知っとうや(真実を求めて?!) -34ページ目

知っとうや(真実を求めて?!)

⚡2900年続いた人類中心文明は、近い将来、五六七(弥勒)時代となり、本来あるべき姿に戻ります。それまでは産みの苦しみが続きますが、見事に成就して欲しいものです。⚡

前回の続きです。

<『霊的』意味その1』>

 

前回は、宇宙の法則のうち、天国、現界(地球)、幽界についてのご紹介でした。

 

今回はそれ以外の世界についての説明になります。

 

ブログ初期の頃、宇宙は大きく十界と云って大きく分けると十の世界に分かれていることをご紹介しました。

<宇宙の仕組み①>

<宇宙の仕組み②>

 

次が当時ご紹介した十界の概念図です。

 

 

 

天国とは、大まかに言えば佛界菩薩界のことだと考えています。

 

また、現界(地球)は、人間界です。

 

幽界は、十界の外にある世界です。現在はその大半が邪神によって乗っ取られたようで、幽界の代替として各界に魂の一時待機場所があるようです。

 

佛界、菩薩界、人間界以外の十界ですが、縁覚界声聞界は天国と現界の間に存在し、天界は現界と共存(地球に隣接)しているようですが、人間の目では認識出来ません。日本には八百万の神が宿っていると言われますが、日本だけでなく地球全体に神が宿っていて、その神の世界を天界と呼ぶのだと考えています。

 

修羅界は、現在の地球上には明確に存在しないと思いますが、人間界と混在しているようです。戦争好きの人々が修羅界に魂が所属している人々で、人間が地球に誕生する前は恐竜だったようです。

 

畜生界餓鬼界はそれぞれ動物の魂植物の魂が存在し、霊的修業を行っている世界と考えて良いと思います。それらの魂が現界に転生する際、動物や植物に生まれ変わるのです。

 

そして最後に地獄界ですが、ここは天界、人間界で非常に悪い行為を行った魂が送られる文字通りの恐ろしい罰が与えられる界です。悪い行為には自殺も含まれます。

 

基本的に、上から天界、人間界、修羅界、畜生界、餓鬼界、地獄界の6つの世界の中を巡るのが六道輪廻で、約3000年前からは人間界をベースとして、魂の転生が繰り返されています。

 

この六道輪廻での修行を終えられたら、さらに上の世界である声聞界、縁覚界、菩薩界、佛界に属することが可能となり、魂はそれら各世界に所属しながら六道輪廻の人間界の人間として転生することも可能なのです。歴史上の偉人は、多くの場合が佛界や菩薩界から転生した存在のようです。

 

しかしながら、人間中心の地球が3000年という長い歴史をかけても、中々良い世界にならないのは、邪気が充満していて、足を引っ張る邪神という存在がいることが大きな原因だと考えています。

 

それによって、地球上の魂の浄化の仕組みも穢されており、せっかく前世の悪事を反省し、禊祓いして人間界に転生したとしても、浄化が不完全で魂の一部に邪気のタネが残っているために、悪い欲望が膨らみやすい環境になっているようです。

 

よって、欲に負けて、我よしとなり、邪神が用意した弱肉強食の社会で、本来の人間としてやりたかった事も行えず、堕落する人間が多くなっているようです。

 

人間界が、この先将来もこのようなよろしくない状態が続くのかと言えば、そうではないようです。

 

それは、天が用意した三時(正法・像法・末法)という期間がもうすぐ終了するからです。この三時は人間中心文明として、人間界の魂の修業のために特別に天が用意した期間です。

 

天は、人間界が素晴らしい世界になるためにはこの約3000年が必要だと考えて用意したようです。邪神も含めて、そろそろ素晴らしい地球になる時期が到来するはずです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

2010年からブログを始めて以来、私の探究している最重要テーマは『霊的』です。

 

地球と人間の存在の意味を考えるには、霊的という定義を考えないことには全く説明がつかないと感じたからです。

 

太陽系の惑星において、何故地球にしか生物がいないのか?

 

何故、人間が誕生したのか?

 

人間と他の動物の違いは何か?

 

何故、人間は科学的に進歩しているのか?

 

現代人で誰一人、これを公に説明出来る人物はいません。

 

同じようなテーマを探究している現代人は結構な数がいるようですが、多くが宗教家だったり、スピリチュアルな団体のリーダーだったりしていて、それらの方の思想に対して、私はとても納得出来ませんでした。

 

過去の人物であれば、大本を立上げた出口王仁三郎がかなり核心に迫っていると私は考えているのですが、王仁三郎は当時の政府に弾圧されてしまい、その思想は広がることはありませんでした。弾圧されるということは本物だということなのです。

<WIKI:出口王仁三郎>

 

出口王仁三郎と言えば『霊界物語』が有名ですが、普通に霊界物語を読んで意味が分かる人はほとんど存在しないでしょう。『霊界物語』は、随所に霊的真実のヒントを残した作品であり、ストーリーとして読んでもほとんど理解出来ないし、面白くないように、意図的に書かされています。ほんの特定の人しか理解出来ないように、全て天佑によって書かれているのです。

 

私は、霊界物語も一部参考にしながら、霊的真実を探求してきました。

 

 

『霊的』とは、肉体を持った人間と動植物が存在する現界である地球に対して、それぞれの魂の大元が存在する世界が存在していることであると私は定義しています。仏様の世界がその代表例で、その世界のことを広義には天国と呼んでいます。

 

天国に存在する大元の霊魂から、一部魂を分離して地球に転生させられているのが人間だと考えて良いでしょう。

<地球(失楽園)と人類誕生>

 

