皆さま、こんにちは!
昨年12月に
肥薩線・那良口(ならぐち)駅に行ってきました。
秘境駅揃いで知られている肥薩線ですが
ここもそのひとつらしいです。
駅に到着し辺りを見渡しましたが、
確かに民家はありません。
代わりにあったのが謎の黄色の建物。
気になり近づくと、
現在は閉店しており廃屋状態でしたが、
この場所で商売が成り立っていた時代が
あったのかが気になります。
ちなみに一番近い民家さんは
北方に200メートルばかり歩いた地点にありました。
無いのは民家だけではありません。
那良口駅の裏手を球磨川が流れ、
対岸に国道219号線(人吉街道)が通りますが、
ここから国道側に渡るには
大きく迂回しなければなりません。
那良口駅が秘境駅と呼ばれる所以、
こんなところにあるのかもしれませんね。
待合室をホーム側から眺める。
那良口駅は単式ホームが1本あるだけの棒線構造です。
便所も備え付けられていたようですけど、
そもそも駅を利用する人の存在そのものが疑わしき状況、
これは仕方がありません。
それではなぜ、
こんな場所に那良口駅が設けられたのか?
そこにはしっかりとした理由がありまして…
那良口駅が開業したのは明治43年のこと。
当時は木材を輸送するための貨物駅だそうです。
旅客営業は大正2年に開始。
以後も営業のメインは貨物輸送で、
操車の関係から
上は国土地理院のサイトから転載した
昭和22年撮影の航空写真。
緑○印が那良口駅の駅舎(現在の待合室)がある位置で、
木材を荷役する貨物ホームは
構内の北側(赤矢印の先)にあった模様。
こちらは昭和51年に撮影された航空写真です。
有人駅時代の木造駅舎は残るものの
貨物営業は終了したため、
貨物ホーム周辺は雑草で覆われてます。
この後に木造駅舎は取り壊され、
現在の姿に変わったみたいですね。
ホームから見える空き地が
かつて貨物ホームがあった場所です。
当時の施設は跡形なく撤去されてましたわ。
秘境駅として名高い那良口駅ですが、
よく見りゃ、旧駅舎時代の石垣の一部が残っているし、
探せば当時の遺構がまだまだ見つかるかもしれません。
ヒーリングやマイナスイオンを浴びるよりも、
心が癒された那良口駅でした。
ただし駅ファン限定の話ね。
肥薩線
↑(八代駅方面)
那良口駅(平成27年12月1日)
↓(隼人駅方面)
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