イメージ 1

 

 山形県の鶴岡を共通の土地とし、昭和一桁生まれで、青春時代に戦争を体験し、戦後、素晴らしい業績を残してこられた二人の先生の対談は、この上なく面白いし、とっても貴重である。
 後半では、人生力を得る方法として、2人の先生が共通した回答を示してくれてもいる。


【終戦直後の朝鮮人】
 [渡部] あの当時の(日本の)交通事情はめちゃくちゃです。ダイヤは乱れっぱなしで列車の本数も少ない。
 [木田] どの列車もこぼれ落ちそうなほどの満員なのに、そこだけ空いていて悠々座れる車両があるんですよ。そこに座っているのは朝鮮人なんです。彼らは戦勝国の人間というわけで大変鼻息が荒くて、敗戦国の日本人を乗せないんですね。
 [渡部] 考えてみると。シナ人はともかくとして朝鮮は日本と戦ったことがないんだから、朝鮮人が戦勝国民であるはずがないんだが、あのころは確かに威張っていましたな。
 [木田] 「乗ってきたら殺す」なんて怒鳴っているが、とにかく乗り込んじゃう。ボカスカ殴られます。しかし、こっちは殴られるのは平気です。何しろ海兵で鍛えられていますからね。すると女親分みたいなおばさんがいて、まあまあとなるわけです。 (p.66-67)



【渡部先生の英語習得方法】 (p.165-167)
 原文を日本語に訳し、その日本語を英文に訳して原文の復元を試みる。完全に復元できるまで何度でも繰り返すのだそうである。これをやったので修士論文も日本語の下書きなしにスラスラ書けるようになったのだという。
 ドイツ語についても、英語の学習が元になって、留学の半年後には小論文をドイツ語で提出していた。すると二人のドイツ人教授が口を揃えて言ったそうである。「きみは天才である」 と。
 凄すぎ! Terrific !
 


【木田先生の勧める語学習得の効用】
 若いうちはなかなか目標が見えません。何を目標にしていいのかわからないというのがふつうなんじゃないでしょうか。そこで、ウダウダしてしまうことが多いんだが、私はね、そういうときにはとにかく語学をやりなさい、と勧めたいですね。語学習得、つまり暗記に熱中していると、精神に曇りがなくなる。すっきりして、やることがわかってくる。こういうわけで、いつの間にか絶望は乗り越えていた。 (p.173)

 肉体を使って汗を流している人は悩まない。肉体を用いて何かにエネルギーを注いでいるから、少なくとも精神的にウダウダなどしていない。肉体を使わない人は悩みやすい。肉体を使わない人でも、暗記に熱中すれば、汗に替わって集中力というエネルギーを多量に注ぐ頭脳労働となる。ここがポイント。
 人生の目的が不明であっても、何かにエネルギーをフォーカスし続けることで、精神の雲が払われ “悩み(=汝が闇)” は自ずと解決に向かう。


【渡部先生の結論、「暗記は、人間力の根源」】
 つまり、人間存在の核心をなすものは、記憶力である、と言っていいと思うのです。記憶力とは暗記力のことです。暗記するという努力は記憶力を鍛えることであり、それは自分という人間としての力、人間力を鍛えることなんだ、と言いたいですね。 (p.231)

 木田先生も渡部先生も、外国語を完全に習得するために、外国語を暗記するという方法が王道であるという見解で完全に一致している。その経験を通じて、暗記の効果に揺ぎ無い確信を持って、このように語っている。


【渡部先生が英語学の世界癸韻慮威である訳】
 イギリス人やアメリカ人の学者にとっては英文法など意識に引っかかるようなものじゃない。従って、英文法の歴史の研究などは誰も発想したことがないし、当然やった人もいないというわけです。 (p.198)

 渡部先生より先に、この領域を研究していた人がいた。ドイツ人のベルン大学のフンケ教授。渡部先生は、フンケ論文の誤りを修正し、欠落していた中世の部分を補って博士論文を書いたのだという。なるほど。
 では、外国人で日本語学の権威となりうる人物は出るであろうか?
 多分むりだと思う。日本語は文法語としての側面より、言霊語とでも言うべき側面のほうが重要な言語であると思っている。つまり、畢竟するに日本語のエッセンスは、知性によって理解されるのではなくて、霊性によって感知されるものだからである。幼少時より日本語という霊的触媒環境によって育まれた繊細な脳だけが、日本語の真相(深層)を正確に語りうるのである。
 


【デカルトの言う「理性」とは?】
 そして、わかったんです。デカルトのいう「理性」は神的理性の分身のようなものだということが。というより、「理性」はわれわれ人間の内にあるけれど、神の出張所みたいなものなんです。ですから、その「理性」だけを使って考えることは、普遍的だし、世界の存在構造にも適合している。何しろ、この世界は神の理性によって創造されているのですから。(p.205-206)

 木田先生は哲学の教授。最近になってこのことに気づいたのだという。私が大学の一般教養で学んだ範囲では、「理性は、神とは絶縁されたものであるからこそ理性なのである」という風に理解していた。まるで正反対なのか。キリスト教的な世界創造論を前提にすることができない日本人は、ヨーロッパについて基本的な部分で誤解をしている可能性がある。


【渡部先生の自己形成の内側】
 渡部先生が、自己形成に影響を与えた本のことを語っている。(p.200-203)
 近代日本の歴史観形成:佐々木邦の『凡人伝』
 日常生活の心得:ヒルティの『幸福論』、幸田露伴の『努力論』、新渡戸稲造の『修養』
 思想的には:アレキシス・カレルの『人間 – この未知なるもの』
 私が、渡部先生の翻訳で出版されているアレキシス・カレルのこの本を、大学生のころ読んだ経緯は、下記リンクの中で書いている。この本は、目に見える世界の背後にあるものを探求した本で、渡部先生の思想的な核の1つになっている、と書かれている。
    《参照》   『鏡の中のアマテラス』 新井あけ美 文芸社
              【『人間この未知なるもの』】

 渡部先生は、英語学の権威でありながら、ヨーロッパの歴史・文化・思想、アジアの歴史・文化・思想、日本の歴史・文化・思想(国学)、なんでも語れる天才だと思っている。八面六臂的にあらゆる領域を語りうる学際人。このような人が、霊学に導かれない訳はないと思う。
 というより、正確に言うならば、渡部先生の霊的バックグラウンドが多彩であるからこそ、霊学的領域を中心として広範な領域に見識が及んでいるのであろう。背景がそうであるならば、ごく自然なことである。 

 

<了>

 

  渡部昇一・著の読書記録

     『僕らはそう考えない』 竹村健一・日下公人・渡部昇一

     『中国を永久に黙らせる100問100答』

     『ラディカルな日本国家論』

     『痛快! 知的生活のすすめ』 渡部昇一・和田秀樹

     『楽しい読書生活』

     『ローマ人の知恵』

     『強い日本への発想』  竹村健一・日下公人・渡部昇一

     『大人の読書』  渡部昇一・谷沢永一

     『いま大人に読ませたい本』  渡部昇一・谷沢永一

     『時流を読む知恵』

     『日本の黄金時代が始まる』 竹村健一・日下公人・渡部昇一

     『人生力が運を呼ぶ』 木田元・渡部昇一

     『国を語る作法』

     『反日に勝つ「昭和史の常識」』

     『日本史の法則』