再び、事件の裁判の記事を読んで感じたことがありましたので、備忘録として記録させて下さい。
(*あくまでも記事を読んでの個人的な感想です注意





2020年の11月、女子大生が就活のため訪れていた東京で、産み落とした赤ちゃんを窒息死させ、その後遺体を公園に埋めたというショッキングな事件がありました。



事件のあらましは以下の通りです。


妊娠を周囲に隠したまま、女子大生はその日空港を訪れ、陣痛が始まりました。

ですがそのまま飛行機に搭乗し、フライト中の1時間以上にわたって激痛に耐え、到着した羽田空港のトイレで赤ちゃんを産み落としたのです。

パニックになりながら救急車を呼ぼうとスマホを手にしたものの、「119」番の「9」の数字を押すことができません。
頭が真っ白になり、とっさに「就活の邪魔になる」と考えて、気が付くと赤ちゃんの首を絞めてしまっていたとのことでした。

女子大生は赤ちゃんの遺体を袋に入れ、それを持ったまま空港内のカフェに立ち寄ります。
そしてなんと、アップルパイと飲み物の写真をSNSにアップするという行動をとっています。

彼女は大学1年生の時からデリヘルでアルバイトをしており、赤ちゃんの父親はそこでの客とのことでした。




この内容を初めて知った時、私は「なんて自分勝手な・・・」という憤りを感じました。

世間でも同じような声が多く、一審の判決では、この女子大生について
「一時しのぎな言動に出る傾向がある」
との精神鑑定結果が引用され、
「周囲からの失望などを避けるため妊娠を隠し続け、出産やその後に生じる問題を直視せず、先送りしたまま現実に直面し、事件に至った」
と結論付けられました。



ですが、いくら若くて未熟でデリヘルでのバイトをしている子であったとしても、就活に出かけた先で出産して赤ちゃんを殺害し、遺体を持ち歩きながらSNSにカフェの写真をアップし、挙げ句公園に埋めるなんて、あまりにも短絡的すぎて信じがたい行為だと思いませんか?
携帯電話で「9」が押せなかったというのも、理解に苦しみます。
どうしても勇気がなくて通報できなかった、という意味・・・?




その後、この事件の背後には、それまで誰も気付いていなかったある問題が隠されていたことが、裁判の過程で明らかになっていったのでした。



女子大生(被告)は裁判中、たびたび登場する「自首」や「殺(あや)める」などの言葉の意味が理解できていない様子で、誤魔化すようにたびたび笑顔を浮かべていたそうです。

また、質問に適切に答えられず、裁判長が苛立って語気を強める様子は、傍聴していてかわいそうになるほどだったとのことでした。


というのも、実は裁判前の鑑定医による精神鑑定の結果、女子大生(被告)は知能指数(IQ)が「74」という 『境界知能(グレーゾーン)』 であることが、初めて判明していたのです。


知能指数は、平均が100前後で、50~70だと 『軽度知的障害』 とされ、その間の71~85未満は 『境界知能(グレーゾーン)』 と評価されます。

『境界知能』 の場合、一見普通の人と同じように生活できているように見えますが、実際は 『軽度知的障害』 と同様に、勉強が苦手、仕事が覚えられない、人間関係がうまくいかないない、先行きを見越した行動や問題の解決が苦手、などの困難を抱えていることが多く生じます。

ですがそのことに本人もまわりも気が付いていないことが多いため、何かでつまずいたり問題を起こしても、本人の性格ややる気のせいにされ、問題の本質は見過ごされてしまいがちなのだそうです。

実際、この女子大生も勉強は苦手で、通っていたのは学力不問で試験は面接のみという偏差値35の私大でした。
小さい頃からまわりの人たちが簡単にできることが理解できず、でもそれを誰にも気付いてもらうことができず、ずっと「分かったふりり」をして生活してきていたとのことでした。


