知っとうや(真実を求めて?!) -33ページ目

知っとうや(真実を求めて?!)

⚡2900年続いた人類中心文明は、近い将来、五六七(弥勒)時代となり、本来あるべき姿に戻ります。それまでは産みの苦しみが続きますが、見事に成就して欲しいものです。⚡

今年も師走に入り残り少なくなりました。

 

今年もいろいろな場所を巡りました。印象が特に強く残っているのは隠岐壱岐です。これはすでに記事で紹介しました。霊的にはとても重要な場所です。

 

この隠岐や壱岐以上に、私が行ってみたかった場所は、知床です。今年5月のゴールデンウィーク中に家族旅行で訪れました。

 

北海道の中でも知床といえば別世界のように感じていました。知床半島の素晴らしい大自然がそのまま残されているからです。一度は行ってみたいと思っていましたが、今年実現しました。

 

中標津空港に降りて、レンタカーで知床半島に入ったのですが、知床半島に入るなり心地よい波動に変わるのを感じました。

 

宿泊地が羅臼でしたので、知床半島の南側、根室海峡沿いの海岸を羅臼に向かって北上しました。根室海峡の海岸沿いには、北方領土の巨大な島である国後島が見え感動しました。最も近い所でが20km足らずしか離れていないので、かなり大きく見えます。

 

国後島

知床②

 

羅臼に着くとすぐそばに雄大な羅臼岳が見えます。これも感動しました。

 

羅臼岳

羅臼岳

 

羅臼のペンションに一泊し、翌朝は知床で一番の楽しみだった知床クルーズに参加しました。5月から10月の間は、知床半島と国後島の間の根室海峡にやってくるクジラやシャチ等を見学する3時間程度のクルージングです。

 

クジラやシャチが必ず見られ訳ではないですが、30%~50%程度の確率はあるそうです。

 

私がチャレンジしたのは5月4日です。前日は海が荒れていて欠航していたのですが、当日は天気も良く波も穏やかになり素晴らしいクルージング日和となりました。

 

これでクジラやシャチが見られれば最高なのですが、ここ1週間程はミンククジラは数頭現れているそうですが、シャチは全く現れていないとのことでした。

 

海の王者シャチを、どうしても見たいと思っていました。

 

早朝、羅臼港を出発しました。クルージング船に乗った観光客は優に30名を超えていたと思います。

 

実際にクジラやシャチが頻繁に見られる場所は、羅臼港から1時間程もかかる場所で、ロシア(国後島)との国境線付近でした。

 

その場所に到着してから、船長がクジラやシャチを探すためにゆっくり船を移動させます。

 

10分くらい経過した時でしょうか、「前方右側にミンククジラがいました」と船内にアナウンスが流れます。

 

アナウンスを聞いた観光客が一斉にその方向に移動しますが、ミンククジラが背を出すのは一瞬のようで、すぐには発見出来ません。2、3度同様のアナウスンが繰り返され、やっと頻繁にミンククジラ数頭の姿を見ることが出来ました。

 

2頭のミンククジラ

ミンククジラ

 

ミンククジラは用心深いために、間近に見ることは出来ませんでしたが、1時間程で十回以上のミンククジラの姿を見る事が出来ました。

 

ミンククジラが見られただけでも満足しないといけないと思っていたところ、船長からアナウンスがありました。

 

「別の船から連絡がありました。海岸近くにシャチが現れたそうです。今から30分程かけてシャチを見に行きます。」

 

嬉しくなりました。知床クルージングは、今シーズンが始まってまだ10日程だったのですが、この間シャチが見られなたのは2、3日だったそうです。

 

30分程進むと、そこには別の会社の数隻のクルーズ船が停泊していました。そして、一隻のクルーズ船のそばにシャチが見えたのです。

 

知床クルーズシャチ

 

船内からは歓声が聞こえました。

 

そうこうしているうちに、私たちの船にもシャチが近づいて来ました。大感動です。

 

知床④

 

最接近時には2mくらいのところまで来ました。

知床⑤

 

シャチはとても好奇心が強いそうです。特にメスのシャチは船に近づいてくるそうです。オスの方は用心深いので最接近まではしないそうです。

 

背びれが高い左側のがオスで、背びれが円い右側がメス。オスの背びれは高さ1.8mにもなるそうです。

知床③

 

とにかくシャチの出現と最接近には大感動でした。

 

シャチの分布率は、根室海峡が世界一だそうです。それだけ知床の海が豊かなのでしょう。

 

豊かな海は、高波動の裏返しでもあります。日本で最高レベルの高波動が知床半島及び知床の海だと感じました。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

 

今回は、前回のオタモイにの記事に関する不思議なお話のご紹介です。

<オタモイ-消えた遊園地>

 

私がオタモイを最初に訪れたのは3年前の2016年10月です。この時、初めてオタモイ遊園地の事を知りました。

 

そして、今年7月、今度はオタモイクルーズを利用して、海からもオタモイ海岸を見学しました。

 

オタモイクルーズで巡ったオタモイ海岸

オタモイクルーズ①

 

オタモイクルーズ②

 

美しい青の洞門

オタモイクルーズ③

 

オタモイクルーズは、小樽の祝津港からモーターボーに乗って、オタモイ海岸を周遊し、名勝の青の洞門までを往復1時間半程度で巡る人気の観光イベントとなっています。

 

初めてモーターボートに乗ったのですが、普通の船とは全く異なりスリル満点でした。ジェットコースターに乗っているかのような印象でした。波を全身にかぶるのでレインコートを着用して乗ります。最初は恐怖感がありましたが、慣れると楽しかったです。

