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 古希を過ぎてからラテン語の暗記を初めて、自ら記憶力が強化されたという渡部先生。ラテン語の文章を元に、エッセイ風な文章を書いておられる。

 

 

【タクシーは家庭教師】
 タクシーの中の時間は10分間に約千円につく。ボケーッとしているひまはない。一心に暗記に努めた。私は人間がケチなものだから、タクシーの時間を無駄にしまいと努力したのである。この 「家庭教師」 がなかったならば、八百数十ページのラテン語の名文句を古希を過ぎた年で暗記することができなかっただろう。
 この途中にも愉快なことがあった。それは自分の記憶力が加齢とともに確実に増加している実感である。 (p.243-244)
 古希(70歳)を過ぎた渡部先生の努力を知って、怠惰な日々に流れがちなチャンちゃんは、穴に潜りたくなる。

 

 

【自分自身に喝采せよ】
 人々は私に対してシッシッと言う(嫌悪して排斥する)。しかし私は家の中では自分に向かって喝采するのだ。
 (ホラティウス 『風刺詩』 第1巻66~67) (p.100)

 20年ほど前に、私は言論糾弾で名高い団体に、夏休みを挟んで6ヶ月間授業妨害を受け続けたことが2度もある。何ごともないキャンパスで、自分の授業だけが集団によって糾弾され、妨害される時の気分は、それこそ 「やられる側」 に立ったものでなければ分からないであろう。
 しかし私はノイローゼにもならず、家人に気付かれることもなく対応し続けることができた。その最大唯一の理由は、家に帰って書斎に入れば、古今の名著が私をいつも変わらぬたたずまいで迎えてくれたからである。外では糾弾されても、自宅では自分の蔵書を見て、いわば自分に喝采できたからである。(p.102)
 言論糾弾していたのは、朝鮮総連系の人々なのだろう。糾弾した人々全員が読んだ書物の総量は、渡部先生一人が読んだ書物の総量に、おそらく遠く遠く及ばない。
 渡部先生は、かつてどれほど、史実を改竄しようとするデマに対して、正々堂々と言論で真っ向から戦ってきたことか。渡部先生は、真に書物に学んだ人の強さを体現している。
 先生の書籍から学ばせていただいてきた私たち普通の日本人の多くも、渡部先生を喝采している。

 

 

【持つや、持たざるや】
 実際、君がいかに多く所有するかは問題にならぬのだ。君が所有していないもののほうが、はるかに多いのだから。(アウルス・ゲリウス 『アテネの夜な夜な』第12巻第2章) (p.118)

 この文句は、元来はお金に貪欲な人についていったものであるが、私がこの文句を読んだときにぐさりと胸に来たのは、お金のことではなく書物のことだ。 ・・・(中略)・・・ 。
 結婚してからしばらくの間は家内もすこぶる協力的、かつ同情的であった。しかし結婚生活35年を過ぎたころから、家内も 「この家には本権があるのに人権がない」 とこぼすようになった。(p.120)
 失笑するけれど・・・読書を生業としてきた方なのだから・・・。

 

 

【亡国の涙】
 ・・・・このようなことを語って、誰が涙を禁じえようか。(ウェルギリウス 『アエネイス』第2巻6)

 三井甲之(みついこうし)の歌 「ますらをの 悲しきいのち 積み重ね 積み重ね 護る 大和島根を」 という気持ちで死んでくれた英霊のことを思えば、「誰が涙を禁じえようか」。

  三井甲之 18831953年。歌人、評論家、山梨県敷島町に生まれる。 (p.141)
 谷村さんの 「群青」 が主題歌となっている映画程度でしか、私たちはその状況を知らないけれど、 “積み重ね” が積み重なっているこの句はジンとくる。
   《参照》   『白神山地 鄙の宿』 土佐誠一 (影書房)
              【10代の特攻隊】
 映像も歌も、長淵剛の 「Close Your Eyes」 のほうがいいかもしれない。

 

 

【悪徳の手本】
 ずっと前に校長をしていた人から聞いた話である。
「生徒の親が戦前の教育を受けた世代であった頃には、ぐれかかった生徒の補導もまだ可能でした。しかし、生徒の親も戦後生まれ、戦後育ちの時代になると、悪い生徒の補導のしようがありません」
 戦前の教育を受けた日本人は、教育勅語を暗記していた。 ・・・(中略)・・・ 。ところがこの勅語は戦後、議会の決議で廃止されたのである。勅語は法律ではないから議会で廃止する性質のものではなかったのだが、国の最高機関である議会が廃止決議をしたとなると、 ・・・(中略)・・・ 。
 最近の研究では、教育勅語を廃止するように占領軍に持ちかけたのは羽二五郎(歴史学者)であり、占領軍も評価していた 「修身」 をなくすように占領軍に提言したのは海後宗臣(かいごときおみ)(教育学者。当時、東大助教授)だそうである。(p.174-177)
 白日の下に名を晒されて、恥じないように生きたいもの。
 これによって近代日本の背骨となってきた倫理や気力のもとは破壊された。現行の教育基本法には道徳・倫理が抜けているが、これは施行当時、まだ教育勅語が生きていたからである。それがなくなった学校で育った人間はどうなるか。悪いことをしないまでも私利優先となるし、国を売るがごとき政治家も、マスコミも出てくる。
 岡崎久彦氏は歴史に詳しい外交官として 「恢復には100年ぐらいかかるだろう」 と言っているが、100年たってもよいから恢復してくれればよいのだが、腐れっぱなしになる心配さえ、私はこの頃抱くようになった。(p.208)
 大方の日本人の本音も同じだろう。

 

 

【ローマの終焉】
 ローマは外敵に敗れたことはないのに、気が付いてみたらローマ帝国は消えていた。なぜか。
 それはローマ人に子どもが生まれなくなったからである。(p.234)
 巷間言われているように、美食と享楽に耽ってばかりいた、というのは副次的な表れだったのだろう。
 1912年にノーベル医学賞・生理学賞を授与されたアレキシス・カレルは 「女が子どもを産みたがらなくなるという傾向 ――― これが歴史上、何を意味するかをわれわれは知っている」 とその名著 『人間 --- この未知なるもの』(渡部訳・三笠書房)の中で述べている。 (p.124)
 ちょっと暗澹たる記述で終わってしまうけれど、日本人には世界に向かって果たすべき、日本人にしかなしえない使命がある。それを成し遂げた上で、そうなるのであるなら、止むを得まい。 
 
 
<了>