人間に転生した際は、それまでの天国に存在する大元の霊魂の記憶は消されているために、人間として生まれたばかりの際は、真っさらな魂なので赤ちゃんは純粋無垢なのです。

 

しかしながら、成長していく過程において人間としての欲を持つようになり、また人間関係が生じる過程で、性格も形成され、変化していきます。

 

ところで、天が、何故わざわざ人間という世界を創ったのかを考えてみると、それは人間を通じて魂の修業をすることで、結果的に天国に存在する霊魂もより高みに成長させる狙いがあるからだと考えています。

 

修業に人間の存在の重きがあるでせすが、この地球で人間が十分な修業をさせるために、また出来るだけ途中でゲームオーバーにならないように、天は、天国にいる個々人の霊魂の本体からアドバイスする仕組みにしたようです。

 

これが天の助けを意味する天佑と呼ばれるものです。

 

天佑は、天に存在する本体の霊魂から、その霊魂から分かれた人間に対して、人生の選択肢となる重要なヒントを、テレパシーのような形態で降ろされていることを言います。

 

天佑を人間が直接感じる時、それが閃きであり、インスピレーションです。その閃きやインスピレーションを、上手く受信し、実行できるかどうかで、その先の人生が大きく変わっていくのです。

 

従って、最終的な運命の選択は、その人にあるのです。

 

このように天国に存在する霊魂(もう一人の自分のことでもある)のことを霊的な存在と呼ぶのです。

 

 

しかしながら、誰しも天佑を上手く受け取って、その先順風満帆な人生を送れるとは限りません。実際には、成功者として順風満帆な生活が出来る人の割合の方が少なく、苦しみを抱えたまま、もしくは平凡な人生に終わる人の方が圧倒的に多いはずです。

 

それは、天佑を受信する際に邪魔が入ることの方が多いからです。この邪魔をする存在を、私は邪神と呼んでいます。

 

邪神は、元々は、地球・人間を修業の場にするために、故意に苦難を与える役割の神で、「御用の悪」と呼ばれる正神です。厄神とも呼ばれます。

 

人間界は修業の場所ですから、修業のために欲望の餌を与える役目が御用の悪なのです。人間は、いろんな欲望の誘いを与えられ、時にはその欲望に負けて失敗します。失敗があってこそ学びがあるのです。これを繰り返しながら精神的にも大人へ成長していき、人間界での自分の役割りを見つけていくことが、本来の人間に与えられた使命だと考えています。

 

しかしながら、途中で欲望に負けて、大きな失敗をする人が多く、時には取り返しのつかない失敗をして命を失ったり、事故に遭って命を落としたりすることもあります。

 

これは、天佑を上手く受信出来ているかどうかの、その人の魂の能力によるものが大きいのです。

 

これが魂の修業であり、今生で失敗したのであれば、次に生まれ変わった時にその経験を生かして乗り越えれば、魂は成長し、天佑も邪魔されても受信出来るようになっていくのです。これが輪廻転生の目的です。

 

また、それぞれの人生での失敗が、カルマ(業)として、転生の課題となっていきます。

 

人生で失敗した場合は、その魂は、直接天国に戻ることは出来ないようです。別の世界(幽界)で、手続きを踏み、次の転生に向けて準備をし、次の転生でカルマを解消し、天国に戻れるように決意するのです。

 

ここまでで、天国現界(地球)幽界という大きく分けて3つの世界が宇宙に存在することが分かったはずです。人間の目には天国と幽界が見えなくなっているので、人間はその存在に気が付いていないだけなです。

 

次回は、地獄等について私の考えを書いてみたいと思います。

 

最後まで読んで頂きありがとうございます。

 

今年の節分明けに、2019年は激動になるのではないかと書きました。

<2019年は激動?>

 

これまでの世界及び国内の情勢を振り返ってみますと、私の予想どおりになりつつあります。

 

国債情勢では、大きな動きとなっているのが米中貿易摩擦の激化です。

 

米国、中国とも互いに第4次の関税増税合戦となっていて、周辺国の期待をよそに終息の様相は見えません。

 

元々、中国の経済バブルはピークを越え、崩壊の兆しを見せていたところに、米国が貿易戦争を仕掛けてきたので、習主席は重大な局面に立たせられています。

 

しかしながら、世界覇権を目論む中国は、米国の要求を呑んで譲歩するつもりはないようですから、米中貿易摩擦が激化するのは避けられず、ユーロ及び東アジア経済に多大な悪い影響を与えるのは間違いありません。世界経済にとってこれからが正念場です。

 

次に、今年前半の大きな話題と言えば、6月30日に突然板門店で行わた米朝首脳会談でした。これはビッグサプライズでしたね。トランプ大統領と金委員長の仲はかなり強固のようです。

 

しかし、その後、北朝鮮はミサイル実験を何度も行っていて、朝鮮半島の和平交渉は上手く進んでいないようにも見えます。

 

なぜでしょうか?

