ワクチンその他を3回受けていればOK、ということで今日初めて風呂(シャワー)に入れてやりました。身体拭きのときよりも、唸りも少なく、温かいお湯で気持ち良さそうにしていました。うーん、いい湯だな~って調子ですかね。
高校一年のときの習作を引用する。ぼくがどうなっていくのか、予測しがたいものがある。
少なくとも釈然としたものであった事だけは確かであった。過去の曖昧な感情と怠惰の混沌の中から、抜け出そうともがいていた矢先であった。学業の不振と、全てのものに対する怠惰は、ぼくとしては全く不本意なことであった。その上ぼくは、そこから脱しようと努めないばかりか、周囲の俗物の忠告など聴く耳も持たなかった。しかし、今は違うのだ。何かしら、ことばにするには困難な感情がぼくの裡に沸き起こり、それがこの決意にまで昴めたものらしかった。今、ぼくは戸惑っている。かつて過去十六年続けて来た生活と、新たに始めようとする生き様とのあまりに大きな差異がぼくを当惑させるのだ。
加賀屋の町は軽薄で狭い。ぼくもまた幼稚で狭小であった。母がぼくを幼稚園児のように、小学校低学年の児童のように扱ってきたわけではない。むしろ彼女は母子二人の糊口をしのぐのに多忙であった。原因はぼくの内向的な性格にあり、幼い精神による文学の未消化にあったのだ。流行を鼻先にぶらさげた少年少女が横丁から腕を組ん出てくる。こんな町をぼくは出て行こうと思う。そしてまた書を捨てようと思う。
その年の九月、ぼくは十六歳になっていた。この習作は、ぼくの精神的自立宣言であったようだ。高三から大学にかけて、ぼくは或る事に没頭するあまり、母と祖母だけの家を実質的に捨ててしまう。高一から高二の二年間は、その準備期間であったと思う。この期間、ぼくはそれまでで最も熱く生きた。巣立ちの若鳥が方向を見定める模索のときでもあったのだ。次回、その熱い日々を語りたいと思う。
そう、凛太郎もまた、熱い日々を送り始めましたよ。私たちの脚にしがみついて、しきりに腰を振り、なんだか怪しい行動をとり始めました。こらっ、いやらしい態度はやめなさい、と言っても…や…め…ま…せ…ん…
