低血糖と発達障害④新生児期と『完全母乳主義』の功罪?
いろいろバタバタしておりましてずい分間があいてしまいましたが、この話題は最終回の今回は、新生児期の低血糖について調べてみたいと思います*●新生児期の低血糖新生児の低血糖につきましては、以下のことが分かりました。・アメリカにおいては、新生児低血糖とは、一般に 低血糖症状のある正期産児:40mg/dL未満 生後24~48時間の無症状の正期産児:45mg/dL未満 生後48時間以内の早期産児:30mg/dL未満 の場合をいう。(*ちなみに成人の場合は70mg/dL未満とされています)・日本においてははっきりした定義がない。しかし生直後の血糖推移のデータより、 「正常満期産時では生後48時間以降に血糖>60mg/dL を維持できない場合を、 生後48時間未満の場合は血糖<50mg/dL を低血糖と考えるべき」 と提唱されている。(ただし出生体重、在胎週数など、さまざまな条件により正常 血糖値は影響を受ける)・そもそも新生児は、胎盤を通して母体から受けていたブドウ糖供給が出生と同時 にストップするため、生まれた直後は一時的に血糖値が低下しやすい。 これをいわゆる"生理的な一過性低血糖"と呼ぶ。 (*ちなみに血糖値に応じてインスリン分泌量を調節できるようになるのは、生後 72時間以降だそうです。そのため生後の生理的な一過性低血糖の原因は、 相対的インスリン過多によると考えられているそうです)・新生児は、生後は自分で呼吸し、体温を保つなど、母体外の生活に適応するために エネルギーを多く消費するため、いっそう低血糖に陥りやすい状況にある。・新生児の血糖値は、生直後(生後1~2時間)にいったん生理的に低下し、その後 徐々に上昇して、生後72時間以降は平均80mg/dL前後に安定化することが 知られている。・生後48時間以降は、低血糖ストレスに対する応答の閾値も成人同様となる。 しかし新生児は肝臓でのグリコーゲン貯蓄量が少ないため、生直後の生理的な 低血糖に対してグリコーゲンを分解して対応しても、すぐにグリコーゲンが枯渇して しまため、空腹時には血糖<70mg/dLになりやすい。・特に低出生体重児や早産児ではグリコーゲン貯蔵量がより少ないため、また 生まれた際に新生児仮死や呼吸障害、低体温などがあると全身のエネルギー 需要が増えるため、エネルギー消費に対する需要が間に合わず、著明な一過性 血糖低下をみることがある。・新生児低血糖で認められる症状には、次のようなものがある: 元気がない、 筋緊張低下、傾眠、易刺激性、震え(振戦)、無呼吸や他呼吸などの呼吸異常、 泣き声の異常(甲高い泣き方)、母乳やミルクの飲みが悪い、多汗、頻脈、 皮膚蒼白やチアノーゼ、けいれん、など。 一方で、あまり症状が目立たず、血糖を測定して初めて気付かれる場合も多い。・生直後の生理的な一過性低血糖や、その後授乳時間があいた際の血糖値の低下 に対して、新生児の体内では糖新生とグリコーゲン分解とケトン体産生による内因 性のエネルギー産生が起こり、代償する。・たとえば授乳間隔が8時間以上あいた際ですら著明なケトン体産生反応が起こり、 新生児の脳はブドウ糖に代わる予備のエネルギー源としてケトン体を有効利用す ることによって、神経学的な機能が保護される。・脳のエネルギー(=ATP)源はブドウ糖とケトン体と乳酸で、脂質は利用できない。 中でも主たるエネルギー源はブドウ糖であるため、血糖値>70mg/dL 以上の維持 が目標で、一過性にも血糖値<45 mg/dLは避けることを目標とする必要がある。・ 低血糖が長引いた場合や何度も繰り返す場合、早期に適切な治療を行わなければ 新生児低血糖症になったり、脳に何らかの障害が残る恐れが高くなるため、早期に 治療を開始する必要がある。ちなみに、娘にはカルニチン欠乏があり、脂質(脂肪酸)代謝が障害されてケトン体がうまく産生できません。もし娘のカルニチン欠乏が新生児期から存在していたとしたら(*胎児期は可能性が低そう・・・と前々回の記事で勝手に結論付けさせていただいておりますが)、新生児期の低血糖によって脳が受けるダメージは非常に大きかったのでは・・・と、あらためて震えましたまた、下線部につきましては後述させていただきます。●新生児低血糖の原因新生児に低血糖が起こる原因としては、以下のようなものが挙げられています。○一過性低血糖 ・グリコーゲン貯蔵の不足: 早期産児、低出生体重児、在胎不当過小児(SGA児;胎盤の機能不全による)、 周産期仮死 など ・授乳遅延 ・一過性の高インスリン血症: 母体糖尿病児に最も多く起こり、低血糖の程度は母体糖尿病のコントロール 状態に左右される。