 

これは、おそらく、トランプ大統領と金委員長の間では思いは一致しているのですが、お互いの取巻きがそうはさせまいとしていて、中々進めずにいるやめ、金委員長が業を煮やしているのだと思われます。この米朝の政権取巻きこそが熊襲であり、自分たちの利権を守るため変革を進めさせないのです。どこの国にもいる連中です。

 

それと、最近大きな話題になっているのが香港の大規模デモです。

 

香港で今年改正された逃亡犯条例に反対する市民が、香港政府に対して条例改正反対のデモを開始しました。今年3月に最初のデモが始まり、6月9日の3度目のデモでは主催者発表で100万人を超える規模となり、連日世界中に状況が配信されるようになりました。デモはその後も終息せず、激化しています。

 

この事件は、香港統治に対する中国の一国二制度問題が根底にあり、将来中国に吸収される予定の香港市民の感情が爆発したものです。

 

一方の中国は、香港以外にも台湾、マカオで同じような関係になっているため、安易な妥協が出来ないのでしょうが、今後の動きに注視しなければなりません。

 

また、ユーロ経済は、これまで中国の経済成長とともに発展してきたのですが、米中貿易摩擦以降、ユーロ経済にも陰りが出ています。英国のユーロ離脱問題も期限の10月末を見据えて英国政治は大混乱となっており、世界中の経済で安泰なのは、今のところ米国だけの状況です。

 

しかしながら、その米国の状況も長くは持たないと思われます。米国経済が沈下しだすと、本格的に世界は金で金を潰す状態になり、マネーに対する価値観が大きく変わっていくのでしょう。

 

そして、日本です。日本は、米中問題、米朝問題の陰に隠れて静かな状況でしたが、7月に突然日本が表明した韓国向け半導体素材の輸出規制の厳格化を発端に、韓国の反日感情が急激に高まりました。

 

その結果、元々良くなかった日韓関係は、戦後最悪の状況となり、訪日観光客が急減、韓国人観光客に人気が高かった九州や北海道では地域経済に大きな影響が出て来ています。歴史的結びつきが強いはずの隣国との対立は、残念ながら終息の方向性が見えません。

 

このように、世界情勢は2019年に入って激動に入ってきましたが、これはこれからさらに激化するのは間違いありません。

 

それは2019年が激動期への転換点になる年だからです。

 

2022年には約3000年(太陰歴ベース)続いた三時の最後の期間である末法が開けます。

<末法が終わる!(続)>

 

従って、末法後の新たな世界に向けて動き出しているのです。末法が開けたからといってすぐにこれまでと全く異なる世界に変わる訳ではありませんが、人類の意識はだんだん変わっていくはずです。

 

今月以降、世界情勢がどのように変わっていくか注視していてください。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

5年前になりますが、古墳についての記事を書きました。

<古墳の真実>

 

古墳は3世紀半から7世紀にかけて造られた皇族や豪族などの墓とされていて、この時代が古墳時代と呼ばれる日本独特の文化を持った時代だったようです。

 

日本以外に存在する古墳は、朝鮮半島南西部に10数基の前方後円墳が点在しているだけです。

<WIKI:前方後円墳>

 

何故、古墳が存在するのでしょうか?

 

また、何故、8世紀以降は、古墳が造られなくなったのでしょうか?

 

これらは未だに謎なのです。

 

古墳は、古代の皇族や有力者の墓であるのは事実ですが、単なる墓ではないと私は考えています。古墳に秘められた意味があるはずなのです。ここ10年ずっと考えてきました。

 

最近になって、古墳に秘められた意味が少しずつ分かってきた感じがしています。

 

歴史の改竄として、266年の地球大変動によって世界地図が変わってきたことを書いてきました。歴史の改竄なので、266年の事実すらも抹消されています。従って明確な証拠は残されていません。

 

古事記、日本書紀にも当然書かれていませんが、266年前後は、その時代よりも古い神武天皇や崇神天皇の時代とは比較にならないくらい、歴史がほとんど残されていないのです。まさしく空白の145年間なのです。

<古代歴史の改竄-邪馬台国その2>

 

古墳が日本列島に現れだしたのは、3世紀半ば頃なっています。

 

世界地図、日本列島と朝鮮半島の地理が変わったと私が考える266年とほぼ一致する時代なのです。

 

これまで書いてきましたように、日本は神国日本であり、神代から世界の中心でした。

 

ただし、この場合の日本というのは、現在の日本列島ではなく、266年以前の巨大な日本のことなのです。次の図です。

 

大倭

 

 

天日根國+狗邪韓国+α。面積にしたら現在の日本列島の10倍くらいはあるはずです。この巨大な島国が世界の中心である神国日本だったのです。邪馬台国もこの時に存在していたのです。

 

私は、この大きな日本列島を大倭(おおやまと)と呼んでいます。古代日本のことを「大倭日高見国」(おおやまとひたかみのくに)と呼ぶ場合もありますが、これが前掲の地図の国のはずです。

 

しかし、266年を境に現在の世界地図になり、日本列島は37万㎢の小さな島国になってしまいました。これも天の采配だと思います。

 

天日根國に隣接していた狗邪韓国も分離してしまい、大陸にあった楽浪国とくっ付いて現在の朝鮮半島になったようなのです。

 

この大事件を機に、一旦地球上の人間を初めとした生物は一旦抹消され、翌年の267年に新たな環境(現在の地球)の中で、歴史が繋がるように再度創造させられたというのが本当の話のようです。現代人はとても信じられないでしょうが。

 

これを天による敗者復活戦と呼ぶようです。あくまで地球は、魂の修業の場でしかないのです。特に日本人が、八百万の神を崇めるのは、神国であり天の意図を理解していたからなのです。

 

よく考えてみてください。

 

現代では地質学、生物学等の科学の進化により、過去人類が存在して以降、何度も寒冷期や氷河期があったことが知られています。人間が出現したと言われる400万年よりもはるか昔の6000万年前には、何らかの事情で恐竜が絶滅したと言われています。

 

しかし、恐竜が絶滅するような地球大変動があったのに、人間の祖先と言われている猿が生き残ったのが不思議だと思いませんか?

