り返りながら、私はその場から離れていく。妙に心が残った。大丈夫だろうか。不自由な眼で、ちゃんと家まで帰れるのだろうか。老婆への労りが私の心を占めていた。そこへ母を置き去りにしたような気がした。
そして、今、私は、克明に心にやきついたこの情景をみつめ直している。見も知らぬ街角の老婆に対して、私は何故あんなにもやさしくなれたのか。今思えば、赤面してしまいそうな繊細な心の動きがそこに在ったようだ。やはり私は、母の影をその老婆に見たのだろうか。「肉親」というものに対する、一切の掣肘を超えた温かい思いが、写し絵のように私をとらえていたのだろうか。
いずれにせよ、あの夕陽の凋落の中で、私の心はこの上なく細やかで、やさしげだったはずだ。忘れていたものに気づいた感動に、返照のせいばかりではなく、貌を赤く上気させていたはずだ。
僕はやっぱりそんな少年だった。喧嘩もした、不正行為もした。そして訳もわからず政治少年を気どり、破壊や暴力にもかかわった。僕は僕の人生を行くんだといきがって歩き出したが、やはり僕は真面目で、やさしいだけが取り柄の少年だった。三十五年、父と離れてからたった一人で同じ仕事をし続けた母の、その黙して語らぬ背中がいつも僕を人間として正しい方向へ導いてくれていたのだ。綿々とひたむきに、平凡な日常を生きることがどんなに大変なことか、重々しいものか、今にして僕は思い知る。僕が君たちの年齢だった頃、未熟な体験と思考で「これはこうだ。」「これはこういうものだ。」と思い込むことで身にまとったプログラムを、僕は今、懸命にみつめ直してみる。
ほら、よく聞きなさいよ、凛太郎よ。おまえも、そんな少年になってくれますか。なろうとしていますか。へへんだ、真面目でやさしいだけが取り柄の少年なんて、ちゃんちゃらおかしくてなれますかってんだ。ケージの中から円な瞳で見つめながら、凛太郎が憎まれ口をたたいている雰囲気です……