生理的ストレスに暴露した在胎不当過小児(SGA児)にも よく認められる。 ※前回の記事で書かせていただきましたように、胎児の血糖は母体の血糖に そのまま影響されます。そのため母体の血糖値が高いと胎児も高血糖となり ますが、母体のインスリンは胎盤を通過できないため、胎児は自分の膵臓から インスリンをたくさん分泌して、血糖値を下げようとします。出生とともに母体から のブドウ糖供給は途絶えますが、新生児がそれまでに分泌していた多量のイン スリン産生を減らすには数時間から長くて数日かかってしまうため、一過性の高 インスリン血症が起こってしまうのだそうです など○持続性低血糖 ・持続性の高インスリン血症: 先天性高インスリン血症(常染色体優性と常染色体劣性の両方で遺伝)、 重度の胎児赤芽球症、ベックウィズ-ヴィーデマン症候群(巨舌症と臍ヘルニア の特徴を伴う膵島過形成) など ・拮抗ホルモン(成長ホルモン、コルチコステロイド、グルカゴン、カテコールアミン、 甲状腺ホルモン)の分泌不足 ・遺伝性代謝疾患(糖原病、糖新生の障害、脂肪酸代謝異常症など) など前回までの記事で述べさせていただきましたように、上記の中の赤字の部分の"一過性の高インスリン血症" は、私(母体)に境界型糖尿病があるためまた"脂肪酸代謝異常症" は、娘にカルニチン欠乏があるために起こりうるので、娘の新生児期に低血糖が起こっていた可能性は、他の普通の新生児に比べると高いのかも・・・ と思いました。そして、それだけではなく。今回いろいろ調べていて、それよりも重要かつ可能性が高いと思われるリスクが存在することを初めて知りましたので、以下にまとめておきたいと思います。↓●低血糖の原因が・・・まさかの『カンガルーケア』と『完全母乳主義』!?平成21年(2009年)2月に受理された『「母乳育児を成功させるための十か条」の解釈について』という論文に、このようなことが書かれていました。 世界保健機関(World Health Organization:WHO)と国際連合児童基金(United Nations Children's Fund:UNICEF)が1989年に共同で発表した「母乳育児を成功させるための十か条 Ten Steps to Successful Breastfeeding」1)の第四条および 第六条を根拠として、現在我が国においては,生後30分以内のカンガルーケアが当たり前となり、母乳以外の糖水・人工乳を与えない完全母乳栄養法が赤ちゃんに優しいと考えられる様になった。 これに対し筆者は、第四条が言う「母親の授乳開始への援助」がカンガルーケアを指すものではないことを明確にすること、第六条の「新生児には母乳以外の栄養や水分を与えない」は、第四条にある「分娩後30分以内に赤ちゃんに母乳をあげられる」が満たされることを条件とすべきだということを提唱したい。 この理由として、十分な母乳分泌がないお母さんの赤ちゃんに低血糖が起こる結果、特に脳に重大な影響を及ぼすことを強く示唆する報告が多数あること、完全母乳主義の一環をなす考えであるいわゆるカンガルーケアには科学的根拠に基づく標準的な方法が確立されておらず、カンガルーケアによって危篤状態に陥る児が多数報告されていることが挙げられる。1989年といえば、娘が生まれる数年前のことです。今でもはっきり覚えていますが、実際に私が娘を妊娠中もこの『カンガルーケア』が非常にもてはやされていて、「赤ちゃんが生まれた直後にしばらくお母さんのお腹の上で過ごすことが、母子の絆を深め精神的安定につながるだけでなく、母乳の分泌を促す。また母乳、特に初乳には赤ちゃんにとって重要な免疫物質などが多く含まれているので、必ず赤ちゃんに飲ませるべき。初乳を飲むよりも前に砂糖水や人工ミルクを飲むと、初乳の効果が薄れるだけでなくアレルギーを起こしやすくなるなどの弊害が起こり得るので、初乳が出るまで赤ちゃんには水分以外摂らせない方がいい。赤ちゃんのためにそれを実行してくれるのが良い産院」という内容のことをマタニティー雑誌や育児書でよく目にしたことを覚えています。現に私も、「砂糖水は仕方ないにしても、人工ミルクは母乳が出るまで飲ませないで欲しい」と思い込んでおりました。もちろん出産直後から母乳が十分量出ることは稀ですので、入院中は早い段階からミルクも併用しておりましたが、少なくとも一番最初は母乳がわずかでも出るまで待って下さっていた記憶があります。