 

実際には、恐竜が絶滅した時点で、全生物は一旦地上から抹消させられていて、次の地球は、重力が恐竜時代よりも格段に重くなったので、天は体長が小さな生物を新たに生み出し、人間も新たに登場させたのです。そういう意味では旧約聖書の創成期は正しいのです。

 

このような真の歴史を表に出そうとして来た科学者や歴史学者は、邪神(熊襲)によって消されて来たために、現在のような間違った常識を真の常識と思わされているのです。

 

天が用意した人間の本質も、邪神によって完全に曲げられてしまい、今では欲望だらけの人間社会になってしまったのです。

 

話がそれましたが、古墳の存在意義は、まさしく真実の歴史にあるのです。

 

つまり、267年以降、新たな日本に誕生させられた人々は、明瞭な記憶だったかどうか分かりませんが、266年以前の歴史が記憶に埋め込まれており、朝鮮半島南半分と日本列島がくっ付いていた時代を偲んでいたのです。

 

特に天皇をトップとする皇族は、その気持ちが強かったはずです。

 

従って、天皇は、自分が崩御した暁には、古墳を造らせて、かつての歴史を後世に伝えようとしたのです。

 

特に前方後円墳は、その意味が深いのです。

 

前方後円墳が意味するのは、前方(方墳)が地上であり、後円(円墳)が太陽を表していると考えています。

 

円墳に当たる国が、かつてあった天日根國であり、この国は天と直接つながっていて、神々が降り立っていた場所、つまり現在の日本に当たる場所なのです。天の指令を直接受ける地球の代表者が天皇だったのです。

 

方墳は地上を表しています。天の指示の元、地上、つまり人間の代表者が住んでいた国が、天日根國に隣接していた狗邪韓国ったと考えています。新羅や百済などの前身の国です。

 

しかしながら、266年に天日根國と狗邪韓国が分離したため、この構図が失われ、新たな地球は、より次元が低くなり、神の存在が消え、天皇も日本の統括者に格下げにされてしまったのです。

 

これらの真の歴史が記憶にある、267年以降の日本の天皇等の有力者は、天日根國(日本)と狗邪韓国(韓国)は、隣接していた関係が深い国であることを表すために、前方後円墳を考え出したのです。日本と朝鮮半島はくっ付いていたんですよと。仲良くしてくださいねと。

 

これが古墳時代の始りだと考えています。

 

日本以外に、朝鮮半島南西部にだけ10数基の前方後円墳があるのは、日本が任那を支配していた時に、朝鮮半島にも真の歴史の証を残すために造らせたものだと考えています。

 

ちなみに、8世紀になって古墳時代が終わったのは、大化の改新、壬申の乱、大宝律令の制定と言う流れで、大陸出身者が日本を統治支配するようになり、時代が変わったからだと思います。266年の歴史を知る人達が少なくなったことが要因であり、また邪神は266年の事実を消したかったのです。

 

世界最大の古墳である大仙古墳が世界文化遺産に登録されることになりましたが、古墳の真実も近い将来明かされることになるはずです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

これまで、日本の歴史、邪馬台国と周辺国の歴史は、266年を境に大きく改竄されていることを主張してきました。


<古代歴史の改竄-邪馬台国その1>

<古代歴史の改竄-邪馬台国その2>

<古代歴史の改竄-邪馬台国その3>

<古代歴史の改竄-投馬国>

<古代歴史の改竄-北海道>

<古代歴史の改竄-ハワイ国>

<古代歴史の改竄-耽羅国と楽浪国>

 

今回は、このシリーズの続きで、朝鮮半島の真実についてご紹介します。

 

日本と韓国、歴史的には、近くて遠い国と言えますね。今も貿易問題が二国間の関係に飛び火して大騒ぎになっています。

 

何故、このように日韓はいがみ合うことが多いのでしょうか?

 

皆さんは、明治時代の日韓併合や、第二次世界大戦の日本軍の行為等、近代の関係から来ていると考えている方が多いと思いますが、そんな単純なものではなさそうなのです。

 

日韓には、古代からとても複雑な歴史がからんでいるのです。そのことを、邪神・熊襲が突っついて日韓両国が仲良く接近しないようにさせてきたのが、千七百年以上前からの日韓の歴史と言ってよいのです。

 

何故、日韓が接近することを邪神・熊襲が嫌うと思いますか?

 

それは、日韓両国が元々は陸続きで関係が良好な隣国だったからなのです。信じられないのでしょう。

 

前回記事で、266年以前の朝鮮半島には楽浪国があったことを書きました。

楽浪国

 

この楽浪国は、現在の朝鮮半島に対比すると北朝鮮の中南部当りに位置します。楽浪国の都が、今のビョンヤンです。3世紀前半頃のことです。

 

楽浪国の北側には、現在の満州辺りにまで領土を広げていた高句麗国があり、さらにその北側に扶余国がありました。扶余国は、高句麗国、楽浪国を侵略しようとしていたのです。また、高句麗国も扶余国と敵対しつつ、楽浪国を侵略しようとしていたようです。

 

ところで、前掲の地図が3世紀前半の朝鮮半島周辺だとすると、高句麗国以外の朝鮮半島に存在していた新羅国百済国加羅国はどこにあったのでしょうか?