また、彼女が大学1年生の時から親に内緒でデリヘルのアルバイトを始めたのは、

「異性を好きだという感覚が理解できず、自分が男性か女性かも分からず、性的な興奮もない。性経験を積むことで女性であると確認したかった」

という理由からだったそうです。



女子大生(被告)について判明した事実は、これだけではありませんでした。

被告側の証人としてある社会福祉士の方が尋問を受け、彼女に学習障害の疑いがあることを指摘したのです。


たとえば、女子大生(被告)が
「赤ちゃんが生まれた直後に救急車を呼ぼうとスマホを手にしたものの、「9」の数字が押せなかった」
と述べた点。

留置中に受けた検査で、女子大生(被告)は計算以前に、なんと「8」や「3」という数字すらも読むことができませんでした。
デジタル時計も読み取れず、針のついた時計は針の角度を絵として覚えていましたが、針の周囲の数字は読むことができません。
おそらく学校の勉強などもかなり無理をし、絵として丸暗記していたと推測されました。
そしてこれはまさに 『学習障害』 の中の 『限局性学習障害(LD)』 の症状そのものでした。

 

またこの女子大生(被告)には、グレーゾーンではあるものの 『ASD(自閉スペクトラム症)』 と 『ADHD(注意欠如多動症)』 の特性も認められることが、弁護人が依頼した精神科医の診断で明らかになりました。


ちなみに前述の『限局性学習障害(LD)』も、ASDとADHD同様、発達障害の一種です。


母親から妊娠を問われても本当のことを言えず、重大な事実を後回しにしたのは、「状況把握が苦手」「大事な課題を後回しにする」という特性に拠るところが大きいと考えられました。

機内で陣痛時に周囲に助けを求められなかったのも、「言葉でのコミュニケーションの苦手さ、内面を言語化することの苦手さ」と一致するそうです。
発達障害ではストレス対処の苦手さや衝動性という特性があるので、極度のストレス下で混乱して衝動的に行動した可能性も十分あるとのことでした。

その後、カフェに行った一連の行動の記憶が曖昧なのは、一時的な解離性の記憶障害が疑われるそうです。
発達障害の人はルーティンを好む傾向があり、カフェに行ってアップルパイと飲み物の写真を撮ってSNSに上げたのは、逆にそれがルーティンだったからかもしれないとのことでした。


また女子大生(被告)は、自身をアセクシュアル(*LGBTQの1つで、他者に対し性的欲求を抱かないセクシュアリティのこと)だと認識していたようです。


しかし話を聞くといわゆるLGBTQの人たちが抱く感覚とは大きく異なっていて、前述の精神科医は

「他者と情緒的に交流するのが苦手というASDの特性が関与しているのではないか。そこからいきなり風俗に考えが飛躍するのも特性の現れだろう」

と診断したとのことでした。


つまり事件を引き起こすこととなった彼女の言動には、『境界知能』 と 『発達障害』 という発達特性が深く関与している可能性があるとのことでした。
 

 


ところが、一審の裁判長はこうした社会福祉士の指摘を却下しました。


その判断の根拠としたのは、鑑定医による精神鑑定結果でした。

鑑定医は女子大生(被告)と12回の面談で、家族関係、学校や仕事の人間関係、妊娠・出産の経緯を仔細に聞き取り、心理検査、知能検査、ASD、ADHDなどの検査を実施したそうです。
そして彼女はIQ74の境界知能であるとした上で、
「検査の結果、被告に精神障害を認めない」
と結論づけていました。


この鑑定医による鑑別は、非常に丁寧な診察や検査に基づいて行われたものの、ASDとADHDについては

検査結果は高値であるものの、異常なし」

と診断していました。


IQが境界知能であることについては

「知的能力障害ではない」

と否定し、しかも限局性学習障害(LD)についての検査は行われていないそうです。


しかしながら発達障害の専門家の目で見ると、被告のとった行動と発達障害の特性の関連は違和感なく解釈がつくだけでなく、逆に発達障害の特性があると想定しないと解釈が困難とのことでした。



すべての精神科医が発達障害に詳しいわけではありません。
もしかしたらこの鑑定医もそうだったのでは・・・と思いました。

そして裁判長も、女子大生(被告)が境界知能であることも発達障害であることも認める気がなかった、あるいはそれらの障害がどんなものかの知識がないからこそ、裁判中の質問が理解できず適切に答えられない彼女に対して苛立ちを見せたりしたのではないか・・・と思うと、犯した罪の大きさは別にして、彼女に同情を感じずにはいられませんでした。