 

クルーズの間は、話し上手の船長がずっと観光案内をしてくれました。とても楽しいクルーズでした。

 

青の洞門は感動的に美しかったですが、それ以上に印象に残ったことがありました。それは船長の話の中にありました。

 

次の写真を見てください。前回記事にも掲示したオタモイ遊園地の龍宮閣の写真です。海から描いています。

 

オタモイ②

 

朱色に輝く建物が大きく目立ちますが、海岸にある大小の夫婦岩も印象に残ります。

 

龍宮閣が建っている場所は高さ50m程度ですから、夫婦岩の大きい方は、その高さは軽く20m以上はあるでしょう。小さい方が高さ10mくらいでしょうか。

 

オタモイクルーズの直前、龍宮閣跡の高台から夫婦岩方面の海岸を見たのが次の写真です。

オタモイ⑧

 

高台から海岸にある夫婦石を探してみたのですが、何となくそれらしき岩があることにはありました。ただ、高さは大きいものでも10mに満たないぐらいにしか見えません。左端の建物と比較すればその大きさが良く分かります。

 

しかし、写真にあるような20mを優に超えるような巨大な印象はなく、鳥居やしめ縄もなかったので、肖像画を描いた当時の人は、夫婦岩誇張して書いたのだろうと思っていました。

 

ところが、その後、クルーズ船に乗り、オタモイ海岸で発した船長の言葉に私は全身鳥肌になるくらいの驚きを感じました。

 

 

オタモイ海岸に到着した際、船長はひと通りオタモイ遊園地のことを話した後、おもむろに前掲の写真と同じ写真を印刷したものを取り出して、「ここに写っている巨大な夫婦岩ですが、このオタモイ海岸に現在はないのですよ。この写真は80年くらい前状況ですが、たかだか80年そこそこで、こんな巨大な岩が風化するとは思えません。不思議ですよね。地元では七不思議とされているのですよ。」と話すのです。

 

写真は古いものを復元しているようなので、合成写真の可能性もあり得ます。

 

しかし、直前に小樽市の観光プラザで見せられた当時のオタモイ遊園地の白黒の映像にも、しめ縄で繋がった巨大な夫婦岩が写っていたのです。

 

クルーズ船上から見たオタモイ海岸には、高さ5、6mの岩は残っていましたが、写真のような夫婦岩はありませんでした。

 

私は、船長の話を聞いた瞬間、「夫婦岩はワープしたのだろう」と感じました。

 

何故ワープする必要があるのか?

誰がワープさせたのか?

どこにワープしたのか?

 

これは、これからの私の課題になると思いますが、来年中にはその謎をご紹介出来るかも知れません。いずれにしてもオタモイ海岸というのは、霊的に特別な場所であるのは間違いありません。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

-次回12月2日の記事はお休みさせていただきます。

 

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今年7月札幌で勉強会を行った際、小樽市のオタモイ海岸を見学しました。

 

オタモイとは、アイヌ語で「砂の入江」を意味するそうですが、実際には断崖絶壁が延々と続く海岸です。

 

ただし、国内によくある単なる断崖絶壁の海岸ではないのです。霊的には非常に重要な場所のようです。

 

実は、この絶壁の海岸に、昭和二十年代後半まで遊園地があり、国内有数の観光地だったことは、今では忘れ去られています。

 

当時活況を呈してた小樽の街で、有名な割烹店を経営していた加藤秋太郎氏が、戦前の昭和11年に私財を投じて当時としては国内随一とも言われる遊園地を完成させたのです。

 

それが『オタモイ遊園地』です。

 

オタモイ①

 

オタモイ③

 

 

オタモイ遊園地は、戦前、小樽、札幌を初めとした道内から、たくさんの観光客を集め活況を呈していたそうです。

 

オタモイ遊園地で目立っていたのは、食堂・宴会場の場所ともなった龍宮閣であり、断崖絶壁に建ったその様は、現代に残っていれば清水寺以上の観光地となっていたでしょう。

 

当時の龍宮閣の肖像画

オタモイ②

 

龍宮閣は、「千と千尋の神隠し」の湯屋のモデルにもなったと言われています。

 

オタモイ遊園地は、戦時中に一旦休業し、戦後しばらくして再開したそうですが、再開後の昭和27年に龍宮閣が火事で全焼してしまい、それがきっかけで閉園したそうです。

 

現在は、建物は全て取り壊され、敷地跡だけが残っていました。

 

現在の遊園地跡

オタモイ⑥

 

龍宮閣跡(右側の絶壁に建っていた)

オタモイ⑤

 

 

これだけなら、「ふーん、そうなんだ」で終わってしまうのですが、何故、龍宮閣が「千と千尋の神隠し」の湯屋のモデルになったかが霊的に重要なのです。

 

湯屋だけではありません。オタモイ海岸そのものが「千と千尋の神隠し」の風景として描かれていると私は感じました。

 

海から見た龍宮閣跡

 

 

「千と千尋の神隠し」のプロローグでは、引越し途中の両親と千尋が道に迷って、愛車のアウディで細い道を飛ばして行き、楼門があるトンネルの前に到着するシーンがあります。

 

そのトンネルをくぐると、別次元の世界が広がりますよね。

 

それに似た場所もオタモイ海岸にあります。ここですね。実際には、このトンネルを抜けると龍宮閣があった前掲の写真の道に繋がります。

 