 

これが、今回のテーマなのです。

 

これを紐解くヒントが歴史書には残されています。中国の歴史書である『三国志』『後漢書(魏書東夷伝)』です。

 

この中に書かれている句邪韓国(くやかんこく)がそのヒントです。

<WIKI:狗邪韓国>

 

句邪韓国とは、その名から現在の韓国の一部と推測される国であり、現在では朝鮮半島最南端にあった加羅国(任那)に比定されていています。

 

しかし、三国志や後漢書に登場する狗邪韓国をよく読んでみると、大きな矛盾が生じてきます。次が狗邪韓国に関する記述です。

 

(帯方)郡より倭に至るは、海岸に循(したが)ひて水行し、韓の国を歴(へ)、乍(あるい)は南し乍(あるい)は東し、其(そ)の北岸の狗邪韓国に到り、七千余里。
始めて一海を度(わた)ること、千余里にして対馬国へ至る。

 

狗邪韓国の位置は、帯方郡より水行<船)で韓の国を経て、南下して東側へ行くと、(倭国の)北岸の狗邪韓国に至る、となっています。

 

現在の朝鮮半島を考えてみると、帯方郡が北朝鮮の北部の遼東(リャオトン)半島付近にあったとされていて、そこから朝鮮半島西海岸を南下し、韓国木浦付近から東へ向かうと釜山付近に到着します。

 

従って、狗邪韓国は韓国南部の海岸沿にあった国で、加羅国(任那)の前身国であると、現代の歴史学者は推測しています。

 

しかしながら、問題になってくるのは「其(そ)の北岸の狗邪韓国に到り」という部分なのです。

 

「其(そ)の」とは「倭国の」ということですから、狗邪韓国は、倭国の一部であり、倭国の北岸と捉えることができます。

 

朝鮮半島の地図を良くみてください。「の北岸の」というのは矛盾しますよね。北岸という場合は、陸地の北側に海岸があることを普通は指します。九州の北岸は福岡のように。現在の朝鮮半島の南岸であるとされる狗邪韓国を、倭国(日本)の北岸というのは違和感があります。

 

倭国が当時加羅国を実行支配していたのだろうから、「倭国の北岸の狗邪韓国は朝鮮半島南部の加羅国に当たる」と歴史学者は主張しているのですが、そうであったとしても「北岸」という呼び方には強い違和感があります。

 

結論から言えば、歴史学者の改竄というよりも、歴史学者を始めとした現代人そのものが、266年に世界地図が大きく変わってしまうような地球の大変動があったことは全く知らないので、答えが出ない、辻褄が合わないのは仕方がないことなのです。

 

この「倭国の北岸の」は、266年以前の地図で考えるとぴったり合うのです。

 

266年東アジア

 

 

倭国というのは、天日根國を始めとする、古代の巨大な日本列島を意味しているはずですから、その倭の北岸、日本海側にある部分が狗邪韓国であったとすれば「倭国の北岸」の表現が辻褄があってくるのです。

 

つまり、狗邪韓国とは、朝鮮半島にあったのではなく、日本列島に隣接する国だったのです。前掲の地図の天日根國の西側にくっついている国だったのです。だから倭国の北岸と呼べるのです。

 

拡大すると次のようになります。

 

266年狗邪韓国

 

 

さらに狗邪韓国とは、古代の朝鮮半島の国と思われている新羅、百済、加羅とも同じだっと考えて良いのです。正確ではありませんが、次の地図のようなイメージではないでしょうか。

 

朝鮮半島と日本

 

 

 

現在の朝鮮半島は、266年までは二つに分かれていて、現在の朝鮮半島の南半分、韓国に当たる部分は、日本列島にくっついていたのです。

 

古代朝鮮半島にあった高句麗、百済、新羅、加羅の4か国は、高句麗が大陸で、残り3か国は日本列島と接していたのです。266年までは。

 

高句麗、百済、新羅の建国時期は、高句麗が紀元前37年百済が紀元前18年新羅が紀元前57年と記録が残っていますが、現代の韓国歴史学者は、この建国時期は神話であり、詳細は良く分かっていないとしています。百済については4世紀頃の建国が有力視されています。

 

何故、建国の記録が残っているのに、その確証が得られないのか?

 

それは、266年を境に地形が大きく変わっているので辻褄が合わないのと、熊襲によって266年以前の歴史を隠したいという意図が働いているからなのです。

 

元々は、古代の日本と韓国は隣接した兄弟国だったのですが、それが韓国が分離して、現在の朝鮮半島にくっついたのです。

 

朝鮮戦争時に、朝鮮半島が北と南に分裂させられたのは、これを知っている邪神・熊襲の陰謀なのです。

 

さらに、韓国と日本が連携されると熊襲は困るのです。だから日韓両国を離そうとしてきたのです。

 

豊臣秀吉の朝鮮出兵は実は朝鮮半島を明国から守るためであり、江戸時代には朝鮮通信使が日本に派遣され日韓は仲が良かったのですが、それを良しとしない邪神・熊襲は、朝鮮半島を仏教国から儒教国に変えてしまったのです。

 

現在、韓国の文大統領が、徴用工問題を大きくクローズアップし日本を攻撃するのは、この流れなのです。

 

それに対して、静観していた安倍政権も、半導体関連の重要商品の韓国へ輸出する際の手続き厳格化によって対抗したことが、日韓関係を急速に悪化させています。

 

これは、邪神・熊襲の思う壺とも言えるのです。木を見て森を見ず、の状態が両国なのです。いずれ、両国が歴史の真実を知り、接近する時代が来るのは間違いありません。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

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8月11日の週の記事はお休みさせていただきます。

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先日の記事のつづきになります。

<古代歴史の改竄-ハワイ国>

 