が、しかし。少し長くなりますが、上記の論文から重要な部分をいくつか抜粋させていただきたいと思います。 最近,大変重要な論文が次々に発表されるようになった。 まず、日本小児神経学会の英文誌である Brain &Development にトルコのチームが Neurologic outcome inpatients with MRI pattern of damage typical for neonatal hypoglycemia という表題で以下のような重大な報告をしている。 「新生児低血糖の結果として脳傷害に罹患した乳児の画像の特徴は、同様のパターンを有しており、最も重篤に頭頂葉と後頭葉を侵すことが示された。新生児低血糖を有する患者の臨床的転帰に関する長期経過観察調査と傷害のパターンは限られている。私たちは、新生児低血糖に続いて典型的な神経画像の特徴が見られる24人の患者のカルテを再検討した。私たちは、それらのうち低血糖が記録された13例における神経学的な転帰を報告する。1 人の患者を除いて、すべての患者には胎児期および周産期の問題、すなわち、未熟児、周産期の低酸素症、子宮内発育遅延、敗血症、高間接ビリルビン血症があった。1人の患者を除いた全員に症候性の部分てんかんがあり、それらのうち 5例は医学的に難治性であった。他の神経学的問題には、発達遅延、学習・行動上の問題、多動性、注意困難、自閉症の特徴、小頭症、および皮質盲があった。私たちは、新生児低血糖の早期診断と治療が、特に付加的な周産期の危険因子を有する患者において、将来の神経学的な後遺症を予防するために重要であると結論を下す。」(仲井による私訳) 山形大学のチームは日本小児科学会雑誌に「症候性低血糖を来たした完全母乳栄養児の 1 例」と題して以下のような報告を行った。なお、この論文は一例報告ではあるのもの原著に認定されている。 「新生児低血糖症は不当軽量児や母体糖尿病などの低血糖の危険因子を伴わない正期産新生児で、完全母乳栄養管理下に低血糖による痙攣および脳障害を来たした1例を経験した。出生後、特に異常なく、完全母乳栄養で管理されていたが、日齢 3 から痙攣が出現し、低血糖を認めた。 頭部 MRI では、後頭部に限局した病変を認め、新生児低血糖症による脳障害と考えられた。完全母乳栄養管理は新生児期に低血糖を来たしやすいことが知られており、母乳栄養を安全に実施するためには周産期に異常を伴った児に加えて、明白な危険因子を伴わない児においても、充分な哺乳量が確保されるまでは低血糖に留意した観察が必要である。」その一方で、「神経発達障害は、症候性(=症状のある)低血糖児、特に重篤な遷延する高インスリン性低血糖の児において増加することが分かっているものの、一過性で単発、短期間の低血糖は永久的な神経障害を引き起こすことはない」とするデータも報告されていることから、WHOは1997年の時点でも「症候的な低血糖症には不良な短期及び長期の転帰があるが、無症候性(=症状のない)低血糖症のリスクのエビデンスは決定的ではなく、母乳哺育の満期の健康な赤ちゃんでの低血糖が転帰に有害であるというエビデンスは全くないから、健康な満期の赤ちゃんは母乳以外の如何なる食物も飲み物も必要としない。さらに、血糖値の正常範囲が定義されていないので、母乳哺育の健康な満期産児の低血糖症に対するスクリーニングは不適当である」と述べていました。(*少し調べてみましたところでは、現時点でもその方針は変わっていない様子です)そのため同論文では、「特に無症候性低血糖の場合、長期の神経発達障害に影響する新生児低血糖症のレベルは分からない」というのが結論であることを踏まえた上で、「完全母乳哺育による症候性および無症候性低血糖から神経発達障害を起こす危険性と完全母乳哺育から得られるメリットを比較考量したとき、生後30分以内に十分な母乳分泌がない場合には、第六条の「医学的に必要な場合」として、人工乳などによる補足栄養供給を行うべきだと考える」と述べられていました。(*生後30分て・・・そんなに早く!? ほぼ不可能でしょ)また、『カンガルーケアと完全母乳で赤ちゃんが危ない』という本を出版されている久保田生命科学研究所の久保田史郎先生は、ご自身の産婦人科医としての長いご経験とその間に収集されたさまざまなデータから、「発達障害は遺伝ではない。本体は低血糖」という考えをお持ちのようです。 (*主にHPのこちらのページに記載されています)その主張が正しいかどうかは別としましても、新生児の低血糖に関しての記述には一考の必要性があるのでは・・・と思いましたので、以下に抜粋させていただきます。