オタモイ④

 

実は、オタモイ海岸は、別世界の入口なのです。

 

それも、高次元の神々や菩薩、もしくは最高位の佛の世界に繋がる場所なのです。

 

しかしながら、このオタモイも邪神によって乗っ取られてしまい、今では高次元への通路も閉ざされているのです。

 

オタモイ遊園地が火事になって全焼したことも、「千と千尋の神隠し」が描かれたことは、そのことを伝えたかったのでしょう。

 

次回は、驚くべきオタモイ海岸の謎についてご紹介したいと思います。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

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先日は隠岐をご紹介しました。

<神産みの島-隠岐>

<煉獄の入口>

<隠岐と境港>

 

隠岐は、神国日本の中でもトップクラスに霊的に重要な島々だったのです。

 

この隠岐とリンクした島があります。長崎県に属する壱岐です。

 

隠岐の「隠れた分かれ」に対して、壱岐は「一番の分かれ」とでも表現出来るのでしょうか。

 

壱岐についても、隠岐と同じように記紀の国産みに登場する島です。

 

古事記では、隠岐は三番目に誕生し、五番目に壱岐が誕生したことになっています。

<WIKI:国産み\島産み>

 

二番目が四国(伊予之二名島)、四番目が九州(筑紫島)ですから、現在の日本列島では小さな島でしかない隠岐と壱岐が、どれほど霊的に重要な島であるのか分かるはずです。

 

隠岐は神産みの島でした。地球に降臨した天津神の起点となった場所で、ここから地球全体に神々が広がって、各地を守護することになったと考えられます。

 

それでは、一方の壱岐はどのような場所なのでしょうか?

 

私は、壱岐は、人間誕生と関わった島だと考えています。

 

人間の祖は、旧約聖書で書かれているとおりアダムエバですが、この時代は日本神話の大国主命の時代に当たると考えています。

<地球(失楽園)と人類誕生>

 

大国主命の時代といっても、数億年万年前から数万年前くらいまでの、人間にとってはとてつもなく長い期間なのですが、少なくとも恐竜時代が終わった6000万年前以降の話だと思われます。アダムとエバは、天国を追い出されて地球にやってきます。その時代が恐竜時代以降の話ということです。

 

アダムとエバがいたエデンの園とは、地球にある場所ではなく、天国の地球にあった場所であり、禁断の果実を食べたアダムとエバは、エデンの園を追い出されますが、追い出されてやって来た場所が地球だったと理解しています。

 

つまり、アダムとエバは、旧約聖書では人間とされていますが、実際には天国にいた存在であり、今の人間とは姿形は同じであれど実体は神に近い存在だったのです。翼を持った天使(神)とは異なる姿に創られた、後に人間の祖となる初めての姿形をした存在だったのです。

 

エデンの園(天国)を追い出されてやってきた場所が地球であり、このアダムのことを日本神話では大国主命と呼んでいるのだと考えています。

 

その大国主命であるアダムが最初に地球に降りたった場所が壱岐ではないかと私は考えています。

 

大国主命は、地球上の国造りを始めた神であることが出雲神話に残されていますね。出雲神話には書かれていませんが、大国主命であるアダムは、壱岐を出発して出雲に渡り、そこから世界中に渡って国造りをしていったのではないでしょうか。

 

何故、私が壱岐を人間の祖の起点であるのかと考えるのは、壱岐にはに関する痕跡がたくさんあったからです。

 

壱岐は、隠岐と同様にたくさんの神社がある島です。壱岐の神社に行くと、猿の石像が祀られている神社がたくさんありました。特に男岳神社の猿の石像の数は気味が悪いくらいたくさんありました。

 

男岳神社

 

また、壱岐に名勝として巨大な『猿岩』があります。高さ30m以上でしょうか?

 

猿岩②

 

横から見た猿岩

猿岩①

 

壱岐は、猿と関係が深い島であるのはこれらの証から間違いないのですが、その猿と人間の祖である大国主命との間に、どのような関係があるのか疑問に思われるはずです。

 

現代の常識では、人間は猿から進化したという進化論が常識になっています。

 

しかしながら、旧約聖書の創成期では、人間の祖はアダムとエバです。どちらが正しいのでしょうか?

 

結論から言えば後者が正しいのですが、前者も全くの間違いではないのだと考えています。その秘密が壱岐にあるのです。

 

人間界の下には阿修羅界がありました。過去形にしたのは現在は阿修羅界は人間界と一体になっていると考えられるからです。

 

阿修羅界は恐竜時代は、恐竜の魂が存在する場所だったのですが、恐竜が滅亡した後は、猿と人間の中間的な存在だったのではないでしょうか。代表的なのは孫悟空です。孫悟空は猿の姿をした神通力を持った存在です。人間でもない、猿でもない、半身半獣の姿が恐竜の後の阿修羅の存在になったはずです。その半身半獣のトップだったのが猿の姿をした孫悟空だったのではないでしょうか?

 

阿修羅界のトップとは、邪神界のトップでもあるのではないでしょうか?