ハワイがかつては、北海道の北側にあったとは、とても信じられないことでしょうが、歴史は全て勝者(熊襲)が改竄してきたものなのです。

 

ハワイ国

 

今回は、かつての神国日本(天日根國)を支えた5つの周辺国のうち、残りの2国(図の③と④)についてご紹介します。

 

③の国は、現在の日本列島で言えば、大阪辺りに位置するように見えますが、実は全く異なるのです。

 

結論から言えば、現在の韓国にある済州島(チェジュトウ)がここにあったのです。

 

これまた信じられないでしょうね。

 

何故、ここが済州島なのかは、現在の私の能力では説明できませんが、いずれ分かってくると思います。

 

当時(266年以前)は、この国は耽羅(たんら)国と呼ばれていたようです。
<WIKI:耽羅>

 

耽羅国の民族は、朝鮮半島の民族と文化面で異なり、なんと20世紀まで独自の文化を保っていたようです。アイヌやハワイの人々と通じるものがありますね。日本で言うなら琉球王国のような位置づけなのでしょう。

 

済州島は、地理的には火山島で、韓国最高峰の山もあり、韓国独中では独特の地形を成しています。

 

独特の神話も残っていて、朝鮮半島とも、日本とも一線を画す島国なのです。

 

 

次に④の国です。

 

④は明らかに、現在の朝鮮半島と対比出来る位置にありますが、大きく異なるのは、朝鮮半島が今よも小さく円形に近い形をしている点です。

 

実は、当時は、現在の朝鮮半島南部を占める韓国は、天日根國(現在の日本列島の中心部)に接していて、朝鮮半島にはなかったのです。これも驚くべきことだと思われます。この詳細は、後日紹介していきたいと思います。

 

楽浪国

 

④の部分は、韓国ではなく、現在、世界を騒がせている北朝鮮に当たります。

 

当時は、楽浪(らくろう)国と呼ばれていたようです。

<WIKI:楽浪国>

 

日本の歴史教育では、朝鮮半島に当時の中国の大国である漢が支配する植民地、楽浪郡があったと習います。

<WIKI:楽浪郡>

 

しかしながら、これこそ勝者による改竄の歴史であり、実際には高句麗とは別に、高句麗の南に楽浪国という国が存在していたのです。北朝鮮では現在でも楽浪国があったことが正規の歴史となっているようです。(百済と新羅がどこにあったのかは後日ご紹介します)

 

このことを上手く表現しているのが、韓国時代劇ドラマ「幻の王女チャミョンゴ」です。参考になります。

 

つまり、現在の朝鮮半島は38度線で北朝鮮と韓国に分かれていますが、実は266年以前は、ほぼ38度線の位置で、北朝鮮と韓国は完全に分離してい国だったのです。

 

現在、韓国と日本は経済戦争に突入しそうな雰囲気があり、関係が急速に悪化していますが、本来は隣接する仲の良い国だったのです。

 

さらに海を挟んで半島状になった楽浪国(現在の北朝鮮)があり、こちらも天日根國(日本)と良好な関係を保っていたのです。

 

しかしながら、楽浪国は、熊襲に乗っ取られた漢国と高句麗によって侵略され、楽浪国は植民地の楽浪郡になってしまったのです。

 

現在、日本と朝鮮半島の関係が騒がしいのは、この時のカルマの再現でもあるのです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

 

前回記事では、食塩とミネラルの関係をご紹介しました。

<塩とミネラル>

 

食塩は基本的に海水から作られるものです。海外には岩塩もありますが、岩塩も元は海の中で出来たものが隆起したものです(一部は浄化システムにより海水が陸地に送られて出来たもの)。

 

従いまして、ミネラル分を多く含む入浜式塩田方式で造られた食塩には、特に海の中に多く含まれるミネラル分を多く含んでいるようです。

 

塩素ナトリウムカルシウムマグネシウム等が海のミネラルに該当します。

 

しかしながら、食塩だけで全ての必須ミネラルを摂取できるかというと、そうではありません。

 

食塩には、リンカリウム等はごくわずかしか含まれていません。

 

これらの陸地に多く存在するミネラルは野菜から摂るのが普通ですが、最も効率良く摂れるのは、黒砂糖です。

<きび砂糖:CALSEED SHOP オンライン>

<天尊漢方薬局:黒砂糖>

 

現在、砂糖と言えば国内では白砂糖、特に上白糖が多く普及していますが、白砂糖にはほとんどミネラル分は含まれていません。ミネラル分等の不純物がほぼ完全に取り除かれて白くなっているからです。

<WIKI:砂糖の種類>

 

このような白砂糖が一気に普及したのは戦後ですが、戦後、国内で糖尿病患者が増えたことと関連性が高いと考えています。

<砂糖の真実>

 

甘いだけの砂糖は身体を悪くするだけです。甘さ控えめのシュガーカット等の砂糖も出ていますが、ミネラル分が少ないものは甘さ控えめであっても摂取する意味が乏しいし、化学添加物が含まれたりしています。

 

黒砂糖は、国内では鹿児島や沖縄が主な産地ですが、収穫量は年々少なくなり、今ではとても貴重なものとなっています。

 

その一方で、近年黒砂糖のミネラルに気づいた消費者が増えだしたため、希少な黒砂糖の価格は高騰して、中々手に入らなくなりつつあります。多くの場合、中国産等の品質が落ちる黒砂糖が出回っているので、気を付けなければなりません。

 