(*全文はこちらをご参照下さい)・大人と違って新生児の低血糖症は外見的な症状がでないことが多いために血糖値 の検査をしなければ見過ごされることになります。(中略)正常成熟新生児に対して 血糖検査をする施設は一部を除きほとんど無いのが実状です。・低血糖症が恐い理由は、血糖検査が遅れ低血糖の状態が長引いた場合、脳に障害 を遺す危険性があるからです。低血糖症は発達障害の危険因子であることが分って いるにもかかわらず、(後略)・高インシュリン血症児(←*新生児低血糖の原因となります)は妊娠糖尿病の母親 からだけでなく正常妊婦からも多く生まれている事が当院の調べでわかりました。 (*私見ですが、"正常妊婦"の中に私のように見過ごされている境界型糖尿病の 妊婦が多く含まれている可能性があるのかも・・・と思います)。・新生児低血糖症を引き起こす高インスリン血症児は、日本で出生する赤ちゃんの 約10~20%程度と予測されるが、生まれてくるどの赤ちゃんが高インシュリン血症 児であるか、その診断は出生前には不可能です。お産に立ち会う全ての医療従事 者は、出生する全ての赤ちゃんが低血糖症に陥る危険性がある事を念頭におき、 予期せぬ低血糖症から児を守らなければなりません。・低血糖症を未然に予防する事も産科医、新生児科医、助産師に科せられた医療 行為です。その低血糖を防ぐ予防策こそが、当院の出生直後の体温管理(保温) と生後1時間目からの超早期混合栄養法です。・哺乳障害の原因の一つである出生直後の「初期嘔吐」は生理的現象として当然の 様に考えられていますが、胎内(38℃)と胎外(24~26℃)の環境温度差(約13℃)を 少なくする当院の生後2時間の保温 (保育器内収容:34℃→30℃)によって初期 嘔吐は姿を消しました。その結果、母乳が満足(基礎代謝量=50kcal/kg/日)に 分泌するまでの生後0~3日間の栄養不足を糖水・人工ミルクで生後1時間目から 補う超早期混合栄養法が可能となり、新生児早期における発達障害の原因である 低血糖症、重症黄疸(ビリルビン値20mg/dl以上)、頭蓋内出血をほぼ完全に予防 し得る事が、当院で出生した12,000人(1983~2010年)の臨床データで明らかに なりました。・発達障害(自閉症)を防ぐためには、まず出生直後の低体温症を防ぐための 体温管理(保温)を行い、母乳が出にくい生後3日間の栄養不足を人工ミルクなど で補うことを勧めます。生後数日間で10%を超える体重減少は生理的体重減少 ではなく、母乳分泌不足による低栄養(カロリー不足)が一番の原因です。 とくに初産婦さんの場合、完全母乳にすると、ほとんどの赤ちゃんは生後0~2日 間は確実に栄養不足(飢餓)の状態です。動物実験では、生後数日間の栄養 不足が脳神経の発達に害を及ぼす事が報告されています。・・・あくまでもそういう考えもある、という意味で抜粋させていただきましたが、これらを読んで、私は非常に恐れおののいたのでした■考察:娘の発達障害に胎児期から新生児期の低血糖が関係していたのかこれまでまとめさせていただきましたように、胎児期から新生児期の娘が低血糖に陥っていた可能性は、それなりにありえるように思えます。実際にその通りだとしましても、ひとつ疑問なのは、同じ母親から同じ産院で生まれたはずの長男と次女が娘とは違い普通に育っている点です。(*次女はまだWHOが新生児の低血糖を否定し、完全母乳哺育を推奨していた1997年より前に生まれています)本当に低血糖だけが発達障害の原因だとしたら、程度の差こそあれ、長男や次女にも発達障害の兆候が見られてもおかしくなくないですかこれらのことから、「娘の場合は生まれつき発達障害の素因があり、それが低血糖のせいで発症または増悪するに至った。しかもカルニチン欠乏があることで、より状況が悪化してしまった」のでは・・・ と、勝手に考えました。その上、発達障害関連過眠症からの慢性的な睡眠不足が、成長するにつれますます娘の症状を悪化させただけでなく、ついにはナルコレプシーまで発症させてしまったのではないでしょうか。完全母乳育児は現在でもやはり推奨されていて、見た範囲では今もまだ新生児の低血糖リスクという観点からはその是非を論じられてはいないようです。でももし私に孫ができた時は、おそらく発達障害の素因を持って生まれてくる可能性もあるだろうから、低血糖と乳児期早期からの睡眠障害には気を付けておかなくては・・・と、今、心に難く誓っております。