 

つまり、阿修羅界、邪神界のトップである猿の姿をした邪神は、自らの基盤を築くために、アダム(大国主命)とエバから誕生した人間を猿に変えていこうとしたのではないかと考えています。

 

その結果、生まれたのが類人猿ではないのでしょうか。

 

日本神話には猿田彦神が登場します。猿田彦の神は佐田彦神と同神とも伝えられ、伏見稲荷大社にも祀られています。この猿田彦神が邪神となって落ちたのが阿修羅界トップの孫の神ではないのかと考えています。

 

壱岐は、人間の祖の島であるけれども、古代には邪神によって類人猿にされた歴史があり、それを祀っているのが壱岐の神社ではないかと感じた次第です。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

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2019年は、その数字の性質から激動の年になると予想し、世界的には確かに激動の序章となりつつありますね。

<2019年は激動?>

<2019年は激動?(続)>

 

ただし、日本においては、私が予想していた事態と異なっています。

 

私は、世界的に経済が行き詰まってきていることから、日本においても世界な経済不況の影響を受けていくと考えていました。特に10月の消費増税以降はそれが顕著になるのではないかと。

 

元々、経済的にピークを越えバブル崩壊の直前にある中国が、昨年来の米中貿易摩擦の拡大によってさらに低迷しつつあるのは間違いなく、その影響は中国の経済成長に頼って来たドイツ、及びお隣の韓国で顕著に表れ両国の経済は危機的状況に向かっています。

 

日本においても中国経済減速の影響が出てきているのは確かですが、それは両国に比較すれば少し火傷した程度に収まっていて、今のところ大幅な経済悪化とはなっておりません。日本は訪日客が増え続けており内需もまだまだ底堅いからだと考えられます。

 

今後、来年以降、世界経済がさらに悪い方向に進む可能性は高いと考えられるますので、日本経済も厳しくなっていく可能性はあると思っていますが、現時点ではそれ程悪化していないので、2019年は国内で経済的混乱が生じるのではないか、という私の予想は外れそうです。

 

ところが、日本にとっての2019年は、経済的によりももっと深刻な事態に陥ってしまいました。

 

それは、この秋に連続した台風による自然災害の影響です。

 

今年、日本列島に上陸、または最接近して被害を与えた台風の数は、私が数えた限り8個ありました。

<WIKI:2019年の台風>

 

特に強い勢力のまま東日本に上陸し、縦断した、これまで関東に上陸した台風の中で観測史上最大級の台風だった15号及び19号は、15号が暴風、19号が大雨という全く異なる性質で関東・東北地方に甚大な被害をもたらしてしまいました。

 

中でも19号による大雨は、71河川の堤防が一斉に決壊するという未曽有の大災害となりました。現時点で死者行方不明者が100人近くに登っております。

 

情報ネットワークが発展していなかった数十年前に同様の災害が起きたとしたら、少なくとも千人を超える規模の死者・行方不明者になっていた可能性さえあるような大災害でした。

 

それでは何故、今年はこれほどまでに台風が上陸・接近し、被害を与えたのでしょうか?

 

地球温暖化によるもの、という意見もあります。

 

確かに地球温暖化の影響も少しはあると思いますが、昔はもっと強烈な台風が上陸していたので、地球温暖化だけでは説明出来ないと私は考えています。

 

今回の大規模被災の大きな原因は霊的なものだと考えています。

 

霊的なものとは、具体的には水道の修正だと考えています。

<水道の真実>

 

ここでの水道とは、現代の水道の意味ではありません。水道とは、本来霊的な魂の通り道の意味を表わす言葉だったようなのです。

 

しかし、現代では上水道とか下水道の意味に完全に変わってしまっています。

 

本来の水道とは、河川、地下水脈、湖沼、海流など自然の水の流れのことであり、これら水道は、目には見えないけれども、寿命を全うしたばかりの魂、及びこれから転生する魂の通り道でもあるのです。

 

特に神国である日本は、地球規模の魂の浄化を中心に行う場所ですので、国内の水道はとても神聖なものなのです。八百万の神々が宿って守護している場所なのです。

 

そのような水道、特に大きな河川は近代以降、特に水害対策として改修され、時には流れを大きく変えられてきました。

 

川の流れが変えられてしまうと、魂の浄化が十分出来なくなるし、堰やダムが造られると魂の流れも阻害されることにもなるようです。

 

従って、河川に宿る神々は、河川も元に戻そうという動きをするようなのです。

 

国内での河川の氾濫による大きな災害については、江戸時代後半くらいから記録が残されていますが、これらの原因は、基本的に河川の改修による人的なものから起因していると考えて良いようです。

 

今回、台風19号により河川氾濫が71カ所にも及んだのは、これらの改修により流れが変わった河川の流れを、元通りにしようとする霊的な動きが集中して起きたからだと考えられます。

 

71河川というたくさんの氾濫が一斉に集中して起きたのは、ここ数年地球の波動が上がり続けており、その波動がある一定の水準に達したがために、各河川の守護神が元の流れに戻そうという霊的動きが一斉に生じたためのようです。

 

10月12日という、数字的にはよろしくない日(12と22)に起きたことも被害を大きくしたのでしょう。

 

被災された方にはお気の毒ですが、今後もこのような災害が起きないとは断言出来ません。

 

私達が出来ることは、水道を侵している場所に出来るだけ住まないことだけです。

 

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世界の歴史は、西暦266年を境に大きく変わったことをご紹介してきました。

<古代歴史の改竄-邪馬台国その2>

<古代歴史の改竄-邪馬台国その3>

<古代歴史の改竄-投馬国>

<古代歴史の改竄-北海道>

<古代歴史の改竄-ハワイ国>

<古代歴史の改竄-耽羅国と楽浪国>

 

今回は、この大変動のハイライトとも言って良い地域についてご紹介します。

 

まずは次の古代地図を見てください。

 

266年

 

 

この地図は266年の大変動前の巨大な日本列島です。

 