食塩が海のミネラル分を摂るための重要な調味料であるならば、黒砂糖は土のミネラル分を摂るための重要な調味料ということが言えます。

 

他にも土のミネラル分を摂れる食物はあります。例えば野草茶の一種であるすぎな茶です。

 

すぎなは、つくしの栄養茎の部分のことをそう呼ぶのですが、カルシウム、マグネシウム、カリウム等のミネラルを豊富に含んでいます。すぎな茶から土のミネラル分を摂ることが出来ます。

<WIKI:スギナ>

<すぎな茶:CALSEED SHOP オンライン>

 

海のミネラルに対して、土のミネラル。アフリカのサバンナでは、象やサイ等の草食動物は、ミネラル分不足を補うため、ミネラル分を多く含む特定の土を探し当て、土のまま食べます。

 

さらに、ライオン等の肉食動物は、それらの草食動物を食べる事で、ミネラルヤビタミンを補っています。これが自然の摂理です。

 

適度な量の必須ミネラルを補給しなければ、健康は維持出来ません。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

-追伸

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前回のつづきです。

<古代歴史の改竄-ハワイ国>

 

神国日本の元である天日根國は、現在の日本列島とは位置的には同じですが、地形は大きく異なります。邪馬台国は、この天日根國の中心部にあったようです。

 

 

古代世界地図③

 

 

今回ご紹介するのは、②の国です。

 

①は投馬国、⑤は北海道でした。

 

②はハワイ国です。

ハワイ国

 

えぇー、まさか現在のハワイ諸島?、とびっくりされるはずです。

 

その通りなのです。

 

現在の地図のロシアのカムチャッカ半島の付け根に当たる部分は、実は、266年以前は当地にハワイ諸島の大部分があった場所なのです。信じられないでしょうね。

 

魏志倭人伝の中に、倭国の位置に関して次の表現があります。

 

女王國東渡海千餘里 復有國 皆倭種

 

これは「女王國から東に1,000里ほど海を渡れば、また倭種の国がある」という意味です。

 

女王国(邪馬台国)を九州説、近畿説の両説をとったとしても、この文章は辻褄が合いません。

 

邪馬台国が九州説だったとすると、東側の海は豊後水道が想定されます。そこから短里法の1000里は76kmですから、四国か瀬戸内海の島が倭種の国になります。

 

倭種とは、倭人(日本人)ではないけれど、日本人に近いという意味で、前回記事の北海道に住んでいたアイヌ人のような人種を指しているのです。朝鮮系や中国系のことではないのです。

 

1800年前に、四国や瀬戸内海の島に倭種の国があたったのでしょうか?

 

そのような形跡はありません。

 

次に近畿説の場合です。東側の海は伊勢湾になります。伊勢湾の幅は1000里もありませんが、仮に伊勢湾を渡ったとすると、その先にある場所は知多半島がある三河国です。

 

そもそも現在の日本地図では、伊勢と三河国とは繋がっています。また、倭種という別人種が住んでいた形跡は全くありません。

 

倭種の国についても、現在の日本地図では矛盾が生じるのです。

 

そこで、私は、5つの天日根國に隣接する5つの国に着目したのです。前回記事の古代北海道はアイヌ人が住んでいました。アイヌ人は純粋な倭人ではないですが、元来倭人から分裂した人種です。従って北海道も広い意味での倭国となります。

 

旧地図での古代北海道の東側に⑤の国はあります。その距離は、あくまで推定するしかありませんが、1000里(76km)以上ありそうです。天日根國とも、古代北海道とも、陸地で繋がっていない⑤の国が倭種の国と考えられるのです。

 

次に、倭種の国が何故ハワイの国になるのかです。

 

現在のハワイ系の住民は白人系ではありません。どちらかと言えば北海道のアイヌ人に近いように感じます。ハワイ人の祖先こそが倭種の本命であり、倭人からハワイ人系とアイヌ人系に分かれたのだと考えています。

 

現在、太平洋上にポツンとあるハワイ諸島が、カムチャッカ半島の付け根付近にあったとは、常識では考えられないでしょうが、常識が間違っているのです。

 

太平洋上にはかつてムー大陸があったと伝承が残っているくらいですから、現代の人間の常識で物事を考えたら間違ってしますのです。

 

人類誕生後に氷河期が何度もあったにも関わらず、文明が続いていることをどう説明するのでしょうか?

 

皆さんは、邪神によって洗脳されているのです。

 

⑤の北海道から1000里ほど海を渡ったところにある②の国が倭種の国であり、ハワイの国なのです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

-追伸

 

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前回の続きです。

<古代歴史の改竄-投馬国>

 

古代東アジア

 

この地図が西暦266年以前の東アジアなのです。信じられないでしょうが。

 

天日根國の下(南)の方にあるオイストは、現在のオーストラリア大陸に当たりますから、当時の天日根國及び隣接した国(これを合わせて大倭「おおやまと」と定義する)の面積は、現在の日本列島の十倍以上の数百万㎡あったと推測されます。

 

また、天日根國を取り巻く小さな隣国が5つあります。次の図の①~⑤です。

 

前回記事でご紹介した①の国は、魏志倭人伝に登場する投馬国でした。投馬国は、現在の神奈川県相模地区に当たります。

 

今回は、⑤の国についてご紹介します。

 

⑤については、現在の日本列島のどこに当たるのか、答えられる方は結構多いでしょう。

 

そう、その形から現在の北海道を彷彿させますよね。

 

古代北海道

 

当時の地図では、現在の東北・北陸に当たる部分が北海道に比較して随分大きく感じます。

 