ちなみに、裁判を傍聴して女子大生(被告)の様子を「かわいそうで見ていられなかった」と述べたのは、熊本市にある慈恵病院(*赤ちゃんポストで有名なあの病院です)の理事である蓮田真琴氏だったそうです。

 

真琴氏によると、赤ちゃんポストに預け入れる女性には、境界知能や発達障害と関係のある人が一定頻度で認められるのだそうです。

 


「女子大生(被告)の限局性学習障害(LD)は、一般の人にはなかなか見抜けませんが、家族や教育者が丁寧に関われば違和感に気づけたと思います。幼少期から学習や人との交流の苦手さがあるのに『努力不足』とだけ解釈されて、自己肯定感を持てずに成長され、気の毒です。個人の問題というより、サポートできなかった社会の問題だと感じます」
「コミュニケーションが苦手で孤独を深めた被告が大学生になり、自分も同じ年頃の女性と同じように異性に対する性的な欲求とはどういうものかを知りたい、人と同じようでありたいと願って、風俗でのアルバイトに突き進んだのではないか」

と、一審後に慈恵病院から依頼されて女子大生(被告)の診察を行った精神科医の先生は語っておられたそうです。
 

 



発達障害の有病率は一般には6.5%ほどとされていますが、近年では1割を超えていると言われており、学校現場によっては特別支援学級の利用者が2割に近いこともあるそうです。

ですが親世代や教育者、あるいは医師の間ですらきちんとした認知度が高いとは言えず、そのせいでこの女子大生(被告)のように長い間見過ごされ、福祉などの援助からこぼれ落ち、取り返しのつかない大きな問題や事件が起こるまで(起こってからですらも)気付いてもらえないでいる人が、考えている以上にたくさんいるのでは・・・という現実を、この記事を通じて私は思い知らされた気がしました。
(*そういう私も、娘の障害に長い間気が付かなかった一人です。本当に親失格です)




一審が終結したのち、真琴氏は社会福祉士、担当弁護人、そして女子大生(被告)の両親と相次いで面会し、判決後に保釈された彼女を熊本の慈恵病院で受け入れることを申し出ました。
裁判所の許可が下り、女子大生(被告)は2021年11月に2週間、同院に滞在し、そこで発達障害などについて詳しい診察や検査を受けたそうです。
そしてそれらの結果を、発達障害に詳しい専門家の鑑定とともに控訴審に提出する予定にしているとのことでした。



現在女子大生(被告)は両親と故郷で過ごしているそうです。

本人も両親も、彼女が 『境界知能』 であること、そして 『発達障害』 である可能性が高いことを、裁判と裁判後の慈恵病院での検査を通じて初めて知ったそうです。

 


本人は

「障害が分かってよかった、すっきりした」

と語り、両親は
「24年間気づいてやれなかったことが何より娘に済まなかった」

と後悔を口にして涙を流し、一番の犠牲者である赤ちゃんの遺骨を引き取り、毎日家族で弔っているそうです。



この前の記事で触れさせていただきました虐待死事件の母親も、裁判を通じて自身が抱えている問題を自覚したことがきっかけで、初めて自分が犯した罪とちゃんと向き合い、それが心からの反省へとつながっているようにも感じられました。


私自身も、昨秋カウンセリングを初めて受けて自分の考え方や言動の特徴(特性)を知ることができた結果、自分なりの対処の仕方が分かってきて、楽にもなっています。


こんなふうに、生きづらさや困りごとがある時、その背後にある問題の本質を知ることがいかに大切かということを、あらためて考えさせられた記事でした。

特に発達障害についても、親だけでなく乳幼児期の健診や保育園や幼稚園、小学校など、その子に関わる大人の誰かが少しでも早く気付き、正しい認識と適切な対応・や援助に結びつけることがいかに重要かということを、自戒の念を込めて再認識することができました。






*この記事は、ノンフクションライターの三宅玲子氏の記事を参考・引用させていただきました。この事件を報じた記事は数あれど、ここまで丁寧に取材されていたこの記事には考えさせられることが多くあり、とても勉強になりました。