前掲の7つの記事で古代の日本列島と朝鮮半島を初めとした周辺国についてご紹介してきました。

 

しかしながら、まだ触れていない重要な地域があります。

 

それは、古代日本地図の南西部分に位置する巨大な九州です。女王バチの下半身部分のような巨大な島です。この部分を仮に古代九州と呼ぶことにします。

 

また、次が当時の世界地図でした。

(「神代秘史資料集成 天の巻」より引用)

 

古代世界

 

この地図で古代九州を見ると、とても大きな島であることが分かります。オーストラリアより少し小さいくらいですよね。

 

現在のオーストラリアが762万平方kmですから古代九州の面積がオーストラリアの70%くらいだとすると500万平方kmを超えるくらいの大きさがあることになります。

 

現在の九州が4.2万平方kmですからたった1800年前には古代九州は今の100倍以上もあったことになります。驚くべきことです。

 

それではこの古代九州大陸は、ムー大陸のように沈んでしまったのでしょうか?

 

否!

 

実は、この古代九州の大部分は、266年の大変動によって西側に移動し、アジア大陸とくっついたようなのです。

 

その時の衝撃で、ぶつかった大陸側の地域が隆起し、現在のようなチベット高原が出来たことになります。

 

古代九州が、現在の中国の主要部分なのです。驚愕でしょう!

 

このくっついた古代九州の部分は、古代から『中原』(ちゅうげん)と呼ばれている地域で、3世紀後半に三国を統一した以降、「中原を制するものが天下を制する」と呼ばれるようになったのです。

 

太古の昔である数万年前に、大変動が起きて古代九州がアジア大陸にくっついて今の中国になった、ということであれば別に驚くことではないのですが、その時代がたった1800年前の266年のようなのです。

 

266年以前の中国は、有名な三国志の時代の末期であり、蜀の滅亡(263年)、魏の滅亡(265年)によって三国のうち呉のみとなり、代わりに司馬炎によって西晋が建国(265年)された直後です。

 

つまり、魏呉蜀の三国志の物語、その前の劉邦によって建国された漢、さらにその前の秦の始皇帝の時代など、266年以前の中国は、現在の中国の地形で起きた歴史ではなく、古代九州で起きたことなのです。

 

韓国の時代劇ドラマ『朱蒙』や『幻の王女チャミンゴ』のように、266年以前の時代背景を描いているドラマでは、隣国であるはずの漢が、とても遠くの国にあるかのように描かれています。

 

当時の朝鮮半島には、楽浪郡や帯方郡などの漢の植民地が置かれていたとなっていますが、何故直接支配でなく植民地だったのか疑問だったのですが、三国志以前の中国は、古代九州として古代日本列島の一部であり海を隔てて離れていたことを考えれば納得出来そうです。

 

それと、この古代九州のことを、記紀では筑紫島と呼んでいるのであろうと推測しています。

 

筑紫と言えば、現在の福岡県の筑前・筑後辺りを指すので、筑紫島は現在の九州だと考えられていますが、実際には中原になった巨大な島、大陸だったのです。

 

現在の九州は、古代九州の一部であり、266年の大変動の際、大陸プレートの関係で、現在の九州部分だけが大陸とくっつかず分離されて残った、ということを表していると私は考えています。

 

中国が天子の国と呼ばれるのは、天日根國が天照大神が住む天と通じた国で、筑紫島は天子である天忍穂耳尊の国ということを表しているのではないでしょうか。

 

以前、ご紹介した竹内文書の古代世界地図をご覧ください。

古代世界地図①

 

太平洋にタミアラ、ミヨイという大きな大陸があります。

 

私は、以前は、このタミアラ、ミヨイをミー大陸と考えていましたが、その後、タミアラは古代中国のの朝鮮語の呼び名で、ミヨイは古代中国のの朝鮮語の呼び名ということが分かりました。

 

この地図は、真実を改竄するために作成されたのですが、実際にはムー大陸はなかったことになります。

 

しかしながら、古代九州である巨大な筑紫島が、大変動によって一夜にして大陸とくっついてしまい、海上からなくなったとしたら、周辺にあった国からすれば大陸が沈んだと考えても何の不思議もありません。ムー大陸伝説は、筑紫島のことを表しているのだと考えています。

 

いずれにしても、中国の歴史も、実は大きく改竄されているのです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

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隠岐については神産みの島であるとご紹介しました。

<WIKI:神産みの島>

 

神国日本の中でも、最も神秘的な場所の一つであるのが隠岐なのです。

 

隠岐は神産みの島であり、かつ隠れた道であり天界(神界)と繋がっているのですが、天界と両極端の場所である地獄を初めとした黄泉の世界にも繋がっていると考えられます。

 

隠岐は島根県に属します。島根とは、「(神産みの)島の根っ子」という意味だと私は考えています。

 

隠岐が属する県名に島根という名称が付けられる程、隠岐は霊的に重要な場所であり、隠岐と大きな幹で繋がっている場所が隠岐の対岸にある島根県の本土でもあるのではないでしょうか。島根県出雲地方に出雲神話が残っている理由は、隠岐と繋がっているからと考えています。

 

島根県から隠岐に行くにはフェリーが一般的ですが、隣接する鳥取県の最西端の町である境港からもジェットフォイルが運行していて、短時間で隠岐に行けることもあり多くの利用客があるようです。

 