この地図の天日根國の北部側は、266年の大変動で半分以上の陸地が陥没し、現在のような日本海が出来たのです。その沈んだ痕跡が日本海にある大和碓です。

<WIKI:大和碓>

 

⑤の北海道は、大変動時に、形を変えながらやや東寄りに移動し、現在の北海道とサハリンに分かれたのだろうと考えられます。

 

当時の北海道にはアイヌ人が住んでいたようです。この時代の北海道のことを蝦夷と呼んでいたのです。この頃、アイヌ独自の信仰が既にあり、神国の天日根國と親密な関係を保っていたようです。

 

しかしながら、267年以降の新時代(敗者復活戦)になって、大陸からやってきた熊襲によって、まず新しく出来た北海道が侵略されだしたのです。熊襲は、アイヌ人を奴隷化し、だんだん支配地を拡大していきます。

 

そして、東北まで侵略しだしたのがアテルイとモレが存在した時代です。8世紀末から9世紀初頭にかけてですね。

 

北海道に古い時代の神社がないのは、このように古代から独立していたアイヌの国家だったからです。

 

最後まで読んで頂きありがとうございます。

 

先日、邪馬台国関連についてご紹介しました。

<古代歴史の改竄-邪馬台国その1>

<古代歴史の改竄-邪馬台国その2>

<古代歴史の改竄-邪馬台国その3>

 

邪馬台国に謎が多すぎるのは、西暦266年に地球規模の大変動が起き、全世界及び日本列島の地形が大きく変わってしまったことにあるのです。

 

そして、熊襲は、この事実を隠して人類の歴史を改竄し、人類支配を行ってきたのです。

 

今回からは、266年以前の世界の地形のうち、特に当時の文明に大きな影響があった日本を中心とした東アジアの地形について言及します。

 

まず、ご覧いただきたいのは、以前の世界地図です。

 

古代世界

 

この世界地図で、現在と大きく異なるところは、アジアとアフリカがくっついている点です。当時は地中海はなく、ヨーロッパの文明も現在伝えられているものとは異なっていたはずです。

 

また、南極大陸も地図には出て来ません。当時の文明が低かったために南極大陸を確認できなかったのではなく、南極大陸自体がなかったのです。266年以前の文明はかなり高いものだったはずです。

 

アジアとアフリカが繋がっていたということは、当時の地球は現在よりも体積が小さかったということを示しているようです。

 

具体的には、地球は266年の大変動で9.1%膨張してしまったのです。

<埋立地は霊的水道>

 

次に、当時の文明の中心地だった東アジアに目を向けます。次は東アジアを拡大した地図です。

 

古代東アジア

 

日本列島の面影はありますが、随分巨大化しています。日本海は今よりも狭いです。日本列島に似た巨大な島のうち、国境線で区切られ、『天日根國』と書かれている部分が、神国日本であり、その中心に女王国である邪馬台国が存在していたようです。

 

歴史書では、古代の日本のことを倭国と呼びますが、実際には倭国は天日根國の西側に隣接する小さな地域・国のことであり、天日根國とは異なります。地図上の天日根國の左側の狭い部分が倭国です。

 

神国であり、神の末裔が住んでいた天日根國は、歴史から完全に消されているのです。

 

この東アジアの地図には、私が赤字で番号を付与した国境が示された地域が5つあります。

 

この5つの地域は、当時の天日根國と親密な同盟国のようなものだったようです。

 

今後、この5つの国について紹介していきます。

 

今回は、①の地域についてです。

 

結論から言えば、①は、番号の横に赤字で書いていますように、魏志倭人伝の邪馬台国の紹介時に登場する『投馬国』(とうまこく)のことです。

 

(帯方郡から)南へ水行20日で、投馬国に至る。推計5万戸余。

 

投馬国は、どこの位置していたのか不明な国です。朝鮮半島の付け根付近から水行20日の場所は、島国日本列島では中々特定できません。歴史学者によると、宮崎県の西都市辺りが有力とされていますが、根拠はありません。

 

①の位置は、現在の日本地図で比定すると関東・東京湾辺りのような感じがします。東京湾であれば、水行20日は妥当のような気がします。

 

しかし、このままでは根拠が薄いです。投馬国に繋がるものは見当たらないからです。

 

投馬は「とうま」と読まれています。「とうま」という地名を探してみると、当麻がありました。北海道にある当麻町です。

 

北海道では関東とは離れすぎているので、同じ読み名だからと言っても、北海道中央部は投馬国には該当しないでしょう。

 

他に、当麻という地名を検索してみると、神奈川県相模原市南区当麻がヒットします。ただし、この場合の当麻は、「とうま」ではなく「たいま」と読みます。

<当麻>

 

JR原当麻駅がある地域です。場所的には関東南部なので投馬国と関連性がありそうです。

 

相模原市の当麻は「たいま」と読みますが、昔は同じ漢字で「とうま」と呼んでいたようです。時代を経るにつれ「とうま」が「たいま」になった可能性があります。

 

私は、昔、この地域の「当麻」が「とうま」と呼ばれていた頃、中国の魏志倭人伝に登場し、中国の漢字で「投馬」が当てられた可能性が高いと考えています。

 

従って、『投馬国』は現在の相模原市南区当麻地区を中心とした小国だったと考えられるのです。

 

相模原市、座間市、厚木市には霊的な場所がたくさんが隠れています。

<座間の秘密>

 

国内にある寺社仏閣が集中している場所は、古代は小国の都だったところなのです。

 

今後、残りの4カ所についてもご紹介していく予定です。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。