境港は漁業が盛んな港町ですが、近年では、「ゲゲゲの鬼太郎」の作者である水木しげる氏の出身地であることを前面に出し、「ゲゲゲの鬼太郎」で町興し、観光に力を入れている風変りな町です。境港市にある米子空港にいたっては「米子鬼太郎空港」とネーミングしている程です。

 

ところで、私は水木しげる氏が境港に生まれたのは偶然ではない、と考えています。霊的には境港と隠岐が繋がった重要な場所であることを、水木しげる氏は「ゲゲゲの鬼太郎」を描いて伝えたかったのだと思うのです。今回はこのことをご紹介したいと思います。

 

「ゲゲゲの鬼太郎」で描かれている妖怪は、当然ながら人間とは異なる存在です。現世では、妖怪を目の当たりにすることは出来ませんが、実際には姿が見えないだけで、妖怪の魂はウヨウヨ存在しているのです。

 

国内においては、中世くらいにまでは妖怪伝説が各地に残されていますよね。妖怪伝説については、フィクションと考えている現代人が大半だと思われますが、実際にはほとんどが実話であることが多いようなのです。

 

宇宙は、大きく分けると十界に分かれていて、人間界は十界の真中付近の上から6番目にあり、人間界の下に阿修羅界、畜生界、餓鬼界、地獄界があります。

 

私見ですが、妖怪とは主として畜生界・餓鬼界の存在であり、その存在が人間界にやって来て悪さをしているのだと考えています。

 

これら妖怪は、中世くらいまでは人間界(現世)に頻繁に出入りが可能だったようなのです。

 

しかしながら、邪神が現世との出入口(神社やお寺がある場所であることが多い)に結界を張り出入口を塞いできたために、それまでのように妖怪の姿のままで現れることが出来なくなったのです。河童や人魚伝説も同じような理由で現代では見られなくなったのでしょう。このような状態を、「地球の波動が下がった」と私は定義しています。

 

現界に物理的に姿を現せられなくなった妖怪たちですが、畜生界や餓鬼界と異なり、欲望が溢れて楽しい人間世界へ、どうしても行きたくなったのです。

 

そこで、彼らは肉体と魂を分離して、魂のみで現界に入る方法を考え出したのだと思われます。

 

しかし、人間界に入って来ても魂のみで肉体がありません。肉体がなければ楽しめません。

 

そこで、人間の肉体を持ちたいがために、人間に憑依するようになったのではないか、と私は考えています。いわゆる浮遊霊とか憑依霊とかと呼ばれる存在は、水木しげる氏が描いた妖怪達の魂ではないのでしょうか。

 

彼らの魂は、人間になりたいという欲求のために人間に憑依して、人間をおかしくしているのです。

 

人間も簡単に憑依される訳でありません。通常の精神であれば妖怪の魂がやって来ても心までは簡単に奪われません。

 

しかし、何等かの精神的なショックを受けたり、重い病気になって気弱になったり、認知症になったりして波動が下がった場合に、憑依する妖怪の魂によって心を奪われるのだと思います。

 

憑依する妖怪の魂は、楽しむために人間に入り込んでいるので、憑依したとしてもそれ程悪いことはしないはずです。

 

ただし、特に近年頻発しているような、とても人間と思えないような凶悪な無差別殺人事件や通り魔事件が起きたりするのは、邪神に操られた(契約した)妖怪の魂が、仕方なく命令を受けて憑依しやすい精神的に病んでいる人間に憑依して事件を起こしていると考えています。

 

このような妖怪が本来いるべき世界と繋がった場所が、水木しげる氏が生まれた境港と関係していると私は考えています。

 

境港の「境」とは、人間界と、畜生界及び餓鬼界とのという意味ではないでしょうか。境港の場所から畜生界及び餓鬼界に繋がった霊的な道があるのではないでしょうか。

 

また、境港は島根と隣接した場所です。隠岐ともおそらく霊的に繋がっていて天界(神界)との境でもあるはずです。

 

つまり、境港は十界の各地と繋がった国内でも数少ない場所ではないかと考えられるのです。

 

今年のゴールデンウィークに隠岐に行った際、西ノ島からフェリーで島後に行く途中、船内に水木しげる氏と隠岐の繋がりについて紹介したポスターがありました。次の画像です。

 

隠岐①

 

水木しげる氏は、境港の出身ですが、本名は「武良 茂(むら しげる)」で、武良氏のルーツは、島後(隠岐の島町)の北東にあった武良地区であることが書かれていました。

隠岐②

 

そこで翌日、その隠岐の島町の武良地区に行ってみました。

 

現在では、武良という地名は残されておらず、隠岐の島町中村地区となっていました。そこにある北小学校の校庭に水木しげる氏の銅像がありました。

 

隠岐③

 

銅像の前には、樹齢500年以上と伝わる大きな一本があり、その松には「唐笠の松」と名が付けられていました。

隠岐④

 

隠岐⑤

 

唐笠の松からは、「ゲゲゲの鬼太郎」に登場する人気キャラクターである唐笠お化けを連想させられますが、唐笠には『天笠』の意味があると私は考えています。

<天竺の真実>

 

水木しげる氏がゲゲゲの鬼太郎を描いた背景には、妖怪の本質と、宇宙の仕組みを、人間的に漫画化して伝えたかったからだと私は考えています。

 

さらに、その妖怪の世界に繋がった場所が境港であり、神の世界に繋がった場所が隠岐であると。

 

もっと言えば、出雲に幽界を統治するように国譲りさせられた大国主神話が残っているのはこのためだと考えています。とにかく日本は奥が深い国なのです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

以前、煉獄についてご紹介しました。

<火葬と土葬の真実>

 

日本で土葬が行われなくなった理由を書いたものですが、その大きな理由は死後に天国に直接入れない、悪い部分である垢が多く残っている魂を燃焼・浄火するための煉獄という世界が機能しなくなったためでした。

 

煉獄の代わりを、現界での火葬で代替しているのです。

 

煉獄は、キリスト教のカトリック派で定義される霊的場所でして、同じキリスト教のプロテスタント派ではその存在を否定しているようです。

<WIKI:煉獄>

 

日本やアジアでは、煉獄に当たる世界の定義がどこなのか明確ではありませんが、仏教の一部にある声聞界縁覚界がこれに当たるのではないかと私は考えています。

 

煉獄は、現在では邪神によって乗っ取られてしまっているので、地球に転生する直接に天国に行けないレベルの魂の垢を、十分浄化出来なくなってしまっているようです。

 

従いまして、煉獄は事実上その役割を失ってしまったために、天が煉獄の代わりに火葬によって魂を浄火するように誘導してきたようで今日に至っているようです。

 

現在の日本では、土葬は禁止され基本的には火葬されることになっています。中国や韓国でも火葬が一般的のようですが、これは天の采配でもあるのです。

 

しかし、その一方で、西欧諸国には土葬も多く、ユダヤ教やイスラム教では火葬自体が禁止されています。これは邪神の影響に違いないと考えています。

 

死後火葬をしない場合、魂の浄火がされず、魂にこびりついた垢が十分に取り除けません。そうすると、次の転生の際、その魂に垢の種が残ってしまい、人間の悪い欲が膨らみやすくなるようです。

 

人間が誕生して以来、歴史上紛争が続いて来ているのはここに根本的な原因があるようです。

 

土葬、火葬に関わらず、煉獄が復活することが、人類の平和に最も良い解決方法なのですが、そこに至るまでにはもう少し時間がかかりそうです。

 

ところで、前回記事でご紹介しました神産みの島隠岐が、煉獄の世界に繋がっていたのです。

 

隠岐の西ノ島に焼火(たくひ)神社があります。

<WIKI:焼火神社>

 

明治までは焼火山雲上寺という神宮寺を持ち、地蔵尊を祀っていた修験道の霊場だった場所です。

 

焼火神社:巨岩の穴に本殿が建てられている

焼火神社①

 

拝殿:物凄い神気!

焼火神社②

 

巨岩の下の本殿

焼火神社③

 

神社下から望む同前の中海。古代はこれが火口だったようだ。

焼火神社④

 

 

焼火神社の由緒には、煉獄と繋がるような伝承は残されていませんが、その名の通り、ここが煉獄の世界への入口のようなのです。

 

しかしながら、焼火神社があるこの場所も明治維新の神仏分離以降、急速に荒廃していました。本殿はまだきちんと残っていましたが、周辺にたくさんあったと思われる摂社や神宮寺のお堂は、多くが壊れかけているか、なくなっていました。煉獄への入口も機能しなくなっているように感じました。

 

ただし、焼火神社が復活し、煉獄も本来の機能を取り戻すことが可能なはずです。

 

いずれにしても、隠岐はとても神秘的な島でした。他にも隠された謎がまだまだたくさんあるはずです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

今年のゴールデンウィークに隠岐を初めて訪問しました。

<地図:隠岐>

 

隠岐は島根県に属する隠岐諸島のことで、大きくは、主とした3つの島から構成される島前(どうぜん)と、隠岐諸島最大の島で、人口も最も多い隠岐の島町に属する島後(どうご)で構成されています。

 

隠岐は闘牛で有名ですが、それ以外ではあまりなじみがない島というのが私の印象でした。

 

ところが、実際に隠岐に渡ってみると、特別な島に感じました。

 

その理由は、島にある神社の多さです。それも、あまり聞きなれない隠岐国一宮である水若酢神社や、隠岐国総社の玉若酢命神社、後鳥羽天皇を祀る隠岐神社のように隠岐独特の神社があるかと思えば、一方で一般的に国内にたくさん散在している春日神社、八幡神社、住吉神社、熊野神社、稲荷神社、日吉神社、大山祇神社など、ほぼ全ての種類の神社があることに驚かされました。

 

古代(平安時代)から各式が高い神社の指標とされる式内社(延喜式神明帳に記載された神社)が、15社もあったのです。

 

以下の地図の赤い文字が主要な神社です。神社が好きな人にはたまらない場所でしょう。

 

島前

島前

 

島後

島後

 

私は、これまでの7年間で全国の寺社仏閣を4000カ所程巡ってきましたが、一つの地域、島に、これほどまでに各式が高くかつたくさんの種類の神社がある場所は、隠岐が随一でした。

 

何故、隠岐諸島にはこれほど沢山の神社が存在するのでしょうか?

 

この謎は、隠岐を巡り終わった後に分かりました。

 

まず、「隠岐」の文字に着目してください。

 

通常は、「隠岐」を「おき」とは読めませんよね。伝えられているところによれば、奈良時代は隠伎(おき)と呼ばれていたようで、その後、「隠岐」に統一されたようです。

 

何故「おき」と呼ばれるようになったのかは、いずれご紹介することにして、今回は漢字の「隠岐」に着目します。

 

「隠岐」は「隠れた分かれ道」という意味に捉えられます。

 

「岐」には、「わかれ道」という意味があります。

 

「岐阜」の「阜」は、「おか」や「台地」、「小高い山」などの意味です。従いまして「岐阜」は、台地の分れた場所という意味で、岐阜が日本アルプスを中心とした東日本と、なだらかな西日本の山地の分かれ道、中間にある場所、という意味ではないかと個人的には考えています。

 

「隠岐」の意味が「隠れたわかれ道」であるのならば、このことは何を意味しているのでしょうか?

 

ここからは私の見解です。

 

「隠れた」とは、人間の目では見えないという意味に考えられます。人間の目に見えないわかれ道ということは、真っ先に浮かぶのは三途の川のようなあの世に繋がった道ではないでしょうか。

 

隠岐は、諸島全体があの世と隠された道で繋がっている場所という意味があるのではないでしょうか。

 

隠岐独特の神社を初めとして、日本全国にあるほとんど全ての種類の神社がある場所です。

 

これらの事実から「隠れた分かれ道」である隠岐は、単に見えない世界との道がある場所だけではなく、私は記紀に描かれている神産みの島ではないかと考えました。

 

天と地がはっきり分かれていなかった遠い昔、宇宙が創造され、地球も造られます。その後、イザナギ、イザナギがやて来て、国産みが行われます。

 

国産みの後は、地球の自然を司る八百万の神々が誕生します。これが神産みです。

<WIKI:神産み>

 

神産みの場所は特に書かれていませんが、天から神々がやって来て地球に誕生する際のルート、道は最初は一本道だったのではないかと考えられないでしょうか?

 

その天から繋がった道が隠岐だったのではないかと。

 

隠岐に誕生した八百万の神々が日本各地、世界各地に飛び散って、現在のような地球の自然、生態系を創っていおったのではないでしょうか。

 

隠岐に独特の神社がある一方で、国内に点在するほぼ全種類の神社があることが、神産みの島を物語っているではないでしょうか。隠岐諸島を巡って、私はそのよう感じた次第です。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

ホスファチジルセリン(PS)をベースにしたサプリメント、スーパーエクセレントシリーズ タイプAを世に出して4年半が経過しました。

 

当初は、科学的に評価されない霊的な憑依という概念が原因である(と私が考える)精神的な病の症状を緩和するためには、憑依のターゲット先である大脳を強化しなければならず、そのためにPSが有効であると考え、本ブログのみで周知しました。

<右脳と憑依-その1>

<右脳と憑依-その2>

<右脳と憑依-その3>

 

その結果、予想以上の方にご購入していただき、精神的に困っている方々からも、その効果を認めていただきました。その後、各社からもPSをサプリメント化した商品がたくさん発売されだしました。

 

しかしながら、PSは霊的原因の精神疾患だけでなく、普通の人の健康にも重要な役割をする画期的な物質であると私の考えが広がりました。

 

PSは、リン脂質の一種で、脳内の細胞膜を構成している物質であり、生体内のシグナル伝達にも関与していると考えられています。

 

米国のFDA(アメリカ食品医薬品局)は、PSには高齢者の認知機能障害リスクを低減する可能性を示唆しています。

<WIKI:ホスファチジルセリン>

 

国内での認知症患者に対する治療薬としては、国内の薬品会社がドネペジル塩酸塩が有効であることを発見し、商品名アリセプトとして発売し、国内外で多く使用されているようです。

 

しかしながら、アリセプトは、根本的に認知症を治すものではなく、認知症の進行を抑制するものでしかありません。アリセプトを服用することで、食欲不振、嘔吐、下痢などの副作用が報告されています。

 

副作用が生じるということは、健康に良くないということです。

 

従って、米国では、副作用の恐れがないPSに着目し、認知症患者が服用しているようです。現在のPSは、主として大豆から抽出している天然成分です。

 

PSは、脳及び脳からの伝達を強化し、その結果、思考力、記憶力の低下を改善することに効果があると考えられています。

 

私は、PSを1日100㎎(タイプA3粒)摂取していますが、効果は即効性が高く、如実に現れます。頭がさえるのです。PSを食べなかった日とは雲泥の差で、タイプAを利用された方の多くからそういう報告を受けています。

 

PSの効果がより分かりやすいのは子供です。成長期の子供は、脳も日々成長していきますが、リン脂質を食事によって十分摂らないと脳の発達も十分ではなくなります。

 

補助食品として、子供でも大人と同じ1日100㎎のPSを摂取すると、脳の発達が早くなるようです。実際に、タイプAを使用している子供さんの学校での成績が急に上がったとの報告も数件受けました。

 

製造元の見解によると、発達障害がある人では、子供であっても1日200㎎(タイプA6粒)摂っても問題ないということです。

 

また、タイプAには、PSの他、テアニンも含まれています(3粒で50㎎)。テアニンは、お茶(チャノキ)の葉に多く含まれている成分で、抗ストレス効果があることが報告されていて、摂取するとリラックスして仕事や勉強もはかどります。日本茶を飲むと落ち着くのはテアニンによる効果なのです。

 

注意欠陥・多動症障害の子供に対しては、PSとともテアニンが良い効果をもたらし改善が見込まれるのです。

 

脳細胞・伝達の強化がPSで、心身を落ち着かせる効果があるのがテアニンです。この2つの成分を含むスーパーエクセレントシリーズ タイプAは、実は画期的なサプリメントだったのです。

 

<CALSEED SHOP¥ホスファチジルセリン>

 

普通の大人から子供、また、認知症予防・改善、精神的な病の方に対しても広く利用出来ます。特に、仕事で頭を使われる方にはタイプAの効果を実感出来るはずです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。